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リアクション
そして、タングートの都の郊外では、闇に紛れて堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)が小型飛空艇で調査を行っていた。
当初は、タングートにも、タシガンと同じようにソウルアベレイターがゲートを開いたものだと一寿は考えていた。そうであれば、まずはそのゲートを塞がねば、どうにもならない。
だが、実際には、今回はそういった輸送手段をとることもなく、ソウルアベレイターは直接戦力をタングートへと召喚しているようだ。
理由はわからないが、今回のタングートへの襲撃は、限られた手数でも十分と踏んだのかもしれない。
とはいえ……。
「……大きいねぇ。イコンくらいか……それ以上かもしれないな」
視界に、召喚された巨人が否応でも目に入る。砂塵と闇に紛れて、いや、闇そのもののように。小山のような大きさのそれに、一寿は用心深く目をこらした。
「…………」
息をのむほど、それは異様なものだった。
その周囲を、幽鬼たちが取り囲み、全体象はより薄ぼんやりと暗くなっているため、それ以上のことはこの距離では知り得ない。
ただ、大きく周囲を旋回して回った結果、どうやら相手は主に三方にわかれ、タングートを包囲しつつあるとわかった。
ソウルアベレイターは、三人と聞いている。そのため、三つに別れているのだろうか。
「もう少し近づけるといいんだけどねぇ」
一人ごち、一寿は一端小型飛空艇を着陸させた。
砂漠の柔らかな砂が、飛空艇を柔らかく受け止める。
あかあかと炎を焚いた珊瑚城の姿を背にして、一寿は目をこらした。……そのときだった。
「――!!」
無言のまま斬りかかってきた敵の刃を、一寿は間一髪で避ける。空振りにをした剣先は、そのまま砂へと突き立てられ、ビン……と震えていた。
「君は……」
仮面の男は、なにも答えず、剣を引き抜くと再び一寿へと向ける。張り詰めたような殺意だけが、伝わってきていた。
「カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)……」
闇の声に墜ち、操られているとは聞いていたが、実際に目にすると、改めてその別人のような姿は衝撃的だった。
「カールハインツ、本当に僕がわからない?」
呼びかける声にも、いらえはない。むしろ、再び迫っていた白刃から、一寿は己の身を守る他できなかった。
反撃はできない。同じ薔薇の学舎の生徒として、一寿にはとてもカールハインツを攻撃するなど考えられなかった。
しかも、一寿は今は、あくまで斥候として調査に来ただけだ。ここで単身で戦うことは、得策ではないだろう。
「ごめんね。でも、必ず助ける……!」
そう口にすると、目くらましの光を浴びせ、一寿は小型飛空艇に飛び乗ると、一気に宙へと躍り上がる。
カールハインツも、あくまで威嚇のために遣わされたのだろう。深追いはしてこなかった。
「……カールハインツ……」
彼のことも、報告しなければならないだろう。そう思うと、一寿の胸が、静かに痛んだ。
「どんな夢……見てるのかな」
三井 静(みつい・せい)はそう呟き、そっと青い石を見つめた。
レモの傍には、今は交替で見張りとして数人が付き添っている。静も、それに志願した一人だった。
アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)が用意していた猫耳メイド服姿で、部屋におかれた中華風の細い椅子に腰掛けている様は、どこか人形めいている。その、真剣な表情も含めて。
レモは夢を見ているのだと、共工が言っていた。過去の記憶を掘り起こし、もう一度取り戻す作業は、人が夜に見る夢に似ているらしい。
そういえば、自分は最近、どんな夢を見ただろうか。静はふと考えてみたが、詳細を思い出すことはできなかった。ただ、きっと。どんな夢だったろうと、傍らには彼がいたことだろう。
「静、あまり気をはりすぎるなよ」
三井 藍(みつい・あお)が、そう言いつつ、暖かい茶を運んできてくれる。彼もまた、タングートの悪魔たちに配慮し、アオザイのような長い丈の上着を着用していた。濃紺のそれは、藍によく似合っている。
「ありがとう」
礼を言って、薄い白磁の器を受け取りつつ、静は藍を見つめる。
そう。夢でも現実でも、彼……藍は、ここにこうしていてくれる。それを、信じられる。
だけど、それだけでは嫌だと思ってしまったのだ。
必要とする分だけ、必要と、されたい。大切に飾る人形でなくて、ともに手をとる人として見て欲しい……と。
そう、願ってしまった。
(……藍に守られるだけじゃなくて、僕が藍を守るということもできるのかな? そうしたら藍は、今までとは違う目で、僕も見てくれるかな……)
暖かいお茶は、微かに花の香りがした。火傷しない温度にまで冷ましてあるのは、おそらく藍の気遣いだろう。それを感じながら、静はそっと、茶器に口をつけた。
「早く、目覚めるといいな」
「うん」
藍の言葉に、静も頷く。
「戻って来たレモさんに、おかえりって言いたいな」
あの日、レモが絶望に泣いた姿を、静はまだ覚えている。それから、細い糸をたぐり寄せるようにして、立ち直り、決断をくだすまでを。
『もしもこれが罠で、僕が、正しく僕のまま戻ってくることができなかったら……必ず僕と、カルマを壊してね』
それが、眠る前の最後の頼みだ。
でも、そんなことにはならないと、静は信じたかった。
「きっと、レモはレモとして、戻ってくるから……」
「そうだな」
頷く藍は、同時にふと、異なる思いも抱いていた。
戻って来たレモは、それでも以前とは違うだろう。記憶を取り戻し、正しい装置の魔導書として覚醒したレモは、あの幼い、何も知らない子供ではない。
(カールハインツの望み、か……)
カールハインツが闇に墜ちたということは、噂には耳にしていた。他にも数人の地球人が、誘惑の声を聞いたという。
『貴方の望みはなに?』
カールハインツがなにを望んで、彼らに与したかはわからない。けれどももしかしたら、レモの加護という立場をなくして、彼のほうこそが弱っていたのかもしれないと、藍には理解できた。
もしも静が離れていったら。
その恐怖と不安は、いつだって藍をとらえている。いや、最近、さらに増したかもしれない。
それでも……。
この手を振り払われないうちは、絶対に静のそばに居る。彼のようになったら、きっと静が悲しむだろうから。
「レモが目覚めて、今のカールハインツに会ったら、どうするんだろうな」
ぽつりと、藍は呟いた。あくまでも独り言のつもりだった。
しかし、静の耳はその言葉を拾い上げていた。
想像をするように、少しの間があき、それから。
「怒って、それから……ちゃんと、僕自身を見て欲しいって、言うかもしれないね……」
静は、そう、答えた。
貴方なしでは生きられないわけじゃない。でも。
貴方なしでは、生きていきたくない。
同じようで、その違いは大きいのだ。
「…………」
どこか意味ありげな静の返答に、藍は沈黙する。
静寂のなか、レモの発する青い光だけが、ゆらゆらと漂っていた。
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