リアクション
武雲嘩砕一日目〜虹キリンを捕まえろ!
『虹キリンを捕まえ隊』が結成された。総勢十名である。
ミツエがほとんどの時間を過ごす本部と、キリンの現在地を調べた上で高月 芳樹(たかつき・よしき)と朱 黎明(しゅ・れいめい)はその進路に数々の罠を仕掛けた。キリンの位置を調べてきたのは、芳樹のパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)である。
罠の仕掛け方についてはアメリアが詳しいので、芳樹と朱黎明は彼女の指示に従った。
後は、虹キリンに気づかれて進路変更などをしないような位置から見張るだけである。
待つことしばし。キリンは砂埃を上げて突進してきた。
「さぁて、罠に掛かってくれるかしら……?」
アメリアの目つきに鋭さが増す。
野生の勘とやらでかわされる可能性もゼロとは言えない。
芳樹はひとたび踏み込めばどんどん足を取られて沈んでいくような砂地を用意した。一見ただの荒地に見えるようにアメリアが整えてくれたから、さすがにキリンもわからないのではないかと彼は思っている。
そして、砂に埋もれていくキリンの周囲に水を撒き、それを氷術で固めて閉じ込めてしまおうという作戦なのだが……。
アメリアと芳樹と朱黎明は水の入ったバケツを持つ手に力を込めた。
虹キリンはまともに砂地に踏み込んだ。
数歩進むうちに足元の異変に気づいたのか、早くこの砂地を抜け出そうといっそう足に力を込めたのが見て取れた。けれど、力を込めれば込めるほど沈んでいく。
そのように作ったのだ。
ズブズブと沈んでいくキリンの足が付け根まで砂に埋もれた時、三人はいっせいに身を隠していた岩場から飛び出してキリンの周囲に水をぶちまけた。
「二人とも、氷術を!」
朱黎明が最後の二つのバケツの水を撒いて促した。
先に魔法の準備を終えていた芳樹の氷術が、たっぷり水を含んだ砂地目掛けて放たれる。
巻き込まれないように朱黎明は後退した。
そもそも、あまり近づくと腐食作用に飲まれてしまう。すでに異臭がする。
続けてアメリアの氷術も放たれ、虹キリンの半ば埋まった砂地を凍りつかせていった。
とどめに朱黎明がスナイパーライフルを構えた時、虹キリンは奇声を発したかと思うと周囲のだいぶ凍った砂地を震わせヒビだらけにし、硬くなった地面を足場にして高く飛び上がった。
「くそっ、失敗か?」
「キリンにあるまじき身のこなし……ゆる族ね」
歯噛みする芳樹に余裕そうに返すアメリアだったが、その表情はパートナーと同様に悔しそうだ。
キリンは身軽に着地すると、再び進撃を始めた。
その先には朱黎明の罠が待ち受けている。
「まだチャンスはあります。行きましょう」
朱黎明に励まされ、二人は空飛ぶ箒に跨った。朱黎明もスパイクバイクを走らせる。
キリンが駆けた後は大地が気味の悪い色に変わっているため、すぐにわかる。
追いかける先にキリンの背を見つけた朱黎明は、きっちり罠のところへ突進していることに笑みをこぼした。
ポケットの中の起爆装置を手に取る。
そして、キリンが罠地点に到達した時を間違えずにスイッチを押した。
ドーン!
という爆音と同時に地面が振動したのを感じた。
「土埃で何も見えないな……」
「いえ、うっすら影が見えます。ほら、あそこ」
朱黎明はゆっくり風に流されていく土埃の合間に、標的の影を見て芳樹にもわかるように指をさす。
どうやらキリンも視界を塞がれたか爆発時に何かあったのかで足を止めているようだ。
朱黎明は今度こそキリンを仕留めるために、スナイパーライフルの狙いを定めた。
芳樹とアメリアはもう少し箒で近づく。
一発、二発、と撃ち込む。
望遠スコープから覗く朱黎明が、キリンのまさかの動きに目を瞠った。
確かめるために、もう一発。
「やはり……!」
よけていた。
虹キリンは弾丸をよけていたのだ。
「罠はかわせないくせに」
芳樹とアメリアも火術や轟雷閃などで攻撃を仕掛けていたが、ことごとくよけられていた。
ただ者ではないキリンだった。
朱黎明は悔しさを押し殺して、この先にいるヴェルチェ・クライウォルフへ連絡を入れた。
卍卍卍
連絡を受け取ったヴェルチェは、
「出番よ」
と、
クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)へ携帯を繋げる。
任せておけ、と快活な返事がきた。
『して、どこへ走ればよいのじゃ?』
「赤い旗が立った岩があるでしょう? そこへ走ってちょうだい」
『おお、あれじゃな』
「それじゃ、頑張ってね」
『クリスティ、頼んだぞ』
これから一番頑張るのは、間違いなく
クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)だろう。クレオパトラを抱えて走るのだから。
ヴェルチェの耳にクリスティの自信なさげな返事が聞こえた。
通話を終えたクレオパトラは、虹キリンが来るだろう場所で仁王立ちで待つ。その格好はミツエに酷似していた。
ミツエに扮してキリンをおびき寄せ、ヴェルチェが仕掛けた罠のもとへ導こうというのだ。
「それにしても、ヴェルチェもミツエ殿に無茶を言ったものよな」
「本当に。どこまで本気だったのでしょうか」
クレオパトラとクリスティは、脱獄成功後にヴェルチェにミツエとどんな話をしてきたのかと尋ねた。
そして、その経緯を聞いてクレオパトラはおもしろそうにクスクス笑い、クリスティは仰天した。
「ミツエ様をお守りするためにここにいるなら、何故始めからそのようにおっしゃらなかったのでしょうね?」
「さぁな。……む、来たぞ」
クレオパトラの見据える先にかすかに立つ土煙。
彼女は大きく息を吸い込むと腹の底から声を張り上げた。
「わらわ……ではのうて、朕はミツエじゃ! さぁ、かかって参れ!」
そして、居場所を教えるように火術で火の玉を放つ。
まだまだ遠い虹キリンだがクレオパトラは確かにそいつと目が合った……ような気がした。
「行くぞクリスティ!」
「はいっ」
クリスティはクレオパトラを背負い、荒野を走り出した。
人ひとり背負って走るのはとても体力を使うものだということを、クリスティは嫌というほど思い知ったわけであるが。
ヴェルチェの示した赤い旗の立つ岩を通過してしばらくすると、後方で爆音が響いた。
「よし、まともにはまりおった!」
クレオパトラの歓声でクリスティも足を止めて振り返る。
ヴェルチェはドラゴンアーツなどを使って大きな落とし穴を作った。
四つ足の獣なら、落ちたらまず這い上がってこられないような深さだ。
朱黎明からの連絡ではとんでもない跳躍力を見せたというが……。
期待を込めて見守っていると、何かの影が土煙から飛び出した。
それを目で追うも、太陽の眩しさに反射的に目を細くした時、数メートル先に軽い着地音が聞こえた。
とても嫌な予感と共に視線を下ろしてみれば、埃みまれになって綺麗な虹の斑点もくすんだ虹キリンが足を踏ん張ってそこにいた。
言わなくてもわかるくらいに怒りのオーラをビシビシ感じる。
「に、逃げるのじゃ!」
「はい〜っ」
笑いそうな膝を叱咤して張り出すクリスティ。
「ミツエ、ブッコロス!」
可愛らしい外見を裏切る言葉が虹キリンから吐き出される。
どうやらクレオパトラを完全にミツエと思っているようだ。
必死で逃げるクリスティは、限界などとうの昔に突破していた。今はもう、死にたくないの一心で足を動かしているだけだ。そうとうの腐臭がしているはずだが、もはやそんなことを気にしている余裕はなかった。
でも、もう視界がぼやけてきました〜、と口に出したかどうかの時、
「待て、虹キリン君!」
何者かが割り込んできた声と、クリスティとクレオパトラの名を呼ぶヴェルチェの声とバイクの音が同時に聞こた。