|
|
リアクション
左手を失ったヴィータは、《暴食之剣》を契約者達に向けて掲げた。
その光景ははっきり言って異常だった。
それは、左腕の断面図から鮮血を垂れ流しているというのに、彼女の端正な顔には闇色の笑みが広がっていたからだ。
「どうしたの? かかっておいでよ」
挑発的なその言葉を受けて、誰よりも先にマイトが動いた。
「……悪いが、手加減はしない」
「ええ、結構よ。左手なくても負ける気はしないから」
マイトは<メンタルアサルト>の姿勢で走りながら、ポケットに入ったありったけの小銭を掴み取る。
ヴィータに向かって、思い切り<ゴルダ投げ>。
しかし、ヴィータは<行動予測>で読んでいた。
(どうせ、それで隙をつくって組み付くつもりでしょ?)
ヴィータはそう考えて、小銭を無視し、マイトに切りかかる。
が、マイトは懐に飛び込んではこなかった。ヴィータを通り過ぎるように動き、凶刃を避ける。
ヴィータは虚を突かれ、反応が遅れた。
マイトは《カスタムトレンチコート》の裾や袖から<拘束用ワイヤー>を展開。ヴィータの身体を絡め取り、反転させた。
「これは君ら規格外専用の切り札だ……!」
マイトは好機とみなし、《試作特式拘束兵装【レーヴァン】》を投擲した。
それは、呪力めいた力により捕らえた相手の力を物理的のみならず呪術的にも阻害する捕縛鎖。
鎖はヴィータに巻きつく。と、マイトは力づくでヴィータを引き寄せた。
<抑え込み>による組み付き。
ワイヤーで体を拘束しつつ、【レーヴァン】で頸動脈を絞め、ヴィータの酸素供給を断った。
「……っく……あっ……」
呼吸が出来ず、ヴィータの顔が青くなっていく。
マイトは<行動予測>や<殺気看破>などで反撃を警戒しながら、言った。
「……君のような『規格外』を拘束するのにはこの位しないとな。
……祖国の負を見せるようで恐縮だが……死霊には死霊って事だ」
もはや、勝敗は時間の問題。
そんな絶望的な状態でヴィータは、
「……きゃ……はっ……」
口の端を持ち上げ、笑った。
と、共に右手に持った《暴食之剣》がキィ……ンと強く輝きだした。
刹那。
暴風のような衝撃波が、ヴィータを中心に吹き荒れた。
ワイヤーがプツプツと切れていく。【レーヴァン】の拘束が緩み、マイトには衝撃波が直撃し、吹き飛んだ。
しかし、衝撃波の被害はそれでは留まらなかった。
今まで繰り広げられていた戦闘のせいで脆くなった床が、一気に瓦解。けたたましい音を立てて、床が崩れていく。
ヴィータは大きく口を開き、肺一杯に空気を吸い込んで、叫んだ。
「ッ、モルス――!!」
モルスがヴィータに接近し、彼女を腕で抱え、反対の腕を天井へと差し込む。
巨大な拳が突きぬけると、掌を開け、モルスは天井を掴んで落ちるのを防ぐ。
この時計塔は最上階を除き、吹き抜け構造。
ついに床は全てが崩れ落ちて、他の契約者達は一階へと落ちていく。
ヴィータは落下していく契約者を見下ろしながら、言い放つ。
「きゃはは♪ 楽しかったけど、これでタイムオーバーよ。
わたしのゲームは止められなかったみたいね――!」
――――――――――
ヴィータはモルスがつくった天井の穴から屋上へと登った。そこは、大きな鐘楼がある場所。
自由都市プレッシオで最も高い建造物であるここは、この街の全てを見ることが出来る。
彼女がこの時計塔に来た目的は、あの契約者と戦うのと、この景色を見ることだった。
それはふと、この街の全貌を見てから、伝説の再誕に向かおうと思ったからだ。
「……いつ見ても、ひどい街ね」
ヴィータはしみじみとそう呟いた。
そんな時。
「よぉ、久しぶりやな。ヴィータ」
不意に、背後から声がした。ヴィータは振り返る。
落下防止用の柵にもたれかける瀬山 裕輝(せやま・ひろき)がそこにいた。
「ありゃ、裕輝もここに来てたんだ?」
「ああ、ちょっと用事があってな」
「用事?」
「ああ、それはな――」
裕輝は言い終えるよりも先に、動き出す。
武道家の足運びで素早く間合いを詰め、《錬磨の斂拳》の正拳を繰り出す。
それは、武術の到達点の一つ、無拍子によるモノ。
タメや攻撃と判断される動作といった無駄を削りに削った超効率な技。それゆえ、避けることは不可能に近い。
が、ヴィータは<行動予測>でどうにか読み、辛うじて回避。僅かに後退し、キロリと裕輝を睨んだ。
「なるほどね、そういう魂胆か」
ヴィータはそう言うと、《暴食之剣》をだらりと下げ、踏み込んだ。
<メンタルアサルト>。無形の位の構え。
間合いに入るやいな、薙ぎ、払い、突く。一秒にみたぬ間の三連撃。
裕輝はかわすために横に飛び、同時に裏拳を放った。ヴィータは<実践的錯覚>で目測を狂わせ、自動的に回避。
「ッ!」
それを察知して、裕輝は呼気を爆発させ、跳躍。
疾風のように振りぬかれた右足の蹴りは、ヴィータの鼻先を掠めた。
着地と共に、裕輝はヴィータの白い喉に貫手を奔らせる。
自身の喉が潰される寸前で、ヴィータは彼の腕を掴み、無理やり静止させた。
至近距離でにらみ合いながら、ヴィータは言う。
「戦いに難いわね。わたしの苦手なタイプかも」
「そりゃどうも。光栄や」
「別に褒めてないんだどなぁ。
それに、あの時は仲間だったのに、今度は敵同士だってのは……因果なものね」
「嫌か?」
「ううん、別に。あなたとは遅かれ早かれいつかは戦うような気がしてたから」
ヴィータは掴んだ腕を血からづくではがし、空気を切り裂く前蹴りを放つ。
裕輝はそれを片手で防御。腕に甘い痺れが走ると共に、距離を開くために後退した。
ヴィータが笑いながら、言葉を続ける。
「だって、あなた、あの時なんかわたしに執着心丸出しだったもんね」
「まぁ、あの時はな。
でも、今はあんたに興味はあんまりないわ。あんたは中々良かったし、期待もしたけど、やっぱり違ったしなぁ」
「期待……?」
「ああ。
色々と、あんたについての話を聞いたで」
裕輝はニヤニヤと笑い、ヴィータを見て、言った。
「とても大切な人を失った。
ソレは、ヒトが壊れるぬは十分な出来事やなぁ……辛く悲しい、絶望的で悲壮感溢れる話や」
ただ、その目は憐みに満ちた冷めたモノで、
「――やっぱ自分も、そーいう感じやったか」
吐き出す声はひどく詰まらなそうだった。
(そう、愚者も。
オレについて何か考えていたようやけど……半分正解で半分外れ、と言ったところ)
裕輝は思う。
半分外れとは半分未解答という事だ。
昨日、ストゥルスが思考したソレは合っていた。しかし、同時に間違ってもいた。
それは、一つ主張を定めたならば、二つの主張を考えた事になるからだ。
(ソレとは正反対の主張や。
仮面の表情やけど、偽りはない。精一杯、今を楽しむ。
これでも、不器用なりに楽しみ方を探しているんや。
ギャグも茶化しもおちょくりも、元はただの処世術だった。けど、次第にソレも本当になっていた)
彼の事を、二重人格、と言う人がいるかもしれない。
しかし、違う。そんな事はない。二重、ではなく多面性。
能面、と言う人がいるかもしれない。
確かにそうだが、そうではない。欠けてはいるが、自分の心に嘘はない。
矛盾を許容し、混同させる裕輝にとっては――どれも同じ事である。
だから、『人でなし』は言う。
彼女は自分と同じ『人でなし』ではないと思ったから。
「いい人やないが、コレでも人がいいつもりやで?」
「……へぇ、で、結局はなにが言いたいの?」
ヴィータは敵意を孕んだ視線を裕輝に向けた。
裕輝は真っ向から見つめ返し、言い放つ。
「人間っちゅーやつは、そう頑丈に出来とらんで。
――笑いたきゃ笑い泣きたきゃ泣けばえぇやろ」
ヴィータの両目が少しだけ、見開かれる。
表情から、いつもの余裕がすーっとなくなった。
「だから、今は、思い切り暴れときいや。スッキリと、気が済むまで。
オレと違って欠けてはないんやし、感情ってやつが」
裕輝の口調は、どこか寂しげに聞こえた。
ヴィータの深い緑色の瞳に、痛切な色の感情が浮かぶ。
「……残念だけど」
ヴィータが静かな声で語る。
「わたしの、この気持ちが晴れるわけないわ。
あの日、あの時から――わたしの心は、この空のように曇っているんだから」
ヴィータが空を見上げた。曇り空は相変わらず、ざあざあと雨を降らし続けている。
裕輝が言う。
「……違う方に頑張ればええ。
零から始めろなんて言わへんから、その雲を晴らす方法を見つかるまで考たらええ」
「無理よ。これでも、ずっと考えて考え抜いたもの」
「……なら、誰かに支えてもらうといい」
ヴィータがクスリと笑う。
しかし、その笑みはいつもの闇色のモノではなく、自嘲するかのようなモノだった。
「こんなわたしを支えてくれる物好きなんて、いるはずがないじゃない」
ヴィータは空から視線を外し、裕輝に顔を向けた。
そして、美しい口唇を開く。
「……あなたのように、感情が欠けていれば」
その目には、憧れの色が浮かんでいた。
「わたし、もっと器用に生きられたと思うわ――」
その言葉を最後に、ヴィータは時計塔から飛び降りた。
同時に、彼女の腕に着けた借り物の《腕時計型携帯電話》のセットしていたアラームが鳴る。
液晶が、零の文字を三つ表示していた。