|
|
リアクション
ハリールの乗っていた馬車へ向かおうとするカイたちを相手にしているのは、鉄心とティー、そしてカルキノスだった。
ルカルカと煉は敵側についたコントラクターの相手で手いっぱいで、こちらの支援には入れそうにない。
カルキノスがドラゴニュートとしての屈強さで前衛を担当し、ドラゴンアーツなどを用いてカイの攻撃を受け流したり攻撃したりするなか、ティーがエメラルドセイジを用いて周囲の植物をも使い、カイの足止めに奮闘しているが、なかなか思ったような成果は上げられないでいる。
カイは反射神経が優れ、多角的な視野による判断が早い。隠し持つ暗器による技も豊富で、巧みにカルキノスの攻撃をかわし、決して捕まらない。彼との戦闘のなか、ティーにまでクナイや小型の爆裂弾を投じてくる。
今の状況でベルフラマントはほぼ役に立たない。ティーは妖精の領土を発動させ、周囲の木や岩を利用してそれらをかわし、たとえ体勢が崩れていようと、カルキノスとの位置関係から攻撃の難易度が高い位置からだろうと野生の勘を最大限に働かせて果敢に攻撃を行っていたが、カイの機敏さと自分に向けての攻撃のタイミングに翻弄され、うまく決定打を出せないでいる。
昨夜の人能を超えた戦いぶりといい、鉄心の目から見ても、カイはまさにその道を極めた練達の士と言えた。
(2人の連携崩しがねらいか)
ならば、こちらもそれをさせてもらおう。
鉄心は自分を囲う3人を見る。いずれもカイと行動をともにしている3人の黒装束の忍者たちだ。鉄心の武器魔銃ケルベロスによって腕を撃ち抜かれ、血を流している者もいる。今は様子をうかがっているが、じきにまた連携して鉄心を襲撃してくるに違いない。
彼らを見て、ふっと鉄心の口元に笑みが浮かんだ。
「何の敵意も持たぬ少女1人を相手に、ご執心のようで…。
ずい分とつまらぬ主についたものだな? 犬死にで満足か?」
ゆさぶりをかける。
しかし3人は何の反応も見せなかった。まるで用いた言葉自体が通じず、理解されていないかのように、視線1つ揺らがない。
そこに、鉄心は絶対的な忠誠を見出す。
彼らは主君カイのためなら死ぬこともいとわないだろう。そこに躊躇も疑念も入る余地などない。
(狂信者か)
悟り、言葉をなくした彼を、3人の忍者による連携プレーが襲う。この3人は、5000年前からの教えを受け継いできた暗殺武闘集団サディク一族でも屈強の精鋭たちとして、カイ直属の配下に選ばれている者たちだった。いずれも一騎当千のつわものばかり。1対1ならまだしも、前衛に立つ者もなしに鉄心1人でもちこたえられる相手ではない。
その上、鉄心は気付いていなかったが、彼の死角となる位置から高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)の放つ天のいかづちや、彼が補助に向かわせた羅刹女による攻撃もあり。なるべくして、鉄心は倒れた。
「鉄心!!」
彼が後ろから斬り裂かれるのを目撃した衝撃に、ティーの意識がそちらへ流れる。それをカイは見逃さなかった。
ティーの頭上を飛び越えて、突破を図る。
「行かせねえ!!」
宙のカイを振り仰いだカルキノスが手を突き出す。その指には封印の魔石が握られていた。
封印呪縛が発動し、カイを内部へ封じるべく、魔石が輝き始める―――。
まるで不可視の網に捕らわれたかのように、びくりとカイの体が跳ね、硬直した。それを見たカルキノスの目が輝く。そのまま成功するかに思えたのだが。
ヒュッと空を切って飛来した何かが魔石を砕いた。
「なんだ!? ――ガァッ…!」
カルキノスの影に突き刺さった影縫いのクナイは、魔石を砕くと同時にカルキノスにダメージを与える。思わずひざを折った彼の腕に奈落の鉄鎖が絡みつき、カルキノスはそのまま地に引き倒された。
同じく地に着地したカイも、何が起きたか分かっていないように振り返っていたが、カルキノスがそのまま立ち上がれないでいるのを見て、再び走り出す。
ぐぐぐと身を起こそうとした直後、カルキノスは何かが傍らを通りすぎたような微風を肌に感じてはっとなり、動きを止めた。
本来ならば見えない光学モザイクを用いた隠れ身だが、今周囲には砂煙が満ちている。カイの後ろを走る男の陰影を、カルキノスはかろうじて見ることができた。
「く……く、そったれ……っ」
もう勝負は決している。そのつぶやきを聞いても、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は振り返らなかった。
「き、来ましたのですわっ…!」
イコナは緊張でがちがちに固まった体で、必死に声を張った。
背中を切られ、うずくまるように倒れた鉄心を見て思わずそちらへ駆け寄りたくなったが、一生懸命耐えて、蒼き涙の秘石の力を飛ばした。
(ティーがいるから大丈夫なのです……わたくしは、わたくしにできることをするのです…。わ、わたくしだって、護衛者なのですもの…!)
今にも心臓が破裂してしまいそうなほどドキドキする胸に手をあて、うなずく。鉄心たちがかなわない相手に自分が何ができるのか。そんな弱気を振り払うように首をぶるぶるっと振ると、サラダに触れた。
サラダがいる。それに、この子だって。
「ハリールさんを、お、お守りするのですっ!」
イコナの願いに応えるような獣がぐるると鳴く声がして、彼女の影から巨大な黒狼が飛び出した。
飛ぶように地を駆け、一直線に迫り来るカイに鉄板でもやすやすと貫いてしまいそうな牙をむく。カイは跳躍し、すれ違いざまクナイを打ち込んだ。サラダが吐いた炎雷が宙のカイを包んだが、空蝉の術でかわされる。
(いまだ)
地に着地したカイは、このとき完全にダリルの読みどおりの位置にいた。
死角をついて、前もって融合してあった強化骨格型スポーンによる触手がカイに背後から絡みつく。両腕ごと捕らえた触手はカイが驚く間も与えずに引き寄せた。
彼女を抱きしめるかたちで拘束したダリルは右手を武装細胞で剣の形をした鋭利な爪に変化させ、カイを貫こうとする。
だがそれよりも早く、カイのブーツに仕込まれた刃がダリルのふとももに突き刺さった。
「!!」
「きゃあああああああっ!」
間近で目撃してしまったイコナは悲鳴を上げる。
走った激痛にダリルは声も出せず。身を硬直させた一瞬に、カイは容赦なく切り裂く。動脈が切断され、鮮血が吹き上がるなか、ゆるんだ触手の拘束を引き千切って脱出した。
「……く」
「ダリルさんっ!」
刃には毒が塗られていた。ダリルは虹のタリスマンで耐性を上げていたが、それでも全く平気というわけではない。とっさに対応できずによろめきひざをつくダリルを見て、イコナが駆け寄りあわてて蒼き涙の秘石を使う。
返り血を浴び、赤く染まったカイは彼らに背を向け、ハリールへと肉迫する――。
その光景を眼下に見て、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は目を瞠る。
「リカインさん、ここでお別れしましょう、私は下に向かいます!」
「ええ、分かったわ。気をつけて」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がうなずくのも待たず、ザカコは空飛ぶ箒ミランを下に向けた。
リカインは彼が行く先を見る。所々で濃く砂煙が上がり、ほとんど何が起きているのか分からない状態だ。ちらほら見える薄い所では、戦っている者たちの姿が見えるので、そこが戦闘状態にあるのは分かるが…。
「手前らは向かわなくてよろしいので?」
小型飛空艇アルバトロスに同乗した空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が訊く。
「かなり苦戦しているようですよ」
とたん、反対側でリカインの服の端を掴んでいた褐色の肌の美少女、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)がさーっと面から血の気を引かせた。とんでもないと言うように、大あわてでぶるぶるっと首を振る。今にも首がもげて飛んでいきそうな勢いだ。
ぎゅーっと自分の服の端を引っ張る手の力が強まったことに、リカインはため息をつくと狐樹廊を見る。
「今は先を急ぐわ。日が落ちる前に向こうに着かないといけないから」
狐樹廊は両肩をすくめて応じた。見るからに、気が乗っているふうではない。
北カフカス山行きについて、彼には彼なりの見解があるのだろう。ネイト・タイフォンの部屋を早々に退室した直後、北カフカスへ向かうと言い出したリカインに対し、異を唱えることはなかったが、必ずしも賛成というわけではない、というのがありありと分かる姿だった。
かといって、リカインも何か確証があるわけではない。自分自身ですら理解しきれてないのだから、狐樹廊を納得させるなど無理だ。
ただ、行かなくてはならないと思う。胸のどこかがチリチリして、わけもなく気持ちが急くまるで見えない糸が心臓に巻きついていて、だれかがそれを引っ張っているかのようだ。
きっと今行かなかったら後悔する。
(だから……ごめん、みんな)
リカインは心のなかで詫びて、アルバトロスを加速させた。