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別れの曲

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別れの曲
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【感謝】


「え!?」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が素っ頓狂な声を上げたのは、ツァンダのとある繁華街の往来だった。雑踏の中に彼が見つけたのはパートナーの千返 ナオ(ちがえ・なお)とミリツァが仲睦まじく笑顔を交わす瞬間だったのだ。
「も、もしかして二人でデート!?
 い、いやナオももうそんな年頃かもしれないし相手がミリツァならまあ反対する理由もないしだけど、まさか? いつもの間に??」
 激しい動揺ぶりに内心笑いつつ、ノーン・ノート(のーん・のーと)は「こらこら」と彼を諌める。
「余り大きい声を出しては二人が気付くではないか」
「ってもだって! ナオが……デート!? 驚くだろ!
 ……これってどうなんだ、挨拶とか――」
「する訳なかろう」
「そう、だよな。うん……」
 かつみがちらちらと様子を伺っているのに気付いて、ノーンが頭を軽く小突いた
「若い者の邪魔をしてはいかんだろ」
「う、うん。暗くなる前に行くか――」
 そうして漸くかつみが興味を移してくれたのに、ノーンは密かに安堵の息を吐く。まさか鉢合わせになるとは思わず胆を冷やした。今日ナオとミリツァが一緒に歩いているのは、他ならぬかつみの為なのだ。





「さっきはドキドキしましたね」
 温かい飲み物が注がれたカップを両手に持ってナオが顔を上げる。
「そうね、折角此処迄上手くやったのに、最後にバレてしまっては台無しだったのだわ」
 ミリツァがころころと笑うと、二人の視線はナオの座る椅子の隣に向けられた。上品な紙袋に入っているのは、ナオからかつみへの誕生日プレゼントだ。
「かつみも20歳になるんだし、ガチガチとは言わなくてもそれなりにちゃんとした服が必要だろう。
 まぁ最初のきっかけとしてみんなでプレゼントしてやろう」というノーンの提案で、ナオはネクタイを買いに出掛けたのだ。
「ミリツァさんが手伝ってくれて助かりました。
 俺、いわゆる『きちんとした』店に入った事がなくて。やっぱりお願いして良かったです、ミリツァさんってファッションに詳しいですよね」
 勿論メンズブランドだったが、その手に詳しい女性は異性のものまでアンテナを張っているらしい。ミリツァの場合は頓着の無い兄が身近に居る事もあって、全く分からないナオより余程知識が深かった。そもそもネクタイまで季節を考えて素材を変えるなど、思いつきもしない事だったのだ。
「ニットならデニムジーンズにも合うから慣れない人でも使い易いと思うのだわ。
 かつみが気に入ると良いわね」
 ナオは改めて礼を言い、そういえばと別の話題へ移った。
「今ってミリツァさん一人暮しなんですよね……すごいなぁ。
 俺まだ寂しいとか思ってしまうし」
「一足先に大人と呼ばれる歳になっただけよ。凄い事なんてないわ。
 それに毎日家族や友人が行き来しているもの、一人暮らしと言えるかしらね」
 苦笑する彼女の声に、ナオはやはり凄い、と尊敬を感じてしまう。強い女性だ。
 あの時も――ミリツァは自分が間違いを犯したと言っているが、ナオは助けられたのだ。
「一つ伝えたいことがあるんです」
 改まってミリツァと向かい合って、あの時の事をナオは思い出す。
「俺はあの事件が無ければ、かつみさんに何も言えないまま……崩壊してたと思うんです」

『闘って、あなたの思いを受け止めて貰うのよ』

 ミリツァが言ったあの言葉があって、ナオは今かつみ達と共に居られるのだと思っている。
「だから、ありがとうございます……ってちゃんと言いたかったんです」
 ナオの気持ちを受け止めて、ミリツァは此方こそと微笑んだ。
「美味しいケーキを有り難う」