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君を待ってる~剣を掲げて~(第2回/全3回)

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君を待ってる~剣を掲げて~(第2回/全3回)

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第4章 譲れないもの(祠)
「考えればすぐ気付く事だった」
 封印の祠。
 周囲に氷の壁を張り巡らせた精霊の少女りっかと、取り囲む雪狼の群れと。
 足止めの為の布陣に閃崎 静麻(せんざき・しずま)はギリ、と唇を噛んだ。
「影使い……奴は学園にのうのうと居座ってた。つまり封印の宝珠や楔のありかとかは全部リサーチ済みだったんだ。そして自動的に動く計画を作っておいた上で、あえて自分が直接関与する計画を実行したんだろ」
堪えようとしても堪えられない怒りが、口調にも表情にもにじむ。
「確実性の問題もあるが、何より自分の計画で他人が苦しむさまを見て楽しむ為に……っ!」
 そんな影使いにも腹が立つ……だが。
「そいつを倒して終わりと考えていた俺自身にも腹が立つ」
「……怒りを隠さない静麻は初めて見ました」
 そんな静麻を見、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は密かに思う。
 とはいえ、そんな事に気を取られている場合でないのもまた、確か。
「静麻……」
「分かってる。後悔は後回しだ、今はやるべき事をやろう」
 静麻はそして、銃を手にする。
 後悔と怒りとを、力に変えて。

「私は学園の仲間たちとハヤセを助けに行かないといけない……そこを通して」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の言葉に、りっかはフルフルと頭を振った。
 呼応するように、周囲に張り巡らされた氷の壁が揺らぐ。
「抜き差しならない事態になってきましたわね……」
 その様に、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は軽く眉をひそめた。
 りっかは命を削り、自分の力以上の力を使っている。
 だとすれば、限界は近い。
 ユーベルの焦りとは裏腹に、チラと見たベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)は涼しい顔……完全に傍観者と化している。
 元より、あの男に期待などしていないが、それにしても。
「私が、頑張らなければ……っ」
 そんなユーベルのリネンの思いを嘲笑するように、
「まぁせいぜい頑張ってくれたまえ、諸君」
 クツクツと、低い笑い声がもれた。
「どのみち放っておけば、その人形は死ぬ。学園に未練のない僕が協力する道理も必要もないわけだよ」
「黙ってろ!」
 遮ったのはリネンではなかった。
風森 巽(かぜもり・たつみ)の一喝。ベスティエは気にした風もなく、ただ唇を歪め大仰に肩をすくめてみせた。
「学園にだって人はいるんだ! ここで我等を足止めしたって、貴女のパートナーが危険なことには変わらないんだぞ!」
 巽もまたベスティエを意識から追い出し、りっかへと……りっかへだけと、気持ちを集中させた。
「我等は邪剣の目論見を潰したい、貴女はハヤセを助けたい。なら、簡単だ。ハヤセを邪剣から開放させればいい。無理なんかじゃないさ、あなたも協力してくれるなら」
「簡単……じゃないよ……アレは……強い、から……」
「だけど、パートナーを助けたいんだろう? だったら『助けて』と言えばいい。少なくても一人、助ける気満々なのがここにいるぜ」
 巽の真剣な眼差しに、りっかの心が揺れる。
「だけど、私は……ハヤセは……敵、なんだよ……?」
「誰かを助けたいって強く想ってる奴を、放ってなんかいられない。例えそれが鏖殺寺院に関わる人間でもな!」
「説得に応じてくれるのが一番やけど、命を削ってまで邪魔する奴が応じてくれるのか?」
 そんなやり取りを見守っていた七枷 陣(ななかせ・じん)は、キュッと拳を握り締め。
「ハッ、全く以てお前達は甘すぎる。邪魔をすると言うのならば、即排除すれば良かろう」
 パートナーの一人仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は、陣をも含め嘲笑った。
「確かに、時間は残されておらんにのぅ」
「んに……パートナーを邪剣に操られてるから助けたいのは分かるけど、ボクらの邪魔をするんなら、可哀相だけど容赦はしないよ!」
 ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)……二人も磁楠ほど過激ではないがやはり、この堂々巡りに焦りを感じていた。
「待って下さい!」
 気配を感じた羽入 勇(はにゅう・いさみ)は、声を上げて陣達の前に進み出た。
「私達を倒してから……などとは言いません。ただほんの少しだけ猶予を下さい」
 同じく、勇のパートナーであるラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)が言葉を重ねる。
 ラルフとて本当は、勇にこんな危険な真似はして欲しくない。
 それでも、これが勇の望であるならば……その勇を守るのが、自分の役目だった。
「まだ何とかなる、等と無責任な発言は慎め」
 だが、そんな二人を、ジュディは冷やかに見つめた。
「時間が経てば影龍は復活し、そして雛子は恐らく『死ぬ』。時と場合を弁えて行動せよ」
 魔道書たるジュディが、リーズと近い姿を象って、まだ日は浅い。
だがジュディはあの学園を……蒼空学園を気に入っている。
だからこそ、あの場所を失わせる事は出来なかった。
「我らが今やるべき事は、只時間を無駄に過ごす事か? 違うじゃろう……目の前の障害を取り除いてでも、学園へ戻る事じゃ、とな」
「うん。鏖殺寺院の影使いが襲ってきた時のような事はもう起こさせたくない」
リーズが思い出すのは、元凶たる影使いの凶行。
「影龍が復活しちゃったら、きっとまたとても悲しい事が起きちゃう。ボク達が倒れて死にかけちゃった時よりも、もっと酷くて悲しい事が……」
それだけは防がねばならなかった。
「大丈夫や、命まで取ろうとは思わん」
 強張る勇を安心させるように、陣は言った。
「影使いのクソッタレの事だ、りっかにも何か仕掛け…例えば殺せば宝珠を汚染させるような要素を仕込んでる可能性も否定出来んしな」
「まぁ、私個人は鏖殺寺院の人間など全て抹殺したい所だが、あの影使いがりっかに何か細工をしている可能性は高そうだからな。今回『は』始末せずに気絶させる程度に留めておいておこう」
「時間がないのがわかってる! でも、大事な人を守りたいというりっかちゃんの気持ちを利用されたまま終わりたくないんだ!」
「時間がないのがわかってる! でも、大事な人を守りたいというりっかちゃんの気持ちを利用されたまま終わりたくないんだ!」
 だがそれでも、勇は一歩も引かない。
「雛子ちゃんは自分を助ける為に誰かが傷ついたって知ったら、絶対悲しむよ」
 だから、りっかは守る。傷つけさせない……例え、この身を盾にしても。
「ねぇ、君の守りたいのはパートナーの身体だけなの? 君がそんな風に命を削ってパートナーの人は悲しまないの?」
「ハヤ、セは……ハヤセ、は……」
「あなたが守っているのはハヤセではなく邪剣……ここで押し問答を続けているだけでハヤセは死に近付き、邪剣の目的を果たすことになる」
「それは……」
「パートナーを捨て邪剣に尽くすとは真性のマゾだね、君は」
 リネンの淡々とした指摘に、ベスティエのイジワルな揶揄に、りっかの動揺が大きくなり。
「私はただパートナーの笑顔が見たいだけなんです。貴女も同じではないですか?」
勇を庇いながら問うラルフに、りっかは俯いた。
ポタポタ、ポタポタと、涙が零れおちる。
「パートナーを思うりっかの態度は見上げたもんや。けどちーとばかし眠って頭冷やしたほうがええ」
 取り成す声は藍澤 黎(あいざわ・れい)のパートナーであるフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)のものだった。
「邪剣に取り込まれた少年をボクら必ず害したい訳やない。誰も進んで殺したいわけやない」
 溜め息まじりにもらすと、フィルラントは皆を見まわした。
「みんな簡単に殺すやら壊すやら、考えが短絡過ぎや。闇の力が近い今、そないな物がちびっとでも強ならへん様にせなあかん」
 それは陣だけではない、学園の者達をも思って。
「悲しい思いをせん為に、皆は尽力しとるんとちゃうんか」
 その言葉を否定する者は、いなかった。