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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

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「聖戦のオラトリオ」第二部 


オープニングストーリー 〜転生への前奏曲〜


 ――2012年


 漂っているのは、強い死臭だ。
 硝煙、そして人が焼ける臭い。
「おにいちゃん……」
 か細い、少女の声が漏れる。
「……大丈夫だ、ヴェロニカ」
 出来うる限り喉から発せられる音を殺す。自分達がここにいることを、『大人達』に気付かれないように。
 ガラスの割れる音、怒声。そして爆発。
 まだ八歳の少女には、今起こっている現実は理解出来ない。なぜ、同じ町の人間が争っているのか。
 きっかけはものすごく単純な事だった。
 為政者、この場合は『町長』と言ったらいいのか。その者に対する不満からだった。このような下層社会では、上からの抑圧も平然と行われる。
 最初は、二人の人間の口論からだった。それが段々とエスカレートし、二つの対立勢力となり、やけを起こした住民の一人が『町長』の家を燃やした。
 それが、文字通り互いの心に火をつけた。暴動の始まりだ。
 それはやがて、敵味方の区別もつかなくなり、人を見れば襲う、という段階にまで来ていた。
「…………!」
 少女は震えていた。
 音を立ててはいけない。
 あいつらは子供だって殺す。
「どうして……こんなことに」
 少年が呟いた。
 そんなものは誰にも分からない。もはや、大人達は意味も、目的も、何もかもを見失ってしまった。
 
 ざ、ざ、ざ。

 足音が地面を伝うのが分かる。
 同時に、二人はある変化に気付いた。
 いつの間にか、外の喧騒が止んでいる事に。

 ざ……ざ……ざ。

 それでも足音だけは響き続ける。
 もう、目と鼻の先だ。
「おにいちゃん……」
「ヴェロニカ……オレが、お前を守る!」
 ドン、と扉を開けてその足音を発していた者へと少年が飛び込む。
「――――ッ!!」
 だが、足払いをされ、バランスを崩した彼はそのまま組み伏せられる。
 そして彼に向けられたのは銃口だった。
「……子供?」
 その男……いや、大人びているが、もう一人の少年とそう年齢は変わらないだろう。
「く……離せ。これ以上、先へ行くな!!」
 大人びた少年は、そこで歩みを止める。
「すまないことをした。俺はお前の敵じゃない」
 銃を下ろし、血気盛んそうな少年を解放する。
「後ろにいるのは、お前の妹か?」
「そんなところだ……血は繋がってないけどな」
 そんな二人を、静かに見下ろしていた。
 三人のいる場所に、さらに複数の足音が迫る。
「グエナ、こっちはダメだったわ」
「こっちもだ。皆もう死んでる……その二人は?」
 駆けつけた者達――こちらも少年、少女に対し、グエナと呼ばれた大人びた少年が答える。
「生存者だ。おそらくこの町で唯二の、な」
 一番驚き、目を見開いたのはこの町にいる二人だった。
「どういうことだ! お前達がやったのか!?」
「全部ではない。だが、そうしなければ俺達がやられていた」
 首をひねり、見ろといわんばかりに窓の方へ視線を送る。
「だが、助けられたのはお前達だけだ」
 子供も、大人も、つい昨日まで地に足をつけて歩いて者達が、ただの「モノ」と化している。
 少年は二人に問う。
「どうする? この町と共に果てるか、それとも生き延びるか」
 二人に対し、自分達の住む地に愛着があるのか、確かめようとしたのだろう。
「生き延びたいのなら……俺達と来い」
 少女は、兄代わりの少年の横顔を見つめた。
 こくり、と彼は頷く。取るべき行動は決まっていた。


「グエナのこと? そうね……私も深くは知らないけど」
 二人が行動を共にすることになったのは、十三人の少年少女だった。
「どっかの国の軍隊で最強の少年兵を養成するとかっていうので、物心ついた時から戦う事以外を考えずに育ってきたみたい。それから、どうして軍を抜けたのかとかは分からない。で、色んなところを放浪してる中で私達と出会った。そんなとこかしら」
「僕達は……三年前に『パラミタ』って浮遊大陸が現れただろ? あそこに住んでた住人と出会った、『契約者』って呼ばれる存在なんだ。と言っても、あんな町にいたら知らなくても無理はないか」
 契約という行為によって、パラミタ人も地球人も超人的な力を手に入れるという。そうなった人が『契約者』だという。
「まあ、いいことばかりじゃないけどね。それは、普通の人から見たらただ恐ろしいだけってこともある。『バケモノ』呼ばわりだってされた人だっているんだ」
 それは自分達の中にもいる、と。
 そして自分達のうち六組は皆それぞれの事情で帰るべき場所を持たないのだと。
「アンリエッタ。もしかしたら今度は『契約』が出来るかもしれない」
「え、ほんと!」
 グエナと呼ばれた少年と、小柄な女の子がやってくる。
「この子は『魔女』っていう種族らしい。見かけはこんなだが、なんでも俺達よりゼロ一つ多くは生きてるらしい」
「……信じらんねーな」
 「おにいちゃん」がぼやく。
「ねー、名前は?」
「エヴァン。エヴァン・ロッテンマイヤー」
「ふーん、じゃあロッちゃんね」
「おい……!」
 そういうやりとりの後、
「よろしく」
 とアンリエッタが手を出した。それを握り返したとき、エヴァン少年は不思議な感覚を得た。
「成功したらしい」
「これでお前も『契約者』だ」
「よかったね、おにいちゃん!」
 それが本当に良かったのか? それは少女には分からない事だ。
「でも……ヴェロニカは?」
「どこかで巡り合えることを祈ることになるだろう。だが、契約者になることが常に最善とは限らない。契約は解除出来ないのだからな」
「はあ!?」
 それを先に言え、という反応だ。
「とはいえ、相性が悪ければ契約は成立しない。とはいえ……」
 幼い少女に、グエナが視線を落とした。
「この子は普通の人間として生きた方がいいのかもしれないな。どこかの町で、引き取ってもらうことも視野に入れるか」
「ふざけんなよ! ぶん殴るぞ!!」
「だが、俺達と一緒にいれば危険が及ぶ」
「私は……だいじょうぶだよ」
 二人の少年を見遣る。
「だから、けんかはやめて?」
 その言葉に、エヴァンが拳を下ろした。
「ところで、グエナ。これからどうするの?」
 グエナのことを説明してくれた少女が声を出した。
「その二人にもちゃんと言って。私達がやっていること、すべきことを。その上で、どうするか決めてもらえばいいんじゃないかしら? その二人は、『まだ』後戻り出来るわよ」
 グエナが二人と目を合わせる。
「お前達は、この世界をどう思う?」
「どうって……」
「理不尽で、どうしようもない。俺達はそう思ってる。その理不尽さによって失った者達。少しでもこの世界を変えて、俺達のような人間を一人でも少なくしたい。そのための力も、今の俺達にはある」
 その瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「お前達はどうしたい? 変えたいか? こんなのはもしかしたらただの独りよがりかもしれない。俺達にとっての幸せや救いが、誰にとってもそうであるとは限らない。それでも、少しでも誰かにとっての道標になれるとしたら」
「まったく、熱くなると支離滅裂になるのは相変わらずね、グエナ。まあ、一言で言うと、理不尽なこの世界を変えたいってそれだけよ。そのために出来ることが戦うことしかないっていうなら、その罪だろうと重さだろうと、全て背負ってやる。私らはそんな想いで一つになってるのよ」
 ま、夢を見るのも理想を抱くのもタダなんだし、とその少女は笑った。
「俺だって変えたい。もう、あんなのはこりごりだ……!」
「おにいちゃん」
 だから、と少年がきっぱりと言い放つ。
「オレは戦う。コイツを、ヴェロニカを守るためにも!」
「よく言った! これであなたも一員ね。ほらグエナ、しっかり。私達のリーダーなんだから」
「それでいいんだな?」
「ああ」
 それを、先程の少女は笑顔のまま見ている。
「ほんと、あなたはもう少しだけその熱くなりやすいのをどうにかすれば、もっとリーダーらしくなるのよね」
「あの……私も、たたかう!」
 幼い少女もそう言った。
「あなたは、いいのよ。戦うことしか出来ないかもしれない私らの分まで、大人になってから幸せになれば。実際、それが一番大変なんだろうけどね。あ、そうそう。これあげるわ。私がつけても似合わないし」
 幼い少女へと、青いスカーフを巻く。
「ちょっと大きいけど、何年かしたら似合うようになるわね」
「その辺でいいだろう。とりあえず、そろそろ俺達を表すチーム名みたいなのも、ちゃんと決めよう」
「よくこれまで決めずにやってたよな、僕達」
 適当にアイデアを出し合いながら、決めていく。
「何か目印とかになるようなものとかけたいわね。旗とか?」
「フラッグか」
「とりあえず書いてみるか」
 書かれた綴りはFRAGだった。
「間違ってるぞ、それ」
「でも、いいんじゃない私達らしくて。それに、これってFragmentのことだし。ますます私達っぽいわね」
「じゃ、これを組織名っぽくそれぞれの頭文字で考えてみるか」
 F.R.A.Gと分けて、組み合わせを各々試行錯誤していた。
『Force of Rebellion to Armed Groups』
「エヴァン、こんじゃ反逆者だろう?」
 グエナが呆れたように言う。
「いいじゃねーか。運命に抗う反逆者。理不尽な力へ反逆するための力……矛盾してるか。でも、戦いのある世界を変えるために俺達が戦うってんなら、まさにこんな感じじゃねーか?」
「センスないわね」
 少女が苦笑する。
「だが嫌いじゃない」
 とりあえずまとまったということで、大人びた少年が宣言する。
「よし、今日から俺達は『F.R.A.G』だ」
 そんな十四人の様子を、十五人目の「普通」の少女は見つめていた。