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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●それぞれの捜査

 辻斬りね、まあヒマだし、人助けと思って調べてみるか――瓜生 コウ(うりゅう・こう)が動いたのは、言い方は悪いが好奇心程度、軽い動機に過ぎなかった。
 実際、辻斬りで死亡者は出ていないのである。ほんの軽傷ということもあったし、剣を抜いた途端に騒がれて、何もせず逃亡した場合もあるという。
 この辻斬りで怪我を負った者は少なくないが、いずれも若い女性ということだった。犯人が、女性に異様な情念を燃やす変質者の可能性は捨てきれない。といっても、女の体に傷を付けて、のうのうとしている犯人がいるというのは看過できないものがあろう。
 されど関与してみてコウは、これが見た目通りの単純な事件でないことを知った。
 まず、場所の特定が難しい。人が密集するあたりは避けているとはいえ、それでも人出さえなければ、ほぼランダムな出現なのである。強いて言えば、街を大雑把に東西南北にわけたとき、それぞれの地域で出現する回数はほぼ均一ということだろうか。かなり無理のある短時間で二箇所に出現したという記録もある。
「となると、辻斬りが単独犯ではない可能性もあるな……」
 と、考え考えして歩いていたところで、コウはばったりと友人に出くわした。
「雅羅」
「コウじゃない」
 オレンジ畑のような状況で雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は苦笑いした。
「頼める?」
 実際に街にオレンジ畑が出現したのではない。正しくは八百屋の軒先だった。
 雅羅の横には倒れたバスケットがあり、周囲一面に果実がコロコロと転がっていた。運悪しく転んで、ますます運の悪いことに、ちょうどそこにあったバスケットいっぱいのオレンジを道にぶちまけたようだ。大慌てでしゃがみ込みオレンジを拾い集めていた雅羅にとっては、コウは救いの神ともいうべき存在だった。
 かき集め、痛みが激しいものを買い取って、オレンジでぎっしりのビニール袋を提げながら二人は歩いた。
 実った麦の穂のようなブロンド、濃いターコイズブルーの瞳……それが雅羅だ。彼女とコウは似た生い立ちということもあって親しくなり、今では気の置けない友人同士である。
「雅羅も調査しているのか?」
「なんのこと……と、とぼけたいところだけど、コウに嘘はつけないわね。そう、例の辻斬り事件、穏やかな話じゃないから」
 寂しげに雅羅は笑った。どれだけの人が知っているだろうか、気丈なイメージのある彼女が、気を許せる相手にだけ見せるこんな表情を。
「私、ほら……災難体質じゃない。だから歩いていたら、辻斬りでも呼べるかな、と思ってたんだけど……」
 実際はお小遣いが減ってオレンジが増えただけだった、と雅羅は微苦笑した。
「気落ちするな。オレンジの代金なら半分出す」
「駄目よ。原因は私なんだから。コウは巻き込まれただけで……」
「同情じゃない。単にオレは、ちょうど柑橘類がほしかっただけだ」
「だとしても多すぎるわ」
「構わない。オレンジは美容にいいんだ」
 これに雅羅は目を丸くし、次に悪戯っぽい顔で言ったのである。
「へぇ、コウがそんなことを言うなんて……何もしなくても美人なのに」
「それなら雅羅には負けるよ……それに、オレだって一応、年頃なんだからな」
 二人は声を上げずに笑った。
 美容云々というのは半分嘘だ。雅羅の気を軽くするための方便である。けれど、丸っきり嘘というわけでもない。
「そろそろ、一番最近の発生現場に着く。何か痕跡がないか調べよう」
 コウがそう告げると、雅羅の表情も真剣なものに復した。

 神条 和麻(しんじょう・かずま)もまた、失踪事件を調べていた。
 缶コーヒーをぐいと呷って、集めたデータをタブレット型PCで整理する。深煎りのコーヒーだけに、飲み終えてもしばらく舌に味が残った。
 集めたデータはいずれも、このところ三件、連続発生した少女失踪事件に関するものだ。
 和麻も最初は辻斬りについて調べていた。だが街の噂を拾い集めているうちに、一見無関係に思えた三人の少女の失踪事件のほうが気になりはじめたのである。
 ――まさしく『相次いで行方不明』ってやつじゃないか。
 聞き込みを繰り返すうち、偶然として片付けるには難しい情報が蓄積するようになった。
 タブレットを操作しながら彼は独言する。
「三人ともマホロバ人かよ。ということは、次に被害が出るとしたらマホロバ人?」
 すぐに思い当たることがあった。
「蒼空学園といえば、雅羅のパートナーが確かマホロバ人だったな……」
 それに、最後の事件発生地が気になる。
 蒼空学園敷地内なのだ。運動部の共同更衣室で事件があったと思われる。
「もし更衣室内で掠われたとあっては、もうどこも安全じゃない、ってことになるよな……」
 仮に、誘拐がさらに行われるのであれば、次のターゲットはどこだろうか。
 和麻はそれを、女子寮だと睨んだ。
 彼の推理が当たっているのであれば、マホロバ人で蒼空学園の女子生徒が数多く、しかも無防備で眠っている場所こそが次の標的になるのではないか。
「雅羅のパートナー……たしか、竹取、とかいったな」
 竹取物語のかぐや姫は、月からお迎えが来たという。
 ……まさか月から誘拐犯が来ることもあるまいが、なにがあってもおかしくはない。しばらく、女子寮の周辺を見張っておくべきだろうか。
 さっそく今夜から張り込みをはじめよう。