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リアクション
第一章 広城城下
「お嬢ちゃん、見たところこの国の人じゃないみたいだけど、どこから来たんだい?」
御神楽 舞花(みかぐら・まいか)の見慣れない服装を見た、お茶屋のおかみさんが、物珍しそうな顔で訊ねた。
「ツァンダです、シャンバラにある。蒼空学園っていう大きな学校があったりするんですけど……ご存知ありませんか?」
「いや〜。ほら、アタシたちは島の外の事はさっぱりだから――アンタ、知ってる?」
「バカ野郎。俺は毎日毎日オメェと一緒にこの店で働いてんだ。オメェが知らねぇ物を、俺が知ってる道理が何処にある」
「知らない癖に、何いばってんだろうねこの人は。お嬢ちゃんも、こういう人だけはダンナにしちゃダメだよ」
「なんか言ったか!?」
「い〜え〜、なんにも〜!そうかい、ツァンダからねぇ。それで、何しに来たんだい?商売人には見えないけど……」
「観光です」
「観光?観光って行っても、見るトコないでしょ、ココ?」
「そんな事ないですよ。私の住んでる所とは全然違くて、見る物聞く物珍しい物ばかりです」
「そんなもんかい?まぁアタシらにとっちゃ、これが普通だからねぇ……あぁそうそう、それで何にする?」
「あ……それじゃ、このお団子とお茶をお願いします」
「ハイハイ、すぐに持ってくるから、ちょっと待ってておくれよ」
おかみさんは、草履をパタパタ言わせながら、店の奥へと消えて行く。
舞花はその背中を見送ると、改めて店の前の通りを眺めた。
「観光客」というのは、あくまで世を忍ぶ仮の姿。
実際は観光客を装って町を歩きながら、人々の暮らしぶりや治安状況などを調査しているのだ。
妻のサポートで忙しく、身動きの取れない御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に、「僕の代わりに、円華さんたちの力になってくれませんか」と頼まれたのである。
この数日、《資産家》としての豊富な財力を方々でフル活用しつつ歩きまわった結果、街の人々の様子を随分と掴むことが出来た。
街は人通りも多く、活気に溢れている。
道行く人々の顔からも、鬱屈した感情や、憤りのようなものは感じられない。
人々の敬愛を受ける藩主、豊雄公が外遊先で重体に陥ったというニュースも――確かにそれを悲しむ人々は沢山いるが――、街の安定を脅かしたようには見えなかった。
(見た目には、問題ないように見えるけど――)
しかし舞花は、去年の大洪水で、この街が危うく食糧危機に陥りかけたという事実を知っている。
そして、もしもう一度天災に見舞われたら、今度は耐えられないかもしれないということも。
この平和と繁栄は、ギリギリのところで保たれているのである。
「そうそうお嬢ちゃん。観光するんなら、新市街には言っちゃダメだよ!」
「新市街?」
「川の向こうにある街のコトさ」
前掛けで手を拭いながら、店の親父が奥からやって来ると、舞花の前に座った。
「ここんとこ、ヤクザやならず者ども縄張り争いが激しいらしくってな。随分と騒ぎになってる」
「取締はされないんですか?」
「川向こうは城の外。奉行所の管轄外って扱いだからね。それでも豊雄様の代になってからは、取締も厳しくはなったんだけど、とてもとても。手が回らないらしいよ」
「アンタみたいな身なりの良い、しかも可愛い娘がうっかり立ち入りでもした日には、3歩も行かねぇうちにかどわかされちまうぞ」
「そうだよ〜。だから、絶対に行ったりしちゃダメだよ。いいかい?」
「ハイ、分かりました――。有難うございます、見ず知らずの私の事をそんなに心配してくれて」
「折角遠くから来てくれたんだ。楽しい思いだけして帰ってもらいてぇじゃねぇか」
「そうだよ〜。お礼なんかいいから、ホント気をつけとくれよ〜!」
「ハイ!」
あんこの美味しい団子と、店主夫婦との語らいを心ゆくまで堪能した、その30分後――。
舞花の姿は、新市街にあった。
(あんな話を聞かされちゃ、調べない訳には行きません!)
左右に気を配りながら、細い路地を行く舞花。
すれ違う人たちが、胡乱気(うろんげ)な顔で舞花を見る。
しかし幾らも行かない内に、袋小路に行きあたってしまう。
「えっ?行き止まり!?――さすがはスラム。分かりにくいこと、この上ないですね」
悪態を吐きながら、振り返る舞花。
いつの間に現れたのか、10人のばかりの男が、舞花の行く手を阻むように立っていた。
手に手に刀や長物をぶら下げ、一目見てカタギではないとわかる者ばかりだ。
「人の忠告は、素直に聞かねぇとなぁ」
中央の男が、下卑た笑いを浮かべながら言った。
「……何者ですか、あなたたち」
「聞いたかおい、『何者ですか』だってよ」
一斉にゲラゲラと笑い出す男たち。
「何者ってそりゃお前、人さらいだよ」
「人さらい!?」
「やたらと金回りのいい女がいると思ってな、ずっと目をつけてたんだよ。しかもあの御神楽のお嬢さんだっていうじゃねぇか」
「――!」
男の口から出た言葉に、思わずハッとする舞花。
「やっぱり、思った通りだ。御神楽っていや、超有名な金持ちだ。しかも滅多にある名前じゃねぇ。こいつは、いい金づるになるぜ」
「私は、環菜様とは何の関係もありません!」
「果たして、向こうもそう思うかな?――いいかお前ら、絶対に逃すんじゃねぇぞ」
「任せとけって」
「へっへっへ。じっとしてなよ、お嬢ちゃん。さもないと、その可愛い顔に傷がつくことになるぜ」
「小娘とはいえ契約者だ。油断するなよ」
その声で、男たちの顔から笑みが消える。
ジリジリと、舞花に近寄ってくる男たち。
舞花の連れている【賢狼】たちが唸り声をあげ、男たちを威嚇する。
「かかれっ!」
リーダーのその声を合図に、左右から2人の男が舞花に襲いかかる。
しかし舞花は逆に、左の男に向かって踏み込んだ。
こうすれば、一度に一人を相手にするだけで済む。
「何っ!」
舞花の動きは予想外だったようで、男の反応が一瞬遅れた。
その隙を突き、舞花は【フューチャー・アーティファクト】の一撃を見舞う。
かろうじて、その攻撃をガードする男。
「グッ!」
右の男が咄嗟にフォローに入ろうとするが、賢狼たちに邪魔され、思うように動くことが出来ない。
「こいつ、ふざけやがって!」
新手の男がさらに2人、刺股(さすまた)で突きかかって来た。
男たちは恐ろしく息のあったタイミングで、刺股を波状的に繰り出す。
「クッ!こ、このっ!」
いくら銃器としては長さのあるライフルとはいえ、刺股相手ではリーチに劣る。
かといってレーザーを撃つには、距離が近すぎる。
さらに、「点」や「線」ではなく「面」で迫ってくる刺股を避けるには、この路地は狭すぎた。
後ろに下がるたびに踏み込まれ、舞花はたちまち行き止まりへと追い詰められいく。
舞花のフォローをするはずの賢狼たちは、既に男たちによって行動不能にさせられていた。
「女に銃を撃たせるな!一気に畳み掛けろ!」
刺股を持つ男たちの左右から、さらに縄が投げられる。
縄は、過たず舞花の腕と足に絡みつき、その自由を奪った。
「これまでだ!」
「キャアッ!」
体重を乗せた刺股の一撃が、舞花を地面に打ち倒す。
舞花は腰をしたたかに打ち付けた上、動きを完全に封じられた。
「へっ!手こずらせやがって!」
「この路地に迷い込んだ段階で、お前は俺たちに捕まる運命だったんだよ」
「なら貴方たちは、私に喰われる運命、という訳ですね」
「な、ナニィ!」
後ろからの声に、一斉に振り返る男たち。
そこには、頭からスッポリと黒いローブを被った、異形の男がいた。
「何だ、テメェは」
「私の名はエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。以後お見知りおきを……といっても関係ないですね。どうせこれから、死ぬんですし」
嘲るような微笑を、口元に浮かべながら、ゆっくりと右手を突き出すエッツェル。
その途端、彼の右手首を突き破って、血塗れの筋肉を撚り合わせたような鞭が姿を現した。
【蛇尾刃「ヌギル=コーラス」】だ。
ヌギル=コーラスは舞花の方へ向かって素早くに伸びると、突然の事に唖然としている男たちを一薙ぎに絡めとった。
「な、何だ……?」
「ぎ、ギャアァァ!」
鞭が絞まるに従って、そのひも状の胴体に並んだ犬歯のような細かい刃が男たちの身体に食い込んでいく。
さらに鞭の先端が、まるでそれ自体が一個の生物のようにしなると、その先端に付けられた一際大きいナイフ状の刃が、
身動きの取れない男たちに向かって、猛スピードで突っ込んだ。
「や、やめろーーーー!」
「ガァアアアア!」
呆然とする舞花の目の前で、あっという間に切り刻まれ圧し潰され、肉塊と化していく男たち。
多量の血しぶきが、エッツェルと舞花に飛び散る。
エッツェルは、顔面に飛び散った返り血をペロリと舐めると、顔をしかめ、ペッと吐き出した。
「……不味い。これはまたヒドイ味だ」
「ひ、ヒエェェェ!」
「ば、バケモノだ!」
「コイツ、人間じゃねぇ!」
目の前で引き起こされた惨劇に、パニック状態になる男たち。
悲鳴を上げる男たちに、うんざりした顔を向けるエッツェル。
すると今度は、エッツェルのローブの裾から、何かドロリとした鈍く輝くモノが姿を現した。
「私の口には合いませんので、どうぞ皆さんで、お食べ下さい」
エッツェルのその言葉が合図になったかのように、「ソレ」は見た目によらない敏捷さで、生き残った男たちの方へと近づいていく。
「く、来るなっ!」
「に、逃げろっ!」
我先にと逃げ出そうとする男たち。
【カオスディーナー】たちは身体の一部を剣状に変化させると、その背中目がけて飛びかかっていった。
「ギャアァァ!」
「ガハァ!」
胸板を貫かれ、バッタリと倒れる男たち。
今しがた倒れたばかりの死体に群がる、カオスディーナー。
唯一生き残ったリーダーは、すっかり腰が抜けてしまい、後ろ手に這いずりながら、必死にエッツェルから逃れようとする。
「無駄ですよ」
リーダーに向かってゆっくりと歩み寄るエッツェル。
リーダーは恐怖に目を見開いたまま、ヌギル=コーラスの餌食となった。
「大丈夫ですか?」
身体中に飛び散った血を拭おうともせず、淡々と訊ねるエッツェル。
「え……。あ、ハイ……」
エッツェルのその声で我に返った舞花は、未だ心此処にあらずといったカンジで返事をする。
「フゥ……。やれやれ。お嬢さんには、少し刺激が強すぎましたか――」
エッツェルはそう言って肩をすくめると、ケータイを取り出し、本部と連絡を取った。
「もう少しすると、お仲間が迎えに来ます。今日は、もう帰ったほうがいいでしょう――どのみちのその有様では、観光は無理でしょうし」
男たちのすぐ側にいた舞花も、全身朱に染まっている。
「金には、人を惹き付ける魔力があります。それにその名もこの時代では、ご自分で思っている以上に価値のあるものなのです。次からは、もう少し気をつけたほうが良いですよ」
エッツェルは、男たちを喰らい尽くし、大きさが倍以上になったカオスディーナーたちを懐にしまうと、何事も無かったかのように、その場を立ち去った。
「フゥ……。さすがに疲れたな。少し休もうぜ、バロン」
「あぁ」
広城の下町での聴き込みを終えた結城 奈津(ゆうき・なつ)とミスター バロン(みすたー・ばろん)は、一軒の茶屋へと足を向けた。
愛想のいいおかみに注文を済ますと、2人はお互いにのみ聞こえるくらいの声で話し始めた。
「『寿限無長屋』に『カンカン長屋』――。この辺りの長屋は、あらかた回ったな」
「そうだな……。しかし、この国の人々の東州公に寄せる敬愛の念は、相当なものだな」
「飢饉を防ぐために国庫を開いたり、随分と善政を心がけていたようだし、当然といえば当然だけど――」
「そうは言うが、まともに口を聞いた事も無いような人のため、御百度参りをする人が神社に列を成すなど、ちょっと考えられんことだぞ」
「そうだよなぁ。日本じゃ考えられないぜ」
お茶を啜りながら、しみじみという奈津。
「後気になるのは、新市街で頻発しているというならず者同士の抗争か……」
「外国人が絡んでるという、一件だな」
「やっぱり、一度調査してみないと」
「それなら本部に報告して、応援を仰ぐ必要があるだろう」
「御上先生に?」
「そうだ。相手が多数にのぼる上、接触を図った結果逃走される危険性もある。入念な準備が必要だ」
「そっか……。さすがバロン、いいコト言うぜ!それじゃ早速本部に戻らないと!」
奈津はケータイを取り出すと、別行動を取っている秦野 萌黄(はだの・もえぎ)に連絡を取る。
萌黄は一人、行方不明の両親を探していたのだ。
「自分の問題なのに、いつまでも奈津にばかり頼っていられない」
と、萌黄がいつになく強硬に主張したからだ。
もっとも、萌黄が言うだけなら奈津も許さなかっただろうが、今回に限ってバロンも萌黄を支持したので、奈津もしぶしぶ納得したのである。
「……どうした?」
ケータイを耳に当てたまま、不審げな顔をしている奈津に、バロンが声をかける。
「つながらないんだ、萌黄に。何か、あったのかもしれない」
「今、出られないだけかもしれない――そう焦るな、奈津」
「でも……。アタシ、やっぱり様子を身に行って来る!」
「待て。様子を見に行くといっても、場所もわからんでは行きようがない」
「う……」
「ここは一旦本部と連絡を取り、人手を出してもらうのが賢明だ」
「そ、そうか!やっぱり頼りになるぜ、バロン!」
奈津は電話帳を開くのももどかしく、本部に連絡を取った。
「――どうだお前ら。俺に、協力してくれないか?」
一人の眼光鋭い男が、周りの人々に熱く語りかけている。
「ほ、本当に、俺たちももう一度村に帰れるのか?」
「あぁ。お前たちが協力するなら、帰村はもちろん、お狩場に馬を入れた件や、逃亡した件も不問に付す。もちろん、家族を連れてきても構わない。――どうだ?」
「そ、それなら……」
「そうだな。お許しが出るなら、いつまでもこんな風に逃げ続けるこたぁない」
「決めた。俺はアンタと一緒に行くぜ!」
「お、俺もだ!」
「俺も!」
男の周囲を取り囲んでいた人々は、次々に賛成の声を上げる。
すぐにそれは人々の総意となった。
「よし、決まりだ。それならみんな、この連判状に名前を書いてくれ」
男に促され、我先にと名前を書く人々。
その様子を萌黄は、通りの角からそっと伺っていた。
萌黄は両親の行方を探す内、いつの間にか新市街へと迷い込んでいた。
しかし元々マホロバ人で、しかも子供の萌黄を怪しむ者などいない。
何喰わぬ顔で新市街を訪ね歩く内、萌黄は怪しげな集まりを見つけた。
どうやら、一人の男が自分たちへの同行を求めているらしい。
物陰に隠れて彼等の話に耳を傾ける内、萌黄にもおおよそ話の内容が掴めてきた。
どうやら男が語りかけている人々は、問題を起こして村ごと夜逃げしたようだった。
その問題というのは、禁足地であるお狩場に、馬を入れたこと。
去年の大洪水で放牧地が全て泥に覆われてしまい、村人は馬に草を食べさせることが出来なくなってしまった。
しかし高台にあり、洪水に見舞われていないお狩場には、豊富に草がある。
この草を馬に食べさせようとしたのだが、将軍専用の狩場であるお狩場に馬を入れることは重罪である。
村人たちは悩みに悩み抜いた末、村人たちはお狩場に馬を入れる事を選んだ。
日に日にやせ細ってく馬を見捨てることは出来なかったのである。
しかしその結果、彼等は追われる身となった。
東州公が去年から地方の巡察を強化したことも、彼等に取っては不幸だった。
村人の馬への愛情をよく理解した領主だけなら、多少の事には目をつぶったかもしれない。
しかし、彼等の土地に来た巡察使は教条的で、一切の事情を斟酌することなく、村人たちを犯罪者と認定した。
それで村人たちは、村を逃げ出したのである。口封じに、巡察使を手に掛けた上で。
そして彼等は流民となり、この広城のスラムに流れ込んだのであった。
そんな彼等に、目つきの鋭い男は、帰村と罪の帳消しをエサに、自分への同心を説いた。
男の目的は現在建設中の外国企業の工場を、破壊し、外国企業を追い出すこと。
男はとある有力者の命令で動いているといい、その証となる書状を皆に示した。
初めは半信半疑だった人々もその書状を見て心を動かされ、次々と協力することを選んでいった。
(大変だ。早く、なっちゃんたちに――ううん、円華さんたちに知らせないと)
物音を立てないように、そっと後ずさりしようとする萌黄。
だが――。
「ガラガラガラッ!」
立てかけてあった竹の棒が次々と倒れ、大きな音を立てる。うっかり足でひっかけてしまったのだ。
(ま、マズイ……気付かれた!)
「誰だ!」
「逃がすな、捕まえろ!」
萌黄はあっという間に、周りを囲まれてしまった。
「コイツ、俺たちの話を聞いたな!」
「どうする?このままじゃ、追っ手がかかっちまう」
「可哀想だが、こうなったら――」
「そんな、まだ子供じゃないか!」
(マズイ!コイツら、僕のコトを殺す気だ!ど、どうしよう――)
血走った目で口論する人々に目をやりながら、必死に考えを巡らす萌黄。そして――。
「ま、待って!」
突然口を開いた萌黄に、皆が注目する。
「ぼ、僕も連れて行って――」
「何だと?」
「僕も、村を捨てて逃げ出してきたんだ。両親とは離れ離れで、行く所なんかない――お願いだよ、僕も連れて行って!」
自分でも、信じられない言葉が口を突いて出る。
萌黄、一世一代の大博打であった。
「今日の聴き込みはどうでしたか?」
「うーん……。これといって、新しいことは何も。東州公の回復を祈る人達の列が、昨日よりも長くなったっていうくらい」
華月 魅夜(かづき・みや)は、水無月 徹(みなづき・とおる)の問いに、力無く答えた。
心なしか、肩を落としている様に見える。
今回の調査団へ参加したいと言い出したのは、魅夜だった。
暗殺されてしまった(少なくとも魅夜はそう信じきっている)東野公と自分の不遇な生い立ちをダブらせ、憤りを感じた魅夜は、「何としても犯人を捕まえる」と息巻いて東野にやって来た。
一本気で腹芸などとても出来ない魅夜は、「自分に出来るのは足で稼ぐことだけ」ばかりに連日広城の街中を聴き込みをして歩いていたが、今に至るまで収穫はない。
「私の方は、一つ気になる話を聞きました」
「気になるって……どんな?」
「去年の洪水で大きな被害の出た地方に、藩から補償金が出たのは知ってますね?」
「うん」
「どうやら、実際には被害が出ていないのに、補償金をもらった人達がいるようなのです」
「ナニそれ!詐欺ってこと?」
「話が本当なら、そうなります」
「困っている人達を助けるためのお金をだまし取るなんて、許せない!早速家老に報告して、取り締まってもらおう!」
「待って下さい。いくら家老といえでも、ただの噂だけで取り締まる訳にはいきませんよ。もっとしっかりした証拠がなくては」
「なら、調べに行こう!一体ドコなの?」
「遠野地方のとある村……とまでしか」
「遠野ね!それじゃ、早速旅の準備をしなくっちゃ!」
跳ねるように立ち上がり、荷物をまとめ始める魅夜。
「なら私は、食料を調達しに行ってきます」
「お願い!」
これまで全く手がかりがなく、痺れを切らしていただけに、魅夜の行動は早い。
(絶対に、不正の証拠を見つけるんだから!そして、悪党共の尻尾を掴んでやる)
魅夜は、固く心に誓うのだった。
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