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図書館の自由を守れ

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図書館の自由を守れ

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6日目 金曜日




 放課後・図書館前テント。
 学生活動家テントに人影はなかった。
 彼らの生活の跡がそこに残されているだけだった。散らかった空き缶。積まれたゴミ袋。脱ぎ捨てられた服。転がった寝袋。火を起こした跡。これは同時に彼らがこの数日戦った証でもあった。
 数分前まで、多くの生徒たちで賑わっていた。学生活動家チームと署名活動チームが議論を重ね、柳川先生の調査チームが情報を持ち寄り、他の生徒たちはサポートにまわり彼らを支えた。そんな戦いも今日が最後となる。何故ならば、今日が決戦の時であるからだ。
 彼らはそれぞれ答えを見いだし、この地を後にしたのであった。

「ひまねぇ……」
 いや、一人だけ残ってる人間がいた。
 ミーナ・コーミアだけは、まだテントでだらだらしていた。
 この数日、互いに協力し合った仲間であるが、やっぱり彼女にそこまでの情熱は生まれなかったのだ。
 ミーアはあくびをしながら、テントの外に出た。
「何かしら……?」
 目の前を不思議な扮装をした生徒たちが通り過ぎていった。
 翁面をかぶった生徒。花粉症マスクを付けた生徒。三角巾をかぶった掃除の人。
 なんともとりとめのない集まりであった。
 彼らは図書館へ向かって歩いて行く。
「仮装パーティー的な?」
 ミーアは不思議に思いつつも、暇なので出かける事にした。
「ハンバーガーでも食べに行こうかな」
 不用意なこの行動。彼女が方向音痴を自覚する日はまだ遠そうだ。



 放課後・図書館。
 図書館の放送室は普段あまり使われる事がなかった。なにせ静寂がモットーの施設である。人が来るのは朝と夜の二回だけ。朝、定時放送のテープをセットして、夜、テープを巻き戻して取り出す。それだけである。だが、この雑なシステムのおかげで、彼らの作戦は可能となったのだ。
「……開いた」
 施錠された扉を、蒼空寺路々奈(そうくうじ・ろろな)は火術で破壊した。
 図書館の三階に位置する放送室は、なかなかにきれいなものだった。
 おそらく人が使っていない所為もあるのだろう。
「いいわね。なんだかスタジオっぽくて」
 放送のための操作危機を一瞥し、路々奈は言った。
 彼女は花粉症用の眼鏡とマスクを装着している。
 彼女は図書館制圧と言う、重大な校則違反を犯そうとしているのだ。顔バレ防止のため、マスクを用いて顔を隠すのはわかる。だが、この花粉対策スタイルは怪し過ぎて逆に目立っていた。誰かに呼び止められなかったのが不思議であり、奇跡だったのは言うまでもない。
「大丈夫、人の気配はないです」
 路々奈のパートナー、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)は、廊下を見回し安全を確保した。
 ちなみに彼女は瓶底眼鏡とマスクを着用。やはり目立っていた。
「こちら、蒼空寺。放送室、制圧完了。どうぞ」
 路々奈はトランシーバーに向かって連絡を入れた。
『こちら、クレスティア。配置完了』
『こちら、ヴィリオーネ。移動中』
『こちら、榛原。待機してますよ。始めてください』
「さて……」
 席に座って、機材をざっと眺めた。
 持参した愛用のギターをケースから取り出し、放送室の機材に繋いでいった。
「何してるんです……?」
 まるでライブ前のような様子に、ヒメナは思わず尋ねた。
「何って、退館勧告にはやっぱ『蛍の光』でしょ?」
「ギターバージョンなんて大丈夫ですか……?」
「大丈夫。原曲を超えてみせるわ」
「そうじゃなくて……」
 ヒメナは「怪しまれないか?」と言いたかったのだ。
 ふと、ヒメナは窓の外に目を向け、重要人物の姿を発見した。
「た、大変です!」
「どうしたの?」
「移動物体を光学で補足……、パターン青! 司書です!」
 何かに影響された調子でヒメナは報告した。
 眼下の道を柳川先生が歩いているのを見つけたのだ。
「良かった。離れて行きます」
「調査通りね。この時間。先生はティータイムだから」
 そう言うと、路々奈は機材のスイッチを入れた。
「マイク、これでいいのかな……?」
 セッティングを確認し、路々奈は作戦の開始を告げた。
「ライブスタート!」


 図書館二階。
 放送が流れ始める中、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は行動開始のタイミングを計っていた。
『マイク、これでいいのかな……? ライブスタート!』
「……すっごい聞こえてるよ、路々奈ちゃん」
 カレンはイルミンスールに在籍する他校生だ。
 今回の騒動で撤去された本の中に、カレンが読んでいた子供向け冒険小説があり、その続巻を取り戻すため、本作戦に協力しているのだった。ちなみに蒼空学園の制服を着て、胸には図書委員のワッペン付け、彼女は蒼空の図書委員になりすましている。
『これより臨時の図書館第清掃を開始します。利用者のみなさんは速やかに退館してください』
 退館勧告が出されると、ロックテイストの蛍の光が流れ始めた。
 時折見せる細かい技巧に、路々奈のこだわりを感じるアレンジだ。
 これを合図にカレンは行動を開始する。
「今から臨時で図書館大掃除を行いますので、今日はもう閉館だよ〜」
 放送にやや混乱気味の生徒たちに、直接退館を促した。
「掃除の邪魔ですので、さっさと出てってね〜」
「……なあ、カレン。ちょっといいだろうか?」
 ふと、口を開いたのは、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)である。
「どしたの、ジュレ?」
「我は一体何をすればいいのだ?」
 ジュレールこと、通称ジュレ。
 彼女は三角布巾、はたき、雑巾と言った三種の神器を装備していた。
「簡単な事だよ。要は『本屋で立ち読みをしている客を、店主が追い出す要領』だよ」
 そう言ったカレンは、奥の区画に居座る生徒を発見した。
「ちょうど良い所に、ちょうど良い獲物が……。ジュレ!」
「ああ。本屋で立ち読みをしている客を、店主が追い出す要領だな」
 ジュレは奥の区画に行くと、ペラペラと本をめくってる生徒の前に立った。
 すると、生徒は顔を上げ、ジュレに目を向けた。
「あの何か……?」
 しかし、ジュレは答えない。
 これぞ本屋流退客術の一つ、『無言立ち』である。
「……変な人だな」
 そう言うと、生徒は再び本に視線を落とした。まだ居座るつもりのようだ。
 ならば次の技が必要である。
 はたきで後ろの書棚を掃除するフリをして、ジュレは生徒にはたきの洗礼を浴びせた。
「ちょ、ちょっと。やめてください!」
 これぞ本屋流退客術の一つ、『暴れはたき』である。
 だが、これでも生徒は帰らない。
「向こういこっと……」
 生徒は他の椅子に座り、また本を読み始めた。
「なかなか我慢強い奴だな……」
 ジュレは呟くと、今度は頭に雑巾掛けをした。
「うわっ!」
 これにはたまらず生徒は退散していった。
 ちなみにこれは本屋流退客術ではない。本屋がこんな事をしたら訴えられる。


 図書館二階、別区画。
 退館する生徒の波を押し分け、ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)は走った。
 ヴェロニカもまた他校に在籍する生徒だ。在籍するのは百合園である。
 彼女は貴重書書庫送りとなった、百合園にはない過激な本を求めて、作戦に協力しているのだった。
 彼女の変装は、ハンカチで口元を覆うと言う、シンプルなものである。
「よし。ここも戸締まり完了でございます」
 彼女の担当は図書館の防衛力を確保する事。と言えばすごそうだが、実際は戸締まりだ。だが、重要な仕事である。制圧に成功しても、どこからか切り崩されては元も子もないのだ。
 ヴェロニカは書棚の間をくぐり抜け、窓のチェックに向かおうとした。
 だが、床に広がる血痕を前に、彼女は悲鳴を上げた。
「きゃああ! 血が!」
 ふと横を見れば、書棚に女生徒の遺体が不自然な形で押し込められていた。
 その口から流れる血は床へしたたり落ち、びちゃびちゃと凄惨な音色を奏でていた。
「きゃあああああああ!」
 事態は完全にミステリーの様相を呈した。ところが、である。
「大きな声を出さないでくださるかしら……」
 そう言うと、遺体はゆっくり動き始めた。
「きゃああああああああああああ!」
 死体が動けば悲鳴の一つも上げたくなるのは当然だ。
 そして、悲鳴を聞きつけ、十六夜泡(いざよい・うたかた)がこの場に駆けつけた。
「どうしたの!」
 ヴェロニカは泡に抱きつき、突如動きだした死体を指差した。
「死体が! 死体が動いたんです!」
「まだ死んでませんよ……」
 死んでいるかと思われた女生徒は、実はまだ全然生きてるのだった。
 彼女の名前は沢スピカ(さわ・すぴか)
 周囲から『千の病を持つ女』『吐血姫』の愛称で親しまれつつも避けられている少女だ。
「えっと……、生きてるの?」
 泡は思わずそう訊いてしまったが、生きてる人間にする質問ではない、と反省した。
「そう見えませんか?」
「……な、なんで棚に挟まってたんですか?」
 ヴェロニカは泡の背後に隠れて質問した。
 生きてるとわかっても、まだ怖いらしい。いや、これで生きてるから怖いのかもしれないが。
「あなた達に協力しようと思ったんです」
「ど、どう言う事ですか?」
「あなた達が本を取り戻した時のために、陳列場所を私が身体を張って確保してるんです」
 ただし、場所代はしっかり請求するつもりだ。スピカはお金には目がないのである。
「だ、だからって、棚に収まらなくても……」
「けほっ、けほっ……、げほげほげほげほ、かはッ!」
 と、スピカは激しく咳き込み、またしても大量に吐血した。
 書棚に収まっているものだから、彼女より下の段に置かれた本たちは、血を浴びて悲惨な有様だ。
 柳川先生が見つけたら、ショックで卒倒するか彼女を八つ裂きにするか、たぶんどちらかである。
「……まあ、なんでもいいけど、死体の発見者にならなくて良かったわ」
 そう言うと、泡は胸を撫で下ろした。
 彼女はイルミンスールのルーン学科に在籍する他校生だ。
 蒼空学園の友人とここで待ち合わせをしており、ヴェロニカ達の作戦に巻き込まれたのであった。うっかり眠ってしまい、起きた時にはこの騒ぎなのであった。
「……それで、この騒ぎは何? 本を取り戻すって何の話なの?」
「ええと、それはですね……」
 迷ったヴェロニカだったが、助けに来てくれた恩もあり、計画の事を話す事にした。
「……なるほど。とりあえず、この騒ぎが終わるまで友達には会えそうもないわね」
 何故か床に転がっていた、蝶の仮面を見つけるとそれを拾い、泡は装着した。
「いいわ。私が手伝ってあげる」


 十数分後、図書館一階、貸し出しカウンター前。
 もともと利用者が減っていた事が幸いし、生徒たちの退館は速やかに完了しようとしていた。
「なあ、臨時の清掃なんて、聞いてたか?」
「いや、全然。おかしいなぁ、柳川先生はそんな事言ってなかったんだが」
 残っているのは、数人の図書委員だけである。
「……さて、そろそろ君たちにもお帰り願いましょうか」
 そう言って、図書委員の前に現れたのは、翁面で顔を隠した榛原伊織(はいばら・いおり)だった。
 伊織は図書委員の一人に接近すると、素早く吸精幻夜を使用し、その意識を支配した。
「……さあ、君はこのあとどうすればいいか、わかりますね?」
「うん、僕帰る。お家に帰る」
 虚ろな目で答える図書委員。
 図書館が現在どう言う状態に置かれているのか、他の図書委員たちはようやく理解する事が出来た。
「こ、この騒動は君たちの仕業だったのか!」
「どう言うつもりだ! こんな事をしてただで済むと……」
 伊織に詰め寄ろうとする図書委員の前に、突然炎が吹き上がった。
「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」
 彼は名前はフランクリン・ウォルドロップ(ふらんくりん・うぉるどろっぷ)。伊織のパートナーの吸血鬼である。
 彼は目元だけを覆うマスクを装着していた。
「うだうだ言ってる奴には、俺のワンドが火を吹くぜ!」
 そう言って、彼は口にくわえた煙草の煙を吐き出した。
「さあ、伊織。さっさとそいつらを……」
 だが、伊織は図書委員ではなく彼に詰めよると、煙草を奪いビンタを繰り出した。
「な……、なにすんだよ!」
「図書館で煙草はやめなさい。あと、火術は絶対にやめなさい!」
 古今東西、図書館に火気厳禁は万国共通のルールである。
「大体、誰のためにこんな事をしてると思ってるんですか……!」
「わ、悪かったよ」
 今回、伊織はフランクリンの目的のため計画に参加している。希少本となった小説『パラミタウォーズ』の三十五巻を読むと言うフランクリンの目的のため、しぶしぶながらそれに手を貸しているのだ。
「……さっさと終わらせますよ」
「お、おう。任せておけって!」
 二人は図書委員に向き直った。
 その数分後、虚ろな目をした図書委員たちが、図書館周辺で目撃された事は言うまでもない。
「……これで制圧完了だな」
「……いえ。まだ片付けなければならない事が残っています」
 伊織は付近の書棚を見つめ言い放った。
「出て来なさい。そこにいるのはわかっています」
 その声に反応して、一人の少女がおずおずと姿を見せた。
 彼女は水無月睡蓮(みなづき・すいれん)
 彼女はイルミンスールに在籍する他校生。足元まで延びる長い髪と、涙のようなタトゥーが特徴的である。たまたまこの図書館に居合わせた彼女は、騒動に巻き込まれてしまったのであった。
「ご、ごめんなさい……。隠れるつもりはなかったんですけど……、怖くて……」
「いいから、早く出てって……」
 彼女に近づこうとするフランクリンの前に、書棚から出て来た影が立ちはだかった。
 睡蓮のパートナーの鉄九頭切丸(くろがね・くずきりまる)だ。
 黒の甲冑装甲で全身を覆ったその姿は、鉄(くろがね)の騎士と呼ぶにふさわしい。種族は機晶姫との事であるが、姫の要素はどこにも見当たらなかった。どちらかと言えば、確実に姫を守る騎士のほうである。
「な、なんだこいつ……」
 戸惑うフランクリンを見つめ、九頭切丸は無言で立ち尽くした。
「だ……、ダメですよ、九頭切丸。さあ、早く出て行きましょう……」
「いや、ちょっと待ちな」
 考えを改め、フランクリンは二人を呼び止めた。
「頼りになりそうじゃねーか、こいつ」
 威風堂々と言ったたたずまいの九頭切丸を、フランクリンは興味深く見つめた。
「どうだ、お前ら。俺たちに手を貸してくれないか?」
「いいんですか、勝手に勧誘なんてして……?」
 伊織は咎めたが、フランクリンはもう二人を誘う事を決めていた。
「あの……。何のお話でしょうか……?」


 図書館の入り口。
 入り口を守る重厚な扉には、『KEEP OUT』の文字が入った黄色のテープが張り巡らせてあった。
「……よし。これでおしまいっと」
 路々奈は満足そうに自分の仕事を見つめた。
 と、ここでトランシーバーに続々と連絡が入った。
『こちら、クレスティア。見回り終了。全利用者の退館を確認』
『こちら、ヴィリオーネ。戸締まり確認。協力してくれる人が現れましたよ』
『こちら、榛原。こっちも新しい仲間が出来た』
 全員の報告を確認し、路々奈は携帯電話を取り出し、どこかに連絡をとった。
「図書館制圧完了! 対ゴーレムチームはただちに集結せよ!」



 蒼空学園・カフェテラス。
 テーブルの上に書類を山積みにし、柳川先生は仕事に没頭していた。
 脇に寄せられたコーヒーには、まだ口をつけた形跡はなかった。
「柳川先生!」
「……はい?」
 そう言って、先生は書類から顔を上げた。
 多くの生徒が先生の前に立ち、緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「今日こそは、先生の気持ちを変えてみせますよ!」
「また、その件ですか……」 
 気合いの入った犬神疾風とは対照的に、先生は気のない様子でため息を吐いた。


「まずは、これを見てください」
 春日井茜はテーブルの上に紙の束を置いた。先生の山積みの書類といい勝負の量であった。
「千人分の署名がここにあります」
 蒼空学園の生徒数が二千五百人。なのだから、三分の一以上の生徒の賛同を得られた事になる。まあ、図書館を利用するのは、蒼空生だけはなく他校生も利用しているので、その分も混ざっているだろうが。どちらにせよ、凄まじい数である事だけは間違いない。
「これだけの生徒が恋愛小説や、推理小説……、楽しい本が戻ってくる事を望んでるんです」
 久世沙幸は身を乗り出して先生に主張した。
「そのようですね……」
 先生も、さすがにこの数には驚いた様子である。
「これだけの声を無視できますか?」
 と、アルフレート・シャリオヴァルトは先生の目を見据えて言った。
「で、ですが……、もう決めた事です」
 しかし、まだ先生は自分の意志を曲げようとはしない。
「本というのは書いた人の心の結晶だと、私は思います」
 日奈森優菜が静かに口を開いた。
「勉学に関係のない本は勉強以外の何かを教えてくれる物ではないでしょうか。先生もそんな事わかってるんですよね? だって、本が嫌いなら司書なんてやってないはずです。先生にも何か理由があるのなら教えて欲しいです。教師が生徒に悩みを打ち明けてはいけない、なんて決まりはどこにもないですから」
「小説に現を抜かさず教科書に取り組めば、成績は上がるかもしれない……」
 それに続いてアルフレートが言った。
「けれど世の中、教科書通りにはいかない……。小説のように上手くいくわけでもないが、小説の過程はいつもそうだ。みんな四苦八苦している。そんな登場人物達の頑張りを見て、私達も頑張る勇気や元気をもらう……。先生も、かつてはそうだったのだろう?」
 二人の言葉を受け、先生は心が揺れていた。
「ですが、私は……」


 そんなやり取りを、隣りのテーブルで剣崎誠は聞いていた。
 深くため息を吐くと意を決し、彼は説得に来た生徒の前に立ちはだかった。
「学校の図書館は、勉学のためのものだ。娯楽本など必要ない」
 先生と同じ主張を、彼はみんなに向かって言い放った。
「な、なんだよ、いきなり現れて!」
「説得の邪魔をしないでください!」
 この新たな敵の発言に一同は反論したが、彼は取り合わずに先生のほうを向いた。
「先生、不要な本など、捨ててしまいましょう。読みたいというなら、勝手に拾っていけばいい」
 過激な発言である。先生でさえ捨てる事はしなかったのだ。
「そ、そんな事は絶対にだめです!」
 思わず先生は立ち上がり、誠に向かって叫んだ。
 その言葉を聞いて、誠は口元をわずかにほころばせた。
「何故ですか? 図書館に必要ないなら捨ててしまえばいいでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
 動揺する先生。いつものクールさはそこには見当たらなかった。
「ああ、そう言う事ですか……」
 支倉遥は納得がいった様子で、誠に微笑んだ。
「憎まれ役を買って出るなんて、骨のある人ですね」
「な、何の事だ?」
 誠は表情には出さなかったが照れているようだ。
「先生が本を捨てられるはずありません。何故なら、先生は本が好きだからです」
 遥はそう言って、荒巻さけに目で合図を送った。
「一周間前の貸し出し記録です。先生は一週間前に恋愛小説を借りていますね」
 さけは記録のコピーをみんなに見せながら、事実を発表した。
「トアル先生から伺いましたわ。先生は今も昔も本を愛していると……」
「好きなのに、何故遠ざけるのか……。トアル先生から言われた言葉をずっと考えていた」
 ムマ・ヴォナートは遠い目をして言った。
「だが、答えは出なかった。答えは先生の胸の内にだけあるからな」
「生徒に言われるのは嫌かもしれませんが、素直になってください、先生」
 向飛雉里はそう言って、一冊の本をテーブルの上に置いた。
 そのタイトルは『真実の告白』、学生時代先生が最も愛した小説であった。
「この本は……!」
「今度は間違っていませんよね?」
 勝利を掴んだ棋士のように、雉里は静かに微笑んだ。
「先生。何かわけがあってこんな事をしているなら、教えてください」
「そうです。私たちに出来る事なら、解決のお手伝いをします」
 天津輝月と菅野葉月の言葉にみんな賛同した。
「そうだぜ、話してくれよ!」
「私も手伝います!」
「一人で抱えていても、解決はしませんよ」
 そう語る生徒たちの言葉は、先生を心配する言葉だった。
 頑に心を閉ざしていた先生だったが、生徒たちの声がその心の扉をついに開いた。
「……随分、心配をおかけしていたようですね」
 先生は静かにそう言うと、椅子に座り冷めたコーヒーに口をつけた。
「わかりました。撤去した本の解放を約束しましょう」
 一同は顔を見合わせ、そして歓声を上げた。
 カフェテラスにいた一般生徒たちも、それにつられて拍手をした。
 何の歓声だったのかはわかっていなかったが、喜びは分かち合うのが蒼空ソウルと言うものである。
「……わけを聞いて下さるんですよね?」
「ああ。勿論、俺たちに出来る事なら何でもするぜ!」
 どんと胸を叩いて、赤月速人は言った。
「……本当に手伝ってくれるんですよね?」
 なんだか妙に念を押す先生である。
「あ、ああ……」
 生徒たちの意思を確認すると、先生はテーブルの上の書類の山を見つめた。
「では、書類整理を手伝ってください」
 再び一同は顔を見合わせた。今度はなんとも怪訝な顔でである。
「……それが本を撤去したわけなんですか?」
 初島伽耶は首を傾げた。
「……そうです。私が本に夢中になるあまり築き上げてしまった仕事の山です」
「はい?」
「だめなんです、私。素敵な本があるともう他の事が手に付かなくて……。読んだ本の数に比例して仕事の山が増えていきました。さすがにこれでは社会人として終わると思いまして……、私としても不本意でしたが、恋愛小説とか推理小説とか……、もう素敵な本は片っ端から撤去したんです。でも……」
 先生は落ち着きなくテーブルを指先で叩いた。
「ああ、もう! 本が読みたくて読みたくて!」


「……あれ、みなさん?」
 帰り支度をする生徒たちの姿に、先生はきょとんと目を丸くした。
「ああ、先生。約束だから手伝うけど、明日な。今日は手伝う気になるの無理」
 そっけなく速人は告げると、学生活動家の仲間たちに向かって声を上げた。
「ラーメン食って帰る人」
「……行く。なんか腹が減った」
 疾風はため息まじりにそう言った。
「キミも来たら……?」
 と、時枝みことは誠を誘った。
「私たちはファミレスでも行こっか……」
 共に先生の調査を進めていた仲間たちに、尾身坂ナツキは提案した。
「ボク、ドリンクバーでがぶ飲みしたい気分だよ!」
 腹立たしい様子で、羽入勇は参加を表明した。
「私も……」
 と、純吉花耶。
「……だって。愛美さん、どうする?」
 朝野未沙はどこか投げやりな調子で尋ねた。
「行く。ミルクティーやけ飲みする!」
「私たちは帰るね……」
 沙幸は脱力してそう言った。他の署名活動メンバーも力なく頷いている。
「家に帰って録画した竜王戦でも見ようかな……」
 雉里はぶつぶつ呟きながら、出口へ向かった。
 続々と帰って行く生徒を見送る先生。
 その肩をぽんと永夷零が叩いた。
「……意外とお茶目な人だったんだな」
 愛川みちるとエルネスト・アンセルメも、彼の背後で同意を示した。
 その時、カフェテラスの前を図書委員が通った。
「……どうしたんですか?」
 不審に思い先生は尋ねた。彼はこの時間図書館にいるはずなのだ。
「僕、帰るんです。家に帰るんです」
 図書委員は虚ろな目でまくしたてた。
「まさか吸精幻夜……?」
 先生ははっとした。
 図書館制圧の噂を思い出したのだ。
「な、なんて馬鹿な事を……!」