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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第三話

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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第三話
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septendecim ナッシング・目、口、耳

 進む恐竜の群れを見つけて、荒野を進んでいた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)達は驚いた。
「よく見たら、皆アンデッドなのか……」
「呼雪がまた、変なものに興味を持ち始めてる……」
 ペガサスに同乗しているパートナーの吸血鬼、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が呆れる。
 野良恐竜の群れかと思いきや、それらはゾンビで、率いている者がいるらしい。
「呼雪、あの骨の恐竜の頭の上に、誰か乗ってるよ!」
 ヘルが指差した。
 博物館にあるような、骨の恐竜の上に、全身にローブをまとった男が立っている。
 興味を覚えて、近付いて声を掛けてみた。
「何だ、貴様我等が秘密結社オリュンポスに入団希望かっ!?」
 恐竜の足元に、数頭の、名状しがたき異形の獣が随走している。
 それにまたがった、テンションの高い男が声を張り上げた。
「ええっ、面白そう!」
 とパートナーのドラゴニュート、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が目を輝かす。
「いや。
 それはいいんだが、こんなところで目立っていると、蛮族に狩られるぞ」
「フン、蛮族ごとこにやられる我がオリュンポスではない!」
 呼雪の忠告に、一行の代表者らしき男が、自信満々にそう返した。
「誰?」
 ペガサスの高度は下げないまま、上空からヘルが訊ねる。
「フハハハ! 知らないなら憶えておくがいい!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデス!」
「噂のセルウスという子供のところへ行くのか?」
 併走するローブの男に訊ねる。
 この近くで、捕り物が始まっているらしい。それを聞き付けて、呼雪達は此処へ来てみたのだ。
 ちなみに呼雪は、彼等をセルウスを助けに行く者達と勘違いしている。
「見ていた」
 ローブの男が指差す方を見ると、同じ容姿をした者がもう一人、別のゾンビ龍の頭に座っていた。
「彼を? 彼が? 何を?」
「運命を」
「そうか……。もう、何か見えたのか?」
「運命は、ここにある」
「俺も一緒に見ていても良いか」
「彼に聞け」
 ローブの男は恐竜の足元を指す。ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、仲間達と何か話している。
「かの組織の、一員らしい」
 と、もう一度、自分と同じもう一人を指差した。呼雪は肩を竦めて訊ねる。
「名は? 俺は早川呼雪。楽師というか……歌うたい、だな」
「ナッシング、と呼ぶがい、い」
「向こうもか?」
 もう一人の男を指すと、頷く。不思議な男だ、と呼雪は思った。
「此処にいるのに、影のようだな。
 お前は生きているのか、死んでいるのか。
 既に生まれているのか、それとも未だ生まれざる者なのか」
 そう言うと、ナッシングは、くくく、と笑った。
「それは言い、得ている。
 シャドウ、と、名乗るべき、だったか」
「何処から来た?」
「彼方。深淵。果てでもい、い」
「……抽象的だな」
 お互い謎掛けみたいなことを言いあっている……。
 と、ヘルはじーっとナッシングを見つめる。
 この人のこと興味あるのかなあ、呼雪の好みってたまに変だからなあ。
 モップスとか、微妙に変なゆるキャラ可愛いとか言うし……
「全部聞こえているんだが」
 ぶつぶつと呟いていたヘルを、呼雪がジト目で見る。
 その目が雄弁に訴えていた。
「お前が言うなって?
 お前が言うなって?」(大事なことなので二度)
 まあ、それはともかく、と、ヘルはナッシングに問い掛けた。
「ナッシングか……じゃあナッちゃんだね♪
 ねえねえ、お役目じゃない個人としてのナッちゃん的には、セルウスってどうなの?」
 ナッシングは、ゆらりと傾いだ。首を傾げたように見えた。困惑しているようにも。
「気になるとか……あ、変な意味じゃなくてね?」
「……資質を持つ、者は、一人ではな、い」
「資質?」
「本物ならば、阻止する。我が知るは、それのみ」

 ねえねえー、と、騎乗するフライングポニーから、ファルが叫ぶ。
「みんなおっきいね!
 これみんな、ナッシングさんが操ってるの? 凄いなあ!
 でも用が終わったら、皆ちゃんと休ませてあげてね!」
 でもでも、ちょっと乗せて欲しいな〜と言ったファルに、ヘルが顔をしかめる。
「本気? 腐ってんだよ?」
「骨のならいいんじゃないか」
 呼雪が肩を竦めた。

 ファルはとりあえず、リュックからお弁当を取り出す。
「コユキに作ってもらったんだよ! ナッシングさん、お腹空かない?」
 ナッシングは、ゆらりと動く。
「今は、必要としな、い」
「そっか。じゃ、お腹空いたらいつでも言ってね!」
 そしてファルは、他の人達とも仲良くなろう! と、ハデス達の所へ降りる。
「うむ! 進上するというのなら、食すにやぶさかではないぞ!」
 非常に解り難い感謝の仕方をハデスはしたが、ファルは気にしなかった。
「随分、沢山ありますね……それ全部食べるつもりで?」
 大きなリュックにぎっしり詰まったサンドイッチに、ハデスの妹の強化人間、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が驚く。
「うん! でも皆にも分けてあげられるようにねっ。麦茶もあるよ、飲む?」
 準備万端。ファルは水筒を取り出した。



 呼雪が話しかけたのは、二人目のナッシング。
 最初のナッシングに、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が蹂躙飛空艇に乗って近づいた。

「てめえ、何だかんだ言いつつ、結局あのショタ坊主追ってんだな!
 もしかして、あいつが行くべき場所ってのを知ってるんじゃねえのか?」
 直接知っているというよりは、セルウスの行動の果てに辿り着く場所、陳腐な言い方をするのなら、彼の運命を。
 ナッシングは、ゆらりと首を傾げる。
「我は、知らない」
 答えて、二人目のナッシングを示した。
「知ることが、あらば言う」
「……全く同じってわけでもねえのか」
 ふん、と竜造は肩を竦める。
「んなこたぁ、どうでもいい。
 俺の興味は、貴様とケリをつけることだ。
 その為に、あの坊主が必要だってんなら、ちょっくら奪ってきてやるぜ!」
 そう言って、竜造の蹂躙飛空艇はアンデッド恐竜達から離れて行く。セルウスを探しに行ったのだ。



「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデス!」
 アンデッド恐竜を率い(るナッシングの後ろにいる)、ドクター・ハデスは高らかに宣言する。
 いる場所は最後尾、アンデッド恐竜群の後ろだが。
「オリュンポスの死霊騎士団長ナッシングよ! 恐怖のアンデッド恐竜軍団を率い、我等オリュンポスの世界征服を邪魔する者共を蹴散らすのだっ!」
「ノリノリですね、ハデス君」
 パートナーの魔道書、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が苦笑する。
「……まあ、脚本に従って行動というよりは、状況に合わせてアドリブで台本書いてるようなものですけどね」
 ハデスはナッシングのことを気に入ったようで、彼の行動に付き合うことに決めたようだ。
「ところでナッシングが二人いるようにも見えるが。
 まあ、部下が多い分には問題無いな!」
 うむ! とその一言で片付けるハデスに、
「適当すぎます〜」
 と妹の咲耶は嘆く。

 ハデスが先日読んだビジネス書『管理職のための侵入社員の心の掴み方』には、「部下のやりたいことをやらせるのが、やる気を出させるコツ」と書いてあった。
 部下の意志を尊重するのも、良い上司の務め! ナッシングがセルウスに興味があるようなので、共に確保に動いたというわけである。
「最近、悪の秘密結社業界も、入社した新人がすぐに辞めて困っているといいないとか。
 ブラックな業界だから仕方ないかもしれないが」
「それはブラックの使い方を間違えているのでは……」
 魔鎧のアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)がぽつりと言ったが、無論ハデスの耳には入らないのだった。

「さて、どんな作戦を取るんです?」
「作戦」
 じっ、とナッシングは十六凪を見る。
「セルウスを、探す」
「このままではどこぞの軍勢と正面衝突するだけですよ。闇雲に進むより、作戦を考えた方が。
 セオリーとしては、このままアンデッド恐竜達を陽動に、誰かが別行動でセルウスを捜索する、とかですか」
 ナッシングは頷いた。
「陽動し、別行動でセ、ルウスを探、す」
「……そのままですか。別行動は、誰が?」
 問うと、ナッシングは上を見上げた。彼方を指差すようにする。
「?」
 十六凪は、首を傾げて空を見上げた。



 辿楼院刹那は、パートナーのハーフフェアリー、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)と共にセルウスの捜索にあたった。
 小型飛空艇は使わない。咄嗟の時に、身を隠したり、身軽に動いたりできないからだ。
 アルミナは、少し怖くて泣きそうな顔をしながらも、先行する刹那の後について歩く。
 ドミトリエ達は、飛空艇でセルウスを探しているようで、低空飛行する飛空艇が、一度だけ刹那達の頭上を通過した。
 陸上を捜索しているのは、主に自分達キリアナ側につく者と、ミツエ配下のパラ実生達である。
 人数が少ないようなら、相手をしつつ、しびれ粉を撒いてそれに対応し、人数が多いようなら、牽制しつつ速やかに逃げる。
 そしてもう一派、アンデッド恐竜の群れが、その場に近付きつつあった。
「……せっちゃん」
 くい、と、アルミナが怯えた声で刹那の服の裾を引っ張った。
 示す方を見て、刹那も目を見開く。
 上空から、何かが近付いて来ていた。二人はそれを、見たことがある。
 黒い、巨大な鳥。カラスに似ているが、恐らくアンデッドであるはずだ。
 まっすぐ地表に降りて来る。
「ナッシングか!」
 刹那達は走り寄った。
 刹那がカラスの落下地点に辿り着いた時、カラスは既に、人の姿となっていた。
 ローブの男は、じっと地面を見つめている。
 ぼやっ、と、その足元が黒く滲み、穴のように広がった。
「おぬし、ナッシングじゃな」
 呼ばれて、男は振り向いた。
「……?
 我に、名は無い。ふむ、そのように、呼ぶがいい」
「ちょうどいい。訊きたいことがあった。前の時には聞きそびれたからの。
 おぬしの目的と、目、とやらの意味を」
 ナッシングは、ゆら、と頭を揺らした。
「我は、目ではなく、耳。言うことが、あらば聞く」
「耳?」
 刹那は怪訝そうに眉を寄せる。
「目的は何じゃ。「目」「耳」とはどういう意味じゃ?」
 ナッシングは、黙って刹那の言葉を聞いている。
「それで終わ、りか」
「? そうじゃが」
 すると、ゆらりと身を翻し、ナッシングは再び足元を見る。
「え、あの、聞くって、聞くだけ?」
 アルミナが、呆気にとられた。
 そこへ、黒い穴から、何かが頭を出した。
 刹那達は身構える。
 腐った恐竜が、黒い穴を押し広げるようにして出て来た。
「せ、せっちゃん!」
「下がれ、アルミナ!」
 刹那は臨戦体勢を取る。
 話にならない。まずは捕らえるしかないかと、刹那はナッシングに武器を投げつける。
 ナッシングの動きは緩慢で、それは簡単にナッシングの体を貫いたが、倒れたそこには、やはり、ナッシングの姿は無かった。
「またかっ……」
 現れたゾンビ恐竜は、御する者を失って何処かへ走って行き、黒い穴は既になくなっている。
 だがとりあえず、目先の恐怖がなくなったことに、アルミナはほうっと息を吐いた。