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真紅の花嫁衣裳

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真紅の花嫁衣裳
真紅の花嫁衣裳 真紅の花嫁衣裳

リアクション

「ベールガール、ベールガール、ミーにベールガールやらせテー」
 ゆる族の子供が晴海を追いかけてきた。
「ベールはもうしないの。フラワーガールなら、小さな女の子になら頼みたいんだけどあなたはねぇ〜」
 晴海の側に居た女性が、ゆる族の子供――キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)の頭を押さえつけた。
「なにするの、クリ……むぐっ」
 女性――変装したクリス・シフェウナは、幼児と化しているキャンディスの口を塞……むしろ首を絞めて言葉を止めさせた。
 クリスは晴海のパートナーだ。
 そしてレストの妹でもある。……レストがフレグアム家の養子になる前は、施設で兄妹として一緒に過ごしていた。
 レストとクリスに血のつながりはなく、クリスはレストのことをとても慕っているのだが、晴海との結婚については複雑に思いながらも祝福している。
「むぐぐぐん、むぐぐぐんむ、ぐむ、むむむむん?(クリスさん、この二人はやっぱり、晴海さんとレスト団長なのね?)」
 締め上げられながらのミニキャンディスの言葉に、クリスは頷いて言う。
「そうだけど、人前で私や晴海たちの名前を呼ばないで」
「むぐぐん、むぐむぐぐぐん、むぐんぐぐんぐぐ!(わかったワ、でもクリスさん、自分で呼んでる!)」
「あ、いや、えっと……こ、この場には知らない人いないから、大丈夫」
 コホンと咳払いをしてから、クリスはキャンディスから手を離した。
「げほん、こほん、ンー、ンー、ゆーめーじんが、しょうたいをかくして、おしのびでりょこうするのはきほんネ〜。おじょーさん、にほんははじめてカシラ?」
「……初めてじゃないけど、すっごく久しぶり。いいところよね」
「でショウ! ここかるいざわは、じまんのかんこーすぽっとなのヨ!」
「って、あなたもパラミタ人でしょうが!」
 ペシンとクリスがキャンディスを叩いた。

 お色直し用の更衣室には、瑠奈と、ティリア、月夜が同行した。
 クリスは、当然のように部屋に入ろうとしたキャンディスをつまみ出して、外で監視をしている。
「子供化しての林間学校……それで、ちょっと変わった子供が多いのね」
 着替えながら、晴海は月夜達がここに訪れた理由を聞いた。
 百合園生として、百合園警備団生徒部の一員として活動している月夜は、今回の話を聞いて、将来のための経験を積む為に、ティリアと一緒にボランティアとして参加をした。
 瑠奈へは月夜から連絡をした。地球に来ているので、折角だから会えないか、と。
 瑠奈とは先ほど合流したばかりで、1日目は月夜はティリアや刀真と子供達の世話に奮闘していた。
「子供は苦手だから、思っていた以上に大変だった……」
 月夜は着替えを手伝いながら、大きくため息をついた。
「まあ、私もあまり得意じゃないしね。瑠奈がいてくれたら〜」
 ティリアも昨日の嵐のような一日を思い浮かべため息をつく。
 月夜は子供の無邪気な信頼に対して、どう答えたら良いのか分からなくて。子供達の話をじっくり聞いて、ひとつひとつ自分の解決できることから解決していこうと思い、頑張ったが!
 子供達は次から次へ問題を起こし、泣き出すため、すぐに処理能力が追い付かなくなって、ティリアに泣きついてしまうという有様だった。
 ティリアも子供の扱いはあまり得意ではなく、結局、祥子や牡丹といった社会人経験のある女性ボランティアに助けられながら、なんとか頑張れたといったところだ。
「子供、大好きだけれど……リーアさんが連れてきた子の中には、一部困った子がいるのよね」
 瑠奈は遠足でお世話をした子達のことを思い浮かべながら、笑みを浮かべていた。
 コンコン。
「失礼します」
 式場のスタッフが大きな箱を持ち、部屋に入ってきた。
「晴海様にお荷物が届いております。こちらお祝いの品ではなく、ドレスのようですのでお持ちいたしました」
「え? ありがとうございます」
 鏡台の前に、箱が置かれた。
 箱には、宅配便の伝票が貼り付けられたままだった。
「ここで結婚式行うこと、誰にも話してないのに……」
 不思議そうに伝票――送り主欄を見た晴海の顔が凍りついた。
「ニヒル……? 友達?」
 月夜が尋ねたが晴海は凍りついた顔のまま、何も言わずに箱を空けた。
 ――中に入っていたのは、真紅のウエディングドレスだった。
『おめでとう♪ 僕はいつだって、君のことを見ているよ。ドレス着てくれたら嬉しいな!』
 赤色のペンで、そう記されたメッセージカードも入っていた。
「ごめん……瑠奈、ティリア……月夜、さん。事件が起きるかもしれない。
 パーティ会場から、皆を避難させて」
「……脱走兵、ね」
 ティリアの言葉に、晴海は震えながら首を縦に振った。
「大丈夫、彼にあなたを狙う理由はないわ。悪戯よ」
「……うん、龍騎士団の中に、私とレストさんとの結婚を快く思わない人達、たくさんいるから。
 身内の、嫌がらせ……だとは思う」
 震えてる彼女に近づいて、瑠奈がそっと抱きしめた。
「事件が起きるかもしれないのなら、なおさら側にいるわ。
 集まっている子達も元々は契約者だもの。きっと、あなたの力になってくれる。
 魔道書のことも大丈夫……私のパートナーやレイラン先生が考えてくれている。世界が安定したら、対処に向けて動いてくれるはず」
「大丈夫だよ」
 月夜が晴海の手を握った。
「変な人は、近づけさせないから」
「……ありが、とう」
 晴海は大きく息をついた。
「大丈夫、ごめんね。悪戯に決まってるのに、恥ずかしい姿、見せちゃって……。
 ただ、怖いのは……自分のことじゃなくて。
 今の私は、彼のお荷物で。
 彼を幸せには出来ない……という、こと。
 爆弾抱えてるような私なんて、早く始末して、新しいパートナーを迎えた方が彼の夢の為にはいいはずなのに……周りにも、そう思われているのに、私と結婚したいっていってくれたの」
 言って晴海は切なそうに涙を一粒落した。
 でもすぐに涙を拭うと、箱の中の真紅のドレスを手に取った。
「着るわ。私は……負けない」
 強い意思の籠った目で、晴海はドレスを広げ、仕掛けがないことを確認すると、スタッフに手伝ってもらいながら、着ていく。
「……刀真、悪戯しかけてくる人がいるかもしれないから、よろしく、ね」
 月夜は廊下に出て、刀真に携帯電話で知らせた。

 真紅のウエディングドレスを纏って、晴海は会場へと戻ってきた。
「ミーはフラワーガールなのヨ! どうゾ〜」
 彼女の前を、ちっちゃな姿のキャンディスが花を持って歩き、周りの人々に配っている。
「オメデトー、レ……」
 名前を言おうとしたが、クリスがすっごい顔で睨んでいたので。
「レ……スカってシッテル? レモンスカッシュのりゃくナノヨ」
 とっさに訳の分からないことをいい、誤魔化した。つもりだ。
「ドウゾー、オメデトー」
 キャンディスは晴海にブーケを渡して、二人をお祝いした。
 ありがとうという、レストと晴海の礼の言葉を聞いた直後、キャンディスの腕が引っ張られる。
「ああ、クリ……そうクリごはんたべてないノヨ。アアア、まだミーにはやくめがー」
「もう十分満足したでしょ。ボロを出さないうちに埋め……いや、隔離させてもらうわ」
 そしてキャンディスはクリスに腕を引っ張られてどこか遠いところに連れて行かれた……。

(御堂晴海とレスト・フレグアムか……)
 刀真は少し離れた位置から、晴海達を見守っていた。
 2人が晴海とレストであることは、月夜から聞いていた。
(胸騒ぎがする)
 月夜が林間学校に参加すると聞いた時から、刀真は何故か軽く不安を感じていた。
(悪戯……か。
 不自然な者はいないだろうか)
 更衣室での会話については詳しく聞いてはいないが、必要以上に警戒をしていた。
 本当なら、月夜と一緒に晴海の側に行って、ガードしたいところだが。
 彼女の側には今、風見瑠奈がいる。
 瑠奈はまだ、刀真の姿を見ることが……月夜と一緒にいるところを見ることが、辛いようだった。普通に振る舞おうとしているようだけれど、刀真の目をみようとはせず、笑顔もぎこちなく感じた。
 だから刀真は瑠奈の目に入らない場所で、彼女のことをも見守っていた。
 瑠奈の想いに応えてあげることは出来なかったけれど、彼女は刀真にとって、特別な女性だ。幸せであって欲しいと思っている。悲しい目にあってほしくないと思っている。
 晴海達に何かがあったら、瑠奈がとても悲しむだろうから……。そんな思いもあって、刀真は必要以上に周囲に警戒を払っていた。