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聖夜は戦いの果てに

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 第7章 寒風の中


 36番の曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、太い木の枝に身体を固定し、スナイパーライフルを構えていた。首には、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が持ってきた予備のプレゼントのタオルが掛かっている。
 シャンバランが大騒動を起こしていた頃に65番、フリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)に声をかけられて森へ移動し、戦闘を始めてから今まで。
 未だ決着はついていなかった。
「なぁんか手ごたえないんだよなぁー。あの人」
 小声でのんびりと言うと、頭上からマティエが声を掛けてきた。
「りゅーき、りゅーき」
「どした? 見つかったか?」
 マティエは真っ白い猫のゆる族だ。木の上なぞに居たら一発で見つかってしまうので、光学迷彩をかけている。その耳には青い花のコサージュがついていた。フリッツからもらったものだ。
 実を言うと、2人は出会った直後にさっさとプレゼント交換を済ませていた。今は、純粋に対戦を楽しんでいるだけだったりする。
「違いますけどー。あそこになんか、ちだらけの奴がいますー」
 ひらがなで誤魔化してみたがやっぱり物騒なことを言って、マティエは後方を指差した。
「んー?」
 この体勢では確認出来ないため起き上がる。見渡した限り、フリッツの姿は近くにないし、攻撃を受けることもないだろう。ちなみにフェア精神から、彼は光学迷彩をかけていない。
 マティエの指の先を追っていくと、枯れ草の中に、確かに何かが倒れている。下半身が特に赤黒い。怪我の場所的に死ぬことはないように思えるが、出血多量やショック死というのもあるので放っておくと危ないかもしれない。
 瑠樹はその影に見覚えがあった。地上戦をしていた時に、フリッツの後方で彼の脱ぎ捨てた上着を何やらごそごそしていた奴だ。初めは物盗りかと思い、いなくなった後ではあったが教えてやると、どうやらそれはフリッツの知り合いだったらしい。残っていたプレゼントを見て、不着していた血について随分気にしていた。
 探しに行ってやればと言ったのだが、思うところがあったようで、彼はそうしなかった。それからずっと、2人は戦闘を続けている。
「ヒールかけたほうが良くないです?」
「そうだなー。んじゃ、オレも行くよ」
「おっけーです。行きましょー」
 近付くと、倒れた影――ウォーレンは完全に気を失っていた。やはり、足に何発か銃弾を受けている。
「おかしいなぁ。こんだけの傷なら教導団員が運んでも良さそうなもんだけど。カメラの死角なのかな? ここ」
「でもだいじょーぶみたいですね。フリッツさんに伝えます?」
「うん。ちょっと探してみよーか」
 瑠樹は1人走り出し、暫く行った所で轟雷閃を打った。ライフルは使わないという意思の表れとして。
 途端、木の間を移動する葉ずれの音が空気を揺らし、数秒後、ハルバードを振り上げたフリッツが落下してきた。元々の力に重力が加わったその攻撃を、ライフルで受け止める。しかし踏ん張りきれず、瑠樹は身を低くして後方へと飛び退る。次々に繰り出される槍を防ぎながら、瑠樹は言った。
「さっきの奴、見つかったんだけどー。どうする?」
「何?」
 槍の動きが止まる。
「大丈夫だと思うけどー。放っておかないほうがいいかもな、という感じ」
「…………」
 フリッツは目を落として少し考えた後、頷いた。
「行こう」
 その後2人はウォーレンを保健室に連れて行き、そこでタイムアップを迎えた。フリッツが梅琳に頬にキスされ、瑠樹がキス権をマティエに譲ったのは、また別の話である。
「……うーん、もったいないことしたかなぁー?」

 食堂でお茶を飲んでいた8番の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は35番のデューゼ・ベルモルド(でゅーぜ・べるもるど)に話しかけられた。
「おまえが対戦相手だな」
 ぶしつけな物言いにも眉を顰めることなく、エレンは微笑んだ。
「そうですわ。今日は、よろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそよろしく」
 差し出された右手を、デューゼは思わず握り返す。彼は、無表情を保ちながらも面食らっていた。
「ホワイトクリスマスとはいきませんでしたけど、今日は良いお天気ですわね。少し、外をお散歩しませんか?」
 見合いの席でのお決まりコースのような提案をされ、彼は困惑しながらも了承した。エレンは、戦う気があるのだろうか。
「そうだな、俺が案内しよう。一応教導団員だから、施設の内部は把握している」
 デューゼとしても、戦うのなら外の方が都合が良い。彼は自分が修行不足であることを自覚していて、森林戦に持ち込み、死角から相手を急襲する作戦を立てていたのだ。
「……所属学校はどこなんだ?」
 歩きながら訊いてみる。教導団では見ない顔だ。イルミンスール魔法学校や蒼空学園であれば、彼女が戦闘に持ち込んでくる可能性は十分にある。だが――
「百合園女学院ですわ」
 半ば想像していた学校名に気を緩める。彼女は純粋に、自分と交流を持ちたいだけなのだろう。
「今日の懇親会は、友人に誘われて出席したんです。でも、会が始まって驚きましたわ。こんなに物騒なものだったなんて」
 哀しそうな表情になって言うエレンに、デューゼは同情を禁じえなかった。
「そうか……」
「友人も勝利を得ようとどこかへ行ってしまいました。無事ならいいのですが……」
「大丈夫だ。物騒なだけの人間などいはしない。今日はあくまでゲームなんだから、そうひどいことにはならない筈だ」
 ひどいことになった何名かの姿を思い浮かべながら、デューゼは言う。
「そう、思いたいですわね」
 外に出て、森に入る。森に生えている木々は全て常緑樹で、地の草こそ枯れているが、頭上は豊かな緑で覆われている。当初の計画を思い出して、彼の心は揺れた。意図的にここまで連れてきたのは確かだが、それを行動に移すと自らが堕ちてしまうような気がして、出来なかった。
「空気が綺麗ですわね。失敗しました。ここにサンドイッチでも持ってきてお茶にすれば、さぞやおいしかったでしょうに」
 楽しそうに森を進むエレンの後を、デューゼは和んだ気分で付いて行く。
 彼は気付いていなかった。
 いくら森の木が常緑樹でも、いくら空気が綺麗でも。
 このくそ寒い冬空の下、軍事施設の中でサンドイッチを食べるお嬢様などいないことに。
 その証拠に。
(これは、ディープキスでも仕方ないな)
 と思った矢先――
「おわっ!?」
 足元から地面が消えた。訳もわからず枯れ草と共に落下し、尻餅をついて上を見上げると、丸く切り取られた森を背景にして、エレンがこちらを覗きこんでいる。
「大丈夫ですか?」
 この状態になってまで、彼女の純心を信じるほど馬鹿ではない。
「おまえ! 騙したな!」
 落とし穴ごときで俺が倒れるか、と怒りにまかせて立ち上がろうとするが、底にはぬかりなくとりもちが設置されていて動くに動けない。
「今回の合コン、百合園の生徒には少々厳しいルールだったので……最善の手を使っただけですわ。勝負がついたということで、プレゼントの方を渡して頂けるとありがたいですけど」
 エレンはどこからかロープを取り出して穴に垂らしてきた。括りつけろということだろう。とりもち地獄に陥っているデューゼがロープで上がれるわけもない。
「誰が渡すか」
 するとエレンは、どこからかスコップを取り出して土を穴に投げ入れ始めた。口に土が入る。
「――埋めますけど、かまいませんわね?」
「わっ、ちょっ、ぺっぺっ、渡すからやめろ!」
 かくして、水晶はエレンのものになったのだった。
(祥子さんは、今頃どうしているかしら?)
 
 教導団実習施設 屋上
 46番の宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、内心で首を傾げながら53番、白上 蓮(しらかみ・れん)と対峙していた。自分から決闘を申し込んできたくせに、彼の腰はなぜか引けている。
 蓮は、幼馴染に決闘してくるように命じられて合コンに参加した。今日、幼馴染はここへ来ていないのだから無視してしまっても良いような気もするが、どうも視線を感じて落ち着かない。
 ――多分、監視カメラの所為だろうが。
(くっそー。俺は純粋にパーティーを楽しみたいつうの! こえー、こえーよ!)
 真冬だというのに、背中はもう汗だくである。
「来ないなら、私からいくわよ」
 ヘルメットを被った祥子が、コンクリートを蹴って向かってくる。昔、一世風靡した女子高生刑事を思わせる彼女の迫力に、蓮は完全にびびっていた。
「う、うわっ……」
 瞬く間に、2人の距離は縮まっていく。蓮はやけになって叫んだ。
「ああ、やってやるよちくしょう!!」
 エンシャントワンドを装備し、地を蹴る。火術を放とうとしたところで、祥子は拳を繰り出してきた。
(まさかの格闘!?)
 まともな思考が出来たのはここまでで、蓮は祥子の八極拳の連続コンボによってぼこぼこにされた。反撃する暇など微塵も無い。
「修行がまったくもって足りてないわね。出直してきなさい」
 大の字になって倒れた蓮に、祥子は手をはたきながら言った。
「……すげぇ……」
 前歯の欠けた口から、声が漏れる。
 祥子が怪訝な顔になった時――蓮はがばと跳ね起きた。
「アネゴ! アネゴと呼ばせてください!」
「はあ!?」

 森の中で戦闘を繰り広げる組はもう1つあった。16番の橘 ニーチェ(たちばな・にーちぇ)橘 ヘーゲル(たちばな・へーげる)、34番の影野 陽太(かげの・ようた)だ。
 技師ゴーグルをかけた陽太は、スナイパーライフルを構えて牽制射撃を行ってから木の陰に隠れた。その鼻先を、複数の銃弾が掠めていく。ニーチェの獲物はトミーガンで、機関銃だけに当たれば無事では済まない。
 お互いの武器が銃器であった為、自然と戦いは撃ち合いになる。自らが壁と定めた木の幹に身を潜め、銃を撃つ。それを繰り返している間に、陽太の残弾は僅かな量になっていた。相手の残弾数が不明な以上、このままの状態を続けるのは危険だ。
(くっ、どうしましょう……)
 陽太はもともと、森のある場所に破壊工作のスキルを使って落とし穴を作っていた。そこまでニーチェを誘導すれば、まだ勝機はある。
 しかし、安全地帯から飛び出すのは危険極まりない行為だ。ニーチェにはパートナーのヘーゲルがついていて、まだ目立った攻撃はしてきていないが油断は出来なかった。
 だが、更に何度かの撃ち合いの後。
機関銃の弾が目前を通過し、ライフルを撃――てなかった。かちんという乾いた音が耳に届く。
勝つには、これしかない。
陽太は、身を屈めて飛び出した。銃弾が追ってくる中、前転を繰り返しながら森を進む。緊張で息を切らせて別の木に隠れると、ニーチェも森を移動している所だった。ライフルを突き出して撃つふりをしてから、走る。罠を仕掛けた場所が、少女の左5メートルに迫っていた。銃弾と共に、ヘーゲルの放つ氷術が追ってくる。ギャザリングヘクスを飲んだのか、術を食らった木々が次々に凍り付いていった。
(会長をデートに誘うまでは、死ねないです!)
 そう思った瞬間。
 ニーチェが罠に嵌った。視界から消える。
(やった!)
 陽太は罠の方へ向かって駆けた。残ったヘーゲルを抑えなければ、また上がってこられたら厄介だ。彼女の放つ術を避けきり、一気に組み付く。そして、動きを抑えた。
 ヘーゲルの両手を後ろ手にロープで縛り、穴に近付く。ニーチェは、涙目でこちらを見上げていた。
「……ら、乱暴はやーです……っ」
「うっ……!」
 散々バトルしておいて今更それはないだろうむしろダメージ負ってるのはこっちだと思ったが、子ウサギのようなその瞳に、一瞬、二の句が継げなくなる。加えて。
「…………ニーチェの貞操を奪わせるつもりかそーかそーかそーか……」
 後ろから何やら呪文のような声が聞こえ振り返ると、ヘーゲルがとびきりの笑顔で陽太を見ていた。だが、目がこれっぽっちも笑っていない。
 ニーチェはとうとう涙を零し、土のついた手で顔をふき始めた。
(お、お前ら……っ!)
 陽太が陥落したのは、そのすぐ後だった。