リアクション
6.救出します
「どうにかして……管理人さんをタネ子の口から離さなくちゃ!」
はるなはタネ子を見上げた。
三つの内の一つに、管理人さんが捕まっている。
「ケルベロスのためにも、あたいは…やらなきゃいかんのじゃな」
しっかりと前を向きながら、魅鬼は言った。
「ケルベロスを手懐けることの出来る飼い主が、何故あんな目に──」
まだ信じられない気持ちでいるアンレフィンは、小さく呟いた。
「……あのハマグリをこちらに呼び寄せないとじゃな」
「でもどうやって?」
はるなの問いに、歩が前に出て答えを出した。
「タネ子さん! タネ子さん!! 果物をあげるからこっちに来て!」
「……そっかあ! その手があったね」
はるなも歩を真似て果物を高く掲げ、左右に振ってみる。
「こっちだよー」
──危ない植物みたいだけど、可愛がってくれてた管理人さんを襲うなんて何か原因があるんじゃ?
歩は考える。
けど、今は救助を優先させなくちゃいけない。
考えるのは、その後で!
◇
「うわぁ〜…かなりエグイ光景ですねぇ…」
エレンは管理人さんの足を見ながら呟いた。
管理人さんを捜し出して状況を説明すれば、タネ子の排除命令は撤回されるものだと思っていた。
きっと管理人さんが良いように話をつけるだろうと。
しかし──
喰われているのは本人だ。これでは交渉どころの話じゃない。
「マズイです…タネ子さんの処分は決定です……」
「本当だな」
いつの間にか、隣に来ていた悠姫と永久。
「これではどうあがいても、危険な植物だということを払拭することは出来ないであろう」
悠姫が静かに言った。
「でもそれじゃあ……」
永久が暗い表情を浮かべる。
「仕方あるまい……希少種だからと言って、許される問題ではない」
「………」
懐の中にこっそり入れていた果物を、永久はぎゅっと握った。
楽しみにしていた果実──温室に入れたことで手に入れることが出来た貴重な果実。
だけど今は、ちっとも嬉しくない。
「どうにか…出来ないかな?」
永久が小さく呟く。
「え?」
「排除なんて残酷だよ! 生きてるんだよ!?」
「それを決めるのは上の仕事…なのだよ。私達ではどうすることも出来ないであろう」
「……温室なんかに、来なきゃ良かったねぇ…」
永久の囁きは、悲しく胸に刺さった。
◇
繭も、はるなや歩達と一緒になってタネ子に声をかけた。
持っている果物が重くて、腕が痺れてきた。でも──
徐々にタネ子がこちらに向かって頭を垂れてくる。
「もうちょっとこっちに来てくれないと、渡せないです!」
繭が声を張り上げる。
まるで言葉が分かったかのように、タネ子は更に頭を近づける──
「今です!」
繭の掛け声と共に、隠れていたミルディアと真奈が管理人の足に飛びついた。
ものすごい力で引っ張られる。
「負けてたまるかぁああ〜〜〜〜〜!」
気合は十分なのだが、力は全く叶わない。
足が思わず浮きそうになる。
「ひぇっ……」
「浮いてしまいますわ!」
二人の悲痛の叫びを聞きつけて、ロザリンドと勇も慌てて引っ張り始める。
「管理人さんを離してください〜〜〜!」
「こんなの記事にしたくないよ〜! 管理人さんを返して〜〜〜〜!」
はるなも魅鬼もアンレフィンも歩も繭も。
持っていた果物を放り出して一緒に押さえにかかる。
「1,2,3! ハイ! 1,2,3!!」
掛け声と共に勢い良く引き続けていると、観念したのか、タネ子は管理人を吐き出した。
粘液まみれの管理人の顔は、顔面蒼白、げっそりと痩せ細っていた。
それでも──
「…う……うぅ…」
「生…きてる……ちゃんと生きてるよ!!!!」
歓喜の色に包まれる!
「──担架持ってきたぜ!」
「あまり動かさない方がいいぞ!」
エルシュとエースが管理人を担架に乗せて走り出した。
「早く外に連れ出そう、ここは危険だ!」
「うん、兄さん!」
出口がこんなに長く感じたのは、初めてだ──
◇
「管理人……さん…?」
澪は口元を押さえた。
エルシュとエースが担架を温室の中に運び入れた時から、嫌な予感がしていた。
会ったことは無かったが、一目見れば分かる。
思わず、自分が養護教諭だということを忘れて呆けてしまった。
「ヒール! ヒール!!」
ヴァーナーが涙目になりながら呪文を連呼する。
「ヒー…ル! …駄目です。目を覚ましてくれません。アリスキッスすれば元気になるでしょうか……どうしたらいいですか、先生!」
澪はハッとすると、自分の頬をぴしゃりと叩いた。
目に輝きを取り戻して、そして耳元で管理人の名前を呼ぶ。
「管理人さん! オーバタさん! 聞えますか!?」
「…う、うぅ……」
「反応はあるけど呼吸が浅い──…百合園の養護の先生に連絡しましょう。そして念のため救急車も──」
みんな真剣な顔をして澪を見つめた。
◇
温室の中から連れ出された管理人の姿を見て、そこに留まっていた人達は愕然とした。
出てきた管理人を見て、ケルベロスの体がぴくりと反応する。
ケルベロスの毛皮を枕にして眠っていたカリンも喧騒に飛び起きた。
ブラッシングの終わった柔らかな毛の中で眠っていたと言うのに、気が付けばこんなことになっている。
「管理人さん、本当にタネ子に捕まってたんだ……」
カリンはケルベロスの毛を掴んだ。
「大丈夫……大丈夫だからね」
ケルベロスを気丈に慰めてはいたが、カリンの手は、小刻みに震えていた。
「…そっか。泣いていたのは、お腹がすいてただけじゃなく、管理人さんの命が危険なことを察知していたんですね……」
有栖は口の中で呟き、心配しているケルベロス君に優しく語りかける。
「管理人さんはきっと戻ってきます……」
有栖は吟遊詩人になったばかりの歌を唱えた。
ケルベロスは、じっと有栖を見つめる。
「……本当……なんですね? 我が子のように可愛がってくれていた人を食べたりするはずがないと、タネ子さんに関しては絶対に潔白だと思っていたのに……」
「エルシー様……」
「エルおねーちゃん、泣かないで」
ラビの言葉に、心配させまいとしてエルシーは笑顔を向ける。
「泣いてないですよ……ラビちゃん」
「……」
だけど。
やっぱり悲しそうな顔を隠せないエルシーに、ルミもラビも、それ以上かける言葉が見つからなかった。
◇
運ばれていく管理人さんを見ながら、メイベルはほっと安堵の溜息をついた。
ケルベロスが、小さく声をあげる。
管理人さんが発見されて安心しきったのか、ケルベロスは体を大きく伸ばして横たえた。
メイベルは頭を何度も撫でた──気持ちよさそうに目を瞑るケルベロス。
「もう大丈夫ですぅ。管理人さんは無事に保護されましたよぉ」
「本当に良かったよね」
セシリアが満面の笑みを浮かべる。
「管理人さん、大丈夫ですよね?」
「うん、きっと……」
「きっと大丈夫ですわ!」
フィリッパが力強い目を向ける。
「可愛いケルベロス君とタネ、子…さん……が、待っているんですもの。戻ってきます、きっと」
「そう…ですよね」
タネ子の話は、今はタブーなのかもしれないが。でも。
「──絶対に…絶対に戻ってくる!」
セシリアがケルベロスに向かって叫んだ。
ガラス玉のような大きくて綺麗な瞳が、不思議そうにくるくる動いていた。
◆
「こ…怖かったね……」
葵は自分を抱きしめて、震える身体を抑えていた。
「葵ちゃん、平気ですか?」
「…う、うん。ちょっと驚いただけだから」
管理人の宙ぶらりんの姿が目に焼きついて離れなかった葵は、その場から動けなくなっていた。
エレンディラが心配そうな顔を向ける。
しかし──
いつまでも止まらない震えを少しでも和らげたくて、エレンディラは背中から葵を抱き締めた。
「申し訳ないですが……管理人さんやタネ子さんの今後より、葵ちゃんのことが心配です」
「エレン……」
「ねえねえ、あおいー。温室の果物は食べたらだめなのー? イングリットお腹すいたの」
お腹の音が聞える。
それでもイングリットは菓子袋をしっかり持って、もぎゅもぎゅ食べているのだ。
ラブラブモードが一瞬にして消えた。
「まだお腹すいてるの?」
「うん」
「食べすぎは良くないよ? ──さてと、そろそろ温室から出ましょうか。管理人さんも救助されたことですし」
エレンディラの提案にイングリットはしぶしぶ納得して後ろから付いていくのだが。
帰り道、実っている果実をポケットの中にいくつも忍ばせたのだった……