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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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■第13章


 そこは広間と呼べるほど広い部屋だった。
 窓という窓にはすべて重い鎧戸が落とされ、あかりはろうそくが灯された朱塗りの雪洞が申し訳程度に四方にあるだけで、到底足りない。
 しかしこの部屋の主はそんな些細なことなど気にもとめている様子はなく、どかりと片胡坐をかいて暗闇にいた。
 一見、彼は少年に見えた。
 棒切れのような痩躯は関節が目立ち、ゴツゴツとしていて、丸みはどこにもない。闇のなか、頬づえをついた口元が笑んでいるのが分かるのは、彼自身がほのかに光を発しているからである。ただし、よくよく見れば、燐光を発しているのは頭の天辺から足の指の先まであます所なく巻かれた呪符に書かれた呪文であることが分かる。唯一双眼だけが露出していたが、すべての光を吸い込んで外へと漏らさない闇渦巻く瞳は、暗闇にありてぼんやりと白く浮かぶ体のなか、ぽっかりと穴があいているように見え、彼の不気味さ、うす気味の悪さをますます強調していた。
 少年は、頬づえをついている方とは別の手の人差し指を立て、くるくると何かを回転させている。

『うぬは余を謀っておるのか』

 言葉は理解できなかったが、その意は異音の響きで頭中に直接響く。
 たとえるならば、水面に落ちた水滴が生み出す波紋のような感覚か。広がる波紋はどこか楽しげに震えている。
 事実、先からその口元は笑んでいて、言葉を発する間もあとも変わらない。
 だが、だからといって、向けられた側は到底それに安堵はできない。
 彼は野生の獣と同じ。体に触れさせた次の瞬間、その手に牙を突き立てないと、だれが保証できるだろう?
 人の姿を模し、人のように言葉を操り、人のように豊かな所作を行い、使い分けるが、必ずしもそれが人と同じ感情から発しているとは限らない。
 しょせんは人真似。
「…………」
 平伏し、床に額をこすりつけるほど頭を垂れたまま沈黙する。

『愚弄しておるのだな』

 カシャン、と音がした。
 少年が回していたペンダントが床に落ちた音だ。少年は立ち上がり、それをかかとで踏み割った。

『これがただの鏡ということに余が気づかぬのに賭けたというわけか。
 返を許す。言うてみよ』

「直答のお許しをいただき、浅学非才の身ながら申し上げさせていただきます。それは真実伍ノ島太守コト・サカ・ノ・オが首から下げていた神器マフツノカガミに相違ありません。このヤタガラスが彼奴めの息を止め、奪ったその手でタタリ(廃神)様の元へ届けさせていただきました。思いまするに、彼奴めが――」
 は最後まで言い切ることができなかった。
 まるでゴム製であるかのように突然少年の上半身がぐいんと伸びてヤタガラスの上まで到達すると、巨大な口を開き喰ったのだ。
 ばつん、と音がして、ヤタガラスは腰のところで断ち切られた。

『くそまずいな』

 クチャクチャと咀嚼して、飲み込み、タタリは笑顔のまま元へ戻る。

『うぬのヤタガラスはまったく熟成できておらぬ。灰を食ろうておるようだ。このような輩では子どもの使いにもならぬは道理か』

 は何も答えられなかった。
 遠距離にいるの言葉を伝えていたヤタガラスはタタリに喰われてしまった。こうなってはただタタリの言葉を聞いているしかほかにない。
 しかしタタリは何も口にしなかった。ヤタガラスを喰ったことで、会話は終わったということだろうか。
 耳に痛い沈黙のなか、だがはタタリが何を考えているか、言葉で聞いたようにはっきりと悟ることができた。


 もはや彼奴めにばかり任せてはおれぬようだ、と。