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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第2回/全3回)

リアクション


第5章 大好き

 何か事件があったらしく、白百合団のメンバーが慌しく出かけていく。
 その様子を見るだけで、アユナ・リルミナルは不安を覚えてしまう。
 また、自分の大切な人を、傷つけに行くのではないかと。
 放課後、廊下の窓から外を見ながら、アユナは不安に狩られていた。
「アユナ、だよね? ね、あなた怪盗舞士グライエールのファンなんだってね!」
「……え?」
 声を掛けられて、アユナは振り向く。
 声の主は百合園の生徒……生徒会執行部に所属していない源内侍 美雪子(みなもとないし・みゆきこ)という少女だった。パートナーのマルシャリン・ヴェルテンベルク(まるしゃりん・べるてんべるく)も一緒にアユナに微笑みかけている。
「あたしは、源内侍美雪子。ほら、最近映像と声が公開されたじゃない? あたし達も興味もって、独自に調べてみたんだけどさー」
 親しい友人のように明るく、美雪子はアユナに話しかけていく。
 今まで、接点はなかったけれど、アユナがとても元気な少女であることは、美雪子もよく知っていた。
 このところ元気がないのは、多分ファンであった怪盗舞士のことが原因なんだろうということも薄々察していた。
「マルシャリン・ヴェルテンベルクと申します。街の人に、映像見て戴きました。声も聞いてもらい、似ている人を知らないかとお訊ねしました」
 調査結果を記したノートをマルシャリンは開く。
「でも、知っているって答えた人は残念ながらいなかったんだ。どこかで見たことがある気がするって人は結構いるんだけどね……っ」
 笑顔で言う美雪子の顔をアユナは戸惑いの目で見ている。
「もしかしてと仰られて人物のところにも、伺ってみたのですが、これといって反応はありませんでした」
「声の方は特徴があるけど、これ多分、声色を変えてるんだろうね」
 アユナはこくりと頷いた。しかし、直ぐに首を横に振った。
「アユナは何もわからない……。会ったこともないし」
「うん、だからまた何かわかったら教えるね。白百合団への報告より優先して」
 その言葉にアユナは少し驚きの表情を浮かべる。
「アユナさん、本当に舞士さんがお好きそうですから」
 マルシャリンがそう言うと、アユナは目をぎゅっと閉じて、深く頷いた。
「アユナ、舞士様大好きなの。色々教えてね!」
「うん、約束」
「約束しますよ」
 二人の言葉を聞くと、アユナは頭を下げた。
「ありがとっ」
「それじゃ、またね」
「またね」
 美雪子とマルシャリンはアユナと別れると生徒会室に向かう。
 白百合団にも調査結果は報告するつもりだった。だけど、本当に大切なことが判った時には、アユナに真っ先に知らせようと思っていた。

「アユナさんですね。シェーンハイトと申します」
 校門へ向かうアユナを、シェーンハイト・シュメッターリング(しぇーんはいと・しゅめったーりんぐ)が呼び止める。
「怪盗舞士グライエールさんについて詳しいとお聞きして、お話を聞かせていただきたく伺いました」
 その言葉に、アユナは暗い顔を見せる。少し前の彼女なら、そんな反応を示すことはなかったのに。
「状況が状況ですからお疑いはご尤も。ですが、私は彼と敵対する意志は誓ってありません。心配でしたら、私の武器など一切あなたに預けます。その他怪しいものを持っていないか調べてくださっても構いません。どうでしょう? お話を聞かせていただけませんか? あなたの素敵な、怪盗さんのお話を」
 アユナはシェーンハイトの言葉を聞いた後、首を左右に振った。
「アユナに聞くより、白百合団に聞いた方がいいよ。アユナは団に入ってないから、詳しいこと何も知らないし。舞士様の現れた場所とか、噂話は沢山集めたけど、そういうの白百合団も全部調べてあるはずだから」
「団が得た『情報』ではなく、怪盗の真の姿を知りたいのです。あなたなら怪盗の素敵なところを沢山知っているんじゃありませんか?」
「舞士様が好きな人なら、街にも沢山いるから聞き込みしてみるといいよ。アユナ、約束があるからっ」
 ……アユナは逃げるように走り去ってしまった。
 舞士について知りたいだけでは、彼女の信頼は得られそうもなかった。
 彼女の態度は、何か大きなことを知っていると言っているようなものだとシェーンハイトは感じ取った。
 深く息をつき、噂を聞きに街に出るか、それとも再びアユナに接触してみるか――歩きながら考えるのだった。

「アユナさん、待ってください!」
 もう1人。
 校門を走り出たアユナを追いかける人物がいた。
 立ち止まったアユナに、追いかけてきた真口 悠希(まぐち・ゆき)が話しかける。
「怪盗舞士さまを傷つけた白百合団に、疑問を持っているとお聞きして……少しお話をさせていただきたいと思いました。あっ、ボクは真口悠希です。白百合団には所属していません」
「……うん」
 元気なく頷いた後、アユナは歩き出し、悠希も並んで歩き出す。
「でもボクは……静香さまに、静香さまだけでなく百合園も守るナイトになると誓いました。百合園も守るというのは……百合園生のアユナさまもボク、守りたいのです」
「……」
「あ、でも誤解しないで下さいね。アユナさまを怪盗舞士さまから守りたいと言っている訳ではないのです。むしろ舞士さまがアユナさまにとって大切な方なら、二人共助けてあげたい……そう思っているんです」
「舞士様を、助けてくれるの?」
 アユナの不安気な声に、悠希は首を縦に振った。
「その舞士さまですが、生徒会等からお話を聞く限り、ボクにはラズィーヤさまの最も大切なものを奪う……そんな危害を加えるような人物には見えません」
「うん、舞士様は、人に攻撃したことないもん」
 真剣な彼女の瞳に、悠希は強く頷く。
「だから……アユナさんのお話をお伺いしたいのは、舞士さまがそんな方では無いと信じてはいますが、その確信を得て、もっとお二人の力になりたいからです」
 そして、アユナに頭を下げた。
「……お願いします」
 立ち止まって、しばらく沈黙した後……アユナはゆっくりと言葉を出した。
「約束、してね。力になってくれるって。だって、舞士様は危害を加える人じゃないから」
「約束しますよ」
 悠希がそう言うと、アユナはこくりと頷いた。
「アユナも静香校長好きだよ。校長も、舞士様のこときっと許してくれると思うから。仲良くしようって言ってくれると思うから」
 そう淡く微笑んで、悠希と微笑み合った後、アユナは商店街の方を指差した。
「お友達と待ち合わせしてるの。一緒に来る?」
「はい、同席させて下さい」
 ラズィーヤの最も大切な物が、桜井静香ではないかとういう不安に駆られている悠希だけれど……。
 アユナの言葉を聞いて、何故かその不安が少し治まった。

 商店街の一角にある喫茶店――その地下の個室に、怪盗舞士と遭遇を果たしたメンバーは集まった。
「舞士様のこと、守ってくれる人だから」
 と、アユナは悠希のことを紹介して、席に着き相談を始める。舞士との約束の日が迫っていた。
「アユナが舞士を手伝うというのなら、少々癪だがメリナも手伝うしかないと思ってる。アユナ一人を危ない目にあわせることはできないからな」
 百合園のメリナ・キャンベル(めりな・きゃんべる)は紅茶をスプーンでかき混ぜながらそう言った。
「私もアユナさんが心配だから一緒に行きますよ。怪盗に敵意はありませんし、こちらから手を出すようなことはいたしません」
「ワタシも繭と一緒に行くよ。そうだね、こちから手出しはしない」
 百合園の稲場 繭(いなば・まゆ)、それからパートナーのエミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)はそう約束をする。
「私は、白百合団員ではなく、教導団員でもない、「琳鳳明」個人として会いに行くよ。尾行とか怖いから、全員変装してばらばらで約束の場所に向かおう?」
 教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)の言葉には、アユナは少し戸惑いを見せた後、不安気な顔でこくりと頷いた。
「あと、これからは、舞士の敵を欺くために「舞士様のことは諦めた。もういいの」と偽装しましょう。集まると注意を引いてしまうので、明日からは携帯と手紙で情報交換しましょう」
 百合園の高潮 津波(たかしお・つなみ)の言葉に、一同頷いた。
「そうだな。アユナ、何かの際には直ぐ呼ぶように」
「1人で無茶しちゃダメですよ?」
 メリナと繭の優しい言葉に、アユナは少し涙を浮かべてこくりと頷いた。
「アユナ、舞士様のこと超好きだけど、皆のことも、大好きだからね……っ」
 アユナは隣に座るメリナと繭の腕をぎゅっと引き寄せて抱きしめる。
「アユナの大事なおともだちだもん」
 約束の日まであと数日。
 電話番号とメールアドレスを交換して、少しだけ雑談をした後、それぞれ帰路についたのだった。