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リアクション
第2章 ラリヴルトン家
「高務さん、そこの掃除が終わったら、こちらを手伝って下さい」
「はい、畏まりました」
百合園女学院の高務 野々(たかつかさ・のの)は、先輩メイドに返事をして急いで掃除を終わらせる。
怪盗舞士から予告状が届いた際、ラリヴルトン家でメイドとして働かせてもらった野々だが、その後も無償で構わないので見習いとしておいて欲しいという野々からの申し出により、継続して働かせてもらっていた。
毎日忙しいのだが、女性が多いということもあり噂話は絶えない。
野々はメイドとしての技術、立ち振る舞いを学びながら、噂話に耳を傾け情報を得ていく。
長男のレッザはなかなかの器量よしで切れ者だから、娘を嫁がせたいだとか。
ラリヴルトン家は名家なのだが、最近メイドの数が減ったらしく、当主が金銭面で苦慮しているという噂だとか。
本音はこうして舞士に関する情報を得ることなのだが、その本音に関しては生徒会の役員と校長達にしか説明はしていない。
「お待たせしました」
掃除用具を片付けて、給湯室に駆け込むと先輩メイドが紅茶を淹れているところだった。
「百合園から今日もお客様が見えています。お茶だしお願いいたしますね」
「はい」
野々は手を洗ってエプロンをかけた。
応接室には、百合園女学院の生徒達と、レッザ・ラリヴルトンの姿があった。
野々は先輩メイドと一緒に、来客とレッザに紅茶を出していく。
出し終えた後、野々は先輩メイドと共に、礼をして部屋を後にした。
「まずは君の母上の事を聞いてみてもいいかな?」
メイド達が退室して直ぐ、声を発したのは百合園の桐生 円(きりゅう・まどか)であった。
「母は健在ですし、父との仲も特に悪くはありません」
彼の様子を探るが、その言葉には嘘はなさそうだった。
「『嘆きの遊女』が万年筆ねぇ〜、それはさすがに無いとおもうんだわぁ〜」
微笑みを浮かべながらのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の言葉に、レッザはピクリと眉を動かし、誤魔化すようにティーカップを手にとった。
「万年筆だけではありません、よね? 何か曰くつきな物だったのでしょうか? 『嘆きの遊女』と比喩された程のターゲットだからこそ、女性からのプレゼントであったりだとかではありませんでしょうか」
百合園のティアレア・アルトワーズ(てぃあれあ・あるとわーず)がそう訊ねる。
レッザは無言で紅茶を飲み、カップを置いて目を軽く彷徨わせた。
「申し訳ありません。言い難いことを聞いてしまって」
ティアレアは即座に謝った。
「いや、いいんだ」
優しい声でレッザはそう答えた。
「私達の目的はラズィーヤ達を守ること。誰かの秘密を白日の元に晒すことではない。だが現状、怪盗の狙いがわからない」
蒼空学園のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)はレッザと面会する前に、ラリヴルトン家や犯行現場を一通り調査し、白百合団に報告をした。
今のところ何も進展はない。被害に遭った家の者はこのレッザや彼の父のように口を閉ざし、真実を語ってはくれなかった。
盗まれたものが物とは限らない。醜聞など家、地位に傷がつく情報である可能性もあるとアルフレートは考えていた。
「怪盗は怪盗で愉快犯を名乗る割りに、自身の戦果を世間に知らしめない。単なる目立ちたがり屋の盗人とは思えないのだが、怪盗は今や百合園の生徒にまで被害を及ぼし始めている。悠長にしていられない」
目を合わせないレッザの方に手を伸ばし、アルフレートはコツンとテーブルを叩いた。
「……私達はラズィーヤ達を守れればいい。被害を未然に防げれば、被害の実体や怪盗の正体を白百合団内で済ますことも出来ない話じゃない。知っていることを話して協力、してくれないか?」
ティアレアのパートナーのアルメリア・ソプラゼ(あるめりあ・そぷらぜ)がパラリとノートを捲った。
小さな反応も逃さずに、アルメリアはノートに話し合いを記録していた。
「父親のこと、嫌いなんでしょ〜? でも話せないのね〜。人間関係って複雑よねぇ〜。知りたいのは盗まれた物とその傾向よ〜」
オリヴィアは、紅茶を飲んで微笑みながらレッザに問いかける。
「さぁ取引だ、君の父上を処理してあげようか?」
円がレッザの心に鋭く切り込んだ。
「……怖いこと、言うんだな。百合園生でも」
レッザは息をついて、目を伏せて、力のない笑みを見せた。
「好き、ではないが……嫌いというわけではない。俺の唯一の父だし。公にはしないと約束してくれるのなら、俺の見解を話すよ」
レッザの言葉に、アルフレート、及び集まった者達が頷く。
レッザもまた頷いて、手を組むと語り出した。
「万年筆、が盗られたのは本当だ。だけど怪盗の狙いは万年筆ではなくそれと一緒に父が持っていたもの――スケジュール帳だと俺は思っている」
「スケジュール帳、ですかぁ〜?」
記録を取りながら、アルメリアが不思議そうな目を向ける。それも価値があるものではないから。
「そのノートも真っ白なら、殆ど価値はないけれど、キミが纏めたその情報は必要な人にはとても価値のあるものだろ?」
アルメリアはびっしりと書き記した文字を見ながら、こくりと頷いた。
「スケジュール帳は父が肌身離さず持っていたもの。父と、何かの繋がりを表す証拠となるものだと、俺は見ている」
と、言った後、レッザは円とオリヴィアに目を向けた。
「父に手は出さないでくれよ? ホント嫌いというわけじゃないんだ。……疑心は、持っているが……」
「了解」
「わかったわ〜」
円は短く答え、オリヴィアはくすくすと笑みを見せる。
「もう一つ……レッザさんは怪盗舞士が現れたとき、何故ドアの鍵を開けたのですか? ガラスの破片が落ちてくる危険があったとはいえ、開ければ怪盗を逃がすことになりかねませんのに」
ティアレアはもう一つの疑問をレッザに向けた。
「それは深く考えてのことではなく、咄嗟の判断でした。逃がすことになっても仕方がないと考えていたと思います。盗まれた物より皆様の安全の方が大事ですから。しいていえば、大したものではないのなら、盗まれてもいいと考えていたとも言います」
その言葉に嘘は見られなかったが……。
「あの舞士さんは……レッザさんのご友人なのではありませんか?」
百合園の橘 舞(たちばな・まい)が突如真剣な表情で語り始める。
「舞士さんとも直接話しましたが、お金の為に他人から物を盗んでまわるような悪人には見えませんでした。ですが、どのような理由があろうと盗みは盗み、罪は罪ですから、舞士さんの為には盗みは止めさせないといけません」
レッザが怪訝そうに舞を見る。
舞の隣では、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が困り顔……いや、目は少し楽しげに場を見ていた。
「友人を庇いたい気持ちは理解できますが、悪さを咎め、罪を償わせるのが本当の友情だと思います。きっと今の状況を一番苦しんでいるのは、舞士さん自身だと思います。ですから、どうか舞士さんが誰なのか教えてもらえませんか」
舞は立ち上がって頭を深く下げた。
「いえ……」
レッザも立ち上がり、頭を下げ続ける舞の肩に手を乗せて、彼女を座らせる。
「友人ではありません」
舞の思い込みと、彼女の真剣な様子に、くすりと彼は軽い笑みを浮かべていた。
「ご友人ではないとしても、舞士の正体はヴァイシャリーの上流階級出身者ではないでしょうか? 舞士は個人の大切な物を盗んでいるようですが、誰が何を大切にしているかは、近しい者でなければ容易に知り得ないはずだから。手際の良さや保管場所も含め、屋敷の構造や警備体制にも熟知していることが窺えるます」
ブリジットが舞の思い込みに補足説明をした。
「上流……」
レッザが深く考え込む。
「確かにそのような、気も……あの男性を、実はどこかで見たことがあるような気がします。ですが、話しをした覚えは全くなく、遠い存在、近づけない人だったような」
「ん……?」
言われて見れば、とブリジットも考え込む。
彼女も接近戦を行なったため、舞士を間近で見たのだ。
何か、ひっかかりを覚える――。
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