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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   六

 御前試合のその日も、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)たちは町の片付けをしていた。
 カタルが暴走したと聞いたアキラは、少し考え、こう言った。
「それってさー単にカタルの『眼』が満足するまで生命エネルギーをくれてやりゃあいいんじゃね? 契約者なんだし、一般人よりも体は丈夫なんだから死なない程度に生命エネルギーくれてやりゃあ大丈夫だろー」
 無論それは、全く根拠のない話ではあったが。
「仮にもしダメでも吸われた分他の犠牲者が減るってことだし。と言うことで俺ぁカタルに生命エネルギーあげてくるからエネルギー吸われすぎて動けなくなったら誰かうまいこと回収してくれ」
 颯爽と立ち去ったアキラだったが、五分後にはのろのろした歩みに変わり、十分後にはほとんど進まず、十五分後には頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「あぁー俺ぁかっこつけてなに言っちゃってるんだか。でも言い切っちゃった手前、後には引けないし。いやでも」
 地面でのたうち回りたいぐらいだった。
「貴様、こんなところで何を呻いておる。カタルのところへ行くのではないのかの?」
「!?」
 アキラは慌てて立ち上がった。ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)の三人が背後に立っていた。
「い、行くさ、もちろん。てか、お前らこそ何やってんだ?」
「貴様、まさか一人で行くとか言わぬであろうな? 貴様が命を賭けるのであればワシらも命を賭ける。当然のことじゃ。ワシらは……パートナーであろう?」
「ルーシェ……」
 鼻の奥がつん、となる。セレスティアも力強く頷いた。――ヨンだけ躊躇いがちだったのは、カタルの「眼」とアキラたちがいなくなる恐怖とを天秤にかけたからだ。
「……よし、行くか!」
 俺は何を迷っていたんだろう。こんないいパートナーに恵まれて――。アキラの歩みに、迷いはなくなっていた。


「正直なところ、葦原にそれほどの思い入れはないんだけどね……」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は呟いた。とはいえ、このまま見捨てて逃げるのは薔薇学生としての美学に反する。己の力量と体力を考えれば、観客なり町の人々なりを避難させるのが妥当な行動だが、カタルとは少々縁も出来た。
「俺も、甘いな……」
 クリストファーは苦笑し、カタルが通り過ぎた跡を見つめた。短時間で得た結論は、時間稼ぎ。背後からカタルへ駆け寄り、クリストファーは少年の右手に手錠をかけた。反対側は、己の左手首に繋がっている。
「――!!」
 その一瞬後、気が遠くなる。体中の力があっという間に抜けていく。
 なぜこんなことをしているのか、クリストファー自身、よく分かっていなかった。ただ、カタル自身が立ち向かわなければ、何も解決しないだろう――薄れゆく意識の中、そんなことを思った。


「こりゃひでえ……」
 ずず、ずずず……。
 カタルはクリストファーを引きずりながら、歩き続けていた。少年の右肩は抜けそうになっている。だが当人は、そんなことを露ほども気にしていない。その目は何も見ていない。
 クリストファーは、手も足も、そして顔も、皮膚が裂け、剥け、血だらけになっていた。しかし思惑通り、確かにカタルの歩調は遅くなっている。
「行くぞ、みんな!」
 アキラ、ルシェイメア、ヨンの三人は、カタルの前に立ち、両手をかざした。
「欲しけりゃくれてやる! 持ってけ!!」
 手と言わず、体中のありとあらゆる部分から、何かが抜けていく。クソ、とアキラは内心、罵った。
(ったく。いつまでもそんなヤツの好き勝手にさせてんじゃねーよコノヤロー。オメーだって闇雲に命を吸い続けて他人を死なせるのは嫌なんだろう? だったら、俺の元気も少し分けてやっから、それで何とかしてみせろよコノヤロォォォ!)
 ルシェイメアとヨンも、思いを込めた。それが、カタルに届くと信じて。
(確かに貴様は重き過去と運命を背負うておる。じゃがそこから目を背けておっては、その力はまた同じ悲劇を巻き起こすこととなるじゃろう。辛く苦しいことじゃろうが、その事実を受け止め、そして前へと突き進むのじゃ。心を強く持て。押しつぶされるな。そのためならば、ワシらも微力ながら力を貸してやろうぞ!)
(がんばってください! 私には、そんな事しか言えませんけど……。でも、ここでカタルさんが飲み込まれてしまうと、カタルさんのお父さんやお母さん。オウェンさんやヤハルさん、村の人たちの大切な思いまで一緒に消えてしまうと思うんです。だから、その人たちの気持ちに応えるためにも……がんばってください!!)
 一瞬後、三人は重なり合うようにその場に倒れた。カタルがアキラに躓き、前のめりに倒れた。立ち上がろうとしたその手がヨンに触れた瞬間、セレスティアがウインドタクトを振った。
 カタルはよろめき、今度は後ろに倒れたが、クリストファーが重しになって吹き飛ばされることはなかった。
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が、素早く駆け寄った。クリスティーは、ちらりとクリストファーを見た。唇を噛み、すぐに目を伏せる。
 オウェンたちは、カタルから距離を取り、彼を追い続けていた。今は丘の上に陣取っている。
 セレスティアは【命のうねり】や【歴戦の回復術】をかけ続けた。しかし、アキラたちの意識は戻らない。
「どうして……どうして!?」
 無駄です、と言いかけ、高峰 結和はその言葉を飲み込んだ。どんな術も、おそらく彼らの意識を取り戻すことは出来ない。エメリヤンがそうだったように。
「今、病院へ……」
「俺の小型飛空艇を使うといい」
 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が、背後を指差した。
「俺たちは、しばらく必要ないからな」
 重量オーバーだが、ないよりはいい。セレスティアは、アキラたちを小型飛空艇に積み込むと、明倫館目指して飛び立った。
「動き出しました」
 隆寛が指差す。
 カタルは、気だるげに立ち上がると再び歩き出した。手錠がじゃらり、と音を立てている。
「あのままでは、体が持たんぞ」
 オウェンが言ったのは、クリストファーのことだ。引きずるカタルは、連れのことなど全く考えていない。
「――時間稼ぎになれば、いいのです」
 一瞬言葉に詰まり、クリスティーは答えた。冷酷に見えるが、それが本音でないことは誰の目にも明らかだった。
「率直に聞くわ。カタルを助けて――その後は? どうしたい?」
 オウェンは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の顔を見た。睨む、と言ったほうが近いかもしれない。
「それは、今ここで語るべきことではあるまい」
「それを答えと受け取るわよ」
「――好きにしろ」
 カタルはず、ず……と進み続ける。
 隆寛の目は、カタルの進行方向に向けられた。そこに沢渡 真言(さわたり・まこと)がいる。
 真言はじっと、待っていた。カタルが近づくのを。そこに辿り着くのを。
「取り敢えず、次に賭けましょう」
 ローザマリアは膝をつき、ナイツ SR-25を構えた。普通の狙撃銃に見えるが、光条兵器である。彼女が引き金を引くと同時に、クリストファーとカタルを繋ぐ手錠が千切れた。
 カタルは重しがなくなり、よろよろっと前につんのめった。
「今です!」
 真言は右腕を振り下ろした。【轟雷閃】が、「憂うフィルフィオーナ」を通り、カタルへ襲い掛かる。威力を落としているとはいえ、貫く衝撃にカタルは全身を突っ張らせ、何度か痙攣した後、がくりと両膝をついた。
「しまった……!」
 カタルの体からは煙が上がっている。皮膚が焼け、肉の焼けた臭いも漂う。
 加減を間違えたかと、真言はカタルに近づきかけた。その足元の土が弾けた。
「何をするんです!?」
 愕然とする隆寛の声を無視し、ローザマリアは続けて引き金に指をかけた。発射された弾が、カタルの腿を撃ち抜いた――。