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まほろば大奥譚 第一回/全四回

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まほろば大奥譚 第一回/全四回
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第四章 まほろばの将軍3

 将軍の後を追うようにこっそり覗き見続けるものがいる。
 先ほどの葉莉ではない。
 貞継は先ほどから小さな視線を感じていた。
「上様は大奥で女たちの熱い視線を一身に受けておられる方ですから」
 と、大奥取締役はそつなく答えていたが、貞継はずっと気になった。
「上様の御成りでございます」
 緑水の間。
 爽やかな緑の廊下を抜けると薄水色の襖が開かれる。
 房姫付きの女官となった織部 イル(おりべ・いる)が将軍たち出迎えた。
「上様のお出でを房姫様はずっと心待ちにしてらっしゃったのじゃ」
 そう言ってイルの差し出される茶と菓子を、貞継は美味そうに口付けた。
「この茶はそなたが淹れたのか。気が利くな」
「いや、それは。わらわではなく、鈴鹿が……」
「鈴鹿? ここの女官か?礼を言いたいが、どこにいる」
「それは……」
 イルは口ごもった。
 彼女と共に房姫付きの女官となった度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は、自分の身体的特徴を理由にして隠れている。
 将軍がいぶかしんでいると、襖の向こうから声が上がった。
 房姫の警護として大奥に上がったユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)である。
「こんなところで何をしているのだ」
「あ……えと……その」
 シンシアによって廊下から連れて来られたのは、御子神 鈴音(みこがみ・すずね)サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)であった。
「この者が部屋の中を覗いていたのだ」
「人聞き悪いこと言わないでよう! ちょっと、将軍様を見てただけよ」
 鈴音の頭の上で機晶姫のアルジェントは抗議の声を上げたが、口下手の鈴音は言葉なく立ちすくんでいるばかりである。
「さっきの視線はお前だったのか」
 貞継の問い掛けにはこくりと頷く鈴音。
「卵が……欲しかったから」
「御糸! まだこんな年端のいかぬ少女をお花実に入れたのか?」
 貞継の詰問に大奥取締役はしれっと答える。
「上様のお好みは、糸には測りかねますゆえ。お気に召したらば、手元にお置きあそばせ。数年で大輪の花を咲かせるやも知れません」
「お前は、幼女を抱けと……托卵の全てを知っていると申すのか!?」
 将軍が珍しく御糸に反目するのを見て、控えの間からいたたまれなくなった鈴鹿が姿を現した。
「将軍様、なぜ姿形で決め付けるのです。小さくても心は女。そうですよね?」
 目前に現れた鈴鹿の姿――豊かな胸を見て、貞継は硬直する。
 彼女はもう自分の胸の大きさを隠そうとはしなかった。
「私もこの胸の大きさで差別されるのは傷つきます。だって両親に与えられた唯一つの身体ですもの。貞継様の御身もご両親から御授かりになったものではないですか」
「余の身体……血?」
 将軍の顔がみるみる青ざめていく。
 護衛のユーナも以前から疑問に思っていたことを口にした。
 彼女自身も立派な胸を持っている。
「そうよ。胸の大きさが子供を生むことに関係しているとは思えないわ。将軍様は何か別の……生い立ちに原因でも?」
 ユーナは気づいていた。
 貞継は性的な趣向で胸の大きな女性を嫌っているのではないことに。
「わたくし達があなたの子を産めば、それがわかるのでは?」
「身体……血……鬼の子。ならぬ、母上の……!」
 貞継は両手で顔を覆ってその場にうずくまった。
 咳が止まらず、発作をおこしかけている。
 驚いた鈴鹿が駆け寄ると、彼は苦しそうに手を払いのけた。その一瞬、偶然にも将軍の夜着の袖口からのぞく、腕に刻まれている無数の刀傷を見た。
「え……!?」
「見るな! 見てはならん!!」
 貞継は慌てて腕を隠し、一同に低い声で命じた。
「今見たことは他言無用ぞ。よいな」
 凍りついた場を和ませるため、イルが扶桑の舞を踊ろうと申し出るも、貞継は頭を横に振った。
「気分がすぐれぬ。このものを寝かしつけてから、また来る」
 貞継は小さな鈴音の手を引いて、よろよろと緑の廊下へ出て行った。



 緑水の間、奥座敷。
 房姫は寝衣をまとったまま、一睡もせずにじっと貞継が現れるのを待っていた。
 外はすでに白みはじめ、もうじき夜が明ける。
 将軍はもう来ないかもしれない。
 そう諦めかけたとき、奥座敷の襖がすっと開いた。
「ずっと起きていたのか。今まで?」
 房姫の姿を認め、驚いた面容で貞継は声を上げた。
「もう、とっくに休んだかと思ったのに」
「この大奥で、将軍のお持ちを待たず先に寝入ってしまう者がおりましょうか」
「……そうか……そなたはつつがなく、健やかであったか」
「はい。上様もご清祥の様子。うれしゅうございます」
 それは、久々の対面であった。
 数年ぶりに会った幼馴染同士は互いの成長を喜び認めあった。
 房姫は人の目を引く美しい姫となり、貞継もまた、ひ弱で青白い顔をした少年から随分と大人っぽくなっていた。
 貞継はまっすぐ房姫の元へ向かうと、触れもせず彼女を横切り布団の中に滑り込んだ。
「さだ……上様?」
「疲れた。少し眠らせてくれ」
「あの……」
「そなたも眠るといい。長旅……ご苦労で……あ……た」
 どうやら眠ってしまったようだ。
 やがて貞継から、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 再会はあっけなく終わった。
 房姫は将軍のそっけない態度に戸惑いを隠せなかった。