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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第1話/全3話)

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●そのころ、街角で

 さてツァンダの街角にもう一人、女性に声をかけている男性の姿がある。
 といってもナンパではないのだ。断じて。
「ようっ、ねーちゃん。その制服、蒼空学園だな。ちょいと話を聞かせてくれねーかな?」
 ……こんなことを言っているが、本当にナンパではない。
 何を隠そう彼こそは、空大のアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)なのである。彼も辻斬りと連続失踪事件について調査をしているところなのだ。
 ところが女子生徒たちは、彼の姿を見るなり「ぴゃー!」といった具合で逃走してしまうのだった。それも一回や二回ではなく、本日のほとんどすべて……いや、『ほとんど』ではなく『すべて』。無理もない。アキュートは髭面でスキンヘッド、おまけにその頭には気合いの入った炎の彫り物(タトゥー)がびっしりと刻まれているのだ。見事なまでの強面(コワモテ)、これで怖がるなと言っても無理な話だろう。
「アキュート。さっきから黙って見てたのですが、おねーさん怖がらせてばかりですよ」
 彼のウェストポーチからそんな声が上がった。見ればひょっこり、花妖精ペト・ペト(ぺと・ぺと)が頭を出しているのである。
「怖がらせようとしてるんじゃねぇ。これでも優しくしてるんだ」
「五千万歩譲って優しく話しかけているとしても、見た目が怖いと駄目なのですよ?」
「人間、見た目じゃなくて心だ」
 アキュートは憮然とした表情で腕組みした。
「うーん、心というなら……いくら頭皮が寒かったからって、炎の刺青なんて彫っちゃうと皆逃げていくのです。刺青の炎じゃ頭皮も相手の心も、暖まるどころか寒々しく……」
「ペト……、もういい……。十分傷ついた」
 なんだか座り込んでしまいそうなほどアキュートがしょげてしまったので、さすがにペトも責任を感じたか、彼の肩によじのぼって、
「それならペトがお手伝い〜。鳴かぬなら、呑んで呑まれてホトトギス〜」
 例によって謎なことを言いながら、得意のミニミニギターを取り出したのだった。
「手伝い、ってなんだよ?」
「歌で目撃者を呼び寄せるのですよ〜。大丈夫、ペトの甘〜い香りでネタのほうから寄って来るのですよ〜」
「虫じゃ無えんだ、寄ってこねーよ」
 だがペトは一向に気にせず、しゃらんらとギターをかき鳴らして唄った。
「ハア♪ 聞きこみしようとツァンダまで 出ぇかけた〜ら」
「なんだその歌は」
 ひっぱり下ろそうかとも思ったアキュートであったが、それよりも気になることが出てきたので手を止めていた。
 黒髪の少女がこちらを見ていた。……いや、見ていただけならいい。だがすぐに何かに気がついたように、さっと目を逸らしたのである。少女は百合園女学院の制服を着ている。普段、あまり女性を見てどぎまぎするようなアキュートではないのだが、そんな彼でも、はっと息を呑むほどに美しい……『可愛い』のではなく、磨き抜かれたような美貌の少女だった。
 少女はアキュートの視線に気づくと、光を避けるように路地裏に駈け込んだ。
「見ない顔だ。けど、なんか見たことあるような……百合園にあんな知り合いいたっけな……? ありゃ単に怖がって目を逸らせたんじゃねえ。なんだか訳ありな気がする」
「ほう、さすが怖がられるのが得意なアキュートだけありますね〜」
「だからそういうこと言うなっての、意外と繊細なんだぞオレだって」
 言いながらアキュートは黒髪の少女に追いついた。思ったより簡単だった。彼女は、足が悪いのかぎこちない歩き方をしていたからだ。
「なあ、ねーちゃん、怖がらせたのならすまねぇ。少し聞きたいことが……」
 だが少女の言葉は実に素っ気ないものだった。
「知らん」
 美少女らしからぬ強張った口調である。しかしその口調がむしろ、アキュートの頭にある疑念を生じさせた。
「いや怪しいもんじゃないんだ本当に。質問くらいさせてくれよ。なんだか前に会ったことがあるか?」
「知らんものは知らん!」
「いやいやいや〜」
 ペトが声を上げた。じゃかじゃかとギターを鳴らしながら告げる。
「どこかで聞いた声ですよ〜。その言葉使いにも見覚え、いや聞き覚えがあるホトトギス〜」
「……人を呼ぶぞ!」
 振り返った少女は、その目を怒らせていた。
 声や口調だけじゃない。その口元、目、間違いない。ペトが声を上げた。
「モノマネのおねーちゃんなのです!」
「モノマネじゃないっ!」
 はっ、と少女は口元を押さえた。
 だがもう遅い。
 アキュートは周囲を見回し、人影がないのを確認してゆっくりと言った。
「……短気、直ってねぇな。まあそう怒るなよ。うどんでも奢るから、許してくれ」
 アキュートは彼女の素顔を見たことがなかった。かつて彼女は、他人に姿も顔も変えられたから。変身していない状態であっても、半仮面で目元を隠していたから。
 クランジΚ(カッパ)……その名を口にするのはやめておいた。
 このとき、
「ええと、人ちがいでは〜?」
 アキュートたちが入ってきたのとは反対側の小道から、十歳前後らしき少女がテテテと駈け込んできた。
「この子はカーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)、ハルカのうちで預かってた機晶姫の子だよ〜」
 にこにこと笑顔で、少女はアキュートを見上げて微笑んだ。
「ええと、嬢ちゃん、どこの子だい?」
「嬢ちゃんじゃないの、ヨウエンハルカなのです〜」
 このときペトが、またもペトリンコと唄いだした。
「あれあれ、この子も不思議な子〜♪ アキュート見てもこわがらな〜い」
 それはそうだろう。この十一歳の少女、じつは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がちぎのたくらみを使って変装した姿なのだから。
 ペトに鋭い指摘をされハルカは少し戸惑ったが、それはそれとしてカーネリアンに話しかけた。
「カーネ、久しぶりなのです〜。一人暮らしになってからあまり会えていなかったですしね。最近どうしてましたか?」
 言いながらハルカは巧みにカーネの腕を取り、路地裏から連れ出そうとする。
「おっとと、待ってくれよ。俺にも用が……」
 アキュートは追わんとするも果たせない。ここにまた、新たな登場人物が加わったためである。
「あらナンパ? もしかしてナンパの現場?」
 豊満な肢体をくねらせて、妖艶な印象の女性が滑り込んできた。闇よりも黒い服は露出度が高く、髪のピンク色は目が醒めるほど。彼女は雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)である。
「ふぅん。最近話題のナンパ坊や……仁科って子じゃないみたいね?」
 リナリエッタはアキュートを眺めて眼を細めた。
「その頭、なかなかワイルドじゃない。でもワイルドさんがあんな小さな子ナンパするのは合わないわ。そーゆーのは私にしなさいよ!」
 と、肉食系女子の本領を発揮しつつアキュートにぐいぐいと迫った。
「いや、ナンパじゃねーんだ。ほら、最近の失踪事件、それについて調べててだな……」
「え? そのこと? 今日の私ついてるわね。私もちょうどその情報が欲しかったのよ。ほれほれこの生粋なお嬢様に教えなさいよ」
「『生粋なお嬢』風の口調ではないような……」
「ツッコミは禁止!」
「な……そう来たか!」
 アキュートは有する情報を簡単ながら明かした。
 するとリナリエッタは、みずからの顎に手を当てて言ったのだ。
「ふむ美人のマホロバ人がいなくなったのね。うーんこれ、本当に誘拐事件なのかしらぁ?」
「そりゃどういうことだ??」
「美人ってことはまぁ彼氏がいて、ドロップアウト的な事しちゃったかもしれないでしょぉ? つまりね、無理矢理誘拐された訳じゃなくて、誰か悪い男に惚れこんじゃって、自分から学園を去る様に仕向けられたとか考えちゃうのよ女子的には。ま、その三人の最近の様子を知ってる人がいないか、調べるほうが先じゃなくって?」
 とうとうと述べるリナリエッタには、妖艶なばかりではなく知的な雰囲気がある――アキュートは舌を巻いた。強引な理論ではない。憶測だが、説得力のある憶測だ。
「一理ある……調べるとすればそのあたりも気にするべきか……」
「ところであなた? カーネリアン? カーネっていうんだっけ?」
 リナリエッタはひょいとカーネを振り返って言った。そういえば百合園で見かけた気がする。
「胡散臭い男子には関わっちゃだめよ。そーゆーのはこういうお姉さんの仕事なんだから」
 それだけ告げると、ひらひらとリナリエッタは手を振った。行きなさい、という意味だ。カーネは少しだけ立ち止まっていたが、やがてハルカと共に出て行った。
 彼女たちが去るのを確認して、リナリエッタはふっと微笑した。
「さあて、じゃあ捜査を再開するとしようかしらぁ? あなた……いや、あなたたちはどうするの?」
「そうだな……」と腕組みしたアキュートを押しのけるようにして、
「ゆかい〜な たん〜てい! 旅は道連れ耽美は地獄へ道連れ〜、ご一緒するのですよ〜」
 ペトがウフフと笑ったのだった。
 仕方がない、とアキュートは思った。今日はこれ以上、Κの追求はよそう。だが彼女が生きていること、それに素顔と新しい名前も判った。生きてさえいればいずれ、また会えるはずだ。そのときこそ、本当にうどんでも奢らせてもらうとしようじゃないか。