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リアクション
第五章 二人の神子2
【西暦2023年】
桜の世界樹 扶桑(現代)――
「……刀ってもんは意外と重てえな。貞継め、あいつひょろっこいくせに結構力あんのかな」
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)から借りた将軍家の宝刀宗近(むねちか)を担いで、扶桑へ続く道を登っていた。
「貞継さん、すっかり存在感をなくしてしまって。このまま消えてしまったら……私たちも、あの方のことを忘れてしまうんでしょうか」
セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)は、貞継との謁見の様子を思い出していた。
謁見といってもすでに貞継の姿はなく、時折声が聞こえるのみである。
「ま……確実なもんなんてこの世にはねーからな。俺は薄情だからすぐ忘れるかもしれねえけど」
「その薄情なものが、こうして危険極まりない扶桑のもとに行くのか? 鬼子母帝(きしもてい)という化け物退治に?」
ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)はからかい半分、本気半分でアキラの横顔を見た。
「悪いかよ」
彼はまっすぐ前を見つめ歩き続ている。
こういったときは本気なときだ。
ルシェイメアは肩をすくめてアキラについていった。
「こんなことなら、ジャイアントピヨに乗れば良いのに」
「いや、あれは取って置きだ。なんたってパラミタに生息する謎の生命体だからな。見た目がアレだからって巨大ヒヨコじゃねーぞ……うん? あれは、奉行たちじゃねーか?
扶桑の下に、葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)と葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)たちの姿がある。
「どーした、ここはあぶねーぞ」
アキラが声をかけると房姫は少し驚いた顔をして、こう静かに言った。
「待っているのです」
「待ってるって?」と、セレスティア。
「数ヶ月前、貞継様に頼まれて扶桑の様子を見に来たとき、葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)が過去から、時空の月なるのもを開きました。そこから、桜の花びらとともに鬼子母帝と名乗る人物が現れたのですが……消えてしまいました」
ここまで言うと、房姫に代わって度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が話を続けた。
「突然消えたそうです。理由は不明だけど、そのときは鬼子母帝は不完全なままで、こちら側に来ることはできなかったのでしょうか。私はそのとき過去(マホロバ暦1190年)の先が原にいたから、こちらのことは分からなかったけど、時のハザマの出現と同時に時間の乱れがあったのかもしれませんね」
「どういうことじゃ?」と、ルシェイメアは尋ねた。
「現代と過去をつなげるのは思いのほか難しいのじゃろう。だが、きっとまた起こる。そして、同じことをくりかえすのじゃ」
織部 イル(おりべ・いる)はそのために、再び房姫にきてもらったのだと言った。
房姫は扶桑を見上げた。
「私はただ、この扶桑が、マホロバの歴史すべてを見てきたこの桜の樹が、何かを教えてくれようとしている気がしてなりません」
アキラはかつて扶桑の噴花で桜吹雪が貞継や彼らを襲ったのを思い出した。
あの時、扶桑の花びらにあのような力があると知っていたとしても、同じような行動をしていただろうか。
身震いしながらふと視線を落とすと、足元には土を掘り返したような形跡があった。
黒髪の少女が埋められていたのを掘り起こした跡である。
その穴から、白いうさぎが飛び出してきた。
「なんだ、うさぎか。そーいえば、この桜の樹の下に埋められてた娘(こ)がいたってきいたな」
「……その白いうさぎに触れてはなりません。それは過去のものです!」
突然、凛とした声があたりに響いた。
鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)が険しい顔で立っている。
アキラは一瞬鈴鹿を見て、その面立ちが良く知っている人の顔に似ていると思ったが黙った。
「月が……出たでありんす!」
ハイナが天を指差した。
前と同じように月の輪が出現し、その輪の中に、過去へ飛んだ人々の顔が見える。
「房姫様、きっとあの月が歴史の歪みを生じさせる起点となっているのでしょう。歪みそのものとなった起因は、鬼子母帝様の死にあると思いますが、今のこのマホロバでは鬼子母帝様の御気持ちを迎え入れることは難しいでしょう。鬼は過去のものとなり、マホロバ人は鬼を敬わなくなり、瑞穂のように外来の力に頼るような世では……」
「そうかもしれませんね。でも、どうしたら」
「私たちと一緒にあの月をくぐってください」
「え」と、驚く房姫とハイナ。
イルは翼竜ルビーベルを移動させた。
「これの背に乗ってくだされ……いそぐのじゃ!」
「でも……」
「房姫様のお力が必要かもしれません」と、鈴鹿。
「でも、私はもう神子の力を持たない身です……御筆先(おふでさき)も一時的に過去から授けられたように思うのです」
「たとえそうだとしても、房姫様が神子であったことには違いありません。私は、もう一人の戦神子様もお守りしたいのです」
房姫は鈴鹿たちの説得に少し考えて、小さく頷いた。
「私に何ができるかはわかりませんが、確かにあの葦原の戦神子(あしはらの・いくさみこ)を放っておいてはいけないように思います」
珠寿姫がお守りにと『かんざし』を手渡す。
「房姫殿ならできると信じている。そしてできることなら鬼子母帝(きしもてい)にも情けを……生き残った鬼たちを大切にすると」
「これは……貴女は……?」
珠寿姫は軽く微笑むだけだ。
房姫は珠寿姫の悲しみのこもった真剣なまなざしにそれ以上深く聞けなかった。
「よっしゃ、俺たちもいくぜ!」
翼竜ルビーベルに続き、取って置きの巨大ヒヨコ(にしかみえない)ジャイアントピヨに乗り込むアキラたち。
月の輪は不気味な黒い陰が広がっている。
「……!?」
黒い陰は黒い線の束となり、黒い髪の毛となって彼らの行く手を遮った。
鬼子母帝の不気味な声が響く。
「おのれ、せっかく過去と現代をつないだというのに……何が足らぬ……そうか、わかったぞ……!」
鬼子母帝の目が光った。
白い手がつかみかかろうと伸びてくる。
「力を発する神子のほかに受け取る神子が必要か。そうだ……そなただ!」
黒い髪がルビーベルに巻き付いた。
ぐるりぐるりと何重にも巻かれ、身動きが取れなくなる。
房姫が悲鳴を上げた。
ハイナはもがいていたが、素手で切れるようなものではない。
「くそ……どうしたら」
アキラはふと背中にしょっていた刀、『宗近』を思い出した。
「将軍家の宝刀なんだろ……こーゆうときにこそ」
腕に力を込めて刀を引き抜く。
刃が暗闇の中で鈍く光っていた。
「それだ……そいつで叩き切れ!」
どこからともなく男の声が聞こえた。
アキラは闇雲に刀を振り回す。
勢い余った刃が、月の輪に突き刺ささった。
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