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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 九章 ヒーロー

 礼拝堂のような廃墟、応接間。
 そこでは、リュカを如何にして逃げ出させるかの方法が検討されていた。
 勿論、ひどく衰弱している彼女を動かすことは出来ない。しかし、それではこの場から逃げ出させることは出来ない。
 そうして、行き詰ったとき、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が一人ごちた。

「こんなに衰弱しているんじゃ、普通の手段じゃ移動はできないわけよね……」

 そこまで言うと、ミリアは何かをひらめいたのか「あっ」と言葉を洩らした。

「そうだ。だったら……!」
「何かいい案が浮かんだの?」

 及川 翠(おいかわ・みどり)の問いかけに、ミリアは「うんっ」と頷いた。

「リュカを動かさなくて、逃げ出せる方法を思いついたの」

 ミリアはそう言って、服のポケットから《封印の魔石》を取り出した。

「これに<封印呪縛>をすれば、魔石に封じられた対象はそのあいだ時間が停止した状態になる。これをリュカに使用すれば……!」
「! リュカさんを動かすことも出来るの!」
「うん、その通りよ。翠」
「やった、お手柄なの。お姉ちゃん!」

 打開策を発見できて、翠は嬉しさのあまりミリアに抱きついた。
 そんな二人を見ながら、リュカは静かに目を閉じ、再び開けて。

「……私なんかのために、そこまで親身になってくださってありがとうございます。でも――」

 リュカの言葉は突然の轟音によって遮られた。
 それは、応接間の扉が開き、翠達に仕掛けられた<インビジブルトラップ>が発動したからだ。
 部屋の中に居る契約者が一斉に音のした方を向いた。

「……チッ、やってくれるな。折角のスーツがこれじゃあ台無しだ」

 もくもくとあがる爆煙の向こう、不機嫌そうな声を発したのは構成員達と同じ黒服の男。
 しかし、格の違いは一目瞭然だ。周囲を圧倒する上背に、顔に刻み込まれた大きな傷跡。硬質な筋肉に包まれた分厚い身体。
 この男に比べれば、他の構成員などただのチンピラに過ぎまい。

「コルニクス……ッ!」
「ほぅ、この俺を呼び捨てとは……いい身分だな、リュカ」

 コルニクスは汚物を見るかのようにリュカを見て、<トレジャーセンス>を発動して舌打ちをした。

「ふん、計画の鍵は誰かに託したか。ちょこざいな。おい、傭兵」
「……なんだ?」

 <壁抜けの術>で応接間に現れた徹雄に、コルニクスは命令する。

「貴様は今すぐ鍵の奪取に向かえ。誰かがもって逃げているようだが、そう遠くはない」
「……君はどうする?」
「リュカを始末してからそちらに向かう。さっさと行け」
「……分かった」

 短く会話を交わすと、徹雄は再び<壁抜けの術>を使って鍵の奪取へと向かった。
 コルニクスは凶器を取り出す。右手に握りこんだのは、刃渡り四十センチを超える大型のナイフだ。

「組織を裏切った罪は重い。死をもって償うがいい」
「――そうはさせませんよぉ〜」

 間延びした声と共に、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が<歴戦の魔術>を発動。
 何にも属さない、透明の魔法がコルニクスに飛翔する。

「と、っとと。それは困るんだよなぁ」

 しかし、切が身を割り込み、《自在刀》の鞘で<歴戦の魔術>を防御。
 透明の魔法が爆発し、衝撃波を生み出す。受け切った切は、数歩後退した。
 スノゥが目を見開き、問いかけた。

「切さんはぁ〜、コルッテロに雇われた傭兵さんではありませんよねぇ〜?」
「そうだけど、それがどうしたのかねぇ?」
「……なら、あなたのような人がどうして、そちら側につくんですかぁ〜?」

 スノゥがそう質問したのには理由がある。
 彼女は観察力が人一倍強い。だから、自分の人を見る目には自信がある。
 だから、目の前で敵対する切のことを、彼女はどうしても悪人には思えなかったからだ。

「うーん、どうして、と言われてもねぇ」

 切はボリボリと頭を掻きながら、答える。

「まぁ、答えるのなら、昨日の縁が合ったからかなぁ」
「……昨日の縁、ですかぁ〜。それだけで、切さんは私たちの敵になるんですねぇ」
「ああ。袖振り合うも多生の縁、と言うじゃないか。
 どんな出会いも大切にしなければならない、って教えもあるぐらいなんだしね」

 切は《自在刀》の柄に手を添え、一人ごちた。

「……味方はコルニクス一人。敵は……まぁ、たくさんか」

 続けて、複数人と戦うために<一騎当千>を行使した。
 自ら精神を鼓舞し、普段以上の力を発揮。それは、スノゥ達にとって、明確な敵意を感じさせるには十分だった。

「さて、ここはれっきとした戦場なんだし、そろそろ無駄話もよそうかねぇ」

 切は腰を深く落とし、最も得意としている<抜刀術>の構えをとった。

「来なよ。どんな戦法だろうと、一刀の下に切伏せてやるさ」

 スノゥも覚悟を決めて《魔杖シアンアンジェロ》を構え、その後ろでミリアは《召喚獣:サンダーバード》を召喚した。
 応接間に、ピリピリと張り詰めた緊張が訪れる。
 この室内は戦場には狭すぎる。ゆえに、勝敗はすぐに決するだろう。ある者は経験で、ある者は直感で、それを認識した。
 相手の予想をどうすればはずせるか、速く動けるか。頭の中でシュミレートして、現実の肉体は一ミリも動かさない。
 そんな時。

「……このままじゃあ、ダメなの」

 震えた声で、翠は呟いた。その表情は、先ほどまでとは違い、鬱蒼としたものだ。
 少女は顔だけ振り返り、ソファーにいるリュカと傍らで拳銃を構えた明人を見た。

「でも、あの予言通りなの……」

 翠の言う未来とは、昨日の《不可思議な籠》の残酷な予言だ。
 その内容は、
 }もう一方を救えば、明人は救えないだろう。{/italic
 というものだ。
 リュカを助ける手立てを見つけたと同時に、襲撃者が現れた。自分達はピンチに陥った。
 これが予言通りだとすれば、この応接間での戦いの果てにどちらかは死んでしまうのだろう。

(……そんなの、駄目なの。なんとかして、二人とも助けなきゃいけないのっ)

 翠は気丈にもそう思うが、嫌な結末の予想を止めることは出来ない。
 少女は目尻に涙を浮かべ、小さく、消え入りそうな声で言った。

「やっぱり、未来は変えることは出来ないの……?」
「――そんなことは絶対ないわ。私が保証してあげる」

 ぽん、と翠の頭に手が置かれた。
 少女が顔を上げる。声の主はティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)だ。

「未来は、変わるもの。
 立ち止まらない限り、諦めない限り……歩み続ければ、変えられるもの」

 翠の視線に、ティナはかすかな笑みで応える。

「だからこそ……不幸しかない未来は、変えちゃわないとね?」

 そう言って、ティナは前を向いた。
 その言葉に嘘偽りなど一つもない。彼女がどこまでも正直者であることは、パートナーである翠が一番知っていた。

「その通り……なのっ」
 
 やがて来る結末を恐れても仕方ない。自分達は今、前に進まなければならないのだ。
 不幸な未来を変えるために。
 小さな少女は、涙を拭き、前を向いた。その心に確かな決意と、大きな勇気を持って。

「二人とも助けて、それでハッピーエンドが一番なの!」

 翠が魔法陣を展開する。
 一層と、応接間を包む緊張が張り詰めていった。
 この少女が放つ一撃が開戦の合図となるだろう。誰もが、そう感じた。

 ――――――――――

 時間は少しだけ遡る。
 コルニクスが現れ、スノゥの魔法が切に弾かれた時のことだ。

「……エリシアさん」

 リュカの近くに立つ明人は、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)に小さな声で話しかけた。

「……どうしたんですの、彦星明人」

 エリシアも明人にしか聞こえない声量で返事を返す。
 彼は一度目を閉じ、数秒してから目を開けて、感情を抑えた声で言った。

「……あの黒服の男と一騎打ちをさせてください」

 その無茶な頼みごとに、エリシアは驚愕で声を出しそうになった。
 が、どうにか押し留め、平穏さを取り戻してから語りかける。

「……残酷かもしれませんが、はっきり申し上げます。貴方一人ではあの男に勝てませんわ」

 明人はこくりと頷く。

「……分かってます。僕は負けるでしょう」
「……死ぬ気ですの?」

 エリシアの問いかけに、明人は答えず、言葉を紡いだ。

「……死ぬかどうかは分かりませんが、こうでもしないと彼女の本音は聞けそうにありませんから」
「……彼女の本音?」
「……はい。『生きたい』か、『ここで皆のために犠牲になるか』です」
「……それはどうしてですの?」
「……リュカは……他人のためには自身の犠牲を厭いません。
 目前で戦いが起こっている、その原因が自分なら、動こうとしない――いや、自分の身を差し出してでも、戦いを止めようとするでしょう」

 エリシアは思い出す。先ほど、轟音によって掻き消された言葉を。

『もういいんです』

 エリシアには、あのとき、リュカがそう言ったように聞こえた。

「……リュカは、ペンダントを託せたのだから自分はどうなってもいい、と考えようとしているはず。
 彼女は……自分を、道具みたいに思っている節がある。それは過去が関係していると思いますが……僕には、それが許せない」

 明人は「……それに、こういう荒療治をしないと、てこでも動かないと思います。リュカは」と付け加えた。
 エリシアにも思うところはたくさんある。《不可思議の箱》のメッセージや、人喰い勇者の伝説内容などだ。

(わたくしの予想では、彦星明人はリュカの次に死に近い瀬戸際にいますわ。こんな提案、断るべきなんでしょうが……)

 エリシアは明人をちらりと見た。
 彼は心に火がついたような様子だった。その火が、覚悟なのか、それとも別の何かなのかは分からない。
 ただ分かることは、絶対に退かない、という心構えをしているということだけだ。

(全く、このお人は……)

 エリシアは内心ため息をつき、小さく肩を竦めた。

「……分かりましたわ」
「……エリシアさんっ」
「……ただし」

 エリシアは明人の顔を指差し、弟を叱るような仕草で言い放つ。

「……わたくしとの約束が一つと、貴方へのアドバイスが一つありますわ」
「……約束とアドバイス?」
「……ええ。まずは約束。危なくなったら、わたくしを呼ぶことですわ。タイミングはお任せします。
 ……まぁ、貴方の命の危険だと判断すれば、勝手に助けに入りますが……いいですわよね?」

 有無を言わさぬその口調に、明人は思わず首を縦に振った。
 そして、エリシアは柔らかく微笑むと、「次に」と呟いた。

「……これは助言ですわ。貴方はご立派な考え方をしていますが、重要なことを忘れています」
「……重要なこと?」

 エリシアは小さく頷き、リュカに目をやった。

「……自分が死んで悲しむ人がいることを失念するのは、愚か者の所業ですわよ」