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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 砂煙の幕の向こうから突如突き出された黒刃の切っ先は、少年の胸の中央を捉えた。
 心臓を狙っての一撃。タイミングも角度も申し分なく、黒刃は標的を貫く。
 己の胸に吸い込まれたような黒刃に驚愕の表情を浮かべる少年。しかし次の瞬間、少年は霞のように消えた。黒刃は対人用にと鍛えられ、鋭利だが、人に突き刺さった手応えはない。ほぼ同時に少年は数歩先の後方に出現した。
 文字どおり何もなかった空間に出現した少年に、今度は彼の方が驚く番だった。驚愕する彼に向け、少年の手に握られたワイヤークローが投擲され、短剣のような先端が迫る。
 直線で飛ぶクナイなどと違い、こういった武器は弧を描く分速度が遅い。黒刃の短刀ではじき、再び間合いを縮めようと前へ出た彼は、直感的に気付いた。ワイヤーが不自然な動きをしている。肩越しにその先を追って、彼ははじいたはずの短剣がまっすぐ自分の背をねらってきていることに気付いた。
 攻撃を中止し、はじけるように直角で横へ跳ぶ。間違いない。ワイヤークローは通常ならざる動きをし、彼を追ってきている。まるでそれ自体が意思を持つかのようなそれにぞっときて、彼は変則的な動きをとるが短剣は執拗に彼を追ってくる。不可解な攻撃に彼は攻撃をあきらめ、距離をとって砂煙のなかへ消えていった。
「……ふう。驚いた」
 敵が退くのを見た榊 朝斗(さかき・あさと)鋼の蛇を引き戻す。敵に情けをかけるつもりはないが、あそこで踏み込んで追って行けば、こちらが罠にかかりかねない。気付けば囲まれていた、というのは避けたい状況だ。さっきはぎりぎりポイントシフトで対処できたが、あんな鋭い攻撃を全方位から受けたくなかった。
「ちびあさのフォローも期待できそうにないし」
 上を見上げたが、朝斗からもほとんどラージェスの姿は視認できない。それらしい影が見えるだけだ。ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の側からもそうだろう。この状態ではラージェスのブレス攻撃はできず、旋回するにとどまっている。
「ラージェスには上空からの攻撃を警戒してもらうとして……おかしいよ、これ」
 乱戦に巻き上がる土埃が目に入らないようにしながら、ぽつり、疑問を口にした。
「爆発が起きてからもう5分は経つのに、全然視界が晴れない」
 爆発はたしかにすごかった。土煙は頭上はるかにまで上がり、大量の土が降った。こうなるよう、あらかじめ計算されていたのは間違いない。
 それにしても、長すぎる。
「煙幕を焚いているのかもしれないわね」
 独り言のような朝斗のつぶやきに答えたのは、Y字のきわどい位置までスリットの入った、およそ修道服らしくない修道服吸血聖女の修道服をまとった女吸血鬼ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だった。
 退魔槍エクソシアをさながら己の腕の延長であるかのように自在に操り、黒装束の忍者たちを相手取っているが、彼女もまたこの視界不良に苦戦しているようだ。眼前の敵にばかり気を取られていると、思わぬ位置から攻撃を受けてしまう。味方の位置が掴めないため不用意に魔法が放てず、ちびあさにかけてもらったゴッドスピードがなければ危うかったことも1度や2度ではなかった。
 ざっと周囲を見渡す。彼らからそう遠くない位置では、エメラルド色の光を放つ翠玉の機晶姫アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が戦っていた。
 開戦と同時に上空へ上がり、近付く敵影にハーモニックレインを放ったが、やはりこの視界の悪さから早々に地上戦へと切り替え、咆哮によるレゾナント・アームズの力で朝斗やルシェンと連携して迎撃している。
 相手が東カナン騎士ということを知ったことから、あきらかに手加減をして殺さないよう努めているが、この状況に余裕が失われ、それも時間が経つにつれて難しくなってきているようだ。
「アイビス、危ない!」
 彼女の死角をついて攻撃を仕掛けようとしている敵を見つけて、鋼の蛇を放つ。しかしそのため自分の防御が遅れてしまった。
 朝斗を横方向から無数のクナイの雨が襲う。
「朝斗!」
 反対側を守っていたルシェンが黒檀の砂時計で加速し、盾になろうとするも間に合わない。
「……く!」
 朝斗は身をねじり、のけぞるようにしてクナイの進行方向から逃れつつ、真空波を飛ばしたが、全てを相殺するのは無理だった。彼がそうすると見越して打ち込まれていた、影矢と呼ばれる時間差のクナイが朝斗の顔面へ飛来する。
「朝斗ーーッ!!」
 ルシェンとアイビスは血の気の失せた顔で、地に倒れた朝斗の元へ駆け寄った。上半身を起こした朝斗は顔にあてていた手をはずす。手は赤く血に濡れていたが、傷は目をそれてこめかみをかするにとどまっていた。
「やってくれる…」
 ぺろりと手についた血を舐めとった口端が吊り上がり、三日月の笑みを刻む。
 闇人格:アサトだと、ルシェンは即座に気付いて伸ばした手を止めた。
「朝斗…?」
「大丈夫、僕だよ」アイビスのつぶやきに答えるが、視線は敵影に固定している。「にしても、既知の間柄と、ひとが手加減してやっていれば調子に乗って。本気で命を狙う覚悟があるっていうんなら、こちらも相応に相手をしてやるか…」
 垂れてきた血をぐいと乱暴にぬぐって立ち上がる。闇人格が目覚めているのは朝斗自身分かっていた。自分のなかの奥底からこみあげてくるモノと朝斗としての精神が共鳴を始めるにつれ、気分が高揚していく。
「無茶をしないで」
 ルシェンの言葉に、朝斗はわずかに首を傾けた。
「しないよ。そんなことするまでもなく、あいつら全員半殺しだ」
 武器を、より攻撃力のあるに持ち替え、シュタイフェブリーゼで3体の敵影に向かい突貫する。
 ルシェンとアイビスは互いに目を合わせ、うなずくと、朝斗に続いた。



 あちこちで剣げきや咆哮の声が響くなか、カイ・イスファハーンは数人の配下とともに走っていた。その道をつくるは彼女の部下たち。黒装束の忍者部隊である。彼らと目と手でやりとりをかわしつつ、彼らが切り開いた道を、標的ハリール・シュナワのいる馬車へ――。
「この先は行かせないわ!」
 立ちはだかったのはエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)だった。
「エレノア、気をつけて!」
 背後で傷付いた者たちへ回復魔法を飛ばしていた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)がそのことに気付き、あわてて応援する。
(かなり変則的な動きを得意とするみたいだから気をつけなくちゃ)
 果敢にも真正面から戦いを挑んだエレノアの、真上からの光を受けてきらりと銀色に輝くウイングソードとカイの黒刃の中刀を柄のところで合わせた独鈷杵のような武器がぶつかり合う。カイは力で押してくることはなかった。打ち合ったと思えばすぐさま跳び、クナイを投擲する。エレノアがそれをはじいている間に距離を詰め、エレノアの剣持つ手をねらってきた。
(! 速い…!)
 聞きしに勝るスピードだった。バーストダッシュを用いて後方へ逃げ、これをかわす。だが避けられたと思った次の瞬間にはもうカイは彼女の横にいて、掌底が脇腹へまともに入った。
「くうっ!」
「エレノア!」
 目を瞠る佳奈子の前、エレノアは激痛によろめく。カイは容赦なかった。体勢を崩した背中越し、心臓を串刺しにしようと、真上から独鈷杵が振り下ろされる。
(駄目、かわせない…)
 激痛のなか、それと悟ったエレノアが死を覚悟した瞬間。
「エレノアさん、そのまま伏せてくれ!」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)の声が、彼女を一瞬で正気付かせた。
 無理に起きようとするのをやめて、エレノアはその場に伏せる。直後、カイの背後からサンダーショットガンが火を拭いた。
 カイは攻撃を中断し、瞬時にその場から跳ぶ。
「エレノア、大丈夫!?」
 佳奈子が大急ぎ駆けつけた。その手にはもう命のうねりの光が生まれていて、脇腹を押さえて転がるエレノアにすぐさまそそがれる。
「ありがと、佳奈子。……やられちゃった」
 佳奈子は懸命に首を振る。
「あとで桂輔くんにお礼言おうね」
 そう言う間も周囲を意識し、警戒する佳奈子だったが、けがを負い戦意を失ったエレノアはすでにカイの標的ではなかった。彼女は馬車と自分の間に立つ桂輔を次なる標的と定め、撃破に向かう。
 わずかでも視界確保にならないかと桂輔は信号弾を打ち上げているが、やはり大気中の多量の微粒子に邪魔をされてかそんなに遠くまでは照ら出してくれないようだ。砂煙に邪魔をされ、遠距離の目視が効かないながらも両手に持つサンダーショットガンで彼らに対抗していた。
「ったく、たかが一般人の少女1人に大げさなやつらだぜ」
 最初から東カナンの騎士たちが相手と知っていればまた変わったかもしれないが、あの言葉を聞いてしまった。
『半分獣のきさまごときが巫女を名乗るな!! けがらわしい!!』
「……くだらねえ。掟か何か知らないが、あんなこと口にするようなやつらの好きになんざ、させられっかよ」
 そんなやつの言いなりになんか、なってたまるか。
 桂輔の憤りがこもっているかのような雷撃は白光を散らしつつ宙を裂き走り、カイの周囲の忍者たちを捉えて撃墜するが、カイには当たらない。まるで風神のごとき速度と反射神経で、桂輔の放つ雷撃はことごとくかわされた。
「ちッ」
 大分距離を詰められてしまった。目測した桂輔はすかさず撃破から足止めへと変更する。
 クロスファイアによる集中攻撃がカイを釘付けにした。
「アルマ、いまだ!」
「了解しました」
 サンダーショットガンの放つ雷撃の音にまぎれて、どこからともなくアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)の小さな声がした。
 声のした場所は、一見しただけでは人の姿は見えない。ただ木と草があるだけだ。目を凝らせば、わずかに空間がひずんでいるような、目の錯覚めいた違和感を感じるかもしれない。
 桂輔の呼びかけに応えて、アルマはかまえていたニルヴァーナライフルを発射する。ビームの光弾は光跡を残しつつ側面からカイへと迫る。
 着弾するかに見えた次の瞬間、カイは残像を残して消えた。
「なっ!?」
 驚く桂輔。アルマは冷静さを保ち、すぐさま融合機晶石【フリージングブルー】を使う。
 カイはあの1発で、正確にアルマの居場所を把握していた。次々と打ち込まれるクナイを避け、アルマはホワイトアウトを発動させた。吹き荒れる氷雪の嵐。そのカーテンを、カイは一刀に切り裂いた。
 目を瞠るアルマの眼前、着地したカイの強烈な足払いがアルマを地にたたきつける。後頭部をしたたかに打ちつけ、アルマは昏倒した。
「アルマ!!」
 それを目撃した桂輔は、身を起こしたカイにすぐさまサンダーショットガンを向ける。しかし意識が流れた一瞬、ほかの敵に対して彼は無防備となった。
 他方向から飛来したクナイがサンダーショットガンを持つ手に突き刺さり、桂輔の手からサンダーショットガンが落ちる。
「くそっ!!」
 もう1つのサンダーショットガンをクナイが来た方向へ向けた瞬間、彼は3方向から同時攻撃を受けていた。
「うわああああああっ…!!」



 またたく間に3人を片付けたカイとその影のような側近たちに、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はヒュウと短く口笛を鳴らした。
「さすがだな。まったく、見てるだけでぞくぞくくるぜ」
「なんだ? やつに惚れてるのか?」
 うれしそうな竜造を仰ぎ見て、佐和子は意地の悪い目つきでニヤニヤする。
「はあ!? なんでそうなる!?」
「なんだ、違うのか」
 芝居でなく、本気で竜造が面食らっているのが分かって、つまらなさそうに舌打ちをした。
「ケッ。下司な勘繰りしてんじゃねーよ。
 あいつを殺るのは俺だ。あんなやつらを相手に手こずるなんてあっちゃならねぇのさ」
 かつて相対したときのことを思い出して、竜造は渋面になる。相打ちには持ち込めたが、あのスピードのせいで前半は完全にやられっぱなしだった。再戦の機会を竜造は放棄していない。チャンスがあれば絶対にカイを打破し、その息の根を止めてやろうと決めていた。
(もっとも、あいつが俺のことを覚えてるかどうかすらあやしいがな)
 前のときは完全に忘れ去られていた。こっちはしっかり覚えていて、再戦目当てで東カナンくんだりまでやってきたというのに。もう笑うしかない。
 今回、同じ目的の殺し屋としてセイファ・サイイェルから紹介され、まるで水そのもののような、あの稀有な水色の瞳にカイ・イスファハーンの正体があの東カナン12騎士のカイン・イズー・サディクであると気付いた当初、この奇妙な共闘に愉快になったりもしたが、今は不満の方が強かった。
 ああして彼女と戦っている者を見ると、軽い嫉妬めいた感情にいらついてしまう。
(明日にはこれも片がつく。そうすりゃ晴れてやつに殺し合いを挑めるってもんだ。――ん?)
 立ちはだかる者を次々と突破していくカイの前方に現れた人影を見て、竜造は目を細めた。
 ふわふわの金髪を肩で切りそろえた肉感的な女性。あれは――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)