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リアクション
その一報が本部に飛び込んできたのは、軍のお約束とも言える夕食のカレーの最中であった。
「通信機だと?」
「ええ、新入生達の一部が使っていました。どうも、これで何者かが助言を与えていたそうです」
カレーのスプーンを口に銜えたまま、マーゼンが在校生から通信機を受け取る。
「一体……誰が?」
ちょうど同じ頃、仮眠に入ったゴットリープと交代したオペレーターのセイバーのケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)も、同じ通信機の話をテクノクラートのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)から聞かされていた。
ケーニッヒは訓練初日に、早くもへこたれそうになっている新入生達に応援とちょっとした手助けを行い、審判役のマーゼンから軽く注意を受けており、以後オペレーターとして本部に勤めていた。
しかし、『精神感応』で新入生達に警告を送ってくれ、というゴットリープの依頼に関しては、新入生の力だけでは打開不可能な状況に限り受け入れる、という陰ながらの援護射撃は継続して行っていた。
無論、彼も在校生側であるので、新入生の努力次第で何とかできる状況であれば、「後輩が心配なのは分かるが、甘やかし過ぎるのは良くない。これぐらいの危機は自分たちで乗り越えるべきだろう」と拒絶する態度を一貫させていたのである。
訓練開始前、彼が、可愛い後輩たちが一人でも多く厳しい訓練に合格できるように、自分が同じ訓練を受けた時の経験や失敗談を、なるべく具体的に語って聞かせた効果があるせいか、今のところ行った手助け等は数える程であった。
そんな陰ながらの手助けに尽力してきたケーニッヒも、クレアから聞かされた謎の通信機の情報には憤慨していた。
「我らが助けたくてもあえて心を鬼にしているのに、なんと言うルール違反であろう!」
ケーニッヒの言葉に通信機を持ったクレアも深々と頷く。
「全くだ。自分だけ楽をして腕輪を手に入れようとする態度が見える新入生など、『作戦全体の効率を低下させる発想』である。優先的に腕輪を奪うようにしないとな」
そう言うクレアであったが、彼女の腕には既に青い腕輪が二つ付けられていた。
そもそも第一師団少尉であるクレアにとって、今回の訓練をこなす等まさに『朝メシ前』の容易さであった。
クレアは事前に、新入生達は個人レベルの力量差を埋めるべく、徒党を組んで在校生に対抗するものとの予想を既に立てており、それを踏まえて『トラッパー』で罠をしかけ、『迷彩塗装』でわざと隙を作りつつ身を隠し、単独行動していることを餌にして罠に誘い込む、という綿密な防衛計画を取っていた。
勿論、敵の接近を見落とすことのないよう『殺気看破』は常時使用しておいての行動である。
この計画は初日でクレアが十数名の新入生を刈り取った事から大成功であったというべきであろう。
だが、完璧に実行された己の計画にもクレアは納得できぬ部分があった。
在校生が新入生を徹底的に叩きのめすのが目的ではないので、罠と気づいてよく考えれば対応できるように、防衛計画には隙を作っておいたのだ。
だが、この隙に気付いた者等ごく僅かであり、以後、彼女は腕輪集めを自ら一旦中止して、作戦本部で事の成り行きを見つめようと考えていたのであった。
「私はこの通信機を配った者が誰かはわからぬ、ただ、私と同じ匂いを持つ者だと言うことは確信できるのだ」
「テクノクラート、と?」
「ああ、恐らく…この者は随分優しい性格であろうが、戦場には優しさ等無意味だ」
代々軍人の家系に育ってきたクレアが紡ぐ言葉の重さに、ケーニッヒは黙って聞く以外出来なかった。
「ケーニッヒ、私はこの者を探して来よう」
「腕輪集めは?」
「終了まではまだ半日以上あるのだぞ?」
通信機を掲げたクレアは、ケーニッヒにウィンクして去って行くのであった。
同じ頃、テクノクラートの影野 陽太(かげの・ようた)は、一人夜のシャンバラ大荒野をある程度状況の見渡せる高台に陣取り、ベルフラマント及び迷彩塗装で隠れつつ、現状確認を行っていた。
彼が得意の根回しで入手した通信機は影野の予想以上に好評で、入手できた新入生達の生存確率を飛躍的に高めていた。
「うん、俺の情報が皆さんのお役に立てているみたいですね」
影野の元には、通信機から困った際の連絡がひっきり無しに届き、彼は状況打破のためのアドバイスを全力でこなしていた。
「それにしても、皆さん現代っ子のためか、こういうサバイバルにおいてははたはたよく困られますね」
そう呟いた影野の通信機のランプが赤く灯る。
「はい」
通信機から途切れ途切れで女の声が聞こえる。
「今、在校生が近くまで来ていて、私、物陰に身を隠しているんですけど…」
「慌てないで…場所はどこです?」
手馴れた動作で影野がシャンバラ大荒野の地図をポケットから取り出し、ライトで照らす。
「場所? 場所は…えーっと…」
「では、相手の特徴を教えてください。ソルジャー? ウィザード?」
「分かりません! 女っぽい人なんですけど…」
影野の片方の眉がピクリと持ち上がる。
「……」
「あのぅ……?」
「……ところで君の通信機の所持者は既に敗北しているんですが、どこでこれを拾いましたか? そしてあなたは、何故俺を助言屋だなんて言うんですか? 通信機を貸与えた時に説明した合言葉も言ってないし…」
影野はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がり周囲を見渡す。
途端に通信機の奥から聞こえる女の声色が変わる。
「成程、やはり只者ではないな、こういう巧妙な交渉をできるとなると、あなたはテクノクラートであろう?」
「あはは、それは君もでしょう? 恐らく、シャンバラのクレア少尉だと思いますが…?」
「…私より技術レベルの高いテクノクラートだな。となると…数名しか思い浮かばないのだが?」
「…お互い探り合いは止めましょう。単刀直入に意見をおっしゃってください」
「では言おう。これはシャンバラ教導団の訓練には不適切だ。即刻中止して貰いたい」
「情報撹乱で工夫しつつ通信しているんです、そう簡単には中止出来ませんよ。現に君は俺の位置すら掴めていない。ローラー作戦で在校生の人員を割きますか? それこそ訓練になりませんよ」
「それもそうだな。だが、この訓練の成果は多方面にも影響することはご存知か?」
影野が眉をひそめる。
「多方面?」
「そうだ。例えば…軍事関連企業の株式相場とか?」
その言葉に影野が小さく笑って溜息をつく。
「……潮時ですか」
「あなたのおかげで不正に頼った新入生達は見つける事ができた。この点には感謝しよう」
「分かりました。李少尉に宜しくお伝え下さい…それと」
「蒼空学園には何も伝えんよ? 我々の訓練への参加者がいた事も、あなたの暗躍も…」
その言葉と共に影野の通信機の赤いランプが消灯する。
影野はゆっくりと伸びをした後、ポリポリと頭を掻く。
「まぁ、いいか。環菜会長へのシャンバラの訓練レポートの材料は十分溜まったわけですし」
影野は、ふぁああ、と欠伸をしてシャンバラ大荒野を再度見渡す。
野営をしているのであろう、影野が目をこらすと暗い海のような大荒野にポツリポツリと幾つかの小さな光が見える。
「まるで命の光ですね…」
地面に置かれた影野の通信機の赤いランプが再度点灯する。
「あ、あの…そうだ! 合言葉は会長最高! …て、それどころじゃないんです、在校生が、在校生がぁぁーーっ!!」
叫び声と共に、プツリと通信が途切れ、ノイズが聞こえだした頃には、影野の姿はどこにもなかった。
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