葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

リアクション公開中!

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

リアクション





【幕の開けるその前:1】


「床が冷たいよー硬いよーっ」
「フ……我慢するのだ。他の監獄に比べれば、まだましなのだよ」
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)がじたばたとするのに、宥めるように言った蘆屋 道満(あしや・どうまん)は、自分達を閉じ込めている監獄の中を見回した。
 窓は無く、鍵はかかってこそいるがちゃんと壁で区切られており、風が吹き抜けていかない分、鉄格子だけの他の房よりは、幾らかは暖かい。


 エリュシオン帝国最北端。
 冬の厳しいジェルジンスク地方の中でも、山に囲まれ、雪と氷だけに覆われた、白と灰色の極限の世界。 そんな場所にそびえる極寒のジェルジンスク監獄の中でも、セルウス達が押し込められたのは、その扱いによほど困ったと見えて、死罪だのと言われていた割には比較的居心地の良い房だった。
 とは言え、監獄は監獄である。不自由な身の上には違いない。出された食事に手を伸ばし、腹ごしらえをしながら、それぞれ過ごしている中「ちょっとセルウスー!」と、こんな時でも変わらず食欲旺盛にスプーンを動かしているセルウスに、びしいっと指を突きつけたのはラブ・リトル(らぶ・りとる)だ。
「何勝手やって捕まってんのよ〜! あんた達も文句いいなさいよねっ、もー、甘いんだから!」
 肩を怒らせ、両手を腰に当てると、ぎゃん、と周りを見回して噛み付くと、言いたいだけ言って「まあいいわ」と、ふんっと鼻を鳴らした。
「いい、セルウス。これからはまずこのラブ様に許可を取ってから行動しなさいよ!」
 あんたはあたしの手下なんだから、上司に聞いてから行動しなさい、と指を突きつけたまま説教するのに、そのパートナーであるコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)馬 超(ば・ちょう)は(いつの間に手下になったんだ?)と顔を見合わせたが、肝心のセルウスは、心ここにあらず、と言ったところだ。それでもしっかり口は動いて、サラダからスープから頬張っているのはセルウスらしいが。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あ……ごめん」
「もう!」
 業を煮やしたラブが、ぎゃんぎゃんと喚くのを、落ち着け、とハーティオンが宥めすかしているその傍ら。
 セルウスの様子のおかしいのを気にかけながらも、「しかし、解せないな」と、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は口を開いた。
「罪は罪。だが、その理由を確かめもせずに死罪相当の話になるのは、どう考えてもおかしい」
 地球やシャンバラとはまた違った法律がエリュシオンにあるのだとしても、それならそれでもっときちんと手順を踏んで刑罰は行われるはずだ。それがああも簡単に死罪が執行されかかったのが、アルツールは引っかかっているのだ。
「そうじゃのう」
 その言葉を耳に挟み、頷いたのはメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)だ。
「まるでセルウスに悪い方へ、事態を動かそうとしとるようじゃのう」
「そうですわね」
 鵜飼 衛(うかい・まもる)とセルウスの並んでいるところを目の保養と見つめていたルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が、メイスンの言葉にはたと我に返って頷いた。
「葬儀の最中のことでしたから、早々に事を運びたかったと考えても……随分短慮と言わざるを得ませんでしたわね」
 二人の意見に頷き、アルツールは思考をめぐらせながら目を細めた。
「死罪を口にしたのは、恐らく荒野の王を皇帝にしたい一派だろうな」
 だが解せないのは、セルウスは皇帝の候補のひとりとして葬儀に参列を許されていたとは言え、まだ知名度も低く、その素質がまだ覚醒しきっていないということで、まださほどの評価は受けていないはずだ。言い方は悪いが、邪魔者と警戒されるほどの存在にはまだなっていない。罪であるのに違いは無いなら、放って置いても表舞台から一旦姿を消すことになっただろう。それをわざわざ死罪の方向に向わせたのは、早めに芽を潰そうと思ってのことなのかもしれあい。だが、もっと気になっているのは、周囲に反対意見が沸かなかったことだ。
「今現在で荒野の王派が有力とはいっても、あの場で止める者がいなかったことが、やはり解せない」
「そうじゃのう。何というか、そがな空気になっとった気がするのう」
 死罪にすべきと諸手を上げていた、というより、何となく死罪の方が正しいのではないか、という流れに傾いていた、と言った方が正しいような感覚だった、とメイスンは頭をかいた。
「遺跡のときもそうじゃったが、何かがセルウスの妨害をしとるようじゃの……」
「その意味では、第三龍騎士団長の提案に感謝だな」
 今頃は、荒野の王派の者達も、内心で舌打ちしているところだろう、というアルツールの言葉に「しかし」とシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が口を開いた。
「油断はできん。既に別の手を打っていないとも限らんからな」
「そうだな」
 アルツールも頷いた。
「特にこんな場所では、何が起きても不思議ではない」

 そんな風に、アルツール達が最悪の事態を懸念して、表情を苦くしている中、まだラブのお小言は続いていた。
「大体、どうして触れたりなんかしたのよ?」
 ラブが問うのに、「それは俺も気になっていた」と、葬儀でのことを思い出して神崎 優(かんざき・ゆう)も頷いた。
「まるで、引き寄せられているかのようだった」
 周りがセルウスの様子がおかしいと気付く間もなく、ふらっと傾いた体が、アスコルドの体に触れていた。その様子からして、とても偶然とは思えない。そう言うと、セルウスは微妙な顔で、「呼ばれた、気がしたんだよ」とまた自分の両手を眺めた。
「おかしいよね、死んじゃってる人なのに……引っ張られる感じだったんだ。それで近付いたら、背中を押された感じがあって……」
「押された?」
 それには大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が首を傾げた。
「近くに、手を伸ばせるような人物はいなかった筈でありますが……」
「大帝の最後の力、とか」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が自信ありげに言ったが、セルウスはしっくりこない、という顔でうーん、と唸ると、わしわしと頭を掻き毟った。
「そうなのかなあ……でも、なんだか、呼んでるのとは違う感じだったよ」
 とは言ったものの、大帝に触れたのは一瞬のことだ。いまいち自信のなさそうな様子に、丈二は思いついたように手を叩き、アルケリウスの欠片を取り出した。
「これを使えば、もしかしたらその何かを具現化できるかもしれないであります」
 丈二の持つアルケリウスの欠片は、憑依と具現化の能力を持っている。もし触れた瞬間に何かしら、アスコルドから力を受け取ったのであれば、それを憑依させ、具現化することも出来るかもしれない、と言うのに、セルウスは恐る恐る受け取り、葬儀の時のことを精一杯思い出しながらぎゅと掌で包んだ。その瞬間。
「……っ!」
 ほんの一瞬のことだった。ふわりと反応を示した欠片に、半透明のアスコルドの姿が、微かに浮かび上がったのだ。具現というにはあまりに淡く、直ぐにそれも掻き消えてしまったが、セルウスにとっては手ごたえは十分あったようだ。
「やっぱり……違うよ。背中を押したのは、もっと冷たい感じだった」
「それでは、もしかするとセルウスを退かせたい”何か”の意思かもしれないな」
 アルツールが難しい顔をし、それぞれがその可能性のありそうな何か、について考え込んでいると「ところでさ」とセルウスに声をかけたのはカル・カルカー(かる・かるかー)だ。
「これ、聞いておかなきゃって思ってたんだけど……セルウスはどう思ってるんだ?」
「オレ?」
 きょとんとしたセルウスの顔に、カルは頷く。
「アスコルド大帝に呼ばれた理由だよ。皇帝になれって託されたんだって……思わないか?」
 その問いには、セルウスは困惑したような顔で、ふるふると首を振った。
「わかんないよ。第一、皇帝と言われたって、ぴんと来ないって言うか……」
 いつもの能天気な様子と違って、戸惑いと悩みにぐるぐるになっているセルウスの肩を、落ち着け、と言うように小さく叩くと、遠い昔を懐かしむように、カルのパートナーであり先生役でもある夏侯 惇(かこう・とん)は口を開いた。
「かつてのそれがしの主君は、国を統べる者としての皇帝になるを目指したお方じゃった。「それ」がどのような事であるかはよくご存じの上でだ。おぬしが迷うのは、それが足りないためかもしれんのう」
「よくわかんないよ……」
 更に頭をぐるぐるさせるセルウスに、苦笑しながら惇はくしゃくしゃとセルウスの頭を撫でた。
「己が背負う事かやもしれぬ、任と役割を知る事じゃ」
 だが、その言葉には、優が首を振ると、セルウスの目を覗き込むよう、真っ直ぐに見やった。
「確かに、実際に皇帝になろうというのなら、考えなきゃいけないこと、知らなきゃいけないことは山ほどあるだろうけど……今、問題なのはそこじゃない。君が、どうしたいか、なんだ」
 パートナーの言葉に、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)派頷き、神崎 零(かんざき・れい)はその言葉に続く。
「私達はまだ貴方の事を余り知らない……だから、セルウスの本当の想いを知りたいの」
「皇帝になりたいのか、それとも、ここでただ大人しく引き下がるのか」
「……」
 二人の言葉に、何を感じたのか、ぐっと拳を握り締めて、けれどまだ言葉に出来るほどそれが整理しきれていないのだろう、難しい顔をしたセルウスに、神代 聖夜(かみしろ・せいや)は苦笑しつつぽんと肩を叩いた。
「ま、焦って答えを出すことでもないけどな」
「そうそう」
 そのフォローに、カル自身も励まされたかのように、うんうん、と笑って頷く。
「オレもまだ”自分が何者か”判って無い半人前だ。同じ半人前同士、一緒に考えていこうぜ」
 気楽な様子のカルに惇は肩を竦めたが、セルウスはつられるようにして笑うと、カルと二人拳をこつんとぶつけあったのだった。
 そうして、不安や緊張で張り詰めていた室内の空気が、ほんの少し緩んだ、そんな中。コンコン、と鉄格子を叩く音がし、聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が鍵を開けて中へと入ってきた。
「ご歓談中失礼いたします」
 セルウス入監の際に、樹隷とのハーフである子女だけで構成された、この監獄だけの特別な監守の一人だと言う青年を手伝っていたこの二人は、もとは温泉探索者、らしい。極寒の地で行き倒れていたところを助けられ、というより捕らえられていたのだが、キャンティのもふもふと暖かそうな着ぐるみの効果(?)か、疑いの晴れた今は、一泊一膳の恩ということで下働きをしているのである。
「今日もいい食べっぷりですわねぇ」
 食事の運搬係も兼ねているキャンティは、ここへ収監されてからのセルウスの食べっぷりがすっかり気に入っているようだった。
「いっぱい食べて大きくなったら、エリュシオンの皇帝にもなれるかも知れませんわよ〜」
 まさか当人がその候補であるとはつゆ知らず、冗談めかしながら、キャンティが食器を片付ける中、聖が執事然と丁寧に頭を下げた。
「ジェルジンスク選帝神、ノヴゴルド様がお呼びでございます。セルウス様に、お会いしたいそうで」

 聖の思わぬ一言に、一同は顔を見合わせたのだった。