葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

リアクション公開中!

【四州島記 巻ノ一】 東野藩 ~調査編~

リアクション


第十一章  東遊舞

「あぁ、そうじゃない!何度言えば分かるんじゃ!」
「す、すみません……」

 老婆に叱責され、シュンとする五月葉 終夏(さつきば・おりが)
 終夏は二絃琴と呼ばれる、この東遊村(とうゆうむら)に古くから伝わる楽器の演奏を、この老婆に習っていた。
 二絃琴というのは、馬頭琴や二胡によく似た、絃が二本しかない琴のことである。
 弓を使って引く所はバイオリンと同じだが、やはり相当に勝手が違う。
 
 終夏たちが「失われた音楽」を求めてこの村へと来たのは、一昨日の事だ。

「東遊村には、この村にのみ伝わる東遊楽(とうゆうがく)という神楽がある」

 そう話を聞いて東遊村を訪れた終夏達の前に広がっていたのは、去年の大洪水で流され、跡形もなくなった村の惨状であった。
 それでもあきらめずに方々探し歩いた結果、たまたま街に行商に出かけていて助かったというこの老婆――名前をセツという――を発見し、声をかけた。
 この老婆が神楽の指導者であり、歌や楽器の演奏全てを知っていたのは、幸いだったと言うしか無い。

 初めはこそ見ず知らずの終夏達を警戒していた老婆だったが、次第に打ち解け、ついに指導を了承してくれたのだった。

「少し、一人で練習してな。あたしは、ちょっと向こうの様子を見てくるから」

 腰が曲がっていながらも、中々の健脚で歩いていくセツ。
 その背中に向かってため息を吐きながら、終夏は二絃琴を手に取った。

「どや、オリバー。調子の方は?」
「あ、やっしー!」

 日下部 社(くさかべ・やしろ)の顔を見た途端、終夏の顔にパアッと明るさが戻る。

「疲れたやろ、少し休んだらどうや。セツさん、ちっとも休みくれへんからなぁ」
「アハハハ……」

 やや引きつった顔で、乾いた笑いを浮かべる終夏。
 正直煮詰まっていた終夏は、社の提案に従うことにした。

「他のみんなの様子はどう?順調?」

 社から手渡された冷たい湧水で喉を潤しながら、終夏が訊ねる。

 東遊楽を習うにあたり、終夏以外のメンバーも、セツから指導を受けていた。
 響 未来(ひびき・みらい)は歌、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は鼓(こ)、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)は鈴と鐘、遊馬 シズ(あすま・しず)は笛を担当することになっている。

「アッキーは鼓の力加減がわからなくて、苦労してるみたいや。キルティスはモノが簡単なだけあってだいたいオッケー、シズは流石に上手いもんで、もう一通り吹けるようになったで」
「未来ちゃんは?」
「未来もあれで中々苦労しとるな。何せアイツ、今までポップスとかをメインにやって来たから、神楽みたいな独特の節回しの歌は慣れないみたいでな〜。もう発声から違うから、今練習中や」
「そっか。未来ちゃんも大変だね〜」

 などと二人が語らっているその後ろにある大木の陰。
 そこから二人を熱い視線で見つめている一人の人物がいる。

(フッフッフッ〜。その未来ちゃんがここから見ているとも知らず……しかし、今回はまた一段ともどかしいわね!バレンタインのチョコまで交換しておいてコレなの!?)

「私の琴とシズさんの笛が主旋律だから、何とか頑張って仕上げちゃわないと。約束の日まで、もう何日も無いし」
「大丈夫やって。オリバーなら、きっと期日までにマスター出来るって」
「そ、そうかな……」
「そうや、俺が保証する!」
「……うん。なんか、ちょっと自信出た」
「オリバー、俺はオリバーを励ますこと位しか出来へんけど、励ますことやったら誰よりも上手に出来る自信がある!また自信が無くなったら、何度でも言ってや!何度でも励ましたるさかい!」

 終夏の肩に手を置き、社は熱っぽく語る。

「やっぱり、凄いなぁやっしーは」
「な、なんや。藪から棒に……」

 終夏の口から出た意外な言葉に、ドキマギする社。

「ううん。やっしーと話してると、自分が何でも出来るような気がしてくるから『凄いなぁ』って。私、やっしーがいてくれれば、どんな曲でも弾ける気がする」
「お、オリバー……」

(オオッ!あの流れからイキナリこう来るなんて、流石はオリバー!!)

 木陰から見ていた未来は、予想外の展開に固唾を呑んで成り行きを見守っている。

「お、オリバーさえ良ければ――」
「……やっしー?」
「オリバーさえ良ければ俺は!」

 終夏の肩に手を置いたままの手に力を込め、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる社。

(言え!言っちゃえ!!)

「俺は、いつまでもオリバーの側にいたってもいいんやで……」
「え……?やっしー、それって――」

 社の言わんとしている言葉の意味を察し、驚きで目を丸くする終夏。

「いや、違う。そうやない。オリバー、俺はいつまでも、君のそばにいたい」
「やっしー……」

 一瞬で、耳まで真っ赤になる終夏。

(言ったーーー!!)

 思わず、未来が木陰から身を乗り出したその時――。

「くぉら!そんなトコロで、何をサボっとるか!」

「ヒッ!」

 突然の怒声に、思わず身を固くする未来。
 振り返るとそこには、青筋を立てているセツがいた。

「い、いや!これはその、あの、別にサボろうとかそういう事ではなくて、今ちょうどイイ所で――」   

「イイトコロ……?」

 背後から聞こえて来る、地の底から響くような声。
 背筋に冷たいモノを感じながら、恐る恐る首をひねる未来。

「未来……。オマエ、いつからそこにいたんや……?」
「ま、ままマママ、マスター……?」

 怒りと羞恥で顔を真っ赤にしている社に、突然の事に呆然として声も出ない終夏。

(だ、ダメ……!ワタシ、殺される……。悪魔だけど、きっと死ぬ……)

「まてぇぃ、コラァ!」

「ご、ごめんなさ〜い!!」

 脱兎の如く逃げ出す未来に、鬼神の如き形相で追いかける社。

「コラ、何処へ行く!まだ練習が終わっとらんぞ!!」

 そこにさらに追い打ちをかけるセツ。

 完全に置いてけぼりを喰った終夏の頭の中では、社の言葉とその真剣な表情が、ひたすらリピートで再生されていた。


 その翌日――。

 終夏は、まるで憑き物が落ちたように二絃琴の腕を上げ、既にセツから太鼓判を押されるまでになっていた。
 その終夏に釣られるようにして他のメンバーも急激に上達し、その日最後の音合せで、ついにセツから合格を告げられたのだった。

 そして、その日の夜――。

「終夏さん!二絃琴、ついにマスターしたんですって!?」
「リカインさんこそ、よくあの舞を習得しましたね!」

 終夏達は、東遊村近くにある風舞衣(かぜのまい)という街で、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)、そしてソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)の三人と再会を果たした。

 再会、というのは他でもない。
 実は、最初に終夏達が東遊楽と出会ったのは、この街だったのである。

「実話的要素を持つ芸能」を探し求めるリカインたちと一緒に、この街に来た終夏たちは、ここで東遊舞(とうゆうまい)の舞手、幸(さち)に出会った。
 セツと同じ東遊村の住人だった彼女は、去年の洪水で流され、たまたまここに流れ着いて助かった。
 洪水で村が全滅したと聞いてこの街で暮らしていた彼女は、リカインに見出され、彼女に舞を教えることになった。
 しかし、彼女に分かるのは舞の旋律と舞だけで、歌詞や楽器については全くわからない。
 そこで「失われた音楽」を求める終夏たちが、村人の生き残りを探しに出たのである。
 東遊楽とは、あくまで東遊舞の一部なのだ。


「サチさん!」
「おぉ、おぉ、よく生きておったのう……。良かった、本当に良かった……」

 東遊村のたった二人の生き残りであるセツと幸は、互いの無事を喜び合い、抱きしめ合う。
 たった数日とは言え、セツと共に過ごしたキルティスにとっても、それは嬉しい光景である。


「フゥ〜。何とか間に合いましたね!」
「一時はどうなる事かと思いました〜」

 聞き慣れた声に、『もしや』と思い振り返るキルティス。
 そこにいたのは――。

「やあ、キルティス」
「皆さん、こんばんわ!」
「御上くんに、円華さん!どうして!?」
「皆さんが失われた舞を奉納すると聞いたら、いてもたってもいられなくて……」
「円華さんがどうしてもというんで、飛空艇を飛ばして来たんだ」
「え?奉納!?」
「セツさんと幸さんに教えてもらった代わりに、村の人たちの鎮魂を祈って、東遊舞を奉納するんだけど……あれ、言ってなかったっけ?」

「テヘッ」という顔をする秋日子。

「東遊舞は、元々戦で死んだ人達の魂を弔うための、鎮魂の舞だったんですよ」

 東遊楽の実話的側面について研究していた、ソルファインが説明する。

「更に歴史を遡れば、首塚明神の鬼にも行き当たる。非常に歴史の古い舞なんだ」
 
 妖怪の研究をしている、アストライトが補足する。
 彼は、首塚に現れて、髑髏を洗うという妖怪の伝承を、探し求めていた。

「皆さん。私も、舞にくわえて頂けませんか?」
「え?円華さんも!?」
「ハイ。元々、村の皆さんの鎮魂になるのならと思って、ここまで来たんです。ここに着くまでの間、録音した旋律を聞いていましたので、歌ならすぐに歌えると思います」
「なら、私が歌詞を教えるわ。ちょっとこっちに来て、円華ちゃん」

 未来が、円華を手招きする。
 演奏は、三十分後ということになった。


「でも、本当にびっくりしたな。御上くんが来るなんて」

 演奏までの間、時間のあるキルティスは、久しぶりに御上と二人の時間を過ごしていた。
 初春宴の準備からずっと御上は何かと多忙で、ゆっくり話す時間がなかったのである。

「いや、驚かすつもりはなかったんだ。本当に急だったから、連絡してるヒマがなくて」
「いいよ、別に。……ただ、ちょっと嬉しいなって」

 はにかんだように言うキルティス。
 御上はそんなキルティスを

「なんだか、楽しそうなお話ですね。よろしければ、私も混ぜて下さいませんか?」
「な、なぎさ君!?」
「き……君は!?」

 突然の闖入者に驚く御上とキルティス。
 ニコニコしながら立っているのは、御上に熱烈なアタックをかけている少女、周防 なぎさ(すおう・――)だ。

「な、なぎさ君……。どうしてココに?確か今日は、他の街で調査してる筈じゃ……」
「ハイ。少しでも早く真之介さんに会いたくて、急いで資料をまとめて戻ってきたんです。そしたら、真之介さんが風舞衣にいるって聞いて……。ちょうど帰り道だったから、寄り道しちゃいました♪」

 すっかり面食らっている御上を、全身から喜びのオーラを発散させて見つめるなぎさ。

「……な〜んてね。嘘ですよ♪」
「う、ウソ!?」
「東遊舞が見れるなんて、滅多にない機会ですもの。何としても見ようと思って、駆けつけたんです」
「そ、そうなんだ……」

 自分目当てではないと聞いて、ホッとする御上。
 その御上の袖をひいて、キルティスが物陰へと連れて行く。
 
『ねぇ御上くん。どうしてあのコがここにいるんだい?』

 なぎさに聞こえないよう、小声で御上を問い詰めるキルティス。

『え?それは今なぎさ君が――』
『そうじゃなくて。どうしてあのコが、調査団に参加してるんだ?』
『なぎさ君、ああ見えてオックスフォードの大学院生でね。文化人類学の博士号も持ってるんだ』
『お、オックスフォードに、博士号!?』
『ウン。それで、調査団にも参加することになったんだよ』
『そ、そうなんだ……』
 
 そのキャピキャピした外見からは想像も出来ない事実に、愕然とするキルティス。

「真之介さん、どうかしたんですか?」
「あ、ううん。何でもないよ」
「ところで真之介さん。そちらのお友達、良かったら紹介して頂けないですか?」
「あれ?知らなかったっけ?キルティスのコト?」
『み、御上くん!』
「え……?キルティス――」

 その名を聞いた途端、スゥ――となぎさの目が細められる。

「なんだ、キルティスさんだったんですか〜。いつもと全然カンジが違うんで、てっきり別の方かと思っちゃいました〜」

 だが次の瞬間には、いつも通りのなぎさに戻っている。
 さっきの視線が、まるで見間違いだったかのようだ。

「キルティスさん、これから演奏されるんですよね〜」
「あ、あぁ。そうだけど」
「演奏、頑張ってくださいね。私、『真之介さんと一緒に』応援してますから!」

 さり気なく「御上と一緒に」という部分を強調するなぎさ。

「う、ウン……有難う……」

 キルティスも彼女の意図に気づいてはいるが、かと言って何も言い返せない。
 男の子モードなのが、つくづく悔やまれた。

「キルティス、そろそろ時間だよ!」

 秋日子が、呼ぶ声がする。

「あ……。じゃ、じゃあ御上くん。僕、行くから……」
「あ、あぁ。それじゃキルティス――」
「頑張ってくださいね、キルティスさん♪」

 御上の言葉を遮るように、一際大きな声で声援を送るなぎさ。
 思い切りニコニコしながら手を振るなぎさに見送られ、内心地団駄を踏む思いで演奏に向かうキルティスだった。


 演奏は、街外れの低地に作られた、真新しい慰霊碑の前で行われることになった。
 ここは、東遊村から流された人達が一番多く流れ着いた場所であり、死にかけていた幸が奇跡的に救出された場所でもあった。彼女はここに、死体の中に埋もれるようにして倒れていたのである。
 
 演奏は、キルティスの鐘と秋日子の鼓が拍子を取る形で始まった。
 そこにシズの笛が重なり、そして最後に終夏の二絃琴が加わる。
 二絃琴を加えた演奏が主題を一通り演奏し終えると、ようやく舞手の番である。

 この奉納舞のために幸が寝る間を惜しんで縫った装束を着たリカインが、しずしずと進み出る。
 リカイン手に持った扇を広げ、天高く差し上げるのが、歌の始まりの合図。
 未来と円華の歌声が、ゆっくりとに楽の演奏に溶け込んでいき、厳かな曲となって広がっていく。

 我を忘れて舞に見入る御上や社たちの横で、アストライトが静かに口を開いた。

「東遊楽の主人公は、一人の鬼だ。人々に好かれたいと思いながらも、その異形故迫害される鬼。彼はやがて絶望し、人々に対する恨みを募らせて、暴れ始める」

 果たして、舞と楽はドンドンと激しく、荒々しくなっていく。

「多くの人々の命を奪った鬼は、やがて退治されるが、鬼は首だけになってもなお、暴れ続ける。ここまでは、首塚伝説の鬼と同じだ」

 リカインは鬼気迫る表情で踊り、演奏は一層激しくなっていく。

「東遊舞が首塚伝説と異なるのは、ここからです」

 アストライトの話を、ソルファインが引き継ぐ。

「首塚伝説では、鬼の首は術者によって封印されますが、東遊舞ではその役割を担っているのは、人々の祈りです」
「祈り?」

 御上が、オウム返しに訊ねる。

「人々は、鬼に対する謝罪と鎮魂の『想い』を込め、舞を舞い、楽を奏で、歌を歌うのです」
「東遊舞は、その話の中にに出てくる舞、そのものなんじゃよ」
「セツさんの言う通りです。舞を舞う者も、楽を奏でる者も、歌を歌う者も、そしてそれを聴く者、見る者。全ての者が、死者の安らかな眠りを願い、祈るのです」

 そういうセツと幸は、泣いていた。
 泣きながら、目をしっかりと開いて東遊舞を見、そして祈りを捧げていた。

「僕たちも祈りましょう。死者のために」
「それが、ここまで舞に関わった、俺たちの務めだ」

 アストライトとソルファインも祈りに加わる。
 御上も、なぎさも、社も。そして楽の音に誘われてやって来た、風舞衣の人々も。

 人々の『想い』が一つとなり、淡く輝く光となって、全てを包む。
 舞が終わった時、この地を彷徨っていた洪水犠牲者たちの魂は、安らかにナラカへと旅立っていった。

担当マスターより

▼担当マスター

神明寺一総

▼マスターコメント

 皆さん、こん○○は。神明寺です。四州東野編、前編のお届けです。

 想像以上に力作秀作のアクション揃いで、正直リアクションの執筆は相当苦労しました。

「白紙の地図を埋めていく」という企画の元に始めたこのキャンペーンですが、やはり地図が白過ぎるのも困りものです。
 とにかく、決めないといけないことが多過ぎて……(泣)

 まぁ、今回でだいぶ埋まりましたから、次回は少しは楽ができるのではないかと思います。
 出来るかなぁ……出来るといいなぁ……(弱気)

 今回のこの試み、皆さんはどう思われましたでしょうか。
 ガイドにおける事前情報の出し方、リアクションでの調査結果の出し方などについて思う事、考える事などありましたら、ゼヒ感想掲示板までお寄せ下さい。
 もちろん、単なる感想(好評・不評どちらでも)も、いつもの如く日を長くして(笑)お待ちしています♪

 次回は、東野編の後編、『解決編』です。
 解決編だからといって、別に同じ所に行かないとならない訳ではありません。
 今回とは違う案件と関わってもいいですし、一から新しいことを調べても構いません。

 是非、次回も奮ってご参加下さい。

 では、東野にて(一部の方はSSシナリオで)皆さんに再会出来る事を楽しみにしつつ――。




 平成癸巳  春皐月


 神明寺 一総