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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第38章


 上空にオオワタツミの巨体が顕現しているせいで、いまや肆ノ島は暗い陰りに覆われていた。全身を覆う鱗(うろこ)1枚1枚に浮かび上がった黒い死霊の影が怨嗟の声とともに吐き出す闇が暗雲のようにじわりじわりと広がって、さらに勢力を拡大しようとしている。わずか十数分で、オオワタツミの巨体のほとんどが隠れてしまった。
 もはやどこからも青空は見えず、ただただ暗い瘴気の闇が重苦しくたちこめて、空を閉ざしている。それは、まるでこれから浮遊島群に降りかかる災いを暗示しているかのようだった。


「うそ……だろ……?」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)とともに崩落した廊下の天井の瓦礫をよじのぼり、外へ脱出したウァール・サマーセット(うぁーる・さまーせっと)は、そこに広がる光景に言葉を失った。
 巨大な龍が、まるで肆ノ島の空を覆い尽くさんばかりにその巨体を広げている。その龍にウァールは見覚えがあった。あのときはもう少し小型だった気がするが……人型になれるのだ、小さな龍にもなれるのだろうという考えが浮かんで、すとんと納得した。
 あれは間違いなく、オオワタツミだ。
「雲海の龍……」
「ウァール」
 その威容にすっかり気を抜かれてしまったかのようにじっと見入ってしまっているウァールの袖を引っ張って、リイムはなんとか正気に返そうとする。リイムとしては、いつ随身や外法使いたちに見つかるとも知れないこんな目立つ場所にいつまでも立っているのは、気が気でなかった。
 事実、下の方で瓦礫を踏んで歩く足音がする。
(ウァールは僕が守るでふ!)
 足音はすぐそこまで迫っている。リイムが気負って己の武器に手を伸ばしたとき。
「リイム、ウァール、そこにいたのか」
 コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)を連れた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が瓦礫の壁の向こうからひょこりと現れたのを見て、リイムは一気に脱力した。
「リーダーだったでふかぁ……」
「ん? なんだ?」
 最初のうち、リイムが脱力している意味が分からなかったが、リイムがウァールをかばうように前へ出ているのを見て、宵一はすべてを察した。
「……そうか。リイム、おまえずい分勇ましくなったものだな。名付け親兼育ての親として嬉しい限りだ」
「リーダー?」
 妙にしんみりとした口調に、わけが分からないとリイムは小首を傾げて宵一を見上げる。
「っと、今は感動している場合じゃあないな。オオワタツミを何とかしなければ」
「えっ? リーダー、あんなと戦う気でふか? なんとかなるんでふ?」
 勝算があるんでふか?
「なんとかならないかもなぁ」
 正直、死ぬかもしれない。
「リーダー?」
 また妙なことを言い出したと、眉を寄せて怪訝そうな目で見てくるリイムの頭に、ぽんと手を乗せた宵一は、そのままやわらかなくせっ毛を掻き回した。
「リーダー、やめ――」
「もしそうなるなら、それもまた俺の宿命(さだめ)ってやつだ。
 俺が死んだらおまえが神狩りの剣を継いでくれ」
 言葉とともに、リイムの前に宵一の神狩りの剣が突き立てられた。
「リーダー! 縁起でもないでふよ! 第一、剣なしでどうやって戦う気でふか、リーダー!」
「俺にはこいつがいる。なあ、コアトー?」
 宵一に名前を呼ばれて「みゅ〜」と鳴いたコアトーの体が光に包まれた。そのまま光に溶け込むように輪郭線をぼやかせたコアトーは、次の瞬間には宵一の手に白く輝く刀身の刀として収まる。「白蛇・裏式」化する前、もう一度「みゅ〜」と鳴いたコアトーが何を言いたいか察して、宵一は「ああ、分かってる」と刀に向かってつぶやいた。
 はぐれたリイムを捜しているとき、何かを考え込んでいるふうだったコアトーがいきなり
「あまり、無理はしないでみゅ〜?」
 と言ってきたのだ。
 あのときすでにコアトーは、宵一が死ぬ覚悟でオオワタツミと戦うつもりでいることを察していたのだろう。――それが最近某魔鎧娘から聞かされた宵一ドM疑惑に端を発しているとまでは、宵一もさすがに見抜けなかったが。
「いいか、リイム。頼んだぞ」
 コアトーを手に、宵一はプロミネンストリックで空中に浮かび上がってその場を去る。
「リーダー……」
「あいつと一緒に行ってもいいんだぞ? リイム」
 後ろ姿をじっと見守るリイムの、どこかしょげたように落ちた肩を見て、ウァールが言った。
「俺は1人でも大丈夫だからさ。心配なんだろ? 宵一さんのこと」
 リイムはぷるぷるっと首を振る。
「いいんでふ。それに、どっちが心配かって言ったら、ウァールの方が心配でふよ。ちっとも剣が扱えないんでふから」
「あ、言ったな。そりゃ、ナイフはまだよく扱えないけど教わった以上は練習してるし、それにおれ、リイムからもらった銃ちゃーんと持ってんだぜ?」
 ウエストポーチから小型の片手銃を取り出して見せる。ツク・ヨ・ミの持っているのと同じデザインの、ウァールの手の大きさに合わせてリイムがつくったオーダーメイドの閃光銃だ。それをまじまじと見つめて、リイムは言った。
「ウァール……逃げてもいいんでふよ? ウァールは剣士でも銃士でもなくて、コントラクターでもない、ただの男の子なんでふから。浮遊島群の人でもなくて、無理して戦う理由なんてないんでふ」
 むしろリイムはそちらを選んでくれることを望んでいた。守るけど。絶対、ウァールのことは何がなんでも守るつもりだけど、でも、やっぱり危険だから、できるなら逃げてほしい……。
「リイム」
 ウァールが何か返答をしようとしたときだった。

「変っ身っ! 鎧気着装!!」

 雄々しく勇ましい声が崖となった瓦礫の下の方から聞こえてきて、ウァールは言葉を止めた。そのまま崖の端まで行って下を覗き込んだウァールとリイムの目を強い白光が射る。それでも光のなかに風森 巽(かぜもり・たつみ)らしき男性がいるのが見えたと思った一瞬後にはその男性の姿は掻き消えて、そこには赤いマフラーを向かい風になびかせる、特撮ヒーローそのものの格好をした男がいた。
「蒼い空からやって来て、緑の大地を護る者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 決めゼリフとともにポーズをとったソークー1は、次に背中の翼ツァンダースカイウィングを広げて一気に空へと舞い上がる。その軌道はまっすぐ、上空のオオワタツミへ向かっていた。
「すげー! かっけー!」
 晴れやかな顔でヒーローの雄姿を見送ったウァールは、リイムにその笑顔を向ける。
「リイム。おれね、たしかにリイムの言うとおり、戦う理由はないと思う。だからおれは、戦うために行くんじゃないんだ。おれは、どうしてもあいつに言いたいことがあって、それを言うために行くんだよ。あいつ、あんなにデカいからさ、鼻先で怒鳴ってやらないとおれの言葉なんかまともに聞こえないだろ?」
 ウァールの返答にリイムは満足そうにうなずき、剣を持たない方の手を伸ばした。
「さあ行くでふよ、ウァール。行って、がつんと言ってやるでふ」
「……ああ! がつんとな!」