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燃えよマナミン!(第3回/全3回)

リアクション公開中!

燃えよマナミン!(第3回/全3回)

リアクション


【4】天宝陵『万勇拳』ここに有り!……2


 深手を負ったジャブラの向かった先は、黒楼館の中に高く背を伸ばす竹林だった。
 幻魔無貌拳『龍』の型のもたらす生命力、即ち、それを『龍命精』と言う。
 この拳の使い手は、龍の如く常に肉体が活性化しており、尋常ならざる回復力を持つのだ。
 老師の壊人拳を食らって尚、数時間で復帰したことからも、その力は明らかだろう。
 顎に一発、胸に一発、常人には即死級のダメージだったが、龍の生命力を持つ彼だからこそ、重傷で済んでいた。
「万勇拳め、一度ならず二度までもこの俺に屈辱を味あわせるとは……。許せん……」
 傷は少しづつ治癒を始めていた。
 とは言え、みすみすその余裕を与えるほど、万勇拳は優しくもなければ怠慢でもない。
「コンナ竹林デ、一人オ散歩デスカ。良ケレバまりーモゴ一緒サセテクダサイ」
 今度は、ロドペンサ島洞窟の精 まりー(ろどぺんさとうどうくつのせい・まりー)が立ちはだかった。
「天馬星座の闘衣ヲ纏ウ星闘士、コノまりート遊ビマショウ!」
 すぅーーっと構えをとると、後ろに天馬星座が見えたような気もしないでもない。
「ホアアアアアアアアア! 天馬星座奥義『ペガサス天空流星脚』!!」
「くっ!」
 ジャブラは動きを最小限にとどめ、龍鱗功を纏った右手だけで技をいなす。
「随分ト息ガ荒イデスヨ。ソロソロ楽ニナッタホウガイイデス……。天馬星座奥義『ペガサス双玉粉砕破』!!」
「おおおっ!!」
 股間を狙うドイヒーな技を、必死にジャブラは防御する。
 この技を食らった瞬間、このシナリオからシリアスは消えてしまうので、是非ともそこは頑張って頂きたい。
「ムウウウ……、ソンナニガ大事ナノデスカ!」
「当たり前だ!」
 出来れば、当たり前だ、とかもボスに言わせないで。頼むから。
「……空京を乱す悪鬼外道を追って来てみれば。随分と良い様になっておりますね、ジャブラ殿」
「誰だ!」
 突然の声にジャブラは目をぐるぐると回した。
 そこに現れたのは、竹林の中、颯爽と着物を翻す、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)
 万勇拳門下生でもなければ、黒楼館と何か事を構えているわけでもない。
 しかし空京の平穏を乱す悪行は、この土地の地祇として看過する事は出来なかった。
「諸悪の根源たるあなたにはニコニコ労働センターこそ相応しい。手前がそこまで送って差し上げましょう」
 狐樹廊は残像を創り出し、ジャブラをぐるりと囲む。
 それからゆっくり間合いを詰め、狐樹廊はおもむろに『ひげめがね』を物質化させた。
「!?」
 真顔で装着するひげめがね、全方位を囲む残像も無論、全員ひげめがね。
 しかもただのひげめがねではない。対峙する相手の精神をくじくべく吹き戻しを備える痛改造を施してあるのだ。
 不意を突いて、ぷぴー、と飛び出る吹き戻しに爆笑必須である。
「この手前のゆうもあに、思わず笑ってしまったが、あなたの運の尽きですな」
 狐樹廊は扇を広げて、ジャブラに突き付ける。
「笑顔で奈落に誘いましょう。緋扇・曼珠沙……」
「龍尾返し」
 扇より炎を繰り出すより速く、ジャブラの尻尾が狐樹廊の腹に叩き込まれた。
 あばらを2、3本やられたのか、彼は苦悶の表情でごーろごろ。
「ば、馬鹿な。全方位からのひげめがね……。空京じゃ鉄板の芸のはず……」
昭和の芸人か!
 あと出来れば、昭和の芸人か、とかもボスには言わせないでください。
「何やってるんだか……」
 文字通りの草葉の陰から見守っていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はため息。
「ごめんなさいね。シリアスな感じでやってるとこに。すぐ片付けるから、どうぞ続けて」
「むぅ……」
 リアクションに困るジャブラを尻目に、リカインは狐樹廊をずるずる引きずって退散した。
 かろうじてシリアスを保とうと、ジャブラはせいぜい凶悪な顔を作って、まりーを睨み付けた。
「さて、あとはお前だけだ……!」
 しかし、当のまりーはなんとも奇妙な顔をしていた。
 上から下までジャブラをまじまじ眺め、なんか知んないけどそのあと、ガガーンとショックを受けた。
「ウ、薄着スギマスヨ……!」
「はぁ?」
「ソンナ薄着ノ人ト戦ウノニ、コンナ服ヲ着テイタンジャ星闘士ノ名折レデスヨ!」
 と言う、お前自分が脱ぎたいだけちゃうんかいって理由で、おもむろに『瞬極脱』を繰り出した。
 ロンTワンピを脱ぎながら……一撃、の前にジャブラの尻尾がべしんとまりーの脳天を引っぱたいた。
「ギャッ!!」
「この俺をコメディに巻き込むのはやめろ!」


 双眼鏡で窺っていた相棒の弥涼 総司(いすず・そうじ)は、黒楼館道場の屋根の上でワナワナと震えた。
「ジャブラの野郎。なんて空気が読めないんだ。あと少しでまりーの健康的な裸体が拝めたのに……許せん!」
 総司は眼下で黒楼館の門弟をいたぶるアゲハに声をかけた。
「アゲハ、手を貸してくれ!」
「は?」
 返事を待たずに、総司は倍勇拳を使った。
「3倍倍勇拳!」
 炎に包まれた彼は、素早くアゲハの後ろに回り込み、万勇拳奥義『乳螺播押尻加算』を叩き込む。
「はうっ!」
 字面こそ立派な技だが、やってる事は浣腸である。しかも効果は、対象をボンキュッボンにすると言う下衆なもの。
 ぽいんと胸が膨らんで、きゅっと締まる腰、そしてぷりんとお尻が曲線を描く。
 ヨダレズビッなアゲハの身体に股間は更に炎を噴き出しそうになるが、今は我慢の子、それは全てが終わってから。
「行くぞ、アゲハ。オレとお前の合体奥義、名付けて『鬼盛魏夜流超螺旋』!!」
ぎゃああああああああっ!!
 菊の門に指を突っ込んだまま、総司は天高くスペースシャトルのように飛び上がった。
 そして、回転を加えるとアゲハの盛られた髪はドリルの如く鋭さを増した。
 彼女にとっては地獄の状態で、鬼盛魏夜流超螺旋はジャブラに突っ込む。
「な、なんだあれは……?」
 コンロン武術史にも類を見ない奇天烈な技に、流石のジャブラも怪訝な表情を見せた。
「しかし!」
 ジャブラは龍鱗功を纏うと、正面からその奥義を止めた。
「4倍だーっ!!」
「……ふん」
 更に勢いを増すが、所詮は固めた髪である。
 こんなもんで龍鱗功を突破されたら、散々弾いて来た奥義の数々に申し訳が立たない。
 とは言え、総司もまぁこうなるよね、と言う事は想定していた。
「アズミラ!」
「任せなさいっ!」
 次の瞬間、アズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)はフラワシ『ラブゲーム』を発現させた。
 ラブゲーム第2の能力『封爆』。アゲハの髪に突如、無数のチャックが現れた。
「!?」
「この能力は直接生物に使用する事はできない。だけど、頭にゴテゴテくっついてる飾りなら……、開けチャック!」
「ちょっと待っ……」
 アゲハの言葉は、自身の頭を襲った爆発によって、掻き消された。
 そして、この不意の爆発に乗じ、今度は総司がフラワシ『ナインライブス』を発現させた。
 ジャブラの背後に回り込んだナインライブスは、おもむろに掌を合わせ、人差し指を天を突くように突き出した。
「オレは今まで乳螺播押尻加算で男を攻撃した事はない……」
「!」
「この技は女に使用すればボンキュッボンにする事ができる、女に使用すれば……だ!」
 総司の眼光が鋭く光る。
「だが乳螺播押尻加算で男を攻撃したなら……、いったいどうなるのかオレ自身にも予想はつかないッ!」
 拳士である彼にはフラワシを知覚する事は出来ない。
 しかし歴戦の勘が知らせていた、なんだかわからないが何かヤバイ……、と。
「悶えろ、ジャブラ! ナインライブス・ジェイデッド!
「……この技は、この技だけは食らうわけには……!」
 黒楼館の館主として、このシナリオのラスボスとして、絶対に食らうわけにはいかない。
 ジャブラの纏う龍闘気が爆発する。
「うおおおおおおおおおっ!!」
 両の掌を合わせ、龍の口を再現。龍はナインライブスよりも先に口を開ける。
「幻魔無貌拳最大奥義『龍気砲』!!」
 全てを灰燼に帰す気功砲が竹林を貫き発射された。
「な、なぁーーー!!」
 閃光は総司もろとも全てを焼き尽くした。
 龍気砲の通った跡はメラメラと燃え盛り、竹林を一直線に横断する破壊の跡が、その砲撃の凄まじさを見せつける。
「……不吉な気配は消えたか」
 ナインライブスの消失を確認し、続いてアズミラに龍気砲の掌を向けた。
 がしかし。
「てめー、どうしてくれんだ、この頭! ふざけんじゃねぇぞ、おらーっ!」
「あははっ、似合うじゃない、それ」
 デコバットをぶん回すアゲハが、アズミラをぐるぐる追い回していた。
 その理由は誰の目にも明白だった。
 爆発の所為で、アゲハの自慢の頭がカリフラワーのような、こんもりアフロになったのだから、そりゃ怒る。
「くすくす、これからは神守杉アフロに改名したほうがいいんじゃない?」
「うるせーっ!!」
「…………」
 災いとは自ら触れるものにあらず。
 賢明なる黒楼館館主は自らとシリアスを守るため、放っておくことにした。


「じゃ、ジャブラ様……!」
 不意に、五大人ラフレシアンが声を上げた。
 必死にここまで駆けつけたのだろう、肩で息をし、滝のように汗を流していた。
 その横には、友の証であるカレー臭を漂わせる緋山 政敏(ひやま・まさとし)の姿があった。
「裏切り者が今更ここに何のようがある。俺の首でも取りに来たのか、ラフレシアン?」
「ち、違うだよ。ジャブラ様に話があって来ただ」
「?」
「もうこんな事から足を洗うだ。悪に手を染めねでも、オデたち空京でやっていけるだよ。やめるだ、もう」
「ラフレシアン……」
 政敏は複雑な眼差しを2人の間に向けた。
 ジャブラも黒楼館が大事なのだろう。老師とは対極だが、手段を選ばず生き残る姿は、組織としては一つの選択だ。
 勿論、それを正しい事だとは思わない……しかし、その気持ちはわからないでもなかった。
「……情に流され易い馬鹿だとは思っていたが、貴様、そんな甘い考えで黒楼館に居たのか?」
「え、じゃ、ジャブラ様……?」
「そんな甘さは黒楼館には不要。我らの野望は力を手に入れ、都市の覇権を握ること。貴様の考えは負け犬の戯れ言よ」
「ま、待ってほしいだ!」
「やめときな、ラフレシアン」
 政敏は止めた。
「話をすんのは拳で殴り合ってからでも出来るだろ。そっちのが俺たちらしいじゃねぇか」
「まさとす……」
「気持ちを伝えるなら行動に責任を持ちなさい。結果が全て。環境も含めてね」
 リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は言った。
「だから、俺がやるんだ、って気概は忘れず、出し切りなさい。私は”手を貸さない”から」
 リーンは意味有りげに、ジャブラに目を向ける。
「さぁ行くぜ、ダチ公!」
「黒楼館の恥部はこの手で潰してくれよう」
 既にジャブラの傷は動き回れるほどに回復していた。
 その手に気を集め、奥義『龍牙掌』を政敏に繰り出す。
「うおおおおおおっ!!」
 防御に全力を注ぎ、連撃に耐えるが、その攻撃はあまりに鋭く、防御を維持する腕から鮮血が噴き上がった。
「ま、まさとすー!」
 ラフレシアンはその手に気を纏った。
 薫気功奥義『腐臭拳』、その手から夏場に一週間放置した三角コーナーの芳香を放つ。
 しかしジャブラは政敏を蹴り飛ばすと、なんら慌てることなく腐臭拳を避けた。
「腑抜けた拳など俺には当たらん!」
「それはどうかしら」
「!?」
 リーンはサイコキネシスで、腐臭拳の軌道をジャブラに向ける。
「ぬううう!!」
 凶悪な悪臭に、思わず鼻を押さえた。政敏はすかさずジャブラとの距離を詰める。
「壊人拳……。いや、人と人とが拳で語る奥義『会人拳』だぁ!!」
 闘気を爆発させ、政敏は拳を放った。しかし向こうも大人しく食らう気はない。
「死ねぇ!!」
 反撃に奥義『龍乱撃』を繰り出した。
 全闘気を爆発させている分、会人拳に分のある勝負だが、先ほど腕に負った傷が、ここに来て響く。
「うわあああああ!!」
 突きの連打に押し負け、政敏はラフレシアンの胸元まで飛ばされた。
「大丈夫だか、まさとす」
「痛ててて……。ちくしょう、あいつ、戦いっぱなしの癖に……。どっからあのパワーが湧いてくるんだ……!」