リアクション
第五章 黄金天秤の謎2
「ちょっと通して! 通してったら!!」
都の人々は、七龍騎士の突然の出現に慌てふためいている。
小柄な桐生 円(きりゅう・まどか)が人をかき分け進んでいく。
「現示くん!」
少女に呼び止められ、日数谷 現示(ひかずや・げんじ)は振り返った。
「なんだ。てめぇ、こんな所に来んじゃねえよ。さっさと逃げろ」
「現示くんこそ、瑞穂藩主に見つかっちゃうよ」
「ちょっと様子を見に来ただけだ。俺も直(じき)にここから離れる。仲間はもう、都の洛外で配置についてるからな」
そう語る現示の側には、橘 恭司(たちばな・きょうじ)がぴったり張り付いていた。
彼は陸軍奉行並武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)らに頼まれて、現示の警護に当たっていた。
恭司が促す。
「現示殿、俺達もここから離れよう。幕府・葦原軍も攻撃準備を整えている。合流するんだろう? 遊郭は残念だが、また今度のお楽しみにしよう」
「恭司、お前このガキ連れて先に行ってろ。俺は、確認してからいく」
「何をだ?」
「若殿様がわざわざお一人でいらっしゃった訳を、だ」
円が不満の声を上げた。
「だから、ボクはガキじゃないって! チカちゃんの十字架(ロザリオ)探してきてやったこと、忘れたの?」
円は瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)の無くした十字架(ロザリオ)を見つけ出していた。
十字架(ロザリオ)は代々瑞穂藩主に伝わっていたもので、正識がそれを探しているという。
円のパートナーであるミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)もコクコク頷いていた。
「そうだよ。十字架(ロザリオ)が、瑞穂藩主にとっても大事なこと聴いちゃったもん。それって噂に聞く黄金の天秤と同関係があるの? 両方とも黄金で出来てるんだよね?」
「詳しくは俺も知らねえ。ただ瑞穂の家宝としか」
「……現示くん。他に何か隠してるよね? そこまで正識くんがユグドラシルを深く信仰しているのは、どうしてかな? 何か、衝撃的なきっかけがあったんじゃないないかな? 例えば、大殿様との決別なんてどうだろう」
円の探るような視線に、現示はたじろいでいた。
「何、いってやがる」
「睦姫さんのお話では、大殿様は正識さんを避けていたとか。信じてた人に裏切られたら、信仰に走りたくもなるかもしれないわねぇ」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は現示の顔色の変化を見逃さなかった。
「信仰は裏切りませんものねぇ。自分自身との対話ですし」
「俺にとっては、十字架が信仰の対象とかはどうでもいい。瑞穂の、姫様の……若様にとっての宝であるというなら、それだけで価値あるというだけで」
「でも、正識くんの信仰心は相当だよね。自分の生まれた国より大事なんだから。前からそうだったの? いつから変わったのかな?」
円の畳み掛けるような言葉に、現示は黙りこむ。
かつて、彼が見た光景を思い出しているようだ。
先代の瑞穂藩主が、負傷し気絶した正識に向かって矢を射掛けている。
そこには明らかな殺意があった。
瑞穂藩の家督を継ぐ養子にと迎えながら、文武共に秀でた後継者を、なぜ大殿自らが葬り去ろうとしたのか。
現示にはまるで見当もつかず、彼の記憶の奥底に沈めらたままにしていた。
もしかしたら、正識は先代から命を狙われたことを知っていたもしれない。
オリヴィアたちに問われ、そんな考えが初めて現示の頭をよぎった。
「大殿様は……俺は知らん。若殿に直接聞いてみやがれ。そうなる前に、殺されても知らねえがな」
現示が踵を返したとき、彼はうなり声を上げて怒鳴った。
「おい、こりゃあどうなってんだ。どうして睦姫様がここにいる……また、てめえらか!」
現示の視線の先には、頭巾を被って足早に去っていく一行がいる。
瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)たちであった。
「知らないよ、なんでチカちゃんがここにいるのか。あ、もしかし正識くんに会いに行くのかな!?」
円が考えるより先に、睦姫を追って現示は走りだしていた。
恭司がやれやれと肩をすくめる。
「なんだか、ややこしいことになりそうだな。これはただの護衛以上の仕事になりそうだ……」
風が吹き、土煙と共に彼ら駈け出した。
卍卍卍
「お待ちしてました瑞穂藩主様。いえ、
蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)様とお呼びしたほうがよいのかしら」
水波羅遊郭の天神(てんじん)
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、妓楼の見世席に出て、お辞儀をして正識を迎え入れている。
客間では料理も運ばれ芸者たちも呼ばれており、大層なもてなしようである。
高級遊女がこのような態度を取ることはめったにない。
しかし、正識は祥子を軽く睨め付けた。
燕尾服の内ポケットから手紙を取り出し、彼女に見せる。
「まあ、そんな怖い顔。せっかくの端正なお顔が台無しじゃないですか」
「キミが寄越した手紙――扶桑に桜の蕾が付いているというのは事実なのだな?」
「本当です。枯れかけていた桜の世界樹がね。これは、噴花の兆しなのかとお伺いしたくて。正識様?」
「扶桑は枯れるのをやめ……たか」
「ええ、そのためにどれだけの人が知恵を出し合い、危険を犯したことか。再び、扶桑が花開くとすれば……私たちは一体どうなるのでしょう? 二千五百年前はどうだったのかご存知ありませんか。もし、瑞穂が勝っていたら、どうなっていたとお思いですか?」
二千五百年前の鬼城・葦原と瑞穂の天下分け目の戦い。
結果は、鬼鎧一千機を率いた鬼城に敗れ、マホロバ戦国時代は終幕した。
しかし、その時起こったといわれる扶桑の噴花も、天子が
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)に与えたというマホロバの統治権も、謎に満ちたまま今日にいたっている。
「鬼城貞康(きじょう・さだやす)はマホロバを支配するために、真実を人々に隠すようにした。自らを権現(ごんげん)といい、神のようにふるまい、鬼城家にとって都合の良いシステムばかりを創りだした。もし、瑞穂が勝っていたら、マホロバ人は自在に船で外に飛び出し、世界の大海原に漕ぎ出していたことだろう。それを、鬼は数千年に渡って人々をこのような島国に閉じ込めて、財産と遺産を搾取し続けてきたのだ」
「それが事実なら許しがたいことですが、なにぶん、私たちには確かめる術がありません。マホロバの民はどこまでいっても扶桑の元を離れられないし、扶桑あってのマホロバですからね」
祥子は、だから正識に来て貰いたかったのだと言った。
「貴方が全てを明白に晒すのでれば、私はこの目で見たくあります」
「やはり、人々の認識を改める必要があるな。マホロバに必要なのは世界樹の力で、天子が頼りにする鬼の首じゃないんだよ。鬼が護国神など聞いてあきれるじゃないか」
「では世界樹の、扶桑の力とは一体……?」
「これにきいたらいい」
正識は黄金の天秤を取り出した。
光輝く器に祥子が目を細める。
「マホロバが必要なものが何か。扶桑の力か、ユグドラシルの加護か? マホロバ人とマホロバにひかれる者の魂がそれを決めるんだ」
「マホロバにひかれた……?」
「そう。キミもその一人だろう?」
正識は不敵に笑っていた。
「ここまで役者を揃えるのに苦労したよ。キミたちは演者であり、観客でもある。その目にしっかりと焼き付けるといいい。さあ、舞台に上がれ!」
そう言う七龍騎士の指差す方角には扶桑があった。
桜の樹が色づき、ざわざわと騒ぎはじめていた。