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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   七

「何をするんだ!!」
 クリスティーはナイツ SR-25の銃身を握り、逸らせた。三発目を撃ったばかりの銃身は熱く、手の平にくっきりと跡が残った。
「即時攻撃はしないはずだ!」
「ただし、犠牲者が増えない限りは。私はそう言ったはずよ。命まで取るつもりはないけれど、これ以上、被害を増やすつもりもないわ」
 それはハイナのためだった。もし犠牲者が一般人にまで及べば、確実に彼女の責任となるからだ。
「しかし!」
「その心配はないようだよ」
 ビデオカメラを覗いていたセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)が震える声で言った。
「あれは……」
 オウェンの顔色も変わった。
 カタルは、まるで何事もなかったようにゆらりと立ち上がった。腿はズボンの部分に穴が開き、血の跡がくっきり残っている。足元まで伝わってもいる。
 だが、焼けただれた皮膚は少しずつ滑らかになっていく。手錠で擦り切れた手首も、抜け肩も、元通り、まるで何事もなかったかのようだ。
「そう言えば……」
 十年前、里の仲間の生命を吸い取った後、カタルはしばらく食事を取らなかった。腹が空かないのだ、と。生命エネルギーを吸ったからなのは、容易に想像できた。
「何てこと」
 ローザマリアは顔をしかめた。
 カタルは他人の生命エネルギーで己の治療をしている。つまり、彼の体力を削ぐことは事実上、不可能であることを意味する。逆に生命エネルギーを更に必要とするため、犠牲者が増えることにもなる。
「余計な真似を……」
 背後に声がして、真言は振り返った。高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が「断魂刀【阿修羅】」を喉元に突き付ける。
「今の分を補給してもらおうか」
 真言はじりじりと後ずさった。背中に痛いほどの圧迫感がある。カタルの「眼」だ。体力のない真言では、あっという間に生命エネルギーを吸い取られてしまうに違いない。
「伏せてください!」
 真言は咄嗟に頭を下げた。隆寛の【シーリングランス】が炸裂する。だが、飛び出したティアン・メイ(てぃあん・めい)の「七神官の盾」が、それを遮った。
「懲りない人だ……」
 クリスティーが「栄光の杖」を手に駆け寄り、玄秀と対峙した。
「おいおい、僕はカタルを落ち着かせようとしているんだ。敵じゃあないよ。味方でもないが」
「そのために、他を犠牲にすると言うのですか?」
「他人は蹴落とすか、利用するものだ。お前らだってそうだろう? 漁火もお前らも同じ穴の狢だ。方向性が違うだけでカタルを道具にしか見ていない。道具に甘んじている奴も気に食わないが、貴様らのような連中にカタルを渡す気もない」
「それは君も同じだろう」
 クリスティーの言葉に、玄秀は意表を突かれたようだった。寸の間考え込み、にやりと笑った。
「まあ、そうかもな」
「シュウ! いつまで遊んでいる気!?」
 ティアンが「縛霊剣【魔神剣ゲヘナ】」で斬りつける。刀身の黒さと同じぐらい、禍々しい殺気を乗せて。
「させません!」
「ラスターエスクード」が、隆寛、真言、クリスティーを守る。クリスティーが盾の後ろで【崩落する空】を使った。空がひび割れ、何かがティアンの身を貫いた。
「ああ!」
 ティアンが崩れ落ち、玄秀へと手を伸ばす。「シュウ……」
 玄秀は梓弓を構えた。つ……とこめかみから頬へ、汗が伝う。
「これを放てば、僕が撃たれるというわけか」
 玄秀をローザマリアが、ティアンをクローラが狙っている。
「――よかろう。退くとしよう」
 ティアンは玄秀にしがみついた。
「だが、カタルが目覚めるのであれば、奴に選択をさせてやれ。僕はその意思を尊重しよう」
「シュウ……」
 ティアンは複雑だった。玄秀がカタルに入れ込んでいるのが、彼女にはよく分かった。玄秀に、或いはカタルにその苛立ちをぶつけたかったが、どちらも不可能だ。だが今、彼はカタルより自分を選んでくれた――少なくとも、ティアンはそう思った――ことが、たまらなく嬉しい。
 玄秀が梓弓を下げたその時、銃声がした。
「汚い!」
 玄秀は罵り、ティアンの手を取ると、氷雪比翼で空へと逃げた。
 撃ったのはクローラだ。しかし、ローザマリアがそれを止めた。肩を掴まれ、伏せていたクローラの弾は、大きく逸れてしまった。
「何をする!」
 クローラにしては珍しく、声を荒げた。
「こちらの言うことよ! 逃げる相手を撃とうなんて、どういうこと!?」
「相手はテロリストだ。捕えなければ」
「いいえ、彼はテロリストではないわ」
 確かに玄秀の行ったことは、葦原島や人々を危険に陥れる行為――犯罪である。だが、漁火とその一派をテロリストと定義するなら、玄秀はその仲間ではない。
「しかし、犯罪者だ。犯罪を看過することは、犯罪に等しい」
「それは、ハイナの決めることよ。私たち、教導団の仕事ではないわ」
 クローラは返事に詰まった。ややあって、「――分かった」と頷く。
「俺は、主犯を確実に仕留めたい。それだけだ」
 クローラは、ミシャグジ復活がパラミタ崩壊を早めると見ていた。この件は、「真の王」にも関わっているに違いない。
 パートナーのセリオスは、世界の謎に迫る鍵だと聞いて、怖がった。クローラはその手を握り、落ち着かせてやった。これはやらなければならないことなのだ、と。不思議なことに、それだけで心の奥底から勇気が湧いてくるようだった。
 セリオスはビデオカメラを設置し、カタルとその周辺を常に監視した。誰が敵で、テロリストか判断できるように。この記録は、役に立つだろう。
「クローラ!!」
 カメラを覗いていたセリオスが、悲鳴に近い声を上げた。
 カタルが歩き始めた。先程のクローラの弾が足に当たり、方向を変えたらしい。
「……やるしかないか」
 オウェンが呟いた。
 カタルが向かっているのは、ミシャグジが封印された洞窟だった。