校長室
虹色の侵略者
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第三章 新党結成? 教室の出入り口に、机で壁を作ればひよこの侵入を防げるのではないか。 そう提案したのは、所要で学園にやってきていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。もっとも、言い出した頃には既にひよこがだいぶ教室に入り込んでいたが、そこはみんなで協力してなんとかした。 それを、具体的に言うとこうなる。 「ひよこのバケツリレーなんて産まれて初めてだよ。火事を消すためのバケツリレーだってしなことないのに」 カラカラと笑うミルディア。 バケツリレーとは言うものの、実際にあったバケツは掃除用具いれ入っていた二個だけで、あとは適当にひよこをいれられそうなものにひよこを入れて廊下に放していた。もちろん、乱暴に扱ったりなどしていない。 そんなこんなで、まだ教室の中に若干ひよこの姿はあるが、自由に歩きまわれるぐらいにはスペースを確保できた。 教室の中には、星山 知哉(ほしやま・ともや)やグラフィス・セリウス(ぐらふぃす・せりうす)などの姿もあった。蒼空学園に用事がある人、というのは存外多いようだ。 「この辺りには、もう取り残された生徒の姿は無いみたいですわ」 ふわふわと、空を飛びながら教室に入ってきたのは和泉 真奈(いずみ・まな)だ。 彼女は一通りバリケード作りが片付いてから、孤立していしまった人の救出に当っていた。守護天使の彼女は空を飛ぶことができるので、今教室にいる何人かは彼女が運んできた人たちだ。 「流石に疲れましたわ。人を抱えて飛ぶなんて、滅多にないですから」 と、ミルディアの横に腰を下ろす。 「うん、お疲れ様。そんなお疲れの真奈にはこのひよこちゃんをもふもふする権利をあげよう」 ミルディアは自分の抱えていたひよこを真奈に手渡した。 「あら、かわいらしいですね……一匹なら」 「ん? ひよちゃんはかわいいよ?」 「いえ、実は少し離れた教室に何人かの人が居たのですが……」 真奈は先ほどの見回りで見た光景を語りだした。 ここから少し離れた教室では、何人かが机の上に避難していた。この状況では、それほど珍しく無い光景だ。 ただ一点気になったのは、教室の真ん中に妙にひよこが集まって山になっていることだった。 「ひよこのお山?」 「そうですわ。机の半分ぐらいの高さでしたわね」 そこに残っていた男子に、救助の必要はあるかと尋ねてみるとはっキリとした口調で、いやお構い無く、と答えた。 ついでに、真奈はそこにあった山についても聞いてみた。 「あれは、愛の証だねぇ。と言ったんですわ」 「愛の証? どういう意味?」 「それはですね。そのひよこの山の中には、人が入ってるんですわ」 「人! なにそれ、大丈夫なの?」 「なんでも、全身をひよこに包まれたいとかで、床に寝て自分にパンを振りまいたそうですわ。それで、全身をひよこについばまれて……」 「え、なに、その人死んじゃったの?」 「いえいえ、さすがに危ないと思ってその男子の生徒さんが掘り出したそうですわ」 「そしたら?」 「思いのほか満足そうな顔して、大丈夫、と」 「はぁー、それで愛の証なのか。このひよこの可愛さの前では、つつかれる痛みなんてなんのそのなんだね」 「私は、あまり痛いのは……」 「そうだねー。あたしもこう、一匹をもふもふしている方がいいなぁ」 ひよこをもふもふしながら、ミルディアはクチバシを観察してみる。これは、かなり痛そうだ。 そうして、ひよこをもふもふして癒しパワーを二人が摂取している同じ教室で、一人の女の子が立ち上がった。 「立ち上がれ、ひよこ党よ!」 いきなり謎の宣誓の声をあげたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。 高く振り上げた手には、一匹のひよこが乗っかっている。 ノリがいいのか、それとも既に入党していたのか、何人かがうおぉぉぉぉと声援をあげた。 「この詩穂が観察した結果、このひよこは人畜無害です。つまり、これは、そう! 相利共生という生物学に基づいた考えです」 すっと彼女が手を前に出すと、声援がぴたりと止まった。 まるで、台本が用意されていたかのようなスムーズさである。 「見てください、このふわふわ〜でもふもふ〜でピヨピヨ〜な、愛らしいひよこを! これだけで、多くの人のストレスはまるで生チョコのようにとろーり溶けていくでしょう。ですが、いつかこのひよこ達は、にわとりに成長します。ですが、悲しむ事はありません。オスのにわとりは、中型の犬を追い払うなんて朝飯前のグラップラーです。番犬ならぬ番にわとりとしてみんなの家庭を守るでしょう。メスのにわとりは、栄養価の高い卵を産んでくれます。これで、朝ごはんの心配は無くなりますね。さらにさらに、オスとメスを一緒に飼えば、なんとまた新たなひよこを産んでくれるという。これはまさに、永久機関です。この期に、まずは一匹お持ち帰りになりまして、我がひよこ党に入っていただきたいと思います!」 そこで、こほんと咳払いを一つして、詩穂はすっとミルディアの前までやってきた。 「そういうわけで、どうぞ」 と先ほどからずっと手に持っていたひよこを差し出す。 ひよこなんてそこらにいっぱい居るのだが、わけのわからないままそれをミルディアは受け取った。 「えと、ありが、とう?」 語尾が疑問系なのは、当然の反応だろう。 「みなさん、新たなひよこ党の仲間が増えました。拍手〜っ!」 パチパチパチ、と教室に拍手が木霊する。 なんだかよくわらないまま、とりあえずミルディアは小さく会釈をする。 それを見て満足したのか、詩穂は定位置に戻っていった。 「さて、みなさん。先ほど詩穂は、ひよこの有効性について語らせていただきましたが、ここで先生をお呼びしたいと思います。先生お願いします」 さっと詩穂が身を引くと、蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が中央に立った。 彼女は、小さな箱から赤いひよこ、青いひよこ、ピンクのひよこ、黄色いひよこ、緑のひよこを一匹づつ取り出した。 「みなさん、コレを見て何かに気づきませんか?」 マビノギオンの問いに、何人かが唸り声をあげる。 見た限りでは、ただのひよこだ。 「わかりませんか。このひよこ達の色は、風水でそれぞれの運を呼び寄せる力があるのです」 話を聞いている人たちがにわかにざわつく。 ダニエル・ハワード(だにえる・はわーど)などメモを取り始める人の姿もあった。 「まず、この赤色。赤は仕事運を呼び込みます。このひよこに、東か南の方角にいてもらえば仕事運があがります。次に、このピンク色のひよこは恋愛運です。ピンクは南以外の四方位がいい場所です。黄色は金運、西にいてもらえば金運が上昇します。青いひよこは勝負運、ここぞという時に力になってくれますので、東か南にいてもらいましょう。最後の緑は健康運で、南にできれば寝室につれておいてあげてください」 ここで、すかさず詩穂が前に出る。 「癒しに防犯に卵ももらえて、こんなに運までもってきてくれるひよこを持ってかえらない理由がありますか? ありませんよね! さぁ、みなさんひよこをお持ち帰りにして、ひよこ党の一員になりましょう!」 うおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 謎の歓声。 謎の熱気。 そんな熱気包まれる中に、白波 理沙(しらなみ・りさ)とチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)の三人の姿があった。 理沙は黄色いひよこと、青いひよこを手に持ちうんうんと悩んでいた。 「うーん……やっぱり、青だよね。勝負運、これすっごく大事でしょ」 「色なんか関係ないって先ほど言ってませんでした?」 「そういうチェルシーだって、なんでピンクのひよこを持ってるのかな?」 「それは、その……」 「あのー、一体何をしてるんですか?」 姫乃は自信のなさそうな声で尋ねた。 「おうちに来てもらうひよこちゃんを選んでるの」「ですわ」 「えっと、その、今ってそんな事している場合なのかなー、と」 「だって無害で可愛いひよこちゃんだよ?」 「姫乃さんは、このひよこを倒してしまいたいと思っているのでしょうか」 「いや、別にそういうわけでは……」 「でしたら、姫乃さんも、ほらひよこかわいいじゃないですか」 「かわいいだけじゃなくって、幸運まで運んでくれるなんて、ひよこちゃんってすごいね!」 それはあくまで風水と色の話であってひよこの力でも何でもないのでは、なんて姫乃にはこの場で言えるわけがなかった。周囲の熱気に包まれている十数人を全員敵に回すようなものである。 結局、姫乃の言葉が二人に届くことはなく、何色が一番いいかについて熱い議論を繰り広げるのを横で黙って聞き役に徹することになった。。 双葉 京子(ふたば・きょうこ)の姿も、そんなひよこを捕まえる人の中に居た。 「できれば、淡い桃色の子がいればいんだけど……どこかにいないかな〜」 風水では、ピンクのものを東か西か北に置くと恋愛運があがります。 「なにこれ、どういう騒ぎなんだ?」 ミルディアがバリケードを作った教室に入ってきたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は、その異様な熱気に率直な疑問を放った。 「自力でここまで避難してきたのか?」 レイスに話しかけたのは、椎名 真(しいな・まこと)だった。 「避難? 違う違う。逆だよ、逆。ここまで救助に来たんだぜ、俺達」 「ええ、そういう事です」 レイスの横に立つのは、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)だ。彼は大きな袋をぶら下げている。中身は、大量の食パンだ。 「これを撒いて、ひよこを誘導して道を作ります」 「随分原始的なんだな」 「あー、まぁ一発でかいのうちゃまとめて掃除できるんだろうけどなぁ、こいつらこんな容姿だろ?」 レイスが一匹ひよこを持ち上げる。 「これが仮に、飲食店とかで悪魔のように恐れられるあいつらだったらこんな風にゃなってねぇだろ。まぁ、別の意味で大騒ぎするんだろうけどな」 ケラケラと笑うレイス。 確かに言っていることは最もかもしれない、と真は思った。 「ねえねえ、少しひよこと遊んでもいいよね?」 一緒にやってきた榊 花梨(さかき・かりん)が翡翠に尋ねる。 「んー、まぁ少しぐらいならいいでしょう」 「やった。じゃあ、あっちに居るね」 と花梨は、自ら熱気の中心に入っていった。 「そうだ、外や他の教室の様子はどうなんだ?」 「まぁ、どこもこのイベントを楽しんでるって感じだったな」 真の問いに答えたのは、レイスだ。 それから少し、三人で状況を確認しあったが、突然ひよこが大量に現れたという点と、どうやら理科室が原因らしい、ということ以外の情報は出てこなかった。 「ねぇ、それって本当に効果があるの?」 ふいっと現れた芦原 郁乃(あはら・いくの)は、翡翠が持つ袋を指差した。 「これですか。ええ、それはもう、このひよこ達はものすごい食欲があるようなので、壁の方にばら撒けば廊下の中央のひよこの密度はぐっとさがります」 「そっか、私達そろそろ帰ろうかと思ってるんだけど、少しわけてくれないかな?」 郁乃のすぐ横には、秋月 桃花(あきづき・とうか)が少し困ったような笑みを浮かべていた。 「でしたら、自分達が送っていきましょう。その為に来たわけですし」 「悪いね。助かるよ」 「わ、ワタシも一緒でいいかっ」 やや緊張した面持ちで声をかけて来たのは、十束 千種(とくさ・ちぐさ)だ。 彼女の胸元は、不自然にもごもごと動いていた。ひよこを隠しているのがバレバレである。 郁乃は、突っ込むのを我慢した。 きっと千種はあれで隠しているつもりで、本人としてはこっそりひよこを持ち帰っているつもりなのだろう。バレバレだけど。その必死さがあまりにも面白くて、こみ上げてくるものがかなり強烈だったが、必死に我慢した。 桃花も、ものすごくぎこちない笑みを浮かべていた。気持ちは一緒なのだろう。