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図書館の自由を守れ

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図書館の自由を守れ

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3日目 火曜日




 放課後・図書館・学術書区画。
 学術書区画の奥。左右に並ぶ書棚の間で、とある計画が進行していた。
 そこには数人の生徒が集まっている。

 支倉遥(はせくら・はるか)ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)
 羽入勇(はにゅう・いさみ)
 荒巻さけ(あらまき・さけ)
 尾身坂ナツキ(おみさか・なつき)
 菅野葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)
 天津輝月(あまつ・きづき)ムマ・ヴォナート(むま・う゛ぉなーと)

「さて、まずはおさらいだ」
 書棚に立てかけたホワイトボードを、支倉遥はばんっと叩いた。
「今回の容疑者は新任の図書館司書柳川さつき。25歳、独身」
 ホワイトボードには、先生の写真が貼られている。写真の提供者は羽入勇だ。
「黒縁眼鏡の似合うもっこり知的美人とは某スイーパーの談だ」
 どこか芝居がかった調子で、遥は朗々と語った。
「……しかし、本当に美人ですね」
 いつもの口調に戻り、遥はしげしげと写真を見つめた。
「あ、昼間男子に口説かれてるのを見た」
 と言ったのは、尾身坂ナツキである。
「本当ですか? 先生を口説くなんて骨のある生徒もいるんですね」
「上手くいってるようには見えなかったけどね」
 彼らは図書館解放のために動いている生徒である。柳川先生説得の外堀を埋めようと、先生にまつわる情報を収集しているのだ。基本的には単独行動する彼らだが、時折こうして集まり情報を交換している。
「それでは、各自報告をお願いする」
 遥のパートナー、ベアトリクス・シュヴァルツバルトが言った。


「ボクは先生の関係者を洗ってる所だよ」
 そう言うと、羽入勇はホワイトボードに関係者の写真を貼り付けた。
「キミ達も噂で聞いてると思うんだけど、先生は学生時代本が好きだったって話だよね。とすれば、やっぱり卒業してから何かがあったと思うんだ。それで、先生の友達に電話して訊いてみたんだけど……」
「どうだったんです?」
 身を乗り出し遥が尋ねると、勇は難しい顔をして唸った。
「……何もなかったんだよね」
「そうなんですか……」
「ただ、今回の事件の事を話したら、みんなビックリしてたんだ。あり得ないって」
「それ、私も言われた」
 ナツキが言った。彼女もまた関係者から情報収集しているのだ。
「あんなに本が好きな子がそんな事するはずないって、みんな口を揃えて言ってたわ」
「うん。病的なまでに本が好きだったって、証言もあったしね」
「でも、そんな人がこんな騒ぎを起こすわけないし……」
「だったら、やっぱり何か理由があったって事になるんだけど……」
「勇ちゃん。なんて言うんだっけ、こういうの?」
「……堂々巡りって言うんじゃないかな」
 二人は揃ってため息を漏らした。


「じゃあ次は、僕の報告を聞いてください」
 菅野葉月は立ち上がり、ホワイトボードの前に出た。
「僕も二人と同じで、何かがあったと思ったので、情報を集めてました」
「でも、何もなかったよ?」
 肩を落としながら、勇は言った。
「まあ、聞いてください。僕はそれが恋愛がらみだったんじゃないかって思ったんです」
「失恋と言う事ですか?」
 そう訊いたのは、遥だ。
「ええ。人知れず片思いしていたなら、関係者に心当たりが無いのも頷けます」
「……そういえば、昼間も男子にそっけなかったわね。あのクールな言動もその反動なのかも」
 葉月の言葉と昼間の様子を照らし合わせ、ナツキは納得がいったようだ。
「なにそれ。恋に臆病なライオンちゃんってわけ?」
 口を開いたのは、葉月のパートナーであるミーナ・コーミア。
 さっきから、ムシャムシャとフライドポテトをほおばっている。
「ちょっと、ミーナ。それ臭いんだけど……」
 漂うジャンクフード特有の油臭に、ナツキが抗議を示した。
「だって、ワタシ。あんまりこの件に興味ないんだもの。食べなきゃやってらんないわ」
「……なんか、すみません」
 ミーナに代わり、葉月がお詫び申し上げた。
「それで、恋愛がらみだって、確証は得られたんですか?」
 興味津々と言った面持ちで、天津輝月が尋ねた。
「いえ。残念ながら……。この件はまだ調査中です」


「では、次は私……、と言いたい所ですが」
 ベアトリクスに視線を向け、遥は言葉を濁した。
「とある計画があるんですが、決行は明日です。報告はしばしお待ちを……」
「なら、私が報告をさせて頂きますわ」
 荒巻さけは立ち上がり、ホワイトボードにリストを並べた。
「私は本のほうを追っています」
「本?」
 言葉が示す所がわからず、輝月は首を傾げた。
「もしかして、何か隠したいものが本にあるのではないかと思いまして」
「つまり……、それを隠蔽するために今回の撤去に踏み切ったと?」
「そう言う事です」
 先ほど、並べたリストは柳川先生の借りた本のリストである。図書委員に頼んで、貸し出し履歴をコピーしてもらったのだ。ただ、調べるにしてもその量は膨大であった。今、並べたリストも一部であり、先生の借りた本は二千冊以上もある。彼女は年に五百冊は本を読むのだ。
「何が隠されてるかはまだわかりません。ですが、興味深い事実を発見しました」
 そう言って、さけはリストの一部を示した。
「この騒動が起きる一週間前に、先生は娯楽図書を借りてるんです」
「え……、ええーっ!」
 思いがけぬ真実に、一同は思わず声を上げてしまった。 
「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ、なんで先生はいきなり娯楽図書禁止なんて……」
 ナツキは動揺しつつも、頭をフル回転させ状況を把握しようと務めた。
「と言う事は、司書になるまでに何かあったって線は消えるわね」
「そ、そうだね。何かあったのはごく最近の事だよ」
 ナツキの考えに、勇も同意を示した。
「ええ。これで調査の方向も絞られてきたと思いますわ。あと少し手がかりがあれば……」
 そう言って、さけは報告を残す最後の一人に目を向けた。


 最後の一人である輝月は、ニコニコと微笑んでいた。
「……おい。おぬしの番だぞ」
 パートナーのムマ・ヴォナートが、輝月の脇腹を突ついた。
「ああ、ごめんなさい。みんなの話が面白くつい聞き入っちゃいました」
「面白いって……、みな真剣に考えていると言うのに」
 実の所、図書館にまつわるこの騒動に、輝月はさして感心がなかった。関心があるのは『柳川先生の秘密を探る』というただ一点である。面白ければオールオッケー。そんな信念を持つ輝月らしいと言えば、輝月らしいのだが。ムマにしてみれば、パートナーが面白半分でここにいるのは、肩身が狭い事である。
「まあまあ。ちゃんと調査はしましたから」
 そう言うと、輝月は立ち上がった。
「自分は柳川先生の担任だった先生を調べてました」
「先生の昔と今を知る人か……。それは有益な情報を得られそうだな」
 ムマが言うと、輝月は微笑んだ。
「じゃあ折角ですから、みんなで会いに行きましょうか」
 輝月は窓辺に立ち、眼下にある学生活動家テントを見下ろした。
「ちょうど近くにいるみたいですし」



 夜・図書館前テント。
「それで、話と言うのは?」
 そう言ったトアル先生を囲むのは、先ほどの学術書区画の一同であった。
「あ、そうだ。おいしいお饅頭があるんだよ。みんなで食べようか」
「いいですいいです。お話を伺ったら、すぐに失礼しますから」
 輝月が申し出を断ると、トアル先生は残念そうに饅頭の箱をしまった。
「先生が柳川先生の担任だったと聞いてきたんですけど……」
「ああ。もう何年も前の話だが、確かに柳川さんの担任を務めていたよ」
「学生時代の柳川先生ってどんな生徒だったんですか?」
 輝月の質問を受けて、トアル先生は「うーん……」と唸った。
「今とあんまり変わらないと思うよ?」
「しかし、先生」
 口を開いたのはムマである。
「昔の柳川先生は読書好きだと聞いている。今とはいささか違うのではないか?」
「今でも彼女は読書好きだと思うんだが……」
 トアル先生は首を捻った。他の一同もつられて首を捻った。
「……なんだか微妙に話がすれ違っている気がするんだが、先生」
「どこですれ違ったんだろうねぇ」
「先生も図書館の件をご存知だと思うのだが……?」
「ああ。彼女が本を片付けちゃった話だろう?」
「おかしいではないか。何故、本が好きな先生がそんな事をするんだ?」
 ムマがそう言うと、トアル先生は視線を泳がせ、やがて回答に至った。
「ああ、なんだ。そう言う事か」
「あの、何がわかったんですか?」
 葉月が訊くと、先生は笑いながらこう言った。
「君たちは大きな勘違いをしているね。先生が本を嫌いになったってね」
「そうじゃないって事は……、先生は今も本が好きって事ですか?」
「ヒントは好きなのに、どうして遠ざけようとしているか……、かな」
「うー。好きならそばに置いとけば良いじゃない」
 そう言って、ナツキは頭を抱えた。
「勿体ぶらないで、そろそろ教えてくださいよ、先生」
「それはダメ」
「……ケチだなぁ」
 ぼそりと呟いたミーナだったが、トアル先生に優しく見つめられて、口を閉じた。
「折角、人の気持ちを勉強出来る機会なんだから、ちゃんと向き合いなさい」
 そう言って、トアル先生はニッコリ微笑んだ。