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リアクション
第4章 触れ合うココロ
「何をどうすればなんて具体的なことなんか知らないけど……でも、私達の絆はこんな所で崩れるような絆じゃないわっ!」
打ち払われた闇の中、雛子の無事な姿にホッと安堵した白波 理沙(しらなみ・りさ)は、再び集まろうとする闇をキッと睨みつけた。
「そうですわ、わたくし達の今まで築きあげてきたものは、そんな単純なものではありませんわ」
「あらあら、珍しく同意見ですぅ」
チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)とミユ・ローレイン(みゆ・ろーれいん)、犬猿の仲である二人も今日ばかりは場をわきまえている。
ただ、理沙の隣をキープしようと何気に火花を散らしているのは、御愛嬌だが。
「今、悲しくて寂しくてツライ状況だったとしても私は……私は、信じてる」
やはり気付いた風もなく、理沙はそっと両の手を組み合わせた。
「ずっと、ずっと……大切な人との絆、信じてるから……こんな脆い絆じゃないって信じてる、から……」
絆を、築いてきた絆を信じる。
信じる事が力になると、そう信じるから。
「影龍だって心があるなら皆の想いが通じるはずだわ。だから願うの、影龍との絆もきっと繋ぐ事が出来るって」
ただひたすら思いを込める。
この気持が影龍に届きますように、と。
「仲間との絆……誰かを思う心……そんな想いを影龍にも向けてる者が居ると伝わればいいのだが……」
そんな理沙の姿に、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)もまた願わずにはいられない。
「これは分かってもらうまで伝え続けるしかないか……?」
想う心を貫き通す……理沙やチェルシー達を守るべく、周囲に警戒しつつ。
「大丈夫。影龍にも伝わるわ、皆の心」
いつしか、理沙の身体を淡い光の粉が取り巻いていた。
「……状況は大体わかったわ」
闇の中。リネン・エルフト(りねん・えるふと)は一度、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)とベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)へと視線を向けた。
「私も……影龍と同じだった、みんなに会うまで」
「……私も多分、同じような存在でした。だから……思うことはリネンと一緒ですわ。救いましょう、学園と龍を」
頷き合うリネンとユーベルを余所に。
「影龍を救う、ね……さて、君たちにできるものかな?」
周囲の闇が爆散するのを感じつつ、ベスティエはいつものように皮肉げに笑んだ。
ただ……続けられた言葉はどこか、微かに真摯な響きを帯びていた気がした。
「救うって事は全てを受け入れるって事だぜ…………まぁ、試してみるがいいさ」
ユーベルの瞳が驚きに見開かれる間に、直ぐに背を向けたその表情は分からないけれど。
「……うん」
リネンはその背にしっかりと頷いてみせた。
「できれば龍を助けてやりたい。否定するのでなく、受け入れることで」
心を決めると、宝珠へと意識を集中するリネン。
影龍の心に触れる為。
その全てを受け止める為に。
「……闇を祓うのはいい。けれど影龍の闇や本能……過去を否定してしまうのはプラスの心じゃ、多分ない」
リネンは真摯な願いを贈った。
「負けるな、なんていわない。どうかあなたが本当にやりたい事を……あなたが今、本当にやりたいことを」
その姿に、ユーベルは思い出していた。
兵器として作られた自らの過去……それでも、リネンという存在が、兵器として以外の自分を見出してくれた。
だからユーベルもまた祈るのだ。
自らの過去……兵器として在った過去が今、リネンを守る力となったように、影龍の過去も今や未来に繋げられると、信じて。
祈りを受けた宝珠は次第に柔らかな光を帯びていく。
「温かな光ですね」
その光を見つめ、新川 涼(しんかわ・りょう)はパートナーであるユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)にそっと笑みを向けた。
共に宝珠に心の力を送りながら、思う。
「宝珠の浄化はユアとの絆でした。でも今回はそれ以外にも、花壇でユアと一緒に花を植えていた人や、一緒に戦ってきた人……今までにかかわってきた人たちとの事が、築き上げてきた絆が思い出されます」
「うん、この光を見ていると、何か色々と思い出しちゃうよね」
ユアは頷き……ふと小首を傾げた。
「この封印の宝珠って、何か他に使えないのかな?」
「他に何か……ですか?」
「封印の宝珠はもともと邪剣の封印に使われていたものだし、影龍は大きすぎるし……だったらミニチュア影龍とかにできたらいいのにね」
「それは……カワイイかもですが」
「だって、影龍はずっとこの地に封じられてたんでしょ? 私達はその上で生活してて……無関係じゃなかったんだよね?」
ユアの無邪気な疑問に涼は、気付く。
「影龍も、蒼空学園を見ていたのでしょうか?」
心が芽生えたなら、その心で蒼空学園を見ていたのだろうか?
「そう思うと、僕達と影龍にも繋がりがあるのだと、そう思えますね」
涼の言葉に反応するように。
宝珠の放つ光は次第に大きくなっていく。
「影龍に世界へ還りたいと願う心があるのであれば、私達の存在を不快に思わなくなっているのであれば、きっと、影龍の心だって救うことができるはずだよ。だって、私達は夜魅を闇から救うことができたんだもん」
久世 沙幸(くぜ・さゆき)は藍玉 美海(あいだま・みうみ)と共に、封印の宝珠に心の力を送っていた……影龍の為に。
「ねーさまや友達、そしてこの学園と過ごして来た日々……楽しかったことやうれしかったことはたくさんあったよ」
勿論、ケンカしたり……嫌な思いをしたりすることだってあった。
「でもね、それも含めて今の私がある。そんな経験もすべて私の糧になっている。私はそう考えてるんだよ。すべては気の持ち様だもん」
語りかけながら、思いを送る。
沙幸らしい前向きな、温かな気持ち。
「嫌なこともすべてこうやってプラスに変えていけばいいんだよっ」
「沙幸さんらしいですわ」
美海はそんな沙幸やユア、理沙達の肩に触れたり抱きしめたり、していた。
いくら沙幸や他の皆の『想う』力が強いとはいえ、この闇に飲まれた状況ではくじけそうになってしまうかもしれない。
「でも、そんな闇の中でも支えている人がいることに気付いてもらえれば、きっと心は折れないはずですわ」
だから、伝える。
「わたくしが、わたくし達がついている」
と。
一人ではないという事を、仲間は沢山いるんだと言う事を。
「大体、名前がよくない気がするわ」
美海に心支えられながら、沙幸は考える。
影龍という、マイナスなイメージの名前。
そんな名前をつけられてしまった事もまた、影の存在になってしまった原因の一つなのかもしれないと。
「だから、できることなら、新しく名前を付け直してあげたいな。……そうだね、"蒼天"なんてどうかな?」
今後は私たち蒼空学園に封印されるような存在ではなく、蒼空学園とともに生きていく……そんな願いを込めて。
宝珠の光が強くなっていく。
なのに不思議と眩しさを感じない……柔らかな優しい光。
それは涼や沙幸の思いを受け、広がっていく。
宝珠と宝珠が、光で繋がっていく。
そして光は眼前、闇の凝った空間に形を作り出そうとしていた。
『所詮、剣ハ傷ツケル道具ニ過ギナイ』
「ワタシは……」
郁乃のパートナーである十束 千種(とくさ・ちぐさ)は、その声に……闇からの声に動揺していた。
お前はこちら側なのだという指摘は、事実だから。
「確かにワタシは他人を傷つけることに存在の意義がある……」
ぼんやりそう認めると同時に、四肢にまとわりつく闇がその濃度を増した。
意識が、昏い昏い暗黒へと引きずり込まれる。
だが、その瞬間、声がした。
「違う! そうじゃない!」
爆散する闇と共に、凛とした力強い声が。
「自分の罪を知り、自らを罰している人を誰が裁けるの? 光が光だけでいようとするのは独善というものなんだ。闇に目を向け、分かり合うことが大事なんだ」
「……郁乃、さん」
かき消される闇を、郁乃は挑むように見据えていた。
その輝きを目にした千種が思い出したのは、かつての主の言葉だった。
『剣に生きるものはいつか剣に斃れる、それでいい……でなければ、倒してきた相手に申し訳が立たない』
「あの時、主は自らの罪を裁いていたんだ」
唐突に、悟る。
それと同時に、心に湧き上がる確信。
「生きる世界を救いたい為に力を使ったことを誰よりも理解できるワタシは、許して上げることができるんだ」
そう、この目の前の強い心をした少女と、ならば。
「前の主は、他者を否定し、世界を拒み何が得られるのか、と常に言っていました」
同じように、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)もまた郁乃の姿に思い出していた。
『自己の利を求めて何が悪いのですか? 誰しも力を求めている……今まで出会った者達もそうでした。一言命じて下されば、あたしはその全てをあなたに委ねようというのに……』
蘇る、自らの声。
そう問うと、主はいつも笑って。
『認め、許しあうことから全てが始まるんだよ』
そんな風に言った。
『許すなんて……それは傲慢な考えではないのですか?』
繰り返すやり取りを、主の言葉を、マビノギオンは理解出来なかった……あの頃は。
けれど、今なら分かる。
「全ては受け入れることから始まるって事なんだ」
主は……友として接してくれる郁乃という少女は、心あるもの同士は分かり合えるし、つながり続けられるという。
「そうかあたしの力はこの時のためにあったのですね」
それを理解出来た事を、それを手助け出来る事をマビノギオンは今、誇りに思った。
「深く考えない言葉や行動で人を傷つけてしまっている、自分じゃ気づかないうちに心に血を流させている……こんなわたしだけど、影龍を救いたい。心を解いて上げたい。憎しみもまた思いの糸の一つだったんだ」
そんな事を考えていると、
「道は作ったぜ 会って来い」
と、宝珠が投げられた。
「ありがとう仮面ツァンダーソークー1 わたしも一度そう呼んでみたかったんだ」
笑顔で告げると、ヒーローはピッと親指を突き立ててくれた。
だから。
「みんな力を貸して」
郁乃は宝珠を手に包み込むようにして持つと、強く祈って呼びかけた。
「光と闇……郁乃様はしっかり理解できていたようですね」
そんな郁乃に、桃花は嬉しくなった。
闇を受け入れることができなければ分かり合う事はできない
闇は絶望による否定、否定のための否定。
「でも闇は何も無いのでなく、否定という形で繋がりを持っているんです」
だから、桃花も影龍に語る。
「何かを愛する時に、その一部分で無く全てを愛してみませんか? 今のあなたであれば出来るはずです」
と。
「なぜ否定するのか教えて。そうすれば話し合うことができる、分かり合うことができる」
呼びかけながら、ゆっくりと歩を進める。
「わたし達は一人じゃない 一人では解きほぐせない事もみんなで考えれば分かって上げられる。全ての魂は分かり合う事を求めてるんだもの」
「ねえアイン、あなたは私を『希望の光』だと言ってくれる」
蓮見 朱里(はすみ・しゅり)もまた一歩一歩、影龍へと歩みよっていた。
「でもね、本当の私はきっと、あなたが思う程、強くないよ」
今も、そう。
開かれた道。
それでも、周囲からその道を、光の行く先を潰そうとする闇。
アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が守ってくれるから、先に進める。
「あなたがいなければ、私はきっと孤独に押し潰されていた。契約者としてこの蒼空学園に通い、沢山の人と出会うこともなかった」
パラミタに来る前の日々、パラミタに来た後、多くの友と、そしてアインと共に過ごした日々。
「あなたがいてくれたから、私はここまで頑張れた」
光の道を行きながら、朱里は思う。
影龍が封印された上に蒼空学園という「沢山の人の想いが集う場所」が作られたことには、きっと意味があると。
だから、伝えよう。
影龍の孤独に触れ、朱里自身の中にも孤独や脆さといった『影』が確かにある事を。
そして、それでも支えてくれる人がいるから『希望』もまた生まれるのだと。
「私がそうやってアインに救われたように、今度は私たちが『あなたを支える人』になるよ」
不思議だった。
こんな状況だというのに、朱里は影龍を可哀想だと、救いたいと思う。
アインを、大事な大事な愛する人を危険にさらしながらも。
「朱里、君が感じた不安は、僕も同じだ」
と、アインがポツリともらした。
「人を愛するということは、必ずしも美しいことばかりではない。時に失うことの不安に怯え、奪われる不安と嫉妬を覚え、言い知れぬ恥ずかしさに戸惑い、そして人ならぬ我が身を呪うこともある」
闇から朱里をただ守り庇いながら、「それでも」と言葉を重ねる。
「それでも、そんな心の影も含め『一切の感情』を知らなかった、君と出会う前の日々に比べ、今の自分は確かに『幸せ』だと、自信を持って言える」
守る背中、その表情は見えない。
なのにその声の、何と幸せそうな響き。
「今までありがとう。そしてこれからも、生涯をかけて君の望みを叶え、君のいるこの世界ごと、守ることを誓おう」
「……うん」
抱きしめたい衝動を、抱きしめて欲しい切なる願いを押し留め、朱里は代わりに微笑んだ。
「また平和な日々が戻ってきたら、あの時のように、いいえそれ以上に、たくさんキスして。あなたの愛情で私をいっぱいにしてほしい……これって、欲張りかな?」
首は一度、横に振られた。
アインの耳が赤くなっている風に見えるのは、目の錯覚だろうか?
「どうかこれからも、ずっとそばにいて、支えていて……」
宝珠の光は朱里の郁乃の皆の思いを受け、キラキラと輝きを増し。
辿りついた影龍の足元、ずっとずっと語り掛け続けていた翡翠と頷き合い。
浮かび上がる、影龍の巨体。
同じように、分かりたいと、その心に触れたいと望む人達と一緒に。
朱里と郁乃は影龍に、触れた。
触れた身体はひんやりして……けれど、触れた部分から熱が、生まれる。
それは、誰かと何かと出会い影響しあい、生まれる熱量。
そして、郁乃の翡翠の脳裏に浮かぶ、『記憶』。
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