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リアクション
十二章 ダンス・オン・クロック
自由都市プレッシオ、中央部。
昨日の大量殺人事件のせいで、封鎖された観光地――動かない時計塔。
「嵐の前の静けさ、だったらいいんだけど」
最上階、大小様々な歯車に埋め尽くされた巨大な機関室。
そこに昨日からずっと居座る八神 誠一(やがみ・せいいち)は、そう呟くと携帯で時刻を確認した。
「もう十一時を過ぎてるねぇ……日付も変わろうとしてるし、こりゃあ無駄足だったのかな?」
誠一は頭をボリボリと掻き、「ふわぁ……」と眠そうに欠伸をした。
彼の視線の先では、自分が仕掛けた特製の罠のうちのとびっきりなモノに<迷彩塗装>を施すロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)。
ヴィータが来ると思って準備をしたのはいいが、来ないのなら骨折り損のくたびれ儲け。おまけに自分の財布は罠の捻出費用で大打撃だ。
「あの女がここに来る気がしたんだけどなぁ……まぁ、根拠はなかったんだけど」
「……人事を尽くして天命を待つ、だ。やるべきことはしたんだ。心配するな」
そう声をかけたのは、機関室の壁に背を預けたレン・オズワルド(れん・おずわるど)だ。
レンがそう言うのも、確信に近い予想があるからだ。
というのも、彼はこの街に訪れてすぐパートナーのザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)と別行動を取り、ザミエルに酒場に赴いて情報を流してもらったのだ。
『カナンの地で伝説のイコン『ギルガメッシュ』に乗り、エリュシオンの龍騎士団長とも渡り歩いた紅いコートの冒険屋がこの街にやって来ているそうだ。
しかも、そいつは街の上役に話を付けて時計塔の頂辺で祭り見物を行うそうだぜ』
ヴィータは情報屋と共に行動していると聞く。なら、その嘘を混じえた情報は届いているはず。
ならば、
「もしこの塔にヴィータとやらが居るのを良しとしないのであれば、」
「――自ずと姿を現すだろう、って?」
突然に。
機関室の扉の向こうから、そんな言葉が投げかけられた。
キィ……っと、扉がゆっくりと開く。彼女は闇色の笑みを浮かべ、「やっほぅ」と手を上げた。
「きゃは♪ 誘われるままにやって来たわよ。感謝してよね」
瞬時に、契約者達が戦闘態勢をとる。
が、ヴィータは暢気に「ひぃ、ふぅ、みぃ……」と指をさして、数を数えていった。
「全部で六人、かな? まさか、こんなにいるとは思わなかったなぁ……」
彼女はそう言うが、別段驚いた様子もなく、余裕な態度を崩さなかった。許容範囲と言うことだろう。
ヴィータは可愛らしい顎に指を添えて、小さく首を傾げる。
「でもさ、なんで『こんなところ』にいるの? わたし狙いなら、直接戦いに来たら良かったのに」
「……俺の目的はおまえではなく、この街で起こると耳にした大規模なテロを未然に防ぐことだ。
なら、その中心にある『場』を抑えておくことが望ましいと思ってな」
レンの答えに、ヴィータはふむふむと頷いた。
「なるほどねぇ。まぁ、テロってことならそれで正解でしょうね。ここはコルッテロの計画の要なんだし」
「……おまえがやっていることは違う、というのか?」
「もちろん。わたしがやっているのはゲームだもの。とある状況を出来る限り再現しようとしている、ね」
ヴィータは嗤う。想定していた過程は違えど、目的に近づいていることを実感して。
「ゲーム上、この時計塔はもちろん大切なモノだけど――あくまで、おまけだわ」
「おまけ、だと? この時計塔が……?」
「ええ。だって、これ、ただの大型の機晶兵器よ? わたしの今回のゲームの目的に、そんなモノは必要ないし」
ヴィータは「……そうね。もう種明かしをしようかな」と呟いた。
「ねぇ、考えてみてよ。今のプレッシオの現状を」
「現状?」
「まあまあ、そう焦んないでよ。きちんと話してあげるからさ」
彼女は機嫌が良さそうにクスクスと嗤い続ける。
状況は未だ流動的で、不明な点が多い。
レンはこのヴィータと直接の面識はない。だが、この時計塔の機関室にやって来たとき、誠一から話を聞いた。
『この事件には多分、黒幕がいるよ。ヴィータって女なんだ。でも、そいつは何を考えているのか分からないんだよねぇ』
今日、この街にやって来たレンにとって、誠一との出会いは幸運なものだった。それは事件の詳細を知ることが出来たからだ。
コルッテロの街を支配するための計画に加担しながら、独自の行動をとるヴィータ。厄介なことを企んでいるのは間違いない。
その予想は、彼女を一目見て確信に変わった。
だから、レンはひとまず彼女の話に乗ることにした。彼女の核心に近づく好機と捉えたからだ。
「街の現状か。すまないが、俺はまだ来たばかりでな。教えてくれるとありがたい」
「んー、そうなんだ。仕方ないなぁ。全部話してたら長いし、重要なとこだけ教えるね」
ヴィータが誇るように、饒舌に語り出す。
「悪王のように街を支配せんとする最低の組織、コルッテロ。
年々増加していく物騒な事件。強者が貪り、弱者が虐げられる腐敗した街。
まぁ、それでもまだ民衆が暴動が起きないのは、これだけ大規模なカーニバルのお陰でしょうけどね。娯楽は人の心を紛らわせるには最適の薬だし?」
ヴィータはキャハと嗤い、指を添えたまま顎を上げ、見下ろすように契約者達を見た。
「これってさあ――まるで、人喰い勇者ハイ・シェンの伝説と状況が似てない?」
「まさか……!」
「そのまさかよ。
わたしの目的は、あの時と同じ状況を作り出すことだから」
ヴィータは可笑しそうに笑い、言葉を継いで行く。
「あとは主役の再誕を待つのみ、ってね。それで、わたしのゲームは完成よ。
伝説がもう一度始まり、プレッシオは混乱の渦に巻き込まれる。新たな伝説は、果たしてどちらが勝つのでしょう?」
「……そんなことをしてどうなる。おまえに得などないだろう?」
「ええ、そうかもね。あなたの問いは最もよ。
でもね、あなた達には分からなくても――わたしには、するだけの価値があるのよ」
その言葉を最後に、ヴィータは《暴食之剣》を鞘から抜き取る。
三十センチほどの精巧な魔術式の彫られた刀身は、照明を浴びて、妖艶に輝いた。
「さぁ、ラストチャンスよ――」
ヴィータが肩をすくめて、嗤う。
「伝説の再誕を阻止したければ、ここでわたしを倒してみせなさいな」