葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション公開中!

聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


断章三 〜対談〜


「こんにちは。どんなものが好みか分からなかったから……」
 極東新大陸海京分所を訪れた黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、人形の少女の姿をした罪の調律者と対面した。
 まずは挨拶、と手土産に持ってきたイコプラと薔薇のティーセットを手渡す。
 彼女のことは友人から話を聞いている。最近はシャンバラの学生を連れてポータラカへと技術研修に赴いたらしいということも耳にしていたため、事前に面会の申し込みをして足を運んだのだ。
「へぇ。良く出来てるわね、これ」
 天音が渡したシパーヒーのイコプラに、調律者が興味を示した。
「それで、ポータラカ人との対談の内容を知りたい、ってことだったわね。一応、教えてあげるけど、わたしが言うことは歴史から消されたもの。信じるかどうかは貴方次第よ」
「勝者によって記録されたものが、必ずしも真実だとは思ってないよ。歴史は『騙られる』もの、だったかな? そんな言葉をどっかで耳にしたこともあるしね」
 微笑を浮かべる天音。彼女の言うことが真であれ偽であれ、彼にとって興味深いものであることに変わりはない。
 人形の少女は語った。
 一万年前に起こった出来事を。サロゲート・エイコーンが誕生することになったきっかけと、イコンが兵器となったいきさつを。
「へぇ……かの有名な大陸伝説は本当にあったもので、滅亡にはそんな原因があったのか。君と彼はその頃の人なんだね」
 静かに調律者が頷いた。
「それにしても、ポータラカ人が言っていたというパラミタ人の地球化技術。それは気になるな」
 ブルーズが口を開く。
「地球人と契約が出来るということはシャンバラ種族に違いはないのだろうが……地球が何故シャンバラの来訪者を拒まないのかは不思議だな。今現在の話ではないが、魔女や剣の花嫁も五千年前から地球にいたようだが。一万年前にはいたのか?」
「わたしの知る限りでは、その当時にはまだいなかったはずよ」
 つまり、イコン誕生以後に「創られた」種族の可能性が高い。
「当時の地球化というのがどういうものか、わたしは知らない。けれど、先住種族の力を再現するための手段は聖像だけではないわ。地球化と同じような感じで、パラミタ人に何らかの手を加えていても不思議ではない。純粋なパラミタ人と手を加えられたパラミタ人の間に産まれた子供は、もはや純粋とはいえないわ。そうやって次第に血が薄くなっていく。その結果が『地球人とほとんど同じパラミタ人』とは考えられないかしら? 地球に拒まれないのは地球化を受けた先祖の名残。そう考えれば少しは納得が出来ると思うわよ

 パラミタ種族が全く地球から拒絶されていないかと言えば、それは必ずしもそうではない。
 拒絶されない条件の一つとして「地球人とほとんど同じ容姿を持つ」というのがある。例えば、おそらく最もパラミタの純粋種に近いであろうドラゴニュートは、地球上では異質な存在として人の目に映ることだろう。それを「拒絶」の一種と考えることは出来る。
「もっとも、見た目だけなら地球人とパラミタ人にほとんど違いがないというのは、一万年前も同じよ。けれど当時のパラミタ人は単独で地球に行くと、体調を崩して身動きが取れなくなっていたわ。最悪の場合は突然死。それが多分、『拒絶』じゃないかしら? 互いに平気だったのは、地球とパラミタが繋がっているほんの一部だけよ」
 あくまでも淡々と告げる。その内容もあくまで彼女の推測に過ぎないので、真偽は定かではないのだが。
「そういえば」
 思い出したように、天音は調律者に尋ねた。
「エメから聞いたのだけど『神』の話を聞かせて欲しいな。力以外は普通の人々と変わらなかった? 例えば泣いたり笑ったり歌を歌ったり……」
 調律者の目はどこか遠くを見つめていた。
「そうね……翼を持っていること以外は、普通の人と同じよ。それでいて、とても優しい子だった。わたしが知っている、最後の生き残りであるその子は……ね」
「最後?」
「知っての通り、かつてこの地にいた先住種族はわたしがいた一万年前の時点で、絶滅したとされていたわ。幼い頃に見たその姿は、幻だとずっと思っていた。けど、そうではなかったのよ」
 その最後の一人は、調律者の友人であったらしい。
「樹月が気にしてたけど……その神はプラントにいるのかな?」
「いいえ。プラントが完成したのは彼女の死後よ」
 彼女の身体は不治の病に蝕まれており、代理の聖像の姿を見届けることなく命を落としたのだという。
「彼女との約束、そして支えてくれた彼の存在があったからこそ、わたし達は代理の聖像を完成させることが出来たのよ」
 「神」のことにもう少し踏み込もうとしたとき、
「時間だ」
 ジール・ホワイトスノー博士が入って来た。これから二人はイコン製造プラントに向かうことになっているとのことだ。
「思ってたより長く話し込んでたみたいね。最後に一つ聞くけど、あなたは代理の聖像をどんなものだと考えているの?」
 人形の少女の問いに、天音は答える。
「『人には過ぎた力』だと思うよ。それを与えられるにはまだ多くの人に覚悟が足りないんじゃないかな? 少しずつ変わってるのかもしれないけど」
 軽く口元を緩め、続けた。
「そうだな、僕はシパーヒーが飛行系の機体だからというのもあって、イコンで空を飛ぶのが一番楽しいね」
「そう……分かったわ」
 調律者の顔には微かな笑顔が浮かんでいた。

「ミハイルさん、こんにちは。これお土産」
 帰り際、天音はドクトルと顔を合わせた。会うのは『レイヴン』の公開試運転の日以来だ。
「わざわざありがとう。有意義な話は出来たかい?」
「まあね」
 お土産を渡しつつ、気になっていることを聞く。
「そういえば、風間氏や天住氏とは知り合いだったっけ。近頃、強化人間や海京の上層部に絡んだ物騒な噂をよく聞くね。サイオドロップ……とかさ」
「ここ最近起こった事件に限れば、サイオドロップは関係ないよ。ただ、その正体が分からない以上、警戒はしておかないといけないね」
 ある程度海京で起こった事件のことは知っているらしいが、どうやらサイオドロップについては詳しくないらしい。
 軽く頭を下げ、天音達は研究所を後にした。

* * *


「どうした天音?」
 空京のホテルに戻ったブルーズは天音を一瞥した。彼はソファにもたれながら手に持った『魔術師』のタロットをじっと見つめている。
「ウロボロス、メビウス、魔術師、錬金術、パラケルスス、始まりであり終わりであるAzothの剣。
 ……世界は繰り返している。永劫の輪の中で? 僕がこれを呟くのは何度目なんだろうね。会いたいと思えば会えたりするのかな」
「……なんだ、またそんなことを考えていたのか」
 とはいえ、ブルーズも気にならないわけではない。しかし、考えても答えは出てこないだろう。
 とりあえず、気を紛らわすために部屋のテレビをつける。

 そこに映し出されたのは、海京で起こったクーデターの様子だった――。