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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

リアクション

「ひるむな!! 進め!」
 勇猛果敢なタングートの悪魔たちの戦いぶりは激しいものだった。その一方で、巧妙に、手薄なある地点へ誘い込むため、翼の根元にあたる部隊は勢いに押されたかのように装いつつ、後退していく。
 その全体の指揮を執り続けているのは、共工の側近、相柳だった。
 手にした獲物と同じ鋭い刃のような身のこなしで、光と炎が炸裂する戦場を竜の背に乗り駆け抜ける。
「相柳様、かっこいい〜〜!」
 窮奇がヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の背後で思わずそう声をあげる。
 ヘルは『聖邪龍ケイオスブレードドラゴン』に騎乗し、周囲の状況把握に勤めていた。同じく連絡員としての任務をメインに任された窮奇も、『空飛ぶ魔法↑↑』の力も借り、ヘルのドラゴンに同乗している。
 タニアに勧められたことと、ヘルも女装していることから、窮奇の抵抗感は薄くなっていたし、なにより初めて見るドラゴンの種類に窮奇が興味を持ったせいだ。
 案外、好奇心はかなり強いらしい。
「呼雪も素敵でしょ?」
「……んー、まぁね」
 窮奇は、若干しぶしぶながらも頷く。
 機晶ドラゴンに乗り、羽織ったザクロの着物の裾をなびかせ、裁きの光を放ちながら戦う早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の姿は、まるで流れ星のようだ。
「男にしとくのは惜しい、かな」
「いやいや、男の子だから良いんでしょー」
「……あたい、タニアさんやマユは好きだけど、アンタとは趣味あわないわ」
 そう頬を膨らませつつも、軽口をたたき合える程度には打ち解けていることに、窮奇も内心では気づいている。ただ、そう簡単に、男相手に素直になれないだけだ。
 その間にも、戦況は変化し続けていた。
 いよいよソウルアベレイター陣営は、一カ所に固まりつつある。さらにここで奥へと誘い込み、総力をあげて叩かねばならない。
「この美しき都に穢れた魔物共は似合わぬ……早々にナラカにお帰り願おう。タングートに勝利を!」
 朱に染まる珊瑚城を背に、呼雪は高らかに叫び、軍勢の士気をあげる。その呼びかけに答え、悪魔たちは咆哮を上げた。
 身をよじり、のたうちながら進撃する巨人相手に、一人では到底太刀打ちはできないだろう。だが、呼雪たちは周囲の悪魔たちと協力し、少しずつながら着実に、巨人の体力を削り続ける。
 激しさをいよいよ増していく戦いのなか、呼雪は、心の中で語りかけていた。
 珊瑚城の奥で、たった一人、己との戦いを続けているだろうレモへと。
(レモ……人は誰しも、本当は自由なんだ。選択に見合った重さを背負う、それはお前も変わらない。どんな宿命を持って生まれたとしても、最後に選び取るのは自分自身だ。だから……俺達の自由は、誰にも侵させたりしない…!)
 この声は、届いているだろうか。いや、きっと届いているだろう。
 揺るぎない決意とともに、呼雪の指先からまた一矢、輝く光が放たれた。



 なにもかもが、順調に見えた。
 ……無表情のまま、冷徹に戦い続ける相柳を除いて。
「…………」
 この戦場に出てからというもの、相柳はある種の不快感を抱き続けていた。その感覚は、彼女の能力に影響を与えるほどのものではないが、例えるならば常にコバエにまとわりつかれているような、そんな不快さだ。
(……誰の仕業だ……)
 何者かが、相柳を狙っている。効果はさほどないにせよ、その悪意の根源には注意を払う必要がある。
 この馴染みのない感覚は、タングートの悪魔のものではないと言い切れる。ならば。
(ナラカの穢れた者たちの呪詛か……あるいは……)
 『闇の声』によって操られ、ソウルアベレイターの味方になっている者たちもいるとは聞いている。元からタングートの民ではない彼らならば、裏切りも寝返りもさぞかし容易なことだろう。
 相柳の薄い胸の奥に、疑惑の種が芽吹く。
 ――しかし、それこそが真の呪いだということまでには、彼女は気づくことはできなかった。

「こんなものかしら」
 アウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)が小さく呟く。
 タングートの、今や無人となった家屋の片隅に、彼女はいた。
 周辺には『インビジブルトラップ』が仕掛けられ、近づく者がいれば即座にわかるようになっている。だが、戦場と化したタングートの都で、この家屋に気を配る者などいない。
 アウリンノールは、ある顧客からの依頼で、ここで相柳への呪詛を行っていた。相柳の名前や姿は、顧客から知らされている。
 まだるっこしい手を使うな、ともちらとは思ったが、おそらくは呪詛払いへの対策だったのだろう。相柳はアウリンノールの存在を知らず、当て推量だけでは呪詛を跳ね返すこともできまいと踏んだのだ。
 しかし、実際には、アウリンノールよりも強い力を持つ相柳に対しては、呪詛そのものははかばかしい効果をあげることはできなかったようだ。
 とはいえそれも、アウリンノールにとっては、別になんら問題は無い。依頼は『呪詛』という行為に限られている。その結果までもは、指定されていない。彼女はただ、依頼を遂行し、完了すれば良いだけの話だった。
 後は、本格的に都が落ちる前に、脱出すれば良い。
 アウリンノールは立ち上がり、影のようにその場を立ち去る。
 その後のことなどは、アウリンノールのあずかり知らぬ話であった。