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世界を滅ぼす方法(第2回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第2回/全6回)

リアクション

 
 
 真が突然胸を押さえて屈み込み、京と唯が驚いて駆け寄った。
「どうした!?」
「解らない……すごい……気持ち悪い……」
「私も、何だか胸がざわざわします。何かあったのかしら……」
「そういえば」
 空気に毒素が混じっているような、変な感じがする。
 そういえば、『瘴気』とはそういったものだと言っていたろうか。
 真は青ざめて、殆ど意識を失っている。


「ああ……!」
 駆け付けたヘリオドールは、惨状に愕然とした。
 間に合わなかった。
 自分がいつこの場に駆け込んだとしても、事態は変わらなかったに違いない。
 それでも、護らなくてはならないものを護れなかったという事実に、ヘリオドールは絶望した。
 柱に向かって走り出したヘリオドールを、光が引きとめようとする。
「待って、もう危ないよ!」
 既にすっかり、周りの様相は変わってしまっている。
 壁や天井まで、何か、黒いものに染まったものになっていて、声を上げると黒い塊が喉に入ったような気がして、光はげほげほと咳き込んだ。
「このままでは、地脈を通じてこれがシャンバラ中に広がってしまう……!」
 瘴気に咳き込み、腐った地面に足を取られながらも、ヘリオドールは、柱に辿り着く。
 恐怖に顔を曇らせ、しかし意を決してそれに抱き付いた。
「ヘリオドールっ!?」
 疾風が叫ぶ。
 ヘリオドールの手足や、髪やコードが、柱に呑みこまれて行き、彼女はじっと目を閉じ、額に脂汗を浮かせながら、必死に力を送った。

 遥が、はたと胸を押さえる。
「……!? 何か、呼吸が、楽になった……」
「……私が、ここで、ほころびを抑えて、います。お願い……。止める方法を、見付けてください。私の命が、尽きる前に」
「ヘリオドール……」
 彼女は命を賭けて、魔境を小康状態に抑えているのだ。
 力尽きればまた、魔境は広がり始める。

「おい! お前等早くこっちに来い!」
 呆然と固まる疾風らを、武来 弥(たけらい・わたる)が呼んだ。
「行くぞ、脱出する」
「でも、あの子置いて……」
「今はそうするしかないだろう!
 助けたいなら、早くあいつら捕まえて、方法を吐かせるしかない!」
 弥は、聖地内のあちこちで起きていたことを全てチェックしていて、聖地内にいた全員を格納庫へ集めた。
 飛空艇で脱出しようというのだ。
「私が見付けた物ですのに!」
 ガートルードが喚いたが、確かに、飛空艇で一気に進めれば、ことを早く終わらせることができる。
「使えるんだろ? 天井閉じてるが……」
 弥の言葉に、ガートルードは頷いた。
「それはもう調査済です。
でも操縦がよく解らないんです」
 バイクや車を運転するのとは訳が違うし、そもそも車の免許すら持っていない者が大半だ。
「そんなものは、やって慣れろだ。行けるならとっとと行くぞ!」
 弥の掛け声に、一行はぞろぞろと飛空艇に乗り込んだ。
 数人がかりで操縦席であーだこーだといじった結果、ついに飛空艇のエンジンがかかり、浮き上がったのを見て、シルヴェスターが天井を開く。
 建物の天井を開くと、地上への天井も同時に開くシステムになっているらしく、飛空艇は風雪の舞う氷雪地帯へと飛び出した。

「待ってて、必ず助けるからね……」
 地表からは、未だ魔境化は解らない。
 しかしその地下は確実に蝕まれつつある。断腸の思いで、飛空艇は聖地を後にした。
 向かう先は、『ヒ』のいるイルミンスールの森である。

「ちょっと待て。
 多分このまま北上すると、シャンバラ教導団の真上を通ることになる。
 黙って通れば、不審物体と認識され、撃ち落とされるとか何かされると思われるが」
 それよりも、シャンバラ教導団で一旦着陸して、全てを説明すべきだ、とクレア・シュミットは主張したが、反対意見も出た。
「でも、説明とかしても、飛空艇を接収されるかもしれないじゃん」
 それよりも、一刻も早くイルミンスールに向かうべきだ、と。
 話し合いの結果が出ないまま、飛空艇はシャンバラ教導団領空に入りそうになってしまったので、とりあえず迂回する。
 そして結局そのまま進むことになった。のだが。


「何か、高度落ちてる?」
「これ、燃料入ってるのか!?」
「てゆーか西に逸れ過ぎ!」
「着陸!」
「どうやって?」
「シャンバラ教導団に降りるとか以前に着陸できなかったのかよ!」


 ……という喧々囂々の末、飛空艇は、シャンバラ大荒野、砂漠地帯に墜落したのだった。






 気配がした。
 ヘリオドールは動けない。
 薄く目を開けてそちらを見ると、1人の男が立っていた。
 褐色の肌。銀色の、長い髪。
「『ツチ』め、爪が甘い奴だ」
 呟きに、酷い恐怖を感じた。
 殺される。
 ヘリオドールはぎゅっと目を閉じる。
 お願い、やめて。
 請う声は、恐怖で言葉にならなかった。

 銃声が響き、『カゼ』は振り向いた。
「……頭を狙ったのですが。躱してくれますね」
 『カゼ』は、その赤毛の男に見憶えがあった。
「あなたを倒す手掛かりを求めてここに来たのに、何も収穫がないのかとがっかりしていましたよ。
 しぶとく残っているものですね」
 眉間にしわを寄せ、顔を歪めるようにして、朱 黎明(しゅ・れいめい)は笑った。
「……世界を滅ぼしたいと言っていなかったか」
「さあね。忘れました」
 すっと瞳を薄くした『カゼ』に、黎明は軽口を叩く。
「確かに正義でもありませんが。
 憶えておくといい。貴方は私が倒します。
 貴方も悪でしょうが、貴方は正義でもない、悪の私に倒される」
 正義などではないのだ。
 『カゼ』を倒したいと思うのは、そんな馬鹿馬鹿しいものが理由ではない。
 ただ、『カゼ』の目は、酷く過去を思い出させて、脳裏をざらりと気味悪く撫でる。
 不愉快で、イラつく。
 それだけだ。
 『カゼ』は冷たく黎明を見、ちらりとヘリオドールを見たが、すぐに身を翻した。
「放って行くのですか」
「……今手を下さなくても、いずれ力尽きる。
 それ迄、恐怖を味わい続けるといい」
 『カゼ』が去って、黎明は小さく舌打ちをした。
 勿論、倒せればここで倒してしまいたかったのだ。
 だが、宣戦布告は覚悟の証だった。
 様子を窺っていたネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が歩み寄る。
 黎明はヘリオドールを見てから、ネアをちらりと見る。
 ネアは痛ましそうにヘリオドールに歩み寄った。
「……ありがとう、ございました」
「いいえ。ご無事で、本当によかった……」
 無事、とは言い難いが、そう言うしかなくて、ネアは言葉を飲む。
「……何か、して欲しいことはありませんか?」
 ネアに言われて、ヘリオドールは少し考えた。
「……外の、話を……聞かせてもらえませんか」
 何でもいいです。何か、この聖地の外の話を。
 生まれてからずっと、この場所だけが世界の全てで、生きる理由で、存在意義だった。
 自分は、この場所を護る為だけに存在していた。
 後悔は無い。けれど、少しだけ、知りたい。
「……ええ。わかりましたわ」
 ネアは出来得る限り優しく微笑んで、黎明は静かにその場を後にした。