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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 七章 書き換えられる脚本

 自由都市プレッシオ、最南端の区画。
 激戦の続く大通りでは、数の多い構成員達により、特別警備部隊の面々は押されていた。

(……ッ、やばいわね)

 リーダーである梅琳は大通りの戦況を見て、危機感を抱いた。
 それもそのはず。特別警備部隊の主力のほとんどは別働隊として行動しており、この場にはいないのだ。
 戦況は劣勢。どうするべきか。
 梅琳が現状を打破する策を考えていると――突然、けたたましい爆破音が大通りに反響した。

「遅ればせながら、参上しました」

 爆破音の正体は《機晶爆弾》。
 爆発によってマンホールの蓋は真上に飛び、その下の地下水路からエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が現れる。
 エシクは大きな音により一気に注目を浴び、周りの構成員達の視線を自分に釘付けにしたのだ。注意をひきつけた、陽動作戦。
 構成員の一人が、エシクに向かって突撃を開始。

「では、始めると致しましょうか」

 エシクは冷静にそう言うと、空に飛んで落ちてきたマンホールの蓋を掴み、素早く投擲。
 <サイコキネシス>で弾道を曲げ、ブーメランのように滑らかな軌跡を描き、蓋は迫り来る構成員の脇腹に激突した。

「がっ……げぇ……!」

 構成員から、苦痛の声が洩れた。
 肋骨が砕け、全身を駆け巡る激痛に、膝を折って地面に着く。
 エシクはその構成員に接近。右の拳で的確にその男の顎を打ち抜き、行動不能に陥れてから、投擲した蓋を拾う。そして、傍にあったもう一つのマンホールの蓋も拾い上げた。
 <自動車殴り>を行使した即席の二刀流。
 エシクは一方を盾に、もう一方を投擲に使用しながら、構成員達を蹴散らしていく。

「よし、私達も続くわよ。エシクに遅れをとるなぁッ!」

 梅琳が号令をあげ、もう一度構成員達に突撃を開始。
 エシクの活躍によって、特別警備部隊は息を吹き返した。

 ――――――――――

 大通りのすぐ近く、路地裏から路地裏へと奥まった場所。
 行き止まりになった袋小路は、道ではなく密室として機能している。
 そこでは、人知れず戦いが行われていた。
 ストゥルトゥスの命を受け狙撃手を仕留めに来た刹那と、狙撃手を守るグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)の戦いが行われていた。

「悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」

 軽業師の如く軽やかな動きで、刹那は縦横無尽に動き回る。
 対するグロリアーナは《サターンブレスレット》で自分に集中させ、<歴戦の防御術>でどっしりと構えた。

「かかってこい。そなたを成敗してやろう」

 グロリアーナの言葉の終わりと同時に、刹那は一気に動き出した。
 彼女は蛇のように蛇行しながら、グロリアーナに接近する。
 狭い路地裏の道は、刹那にとって広すぎる戦場だった。
 グロリアーナが目と肌で感じ取る警戒網を、刹那はすばやく擦り抜けていく。
 そして、グロリアーナにとってはまだ遠く、彼女にとっては必殺の間合いまで距離が縮まった時。
 ――刹那は、爆ぜる火花のように迸った。
 グロリアーナの頭上へと跳躍して、服の裾から<毒虫の群れ>を放ち、反対の裾から<しびれ粉>を撒き散らせた。

「この二重苦を避けられるかのぅ?」
「ああ。造作もない」

 グロリアーナはそう返事をして、《タイタニア》を振るった。
 陰の剣の一振りは<毒虫の群れ>を一掃し、無残に砕け散った毒虫の殻や肉片が地面へと落ちる。
 そして、グロリアーナは反対の手に持つ《ブリタニア》を振るった。
 凄まじい速度を有したその一閃は、風を巻き上げて<しびれ粉>を払う。

「ほほぅ、やるのぅ――」

 その行為を見た刹那は押し殺した声で笑い、大きく跳躍。
 グロリアーナの死角に潜り込み、<しびれ粉>を刀身に纏わせた《柳葉刀》で一閃。

「では、これはどうかのぅ?」

 二つの武器を振るった隙をつかれたグロリアーナ。
 しかし、彼女は冷静だった。慌てることなく<龍鱗化>を発動。硬質化した皮膚で刃を弾くことで、毒が自身の身体に入りこむのを防ぐ。
 《柳葉刀》が弾かれた隙を狙い、フィーグムンドが動いた。
 まずは、<神の目>を使い、刹那の目くらまし。よろめいたのを確認して、<その身を蝕む妄執>の魔法陣を展開。

「……深淵の力を知れ」

 フィーグムンドは言葉と共に魔力を込め、恐ろしい幻覚を刹那に見せる。
 続いて、風上から<しびれ粉>を撒き散らせた。しかし、刹那はそれを《さざれ石の短刀》を振るうことでどうにか回避。

「甘いんだよ……」

 フィーグムンドは怒涛の連続攻撃。
 <ブリザード>を素早く発動し、周囲を凍らせ、回避をし難い環境を作り上げる。
 そして、《紺碧の槍》を取り出し、<グレイシャルハザード>を行使した一撃を放った。

「……くぅっ!」

 刹那は身体を逸らせて、避ける。
 が、脇腹を槍の刃が掠る。絶対零度の凍気により、傷を覆うように身体が凍りついた。
 刹那が激痛により顔を歪めた瞬間。

「そなたはその歳にして大した暗殺者だ。それは認めよう」

 グロリアーナは刹那を追尾し、真正面から対峙。
 <陰府の毒杯>の魔法陣を展開し、魔力を込めることでおぞましい邪気を召喚した。

「しかし、そなたのような手練れとは遥か昔から戦ってきた。
 わらわが、そなたに負けることはあり得ない」

 おぞましい邪気を避けるために横に跳んだ刹那に、グロリアーナは武器を納めて、<百獣拳>を放った。
 まるで動物が襲い掛かるように見えるその拳の連打は、刹那に直撃。
 大きく吹き飛ばさせ、路地裏を囲む壁へと背中から激突させる。刹那がびくん、と大きく痙攣した。

「少し、眠っていろ。
 ……そなたのような年端のいかない少女を殺すのは、敵といえども流石に気が引ける」
「今回は此方が上手だったという事さ……」

 グロリアーナとフィーグムンドはそう言って勝利を確信し、倒れる彼女を縄かなにかで捕縛するために歩き出す。
 が、その足を止めるように、地面に倒れこむ刹那は<しびれ粉>のついた暗器を投擲した。
 きぃんと、刃と刃が衝突した。
 刹那が脳天を狙った暗器と、防ぎに入ったグロリアーナの剣の刃が衝突したのだ。

「まだ、戦うつもりか?」

 グロリアーナが、ゆっくりと立ち上がった刹那に問いかけた。
 刹那は不敵に笑ってみせ、幼い少女特有の高い声で答える。

「わらわは辿楼院の名を背負っておる。
 請けた仕事を失敗するわけにはいかぬのじゃ」

 ――――――――――

 刹那とグロリアーナが戦う路地裏から少しだけ離れた廃墟。
 その建物内で、<光学迷彩>と《ブラックコート》で姿と気配を完全に消し去ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がいた。
 彼女の手には、狙撃銃型の<光条兵器>。
 <ホークアイ>で捕捉するのは、建物の屋上で狙撃銃の銃口を大通りに向ける一人の構成員。

「…………」

 ローザマリアは息を呑み、<行動予測>でその構成員の動きを予測。
 三角法を用いて大まかな距離を算出。
 加えて風向きを読み、湿度を計測。更に耳につけた無線から報告される四人の<斥候>が務める観測手の情報を整合、素早く計算した。

(距離は約一キロメートル。雨が降っているため――狙撃難易度、難)

 ローザマリアは得た情報を心の中で反芻すると、目をぎゅっと瞑った。
 一キロ先の標的に当てることが出来れば神業と呼ばれる狙撃の世界。おまけに雨は強く振り、コンディションは最悪に近い。

(……気に食わないわね。
 此方が敵のアドバンテージに飛び込む。全く、気に食わないわ)

 ローザマリアは伏せた目を開け、もう一度目標を見据えた。
 当てなければならない。
 特別警備部隊の狙撃手として、相手方が有利であるこの強奪戦の状況を作り変えるために、必ず当てなければならない。
 そのために、まずは相手方の狙撃手は全て倒さないといけないのだ。他の誰でもなく、自分が。狙撃手である、自分が。

(だから、私達が有利な状況に――作り変える)

 ローザマリアは<光条兵器>の引き金に指をかけ、無線に向けて一言。

「無辜の民の守護者となり、祖国の名を穢さぬ戦いを」

 まるで詩のようなその台詞は、狙撃の合図だ。
 それは、昨日の反省を踏まえ、観測手を務めている付近の<斥候>にも射撃を行わせるため。複数箇所から飛来する弾道で狙撃場所の特定をさせず攪乱させるためだ。
 言葉の終わりと共に、ローザマリアは引き金を引いた。
 <エイミング>と<スナイプ>で標的を狙い澄まし、<シャープシューター>を使用した射撃技術に裏打ちされた狙撃。
 マズルフラッシュが瞬き、室内を閃光が埋め尽くす。鼓膜が破れんばかりの銃声が反響する。両腕にかかる反動を、彼女は押さえるのではなく、受け流した。
 銃口から吐き出された銃弾は、開けた窓を通り、空を裂く。
 あっという間に狙撃手である構成員の元まで届き、大腿部の真ん中を撃ち抜いた。
 <光条兵器>のスコープの先で、構成員が崩れ、のたうち回っている。

「狙撃――完了」

 ローザマリアは相手を負傷させ、戦闘不能に陥れたことを確認するやいな、移動を開始。 
 それは、一発の射撃ごとに窓や位置を変えることで、自分の場所を特定させないためだ。
 彼女は狙撃銃型の<光条兵器>を両手で持ったまま、腰を深く落とし、歩き出す。
 その途中。

(それにしても……)

 ローザマリアは一つ、この強奪戦で気になったことがあった。

(オリュンポスのメンバーはどこにいったのよ?)

 それは、昨日苦渋を舐めさせられる結果となった、オリュンポスのメンバーがどこにもいない、ということ。
 ローザマリアは昨日の借りを返してやろうと、彼らを探していた。
 が、狙撃銃のスコープ越しに探してもどこにもいない。しかし、耳にした情報によると、彼らは強奪戦に参加しているらしい。
 彼女はその点を疑問に思いつつも、ポイントに到着したため邪魔なその思考を頭から払い、狙撃に集中することにした。