葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

リアクション公開中!

古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

リアクション

 
 技術の提供を受け、かつ契約者の参戦があったものの、元々『龍の眼』に配された龍族の数は少なかった。加えて鉄族側にも強力な機動兵器やイコンの存在があり、戦況はこの場においては、鉄族に有利に傾きつつあった。
『おにいちゃん、このままだと龍族は戦いに負けちゃうよ』
「あぁ……だが、この戦力差を覆すのは正直、厳しい。報告では『ポイント32』での戦いは龍族有利に進んでいるようだが……」
 龍族が『ポイント32』を取り、鉄族が『龍の眼』を取れば、全体のバランスとしてはどちらにも傾かない事になる。だがそれはちょっとした事で急激に傾く危険性を孕む事になるし、やはり『戦いに負けた』という事実は受け入れ難いものがあった。
 と、後方、『龍の眼』から閃光弾が打ち上げられる。青色が二発と、赤色が一発。
「あれは……!」
 それを確認し、涼介が周囲の龍族の動きを確認する。予想通り残った龍族の全ては、鉄族の主力を束ねている“大河”へ向かっていた。

「鉄族の主力は『疾風族』という。その中でも戦闘力に長けた赤色の機体“紫電”は脅威だ。
 だが、彼らを作戦の上で支え、的確な指示を出しているのは黄色の機体“大河”の方だ。人にとっての脳に値する“大河”に損害を与えれば、もしここが奪われたとしても侵攻の手は緩む。
 よって、撤退の際は“大河”に特攻をかけ、鉄族を一時的な混乱に陥れる。合図は青色の閃光弾を2発に、赤色の閃光弾を1発だ。……私がこのような事を言えた立場ではないが、涼介・フォレスト、君もその時には“大河”攻撃に力を貸してほしい」

 出撃前、ラッセルから言われた事を思い返す。自分を信頼してくれようとしている者の言葉には、出来る限り答えたかった。
「……クレア、『ソーサルナイト?』も“大河”攻撃に参加する」
『おにいちゃん……うん、分かったよ。
 『ソーサルナイト?』、あなたも一緒に、頑張って」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の呼びかけに、{ICN0004496#ソーサルナイト?}の出力が上がる。これまで『龍の眼』の防衛に徹していた分、残存魔力は十分であった。
「よし……行くぞ!」
 涼介が、こちらに砲身を向けてきた鉄族へ魔法狙撃銃を構え、砲身を狙って弾丸状にした魔力を発射する。
『くっ、砲身を破壊された! “雷峰”、撤退する!』
 煙を吐きながら後方へ退いていく鉄族に、心の中で済まない、と呟き、涼介は“大河”への道を切り開くべく鉄族の相手をしていく。


『拠点上空で閃光弾の発射を確認しました。なお、十数機の龍と一機のイコンが、“大河”へ向かっているものと予測されます』
 シィシャの報告に、グラルダは龍族が撤退間際の最後の抵抗を見せに来たと判断する。直ぐに龍族の一体がこちらに気付き、進路を変えて迫ってくる。
「そりゃあ、この場の要は“大河”だものね。龍族の判断は正しいわ。
 ……でもね、そう簡単に“大河”をやれると思わないことね。ここにはアタシと『アカシャ・アカシュ』があるんだから」
『……どこからそのような自信が生まれるのか、全く理解不能です』
 シィシャの言葉を受け流し、グラルダは『アカシャ・アカシュ』の両手に剣を握らせ、空を翔ける。装甲に刻まれた術式紋様が淡く発光し、迫る龍が炎を浴びせるも、『アカシャ・アカシュ』はその炎を突っ切って龍の眼前に踊り出る。
「アタシは他の契約者みたいに、上手く振る舞えないから。どうなっても文句言わないでよ」
 グラルダの言葉が吐かれると同時、二本の剣が龍を切り裂き、声もなく龍が地上へ落下していく。
(……謝りはしないわよ)
 剣を収め、“大河”の元へ向かおうとした矢先、一機のイコンが放った粒子砲が数体の龍を粒子の束に巻き込んで落としていったのが確認出来た。

『ふふん、まさか敵も、ヴィクセンから『伊勢』や『オリュンポス・パレス』と同じレベルの荷電粒子砲を撃つとは思わないよねー。さてさて、こっからどう動くかな?』
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)に言われ、アサルトヴィクセンをパラミタから持って来た馬 岱(ば・たい)が、放った荷電粒子砲で霧散していく龍族の編隊を見送り、今後の展開を期待する顔で呟く。
「龍族に言っておくべきだったな、今回から“大河”には護衛機がつく事になったんだよ、ってな」
 恭也が、後方で悠々と旋回している黄色の爆撃機を捉え、呟く。彼女からデータを受け取ったことで、『屠龍』も『アサルトヴィクセン』も天秤世界の戦い方に適合することが出来、性能もアップ出来た。
「さっきのは大方、撤退間際の最後っ屁だ。それも徒労に終わった今、向かってくる輩はせいぜい契約者のイコンくらいか」
 恭也の呟き通り、金色に光るイコンが一機、『アサルトヴィクセン』の前にやって来る。
「第二世代機程度……こっちが第三世代機と知ってなお、来るか。いいだろう、歓迎してやるぜ!」
 性能差の不利を覆す技量を相手が持っているのか、楽しみにしながら恭也は出迎えとばかりに、ミサイルの乱舞を浴びせる。
『目の前の敵は恭也に任せたよ。私は念の為、周囲を探っておくから。恭也が戦いに集中し過ぎて“大河”って子が落とされたら話になんないからね』
 馬岱の報告に頼む、と返し、恭也は片方にブレード搭載ライフル、片方にレーザーマシンガンを持ち、飛翔する金色のイコンへ弾幕の雨を降らせる。

(確かに、今目の前で行われているのは戦争だ。味方がやられる、敵がやられるのは当然。それにいちいち感情を揺さぶられていては生き残れない……だが、それでも、あれほど多くの龍族が負傷するのを見て、このままでいいとは思えない!)
 弾幕の雨を掻い潜り、『ソーサルナイト?』が狙撃銃で反撃の弾丸を放つ。高速の弾丸はしかし『アサルトヴィクセン』の機動の前には直撃を与えることが出来ず、逆に尽きることない弾幕の雨が徐々に『ソーサルナイト?』の装甲を削っていく。
『装甲レベル、危険水準まで低下! このままだと機体に致命的なダメージが!』
 クレアが警告した矢先、ひときわ大きな衝撃が襲う。『ソーサルナイト』の左腕の装甲が完全に剥がれ、機能を停止していた。狙撃銃は片手では扱えず、反撃を気にしなくてよくなった『アサルトヴィクセン』はさらに攻勢を強める。
『も、もう限界! おにいちゃん、下がって!』
 クレアの悲痛とも言うべき叫びを耳にし、涼介の心にここまでなのか、という諦めが生まれかける。
(……いや、諦めるな、涼介。意識を集中しろ……感じるんだ、魔力の流れを。
 ソーサルナイト・ツヴァイ……君は“ソーサルナイト”の名を継いだ、君にも出来るはずだ、“進化”が!!)
 念じる涼介の脳裏に、クレアから聞いた言葉が蘇る。

「この間整備・点検をした時にね、前のソーサルナイトのプログラムが結構積んであるのを見つけたの。
 もしかするとソーサルナイト?も『進化』が出来るのかな。今は大丈夫でもこれから先戦いが厳しくなった時、切り札になり得るから、出来るならいいな、って思ったの」

(……この状況で、足を止めるだと? 何を考えてやがる)
 『ソーサルナイト?』が足を止めたことに、恭也は少なからず動揺を覚える。
(あのイコンは機動力は取るに足りない。出力も飛び抜けて高いわけではない、ただ打たれ強いだけだ。だがその装甲も限界が見えている、ここで今更何をするつもりだ?)
 しばし考え、しかし結論を出せなかった恭也は、両手の武装を再び『ソーサルナイト?』へ向ける。

 瞬間、『ソーサルナイト?』の機体からそれまでの倍はあろうかという出力が確認される。
(な、何――)
 驚く恭也の眼前で、『ソーサルナイト?』が猛然と速度を上げる。放った弾幕の雨を受けても、勢いは衰えない。
「こうなったらこれで――」
 『アサルトヴィクセン』の背中の荷電粒子砲が展開されようとした瞬間、『ソーサルナイト』の機能を停止したはずの左腕が狙撃銃を持ち、魔力の篭った弾丸が二発放たれる。その両方が二門の荷電粒子砲の砲口に飛び込み、『アサルトヴィクセン』は大きな衝撃を受ける。
「ぐおっ!」
 荷電粒子砲をパージするまでもなく、衝撃ですっ飛んでいった荷電粒子砲は粉砕し、破片が地上に降り注ぐ。
『あー! あたしのお気に入りの荷電粒子砲がー……』
 残念がる馬岱の声を、恭也は聞いていなかった。
(何だ、あの出力は。天御柱のイコンにある『覚醒』に似ているが……)

「各部機能回復! 出力、200パーセント!
 凄い……凄いよ、ソーサルナイト?!」
 クレアの驚きと喜びが混ざった声が聞こえる。『ソーサルナイト』の時と同じ“進化”を果たした『ソーサルナイト?』は、『アサルトヴィクセン』の武装を破壊した後、一直線に“大河”の元へ翔ける。そのスピードは鉄族の追い付ける速度を凌駕していた。
 ……ただ、一機を除いては。

『ねーちゃんをやらせはしねぇ!』

 狙撃銃の照準が大河を捉えようとした瞬間、戦闘機形態から人型に変形した“紫電”が手にした銃を構え、発射しようとする。狙撃銃の狙い先は“紫電”の頭部だったため、涼介は咄嗟に照準を下げ、魔力弾を発射する。
『ぐうっ!!』
 弾は“紫電”の脇腹の辺りを貫く。人間ならばそれだけでも致命傷だが、そこは鉄族、動作は一瞬ブレるが止まらない。
『ああっ!!』
 銃から放たれたビームが狙撃銃と、『ソーサルナイト?』の右腕を肘の辺りから撃ち抜き、装甲を剥がして機能停止に陥れる。爆発する狙撃銃でバランスを崩した所へ、
『落ちろこの金ピカ野郎!!』
 “紫電”の蹴りが『ソーサルナイト?』の腹にめり込む。『ソーサルナイト?』はそのまま落下するが、地面ギリギリの所で立ち直り、『龍の眼』のさらに奥地へと退いていった。
『ちっ……オレに傷を負わせるたぁ、ケレヌス以来だぜ――』
 “紫電”がそのまま落下していく。変形しなければ推力を保てないのだが、どうやら変形するための機能を一時的に損傷したようであった。
(あー……やっべー、こっから落ちたら流石に死ぬかな、オレ……)
 そんな事を思った矢先、落下の速度がガクン、と落ちる。何事かと思えば『アカシャ・アカシュ』が自分に手を伸ばして捕まえ、高度を少しでも維持しようとしていた。
『ちょっと! あの程度で変形出来なくなるなんて、貧弱過ぎない?』
 グラルダの、やっぱり苛立っているような声が聞こえてきて、しかし“紫電”はおかしみを覚える。
『……うっせー、当りどころが悪かったんだよ。ちょっとすりゃ直る』
『今すぐ直しなさい、こっちだってそろそろ限界なのよっ』
 グラルダが言った直後、再び落下速度が増していく。
『しーくん!! グラルダちゃん!!』
 しかし間一髪、“大河”が二機の下に滑り込み足場となる。そのまま“大河”は二機を載せたまま飛行、『機動城塞オリュンポス・パレス』へ向かう。
『ふ〜、間に合ってよかった〜。作戦は成功、『龍の眼』は鉄族が占領したよっ。
 しーくん、わたしを庇ってくれて、ありがと♪』
『お、おぅ。ねーちゃんは守ってやらないと、ドンクセェからな』
『あ〜、そんな事言うと振り落としちゃうぞ。
 グラルダちゃんも、しーくんを助けてくれてありがと』
『……ふん、別に助けたくて助けたわけじゃないわ。こんなところで居なくなられても困るだけだからよ』
『ふふふ。しーくんもグラルダちゃんも、素直じゃないなぁ』
『『べ、別に――』』
 “紫電”とグラルダの声が重なり、押し黙った二人へ“大河”の、とても楽しそうな笑い声がかけられる――。