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星影さやかな夜に 第三回

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星影さやかな夜に 第三回

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 第十二章 「星影さやかな夜に」

 ニゲルが死に、ルクスが死に、そしてハイ・シェンまでもが死んでしまった。
 事態は確実に終わりを迎えてきている。
 それでもヴィータは暴食之剣を振るい、戦い続けた。
 そんな彼女を止めるため、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)ジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が彼女の前に立った。

「そこを……どけえええええええええ!」

 短刀を振るい、霜月に斬りかかる。
 霜月は滅殺の構えから狐月【空】を抜刀術で抜き放つ。
 今のヴィータを相手に一度守りに徹してしまえば攻めに転じるのは容易ではないと考えたのだ。
 ヴィータの短刀と霜月の刀が火花を散らし、互いに白刃を前に一歩も退かない。

「きゃははは♪ あなた、肩を怪我してるけど、そんな状態で勝てると思ってるの?」

 霜月の右肩の傷を指摘するが、霜月は痛みに耐えて真っ直ぐヴィータを見つめる。

「あなたに勝つつもりも、殺すつもりもありません……ただ、止めたいだけです」
「はあ? わたしを止める? 呆れるわ、まだそんな生ぬるい正義で戦ってる奴がいるなんて」
「自分は正義だなんていうつもりはありません、ただ護りたいから足掻かせてもらいます」
「そう……だったら、その護りたいものもわたしが壊してあげるわ!」

 ヴィータは叫ぶと身を屈め、霜月の足を切りつけた。

「霜月!」

 ジャンヌは霜月に駆け寄ると、ヴィータに幻槍モノケロスを振るい距離を取らせた。

「大丈夫?」
「ああ、かすり傷だよ」
「積み重なれば大怪我にだって匹敵するわ。ただでさえ怪我してるんだから、じっとしてて」

 ジャンヌは傷口に手をかざしてヒールで霜月の怪我を治癒した。

「うん、もう大丈夫です……ありがとう」
「回復は私に任せて。私が護りたいものを護るように、霜月も自分が護りたいものを護って」

 霜月は黙ってうなずくとヴィータに再び斬りかかる。
 今度は裕輝も一緒だ。

「一人が二人になったって何も変わらないわよ?」
「変えてみせますよ!」

 霜月は再び抜刀術でヴィータを狙うが、ヴィータは間合いからバックステップで回避する。

「一人なら、今ので終いやが……二人おること忘れるなって!」

 裕輝は錬磨の斂拳をヴィータ目がけて振るう。
 ヴィータはそれを的確に回避して短刀を振るい、裕輝も体術回避で短刀をかわす。
 霜月の時のべた足での戦いとは違い、二人は互いにステップを踏みながら牽制し合って攻撃を繰り出すが互いに直接的なヒットはない。
 拳と刃を交えた舞踏のなか、ヴィータが声をかける。

「あんたもわたしを止めたいとか思ってるわけ?」
「せやな、今からでも円満に解決できればと思うわ」
「無理な相談ね。わたしは自分のすることを止める気は無いわ!」

 ヴィータは一度短刀を握り直して、裕輝の腹目がけて真っ直ぐに腕を伸ばした。

「待っとった! 絶好の攻撃や!」

 裕輝は拳を解くと、向かってくる刃に合わせて両手の平で受け止めようとする。真剣白刃取りというやつだ。

「な……!」

 あまりの奇策にヴィータは言葉を失うが、勢いを持った短刀は軌道を変えられず──裕輝の手の平で受け止められてしまう。

「もらった!」

 裕輝は手の平をずらして刀身を持つと一気に力を込めると──ヴィータは折らせまいと暴食之剣を捻って強引に引き戻した。
 手の平で捻られた刃は、皮を抉り、手の平が裂けた裕輝は手を下げながら血の滴を落とす。

「さ、さすがにこれは堪えるわ……でも、いよいよあんな奇策に引っかかるところを見ると限界が近いんと違う?」
「わたしは……まだ戦えるわよっ」

 ヴィータが噛みつくように吠えると彼女の前に紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が姿を現した。

「また……あんたなの……! 今度は何の用よ」
「こんなわたしを支えてくれる物好きなんて、いるはずがないじゃない」

 唯斗はハッキリとした口調で言葉を発した。
 それは、どこかでヴィータが口にした言葉だ。

「あんた……どこでそれを」
「瀬山から聞いた。あのな? この世界にゃそーいう物好きがいるんだよ」
「……っ」
「少なくとも、ココに一人な!!」

 唯斗はビシッ! と擬音が聞こえそうなほど勢いよく自分を指さした。

「俺は正義でも悪でも無いっ。唯の馬鹿だ!
 だがな、馬鹿は世界を引っくり返せるんだよ!」
「なにを、たわけた事を……!」
「お前の結論をぶち壊して、その上で運命をぶっ飛ばす! 今、宣言する――俺はあらゆる理不尽を撃ち砕く!」
「……っっ!」

 迷いの無い唯斗の叫びにヴィータの胸中は僅かながら揺れてしまった。

(なんで、こんな言葉で……わたしは、)

 自分を支えてくれる物好きはいない。ヴィータはずっとそう考えていた。
 でも、目の前にいる唯斗は違った。
 拒否する自分に何度も何度も手を差し伸べてくれた。
 そんな、馬鹿とも言えるほど真っ直ぐな心が、言葉が、ヴィータの胸に深く突き刺さった。

「そして俺の救いたいと思う奴を救うんだ! ヴィータの手が小さくて足りないなら俺の手も貸してやるっ、全身全霊、問答無用でな!」

 唯斗は手を差し伸べる。

「わたしは……」

 ヴィータは何かを言おうとして、言葉を止めた。
 それは、ヴィータの頭を貫くような痛みが走ったからだ。
 視線は唯斗から外れ、この痛みの原因を探すように動き、そしてある一点で止まる。
 視線の先には、「あの人」が立っていた。

「え……っ?」

 あの人は何も言わず、建物の中へと消えてしまう。

「……待ってっ!」

 ヴィータはあの人の後ろ姿を追って走った。

「ヴィータ!」

 唯斗も追いかけようとするが、ヴィータが歩みを止めて振り返ると距離を開けて足を止めてしまう。
 ヴィータは一度だけ微笑むと、

「ありがとう」

 そう言って、禁忌の術式を発動させた。
 術式がまるで境界線のようにヴィータと唯斗を分かつ。
 眩しいほどの光が周囲を照らす中、ヴィータは暴食之剣を握りしめると──術式を切り裂いてしまう。
 その瞬間、まるで空気が弾けたような衝撃が広がった。
 戦いでボロボロになった建物はその勢いに負けるように瓦解していき、あの人が入っていった建物も崩れそうになる。
 衝撃は空気の壁をぶち破りながらヴィータへと襲いかかり、その衝撃を殺すように暴食之剣を前にかざす。
 刃は不気味な音を立てながらカタカタと揺れると、負荷に耐えられなくなったのか──あっさりと根元から折れてしまった。

「ヴィータ!」

 叫ぶような唯斗の声が聞こえた。

「あなたの言葉、忘れないわ」

 ヴィータはそれだけ言うと、あの人が入っていった建物に入った。

「はやく、行かなきゃ……」

 ボロボロの体を引きずり、あの人を追っていく。
 やがて真っ白な光の中で、あの人を見つけた。
 あの人はすぐ近くで、ヴィータを待っていたかのように立っていた。

「――――」

 あの人が何を言ったのか、それはヴィータにしか分からない。
 ただ、彼女は膝を折った。
 そして、小さく嗚咽をあげた。
 今まで決して泣くことの無かった少女は、ぽつりぽつりと涙をこぼし続けた。

 その後、ヴィータを探そうと多くの人が瓦礫の山を調べたが、死体さえも発見することが出来なかった。