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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   九

 ミシャグジを封印した洞窟は、今、立ち入り禁止になっている。
 三道 六黒(みどう・むくろ)ドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は、その前に立つ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)セルマ・アリス(せるま・ありす)リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)ヴィランビット・ロア(う゛ぃらんびっと・ろあ)の四人を見て、笑みを漏らした。
「素早いな」
「忍者なんでな」
 唯斗は「偽典銃神槍壱式」と「偽典銃神槍弐式」を構えた。その身には魔鎧として、プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)を装備している。
 セルマは六黒たちの周囲に目を配った。
「漁火さんはいないようですね……。どこにいるんです?」
「答える必要があるか?」
 六黒が笑う。
「いないならいないで、いいんだけどさあ」
 ヴィランビットが欠伸を噛み殺す。
「この前の騒ぎで、僕の貴重な安眠が妨害されちゃったんだよねえ。ここのミシャグジ? それ起こすってことは、また同じことするんでしょ? 困るんだよねえ、本当」
 リンゼイは「海神の刀」を抜き放った。
「私の想い人がここにいるのです。みすみすこの島を沈めさせる訳にはいきません」
「交渉の余地なし、だな」
 ドライアが大きく腕を振った。二体のゴーレムがぬうっと現れた。リンゼイが【乱撃ソニックブレード】を繰り出すが、全て塞がれてしまう。
 ヴィランビットが【先制攻撃】を食らわせる。が、六黒は「スキルサポートデバイス」「黒檀の砂時計」「彗星のアンクレット」「勇士の薬」「大帝の目」を使い、更に素早く動くと、ヴィランビットの肩目掛けて「梟雄剣ヴァルザドーン」を振り下ろした。
「がはっ!!」
 咄嗟に【バーストダッシュ】で間合いを外したものの、ヴィランビットの左肩が砕けた。
「そこだぁ!」
 唯斗が「偽典銃神槍壱式」を投げつけた。ゴーレムが六黒の盾となるが、槍は器用にそれを避け、標的を貫いた。
「ぬ!!」
 六黒が顔を歪める。「壱式」が唯斗の手元に戻り、入れ替わるように「偽典銃神槍弐式」が六黒を襲う。六黒は槍を叩き落とすが、「弐式」は再び主人の元へ返っていく。
「やるな……」
 唯斗はにこりともせず、「壱式」と「弐式」を交互に繰り出した。六黒はそれを捌くのに精いっぱいだ。
 リンゼイが【金剛力】の力を使い、【疾風突き】を放った。狙われた悪路は、しかし動じることなく、にやりと笑った。
 リンゼイの足元が、突然、抜けた。スナジゴクが地面を掘り、土を砂のようにしてしまっていたのだ。
「おまえ、何もしねーんだな」
 ドライアが口を尖らせる。
「私は頭脳労働専門ですから」
 悪路はしれっと答えた。【防衛計画】で、スナジゴクの配置を決めたのは彼だった。
「リン!」
 セルマが妹へ駆け寄ろうとしたその時、木の陰に隠れていたレイカ・スオウ(れいか・すおう)が叫んだ。
「誰か来ます!」
 レイカの【ディテクトエビル】に引っ掛かったのは、悪意や邪念というより、ただ害を及ぼそうという意思だった。カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)が【護国の聖域】でレイカを守り、彼らはその相手が出てくるのを待った。
 漁火が、しゃなりしゃなりと現れる。町中で、男たちの目を引きつけるような仕草で。
「一人……ですか? 操った人たちは……?」
 漁火の周囲には誰もいないようだ。
「本当は壁代わりに連れてくるつもりだったんですけどねえ。あんた方のお仲間が色々邪魔してくれたんで、数が減っちまいましてね。カタルを運ぶのに向かわせましたよ」
 が、類たちによって彼らが捕えられたことを、漁火もレイカたちもまだ知らない。
「壁、だと?」
 ギリ、とセルマは歯噛みした。
「貴女は、人を、人間を何だと思ってるんです! 葦原島の人達、梟の一族、たくさんの人たちを困らせて――」
 一歩、また一歩と近づいていく。
「人間、ねえ……面白いですよねえ。好きですよ、ええ、本当に」
「好き――なら、どうして?」
とレイカ。「どうして、あんな真似を? 人間を使役して――」
 レイカの脳裏には、戻ってこない夫を待ち続ける女性の姿があった。おそらく、漁火に操られ、この洞窟で命を落としたのだろう。
「だってねえ。ミシャグジが可哀想じゃありませんか。こんなところに閉じ込められて。あたしはこの子も同じぐらい好きなんです。だから、助けてあげなきゃあ」
「そんな勝手な理屈!」
 セルマが吐き出した。
 その瞬間、【光学迷彩】と【カモフラージュ】で姿を隠していたミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)が、【シャープシューター】で漁火の右腕を撃ち抜いた。
「……?」
 続けて【エイミング】で左足を。漁火の体はその場に沈み、倒れたその上からセルマが「幻槍モノケロス」を突きつけた。
「――その行い、許すわけにはいきません。しかし、殺しはしません。大人しく、捕まって」
 そこでセルマの言葉は途切れた。
 むくりと漁火が起き上がり、右腕を持ち上げた。穴が開き、千切れそうになっているその部分を逆の手で撫でると、たちまち元通りになってしまった。左足も同様だ。
「どうしてくれるんです。この着物、気に入ってたんですよ」
 怒っているようだ。蘇った右手で槍を払うと、セルマは素直にその場をどいた。
「いい目をしてますねえ。臆病で、勇敢で、優しくて、恐怖を抱えているような。契約者ってのは、本当に複雑で面白い……」
 漁火はセルマの頬を撫でた。「さあ、お行きなさいな」
 セルマは言われるまま、ミリィが隠れている場所へ突進した。ミリィは――ゆる族なのでよく分からなかったが――青ざめた。
「ルーマ!」
 セルマを攻撃することは出来ない。ミリィは場所を移動した。そのセルマの前に、レイカとカガミが立ちはだかる。
 セルマが槍を繰り出すのを、カガミが金盞花で捌く。操られているためか、緩慢な動きだ。読みやすかった。
「これでうまくいくかは分かりませんが……」
 レイカがカガミの後ろから飛び出し、セルマの額に手を当てた。【ヒプノシス】をかけられたセルマの虚ろな目が、次第に閉じていく。そしてそのまま、レイカの腕の中に崩れ落ちた。
「お見事!」
 漁火がぱちぱちと手を叩いた。
 レイカはセルマを抱えたまま、漁火を睨みつけた。
 何をどう言っても、この女は躊躇わず、ミシャグジを復活させるだろう。たとえ、どれほどの人間が犠牲になろうとも。
 ミシャグジを甦らせるためには、カタルの「眼」に溜め込んだエネルギーと鏡に封じたエネルギーが必要のはず。
 味方が駆けつけるまで、何があってもこの場所を守り通さなければとレイカは決意した。