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リアクション
9.教導団メイド科
「続いては、『教導団メイド科』のPVです」
画面には、避暑地あるいは保養地に立てられた豪華な別荘が映った。
片隅に、「教導団メイド科」の文字が入る。
画面切り替わり、寝室が映って『快適な眠りをサポート』と文字が被さる。
豪華なベッドの周りで忙しく動き回るふたりのメイドの姿があった。
夏侯 淵(かこう・えん)とニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)が、ベッドメークを行なっている。張られたシーツ、枕を覆うカバーには皺ひとつない。
リネンを抱えた夏侯淵が寝室を出た。リネン室に入った時、
「ひゃあぁああ!」
とけつまずいてリネンの山の中に埋もれた。
シーツと枕カバーの山から抜け出した夏侯淵の姿を見て、ニケが妙な目をしてリネン室に入った。
いきなりカメラ視点切り替わり、閉ざされたリネン室のドアを映した。
ドアの彼方で交わされているのであろう会話だけが聞こえてきた。
「あらあら、こんなにしちゃって…いけないコね」
「まて御主、その言葉は何か危な…!」
「お姉さんが、教えてあげるわ」
文字が被さる。
「眠り以外も手取り足取り指導します」
「……俺最近寝不足気味なんだけどさあ」
「そうらしいね」
「このメイドさんに頼めばちゃんと眠らせてもらえるかな?」
「正直に言いなよ。『眠り以外の指導』も欲しいんでしょ」
「魂かけて『ンなものいらん』わ。深い眠りとさわやかな目覚めが欲しいだけだ」
「まずは生活リズムを改善しない? 深夜番組の視聴も少し切ってさ」
画面切り替わり、リビングなどの掃除を行う麻上 翼(まがみ・つばさ)の姿が映った。
ただの掃除なのだが、見る者が見れば手際の良さや動きの無駄の無さは瞠目するものがある。
「悠くん」
「はい?」
名前を呼ばれて、月島 悠(つきしま・ゆう)は振り向いた。
「ソファと卓をこちらに移して下さい。あと、カーペットも巻いて、壁の方に寄せて下さい」
「はーい」
「脚は床に引きずらないように注意して。ひとりで持ち上げられない時は無理せず言って下さいね」
「大丈夫大丈夫……よっと」
「分からん……掃除を楽しそうにできる人種は俺の理解を超える」
「お前の理解の範囲は狭すぎる。もっと見識を広めたらどうだ?」
「……そうだな。一体何から始めればいいだろう?」
「家帰ったらとりあえず掃除だ。最低限見える畳の面積は広がるぞ」
「……ダメだ。掃除をしている自分の姿が想像できない」
「無茶を言った俺が悪かった。まず万年床を押入れに入れる所から始めろ」
画面切り替わった。
別荘のエントランスに、シャンバラ教導団の将校の制服を着た二人が並んでいた。
その背後にルカルカ・ルー(るかるか・るー)とネル・ライト(ねる・らいと)がつくと、ドアを開けて散歩に出る。
晴天――鳥や虫の声が聞こえる静かな小径を進みながら、ふたりの将校は何やら色々と話し合う。ルカルカとネルは、数歩離れたその背後を静かに歩いた。
と――
地鳴りが響き、ふたりの将校の前の地面に亀裂が入った。
ルカルカとネルが弾かれたように飛び出し、将校達の前の位置を確保。
同時に地を割り、轟音とともに巨大な影が姿を現わした。
イコン、センチネル級だ。
――わぁっ。
客席がどよめいた。
「兵器とかそんなんじゃない! これ大怪獣だよ!」
ジリアン・アシュクロフト(じりあん・あしゅくろふと)が目を丸くするのを、三崎 悠(みさき・はるか)が「落ち着きなって」とたしなめた。
驚き、色めき立ったのはジリアンだけではなかった。
「でけぇ! 超でけぇ!}
「断言する。眼が合っただけで尻尾巻いて逃げ出すぞ、俺が」
「あんた度胸あるな。俺は腰抜かす自分しか見えない」
「パラミタ大陸って巨大ロボが野良モンスターみたいにあちこちに出現するのか?」
「……いや、あれ『ロボ』じゃなくて『イコン』て言うんだけどさ」
「……高レベルで覚えられる魔法とかで、光線技使う巨人に変身できるのとかってない? ねぇ、誰か情報知らない?」
ルカルカとネルは、一瞬互いに視線を交わし、直後、飛び出した。
ルカルカが仰向けに滑り込み、膝を屈めて靴の裏を天に向ける。
同時にネルがその上へ跳び上がり、ルカルカの足の上に降り立つ。接する互いの靴を挟み、両者の全身のバネが撓んだ。
バネに溜められた力が、解放された。
上空に舞い上がったネルは、宙返りをしながら瞬時にスカートの中からナイフを取り出し、センチネル級イコンに向けて放った。頸部、肩、肘、手首等、間接可動部位に次々と刃が突き刺さり、巨体の動きが止まる。
一方地上では、滑り込んだ勢いのままルカルカがヘッドスプリングで起き上がり、スキル「我は射す光の閃刃」を用いた。
光の刃がまっすぐに飛んでいき、巨体を貫き、裂け目の向こうに青空が見えた。直後、機体のあちこちから火が吹き出始めた。
ネルは地面に降りると、ルカルカとともにすかさず護衛対象の将校らの前の位置に戻り、自分達の腰に巻いていたウエストエプロンをほどいた。
手につかまれたウエストエプロンが宙に翻ると、2メートル四方ほどのサイズの布に広がった。
崩れるように地に伏すイコン。それに向かって仁王立ちの態勢を取りながら、ふたりのメイドは手に持った布を一杯に広げた。
イコンの巨体が爆散し、爆風と破片が飛び散った。が、メイドの広げた布はそれらを全てせき止めて、背後の将校には飛礫ひとつ飛ばさない。
揺らめく炎を背景に文字がかぶさった。
『教導団の乙女。その拳はイコンを割り、その蹴りは龍騎士を倒す』
「いやいやいやいやいやいやいや!」
「待て待て待て待て待て待て!」
今度はジリアンのみならず、悠も色めき立った。
他の観客も同様だ。
「そこのロボ! 等身大の相手に秒殺されてるんじゃねぇ!」
「せめて何かやれよ! ロボだろお前!?」
「メイドさんせめて変身してお願い!」
「パラミタ大陸って巨大ロボ粉砕できるメイドさんがいるのか……恐ろしいところに来たもんだぜ」
「いや、だからあれは正式名称が『サロゲート・エイコーン』、通称『イコン』って言ってね……」
「……なんて言われてるみたいだけど?」
一部の観客が興奮するのを見つつ、客席に居たルカルカは隣のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に訊ねた。ダリルは自信たっぷりに頷いた。
「完璧だ。こちらの目論見は大成功だな」
「見てる人を飽きさせないのは大事だと思うけどさぁ。今考えるとちょっと色々やり過ぎだと思うのよねー」
「『教導団の乙女。その拳はイコンを割り、その蹴りは龍騎士を倒す』なんて仰々しい事言い出したのはそっちだろう。必殺技のコンビネーションどうするかでネルと長々と議論したのは誰だったかな?」
「……えーと、誰だったかな?」
月島 未羽(つきしま・みう)のナレーションが入った。
「主君に仕え時にはお世話をし時には護衛するエキスパート集団」
画面は暗転。シャンバラ教導団校章と認可印とが中央に浮かび上がり、【教導団メイド科】の極太明朝体がかぶさった。
「本映像の台本と監督を担当された月島未羽さんにお話を伺います。
生身でのイコン撃退は、初めて見ました。正直度肝を抜かれました」
「当初は、数人の襲撃者が現れてそれを撃退する、という台本だったのですが、撮影の段になって『投げたナイフが襲撃者の体にハリネズミみたいに突き立つのは、残虐表現にならないか?』という疑問が出まして」
「……ハリネズミ、ですか」
「やっぱりそう感じられますでしょう?
そこからなぜか『イコン倒した方がウケそう』みたいな雰囲気になったんです」
「実際どうなんでしょう? 生身でイコンを撃退する、というのは可能なのでしょうか?」
「映像では多少オーバーに表現してはおりますが、事前の分析や十分な戦力の準備、戦術・戦略の練り込みで、可能です」
──おおぉぉ。
客席のあちこちからどよめきが洩れた。
「イコンの種類にもよりますが、密度の高い研鑽と鍛錬を積めば、一対一の状況でもイコン撃退は決して不可能ではありません」
──おおおおおおおおおっ!
どよめきがさらに大きくなった。
「ですが、重要なのは自身の研鑽し、積み上げた力は何のためなのか、という点でしょう。
私達『教導団メイド科』では、仕える主人を助け、守るために力を使いたいと思います。
戦時だけでなく、平時においても処理すべき物事は少なくありません。それらのひとつひとつを手早く片付けていく事は、例え表には出ず見えにくいものであったとしても、当たり前の事を当たり前のように回していく為には必要不可欠――メイドというと、姿や制服から華やかな一面がありますが、実際はそんな地味な役回りです。
そして、私達は、そのような地味な役回りに誇りを持っております。
体験入隊プログラムも準備していますので、興味のある方はいつでもお越し下さい。お待ちしています」
「俺家に帰ったら掃除に着手するわ。何だかそうしなきゃいけない気になってきた」
「今日から夜寝て朝起きる生活リズムにシフトするよ俺。何だかこのメイドさんに眼つけられたらって考えたら物凄い怖くなってきた」
(……教導団のメイドがお前らに眼つける理由も義理も必然性も思いつかないんだが、それは黙っておくことにしよう。生活改善に動き出すのは悪い事じゃないからな)
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