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リアクション
■リアクションB
第一章 嵐の前の
ヒラニプラ近郊の樹海で発見された遺跡は、《工場(ファクトリー)》と名付けられた。
鏖殺寺院の手先と見られる蛮族の襲撃を何とか退けた教導団の生徒たちだったが、前回の襲撃は小手調べに過ぎず、再度襲撃があるだろうと予測されているため、遺跡の入口付近では、バリケードの強化など守りを固める作業が急ピッチで行われていた。それと同時に、他校生で組織される『義勇隊』の受け入れ準備や遺跡の再探索の準備も重なって、樹海に派遣中の教導団の生徒たちは嵐の前の静けさならぬ大忙し、という状況だった。
「査問委員長、ちょっといいですかぁ?」
そんな騒ぎの中、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)とパートナーのゆる族うんちょう タン(うんちょう・たん)は、拠点内を歩いていた妲己を呼び止めた。
「何でしょう?」
「えー、これなんですがぁ」
伽羅は一冊のファイルを差し出した。
「実は、義勇隊発足に当たり、必要な装備品や、食事に制限がないかどうかのアンケートを取ったんですぅ。つまり、このファイルは、義勇隊に入った他校生の個人情報の塊なわけですぅ。もちろん、装備や食糧の準備にデータを使ってるんですが、もしかしたら、査問委員会の方でもお使いになるかなー、なんて思いまして、お呼び止めした次第なんですがぁ」
「ふざけた回答や虚偽の回答をしないよう、それがしが睨みをきかせておりましたからな。信憑性は抜群でござる」
タンが胸を張る。伽羅は言葉を添えた。
「身内を褒めるわけじゃありませんけど、とりあえず支給した衣類や個人装備にサイズ違いはありませんでしたのでぇ、多分皆さん正直に答えて下さってると思うんですけどぉ」
「見せて下さいますか?」
妲己は手を伸ばしてファイルを受け取った。アンケートの内容は住所氏名、学校、身長体重などの身体的データ、食事の嗜好や制限などが主な項目だが、志望動機など思想背景を探ろうとする項目もある。これらは衣類のサイズや食事の好みのように、正しいかどうか一目で確認できるものではなく、どれだけ信憑性があるかは疑問だったが、
「何かの役に立つことがあるかも知れません。受け取っておきましょう」
妲己はファイルを閉じ、脇に抱えた。そして、伽羅ににっこりと微笑みかけた。
「ご協力ありがとうございます、皇甫さん、うんちょうさん」
「え!?」
名前を呼ばれて、伽羅とたんは思わず姿勢を正した。妲己はもう一度意味ありげに笑うと、すたすたと歩いて行ってしまった。
「さすが、査問委員長……」
伽羅は呆然と呟いて、その後姿を見送った。
輸送担当の霧島 玖朔(きりしま・くざく)、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーの剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、佐野 亮司(さの・りょうじ)とパートナーのゆる族ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)、鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)とパートナーのヴァルキリー松本 可奈(まつもと・かな)、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)とパートナーの機晶姫エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)は、樹海の中でしばしの休息を取っていた。真一郎が携帯用の湯沸しで湯を沸かしてコーヒーを淹れ、可奈が自作のクッキーを出す。エリーズも、ザックからキャンデーやチョコレートを取り出した。
「だ、大丈夫でしょうか、こんな所で休憩しても」
初めての任務に緊張気味のレジーヌは、地面に正座し、落ちつかなげに周囲を見回している。しかし、パートナーのエリーズは、
「でも、休憩なしでずーっと歩き続けてるわけにも行かないもん。ほら、レジーヌもチョコレート食べようよ! 重たい荷物を担いできて疲れたでしょ?」
とすっかりリラックスした様子でクッキーの袋を差し出す。
「あ、あの、すみません、騒がしくして。エリーズ、だめよ、もうちょっと静かにしないと。敵に気付かれてしまうわ」
レジーヌは他の生徒たちに向かってぺこぺこと頭を下げる。
「そうですね、少し静かにした方が良いかも知れません。ですが、あなたもあまり緊張していると余計に疲れますよ」
真一郎がアルミのカップに入れたコーヒーを差し出しながら言う。
「はっ、あ、ありがとうございます」
男性と話すのが苦手なレジーヌは、帽子を深くかぶり直し、視線をあわせないようにしながらカップを受け取った。
「良かったらこれもどうぞ?」
可奈が差し出したクッキーを、レジーヌとエリーズは同時に口に入れた。が、次の瞬間、レジーヌは盛大に噴き出し、エリーズはコーヒーをがぶっと飲んで涙目になった。
「クッキー美味しくない……コーヒーにがーい……」
「すみませんね、砂糖はあるんですがミルクはさすがに……」
真一郎は苦笑した。
「ですが、このクッキー、そんなに美味しくないですか?」
「すみません、せっかくなんですが、ワタシには無理です……」
平気な顔でクッキーを食べる真一郎に、ハンカチで口をぬぐいながらレジーヌは言った。
(……あんな反応をされるクッキーを平気で食べるなんて、愛? それともただの味覚オンチ?)
他の生徒たちが凝視する中、真一郎は黙々とクッキーを食べている。
「……それにしても、軍用バイクも通れないような所だとは思わなかったぜ」
我に返って、コーヒーをすすりながら玖朔がぼやいた。
「サバイバル訓練に使われるような所だからなぁ。トラックが通れる補給路を整備して欲しいと林教官に願い出たんだが、認められなかったんだよ」
亮司が肩を竦める。
効率だけを考えるなら、遺跡の外側から重機を使ってトラックが通れる道路を引いてしまうのが一番手っ取り早い。それが許可されなかったのは、いつ敵が攻めて来るか判らない状況ではバリケードなど陣地の構築が先決で、補給路の整備に割ける人手が足らないことと、自分たちが通行しやすいと言うことは敵及び部外者も侵入しやすくなるということである、という二つの理由による。
「迎撃システムの車載試験も出来なかったしね」
ルカルカも士気が上がらない様子だ。彼女は遺跡で発見された迎撃システムを車に搭載する試験がしたいと林に願い出たのだが、
『迎撃システムって、遺跡から持ち帰られたあの円盤のことか? あれなら本校に送られて、今頃明花にバラバラにされてるだろ。再組み立て? したかどうかは俺は聞いてないが、もともと破壊された奴を拾って来たものだから、修理までは出来なかったんじゃないか? 相当高度な技術だと言ってたらしいしな……。あの女のことだ、使えそうなものが出来たら、喜び勇んで戦線に投入したがるだろう。何も言って来ないってことは、少なくとも実戦で使えそうな状態にはないってことだろうな』
と言われてしまったのだ。
「残念だが、そもそも使えるものがなかったんだ。気持ちはわかるが、今後に期待しよう」
ダリルが慰めるようにルカルカの肩を叩く。
「……さて、そろそろ出発しないか? 日が暮れるまでに遺跡に着かないと」
コーヒーを飲み終えて、ジュバルが皆を見回した。
「そうですね。行きましょうか」
真一郎がうなずく。生徒たちは大きな荷物を担ぎ、再び遺跡に向かって歩き出した。
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