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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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 トトリを駆り、事件現場へ急行する島の警備隊――キンシたちである。
「そこの者たち、武器を置いて、手を挙げなさい!」
 キンシたちは銃口を彼らに向け、舞い降りる。
 あれだけ派手な戦闘をしていたのだから、だれかが通報していておかしくなかった。
「地上からの観光客か。着いた早々、派手にやらかしてくれたものだ」
 口端を歪ませ、隊長らしき女性が言う。
「大丈夫だ、セツ。きみは被害者で、襲っていたのがあの影たちだということは、見ていた島の人たちも証言してくれる。逮捕されることはない。すぐ解放してもらえるだろう」
 自分たちの影に身を隠して震えているセツを安心させようと、宵一が小声で言った。そして当事者であるリネンたちがキンシたちに事情を話す声がして、数名の隊員が目撃者への聴取に向かう。聴取を終えた隊員が報告し、リネンの話の裏付けがとれたことで宵一の言ったとおりに話が進みそうだと思われたのだが。しかしそれが彼らの早合点であることが、次の隊長の言葉で判明した。
「なるほど。ここで起きた騒動についてはおそらくきみたちの言うとおりなのだろう。
 だが、悪いが壁に背をつけて、一列に並んでくれ。別口から、きみたちのなかに手配犯ツク・ヨ・ミがまぎれ込んでいるのを見たという通報もあってね。あらためさせてもらう」
「手配犯? ツク・ヨ・ミ?」
 わけが分からない、と全員が顔を見合わせる。
 その瞬間、セツの顔からさーっと血の気が引いた。
 もう一刻の猶予もない。この場から逃げ出さなければ、捕まって伍ノ島へ連れ戻されてしまう。

 第二の襲撃者たちは、あるいはこの瞬間が来るのを待って、じっと息をひそめていたのかもしれなかった。

 周囲を見渡したセツの目に、細い路地からぴょこっと頭を半分だけ出して、赤い目で彼女をじっと見つめる白いぬいぐるみの姿が入った。
 浮遊島育ちのセツは知らなかったが、それはキュゥべえのぬいぐるみと呼ばれるぬいぐるみで、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)の式神の術により仮初の命を与えられた存在だった。
(ぬいぐるみが……動いてる……?)
 不思議さにじっと見入るセツに、キュゥべえのぬいぐるみはかわいらしく首を傾げる。そして、まるでついて来いと言うように、ひょこっと引っ込んだ。
「あ、待って」
 そっと宵一やウァールたちの影を移動して、路地へ入る。キュゥべえのぬいぐるみはひょこたんひょこたん、スキップを踏むように先を歩いていた。うす暗い道のなか、白くぼんやり浮かび上がったその体は、まるで不思議の国へと導く白ウサギのようである。
 キュゥべえのぬいぐるみはくるっと90度左へ曲がって、さらに側路へ入る。短い側路で、その先はまた別の通りのようだ。キュゥべえのぬいぐるみを追ってそこから出た直後、セツはパシュッと空気が抜けるような音を聞いたと思った瞬間、突然側面からぶつかってきた何かに押されて倒れた。
「何これっ」
 身を起こそうにも体に絡んだ網が重く、身動きがとれない。もがけばもがくほど網は絡まって、結ばれた重しがセツの動きを束縛していく。
「やったあ!!」
 快哉の声を上げる少年の声がした。
「うまく捕えることができましたね」
 玄秀の言葉に、スク・ナは満面の笑顔で「うん! バッチリ!」とうなずく。
「さあ、邪魔者が入らないうちに、拘束してしまいましょう」
「あなたたち! 何しているんだ!!」
 必死に口や肩を使って、ようやく口をふさいでいた布をはずすことに成功したエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が後ろから叫んだ。
「誘拐は、立派な犯罪だよ!」
「もごもごもごっもごー!」
 エドゥアルトと同じようにロープでグルグル巻きにされ、となりに転がされている千返 ナオ(ちがえ・なお)も、まだ口から布をはずせないながらも懸命に声を上げる。
 彼らは観光の途中、偶然この場を通りかかってしまった不運な2人だった。
 居合わせた料亭で彼らの会話を小耳にはさんだ玄秀の持ちかけたアイデアでツク・ヨ・ミ捕縛計画を練り、配置についていたスク・ナたちの姿に不穏な気配を察してやめさせようと近づいたところ、周囲を見張っていた式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)によって反対に捕まってしまったのだった。
「あなた!」
 エドゥアルトは体の向きをずらし、ナ・ムチへと訴える。
「あの子どもはともかく、あなたはこれがどういうことか分かるはずだ! あんな小さな子に犯罪を犯させて、それで平気なのか!?」
「もーーっもーーっもごーーっ」
 ナオも必死に足をばたつかせ、エドゥアルトと同じ意見であることを伝える。
「これは犯罪ではありません」
 憤るエドゥアルトとは対照的な冷静さで、ナ・ムチは答えた。
「あなたは何か勘違いをしているようですね。犯罪者は向こうです。おれたちは逃亡した犯罪者を捕えて、警備隊へ引き渡そうとしているだけです」
(……えっ?)
 壁の向こう側へ身をひそめ、エドゥアルトやナオの救助のチャンスをねらっていた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、思いがけない言葉を聞いてためらう。
 しかし、何かおかしいと思った。警備隊へ引き渡すだけが目的なら、わざわざあのぬいぐるみを使っておびき寄せる必要はないはずだ。あの緑の瞳の悪魔に警備隊へ通報させたままにするはず。あれはやはり、少年の周囲にいたコントラクターを抑止するための措置だったに違いない。
 島の少年2人がそれと気づいているかどうかは分からないけれど……。
(用心すべきはやっぱりあのコントラクターだな)
 そのとき、かつみの懸念を裏付けるように、玄秀がエドゥアルトに向けて言う言葉が聞こえた。
「あいにくと今、あなたたちのお相手をしている暇はありません。ですが、ご安心なさい。これが終わり次第、あなたたちの処理にとりかかってあげますから。そのときには、彼らの心配をする余裕などとうになくなっているでしょう」
 どう聞いても、これは殺害予告だ。
 ケータイやHCは情報攪乱で使えない。自分たちでどうにかするしかない。
(いくぞ)
 かつみの頭のなかで月崎 羽純(つきざき・はすみ)のテレパシーが響く。かつみがうなずくのを見て、遠野 歌菜(とおの・かな)が仕掛けた。

「きみたち、やめなさーいッ!!」

 シュトゥルム・ウント・ドラングで鍛えられた声は周囲によく響き、全員の目を引きつける。
 彼らの注目を受けるなか、魔法少女アイドル マジカル☆カナに変身した歌菜が颯爽と通りへ姿を現した。
 突然現れた芸能人もかくやのきらびやかな衣装の女性にスク・ナは心底びっくりし、ぽーっと目を奪われて、網にかけていた手をピタッと止めた。
「おねーさん、だれ?」
「シャンバラで活動中の魔法少女アイドル マジカル☆カナよ!
 事情はよく分からないけど、いきなり人に向かって投網するなんて、暴力はいけないわ! 今すぐやめるの!」
「でも、ツク・ヨ・ミは犯罪者――」
「相手がだれでもよ! 見て! あの子が凶暴な大男に見える? 何か危険な武器を手にしてるとか?
 よく見て! そんな子を相手に、きみは暴力をふるったのよ! それって、しちゃいけないことだと思わない?」
 頭ごなしに説教をされて、スク・ナのなかで確信がちょっと揺らいだ。
「そ、そう、かな……?」
「そうよ!
 だからこの子を網から出して、きちんと謝罪するの。網から出すのも乱暴にしちゃ駄目よ? うまくできたら、おいしいお菓子をたくさんあげる」
「えっ!? ほんと!?」
 その様子に、チッと玄秀は舌打ちを漏らす。
「シュウ、ここは退きましょう」
 脇からティアン・メイ(てぃあん・めい)がささやいた。
「あの声はかなり広範囲に響いたから、すぐにここへもキンシたちが来るわ。……コントラクターも」
 それは分かっていた。ナ・ムチたちはそれでもいいかもしれないが、目的を別とする玄秀はそうもいかない。
 この浮遊島群の最有力者への伝手を手に入れるためには、重犯罪者の娘を捕えて恩を売ることが一番の近道。キンシたちでは駄目だ。
「広目天王。行け」
 命令を下す玄秀の横顔に、彼の考えを読み取って、ティアンは目を伏せる。
 かつて、それが本心だとティアンも信じた。玄秀本人さえもそうと信じさせる嘘を、どうしてあのころの自分が見抜けただろう?
(あなたは、自分にすら嘘をつくのが上手なのね……。
 本当は過去の自分を重ね合わせて、恨みや怨念を抱えている人の想いを果たさせたいだけなのでしょう?)
 玄秀からの命令に、広目天王は忠実に行動した。
 2本の触手植物の蔦が歌菜の手足に巻きつき拘束し、しゅるっと首に巻きつく。
 だが次の瞬間ポイントシフトで後ろに現れた羽純が蔦をすべて切断した。
「大丈夫か、歌菜」
「……うん。羽純くんのおかげで、へーき」
 体に絡まったままの蔦を払い落とす。彼らに死角へ回り込んだ広目天王がグラットンハンドで仕掛けたが、羽純の聖槍ジャガーナートがこれを防いだ。
 羽純が攻撃を防いでくれているうち、態勢を整えた歌菜がエクスプレス・ザ・ワールドで無数の槍を生み出して広目天王へぶつける。広目天王が劣勢にあるのを見て、玄秀がアシッドミストを放とうとしたときだ。
「やらせませんよ!」
 猛烈に腹を立てたナオが、ロケットスタートで玄秀にタックルをかけた。
 歌菜が注意をひいてくれているうちに、壁抜けの術で彼らの背後へ回ったかつみがロープをほどいていたのだ。
「これ以上、あなたたちの好き勝手にはさせません!! さあ動かないでください!!」
 馬乗りになって、覚醒型念動銃をつきつけようとする。その手に向かい、ティアンが蹴りを放った。覚醒型念動銃は宙を舞い、ナオはパッと後ろへ距離をとる。
「立って、シュウ」
 かつみたちへ威嚇の剣を向けながら、ティアンが引っ張り起こす。しかし彼らが劣勢にあるのは間違いない。前後をかつみたちと歌菜たちで挟まれている。形成は逆転し、このまま彼らに捕まってしまうかに思えたときだ。
「大丈夫? もう安全よ」
 歌菜の力を借りて、網から救い出されたセツの胸元から、あの例の金属の棒がこぼれ落ちた。
 チン、と地面に落ちて転がったそれを、ずっと物陰に隠れて様子をうかがっていたキュゥべえのぬいぐるみがさっとくわえ上げる。
「あっ!」
 セツや歌菜たちが驚いている隙に、キュゥべえのぬいぐるみは歌菜の足の間を走り抜けてしまった。
「待って! かえして!」
 足をもつれさせながら立ち上がり、セツはキュゥべえのぬいぐるみを追って走る。
 玄秀の目が光った。
「撤退する!」
 振り切られた手から、アシッドミストが飛散した。同時にティアンが煙幕ファンデーションを道にたたきつける。噴出した煙があっという間に周囲に拡散した。
 迫る酸の霧に、羽純がアブソリュート・ゼロで氷壁を生み出して囲い、霧と煙幕を閉じ込める。
 この場にいる全員がそちらに気を奪われているその間隙を縫うように、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が疾風迅雷で彼らの脇を駆け抜けた。
「あれっ? 揚げ肉まんのねーちゃん」
「世話のやける子どもねっ」
 あきれ声でそう言いつつも、小脇に抱えたスク・ナを見るデメテールの目はやさしい。
「フハハハハッ! スク・ナはわれわれがたしかにもらい受けた!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の小気味よい高笑いが消えたころ、入れ替わるようにこの場にキンシやコントラクター、ウァールが踏み込んだ。
「ここにもいない……。
 ねえ! これっくらいの背丈の、帽子かぶった少年を見なかった!?」
 ウァールの勢いに気圧されつつも、かつみはうなずく。
「いたよ。向こうへ走って行った。……あの子、追われているみたいだね」
「ありがとう!」
 ウァールは走りながらバックパックから引っ張り出したトトリのひもをほどくと、トトリに飛び乗り空へ舞い上がった。