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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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栄光は誰のために~火線の迷図~(第2回/全3回)

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 義勇隊に志願してきた他校生たちと一緒に、技術科主任教官楊 明花(やん みんほあ)が、量産された魔法防御力の高い盾を持って拠点に到着したのは、その数日後のことだった。さっそく翌日から遺跡探索が再開されることになり、遺跡探索部隊に選抜された生徒たちは、準備に追われた。
 そろそろ日が暮れかけて来た頃、見張り台から配食を知らせるラッパが鳴り響いた。大型の野外炊具が持ち込めないため、食事はレトルトや缶詰を、中華鍋で沸かした湯で温めたものだ。それでも、『腹が減っては戦は出来ぬ! すべての生徒が満足する食事を!』を信条とする給養部隊と、技術科の戦闘糧食研究班が共同で開発した戦闘糧食は、和食洋食中華、それに食後のデザートまで揃っている。
 「明日に向けてのミーティングのお供に、教導団名物『刺突!教導団子』とお茶をどうぞー」
 皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は、本校の売店から取り寄せた団子を生徒たちに配って回っていた。パートナーのうんちょう タン(うんちょう・たん)が配るお茶が日本茶だけなのは、烏龍茶党(じゃないかと思われる風紀委員たち)と紅茶党(と思われる『白騎士』たち)のどちらの味方でもないことをアピールするため、らしい。
 「楊教官、ちょっとお話が」
 パートナーの太乙(たいいつ)と中華丼を食べている明花のところに、青 野武(せい・やぶ)黒 金烏(こく・きんう)がやって来た。
 「遺跡探索について、一つ作戦を提案したいのですが……もしも、本当に遺跡内部で円盤や量産型機晶姫といった末端防衛機器の修理または生産が行われているなら、末端防衛機器だけを破壊してもきりがありません。ですので、防衛システム自体を混乱させ、機能させなくするべきと思います」
 「……具体的にはどうやって?」
 ジャスミンティーをすすりながら、明花は訊ね返す。
 「遺跡の技術はまだ我々が知らないものですから、我々の情報撹乱能力が通用するかはまだ判りません。ですが、とりあえず侵入者に反応することは判っています。そこで、センサーに対し侵入者の情報を過剰に与え、システムを混乱させる、あるいはダウンさせることが可能ではないかと考えるのですが」
 野武はずい、と身を乗り出した。
 「具体的には、確実に反応するであろう『生命体』を《工場》内に大量に放つのです。衛生科で飼っているマウスなどの小動物や昆虫ですね。それと同時に、我々も攻撃を加えれば、センサーの入力が過剰になって、混乱させることが出来るのではないかと……。まあ、過剰反応で末端防衛機器が大量生産される恐れや、防衛システム以外のシステムも混乱する可能性があるなどのリスクもありますが」
 「なるほどね」
 明花はレンゲでアルミ食器の縁をコンと叩いた。
 「で、その小動物はどうやって制御するの?」
 「は?」
 意外な質問に、野武と金烏は絶句した。
 「《工場》は、それ自体が遺失技術の塊だわ。そして、防衛システムの威力は、建物の構造物に被害を与えるようなものでなくても、内部に眠る資料や装置類にダメージを与える能力はあるのよ。暴走の結果システムが沈黙してくれればい良いけど、混乱して無差別に攻撃するようになるのは困るわ。それに、放した小動物自体が遺跡にダメージを与えたり、こちらの攻撃の邪魔をする可能性もあるわね」
 何匹ものネズミによじ登られて、精密射撃する集中力を維持できる?と訊ねられて二人が答えられないでいると、明花は軽く息をついて言った。
 「制御できない状況は、味方にとって害になることも多いものよ。相手だけを混乱させられるならいいけど、味方にまでダメージを与えたり混乱させたりする恐れのある作戦は、許可できないわ」
 「……我々は、少し楽観的に考えすぎていたようであります。失礼しました」
 金烏は明花に向かって敬礼し、論破されて呆然としている野武を引っ張って立ち去った。
 「あの、教官」
 それと入れ替わるように、プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)が明花に声をかけた。
 「発見された物の詳しい調査を、まだ探索中の遺跡の中でするのは難しいですよね? でも、いちいち本校まで戻って調べるのも大変です。そこで、後方に研究拠点を設けてはどうかと思うのですが。発見したものをすぐに使えるようになれば、戦いがそれだけ楽になります。例えば、量産型機晶姫に搭載されている兵器を、私たちのパートナーも使えるようになれば……」
 「気持ちは判るけど、鏖殺寺院の攻撃がなくならない限り、遺跡の内部や周辺にそういう拠点を作るのは無理でしょう。分析用の機材を本校から持って来るのも難しいし」
 プリモの言葉を遮って、明花は言った。
 「時間はかかりますが、現状では発見したものはいったん本校に送って解析するのが、一番確実で早いと思いますよ。自分たちで使うとなれば、使用者の安全のことも考えなくてはなりません。研究拠点を作ることは、鏖殺寺院を退けた後で考えましょう」
 太乙が諭すように言葉を添える。
 「そうですね……。今までに見たことがないようなものが見つかって、気持ちが逸っていたみたいです。お食事中に失礼しました」
 プリモはぺこりと頭を下げて、去って行く。
 「より強い兵器や便利な道具が早く欲しい……そういう気持ちはわかるんだけど。ちょっと皆焦りすぎだし、補給や開発ってものを簡単に考えすぎよねえ」
 それを見送って、明花はため息をついた。
 「生徒の手綱を締めるのも、教官の仕事でしょう」
 自分のことを棚に上げた言葉に、太乙が苦笑する。


 「日本に居た時? ちょっと機械やコンピューターが好きな、普通の中学生でしたよ」
 技術科の深山 楓(みやま かえで)は、パートナーのネージュ林田 樹(はやしだ・いつき)とパートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)月島 悠(つきしま・ゆう)とパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)と一緒に、缶詰の炊き込みご飯にやはり缶のたくあん、レトルトの豚汁という夕食を食べていた。
 「うちが東京の下町にある、曽祖父の代から続く町工場なんですけど、きょうだいが居ないので、私が後を継ごうかなあって思って。父や祖父は、自分の好きなことをすればいい、一人娘だからって絶対に工場を継がなきゃいけないなんてことはない、って言ってくれてるんですけど、小さい頃から側にあったせいか、機械とか工場が好きなんです」
 「で、国費留学生になったんですか。ネージュくんとはどういうふうに知り合ったんです?」
 さっきから楓に質問しているのは翼だ。楓はネージュを、ネージュは楓を見た。
 「国費留学生としてパラミタに来るためには、パートナー契約が必須なんです。どんなにその他の成績が優秀でも、パートナーが見つからない人は留学生になれません。事実上の最終試験ですよね。私の場合は、発見されても目覚めない機晶姫たちと引き合わされて。その中にネージュがいたんです」
 「楓が、わたしに名前をつけてくれたの。『雲』っていう意味なんだよね?」
 ふわふわの白い長い耳を押さえて、ネージュが微笑んだ。
 「うん。小さい頃に私が大切にしていたうさぎの縫いぐるみの名前なんですけど、耳がそっくりで、思わずそう呼びかけたら、ネージュが目を開けたの。あの時はびっくりしたなあ」
 楓はくすくすと思い出し笑いをする。
 「ところで、その後遺跡や、中で発見されたものについて新しく判ったことはあったか?」
 缶詰の焼き鳥をつまみながら、悠が訊ねた。楓は首を振った。
 「特にないと思いますよ。楊教官と太乙教官がこっちへ来ちゃいましたから、あの円盤みたいな機械の分析も、一通り終わったところで作業が止まってると思います」
 「その楊教官と太乙教官だけど、今回こっちへ来た目的は?」
 悠の質問に、口元に箸の先を当てて楓は首を傾げた。
 「楊教官も太乙教官も、基本的には研究者で、研究開発が出来ていればいい人たちですから……あの円盤を見て居ても立ってもいられなくなっちゃったんじゃないですか? 一刻も早く、遺跡と、その中にあるものを見たいんですよ。機晶姫や円盤を修復するシステムがあるっていうのはまだ推測の域を出ませんけど、少なくとも機晶姫と円盤、それにセキュリティ・システムが存在するのは判ってますから」
 「そうか……じゃあ、それらを手に入れることが、技術科の目的ということになるんだな」
 食事を終えたらしく立ち上がった明花と太乙を見て、悠は言った。
 「そうですね。そういうことになると思います」
 楓はうなずく。
 「……ところで、チビ助は、風紀委員会や査問委員会と『白騎士』の対立についてどう思っている?」
 樹が、少し声を落として言った。自分が小柄で貧相な体型をしている自覚がある楓はむっとして言い返しかけたが、
 「申し訳ありません、深山様。でも、林田様はこのところ悩んでいらっしゃるのです。どうかお話を聞いてくださいませんか」
 ジーナが横から謝罪するのと、樹が真剣な表情をしているのを見て言い返す言葉を飲み込んだ。
 「いや、前回の探索の時に、風紀委員長とシュミットが睨みあったのを見てしまったんだ。鏖殺寺院が攻撃してきているこんな時に、教導団の内部でこんな風に争っていていいものかと……。派閥争いについては以前から鬱陶しいと思っていたんだが、ここへ来て、不快感より危機感が強くなってきてしまってな……。教導団に対して不審を抱くのは、良くない考えだとは思うんだが。深山は、そんな風に思うことはないか?」
 樹はとつとつと心情を語る。楓は目を伏せて、小さく息をついた。
 「思っても、どうしようもないんじゃないですか? 李先輩や妲己先輩を委員長に任命したのは、他でもない金団長です。それはつまり、根本は教導団の体制とか構造とか自体にあるっていうことでしょう? 私は国費留学生ですから、命令を聞かないことは、イコール、パラミタに居られない、教導団で勉強が出来ないっていうことです。団長が白と言えば白、黒と言えば黒と思うしかありません」
 その言葉も表情も随分と大人びているように感じて、樹は言葉を失った。
 「……悪かった。忘れてくれ」
 立ち上がり、楓の頭をくしゃくしゃとかき回すと、樹は食事の後片付けをするためにその場を立ち去った。ジーナが慌ててその後に続く。
 「それは多分、みんな心の底では思っていることですよ。でも、ただの学生の自分がどうしたらいいのか、何が出来るのかって言われたら……」
 それを見送って、楓は呟いた。ネージュがそっと楓に寄り添う。