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リアクション
第三章 舞い散る紅
「よし、ここにするか」
視界を埋め尽くす紅・紅・紅。
暫し散策を楽しんだ大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)はここが絶景ポイントだと、コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)を促した。
「確かに……これは何というか……美しいですね……」
ほぅ、溜め息をつくコーディリアの頬は僅かに上気していた。
剛太郎はその様子に一つ微笑むと、レジャーシートを広げた。
そうすると慌てたようにコーディリアがいそいそとお茶の支度を始め。
そのまま二人、紅に抱かれ二人きりの時間を過ごす。
さわさわと秋の涼やかな風が気持ち良くて。
「あぁ、いい風だ……少し、膝を借りてもいいか?」
「どっどどどどど、どうぞ! 喜んで!」
二つ返事でコーディリアは自らの膝に剛太郎を受け入れた。
その重みが、何とも嬉しく幸せで。
(「今日こそ、今日こそもしや!」)
高まる期待に、コーディリアの頬は紅葉のように真っ赤に染まっていた。
ちなみに。
「すっご〜い、どこもかしこも真っ赤っかね」
「さすがに紅葉スポットなだけありますね」
絶景ポイントだけあって勿論、剛太郎とコーディリアだけではなかった。
新川 涼(しんかわ・りょう)は顔を輝かせて周囲を見回すユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)に、自らも微笑んだ。
実際には、紅葉だけでなくイチョウや楓といった木々もあるのだが、やはり紅の鮮やかさは圧倒的だった。
「自分達以外にも紅葉狩りに来ている人が結構いるようですね」
「うん、今が見ごろだしね……そういえば何で紅葉狩りって言うんだろう?」
ふと、疑問を覚えたユアに、「諸説あるようですが」と言いながら、涼は紅葉を枝からちぎった。
「こうやって、実際に紅葉を手に取って眺めたからという説もあるそうですよ」
「へぇ、そうなんだぁ」
涼の博識ぶりにしきりと感心するユアはふと、あさっての方向に視線を向けると、ニコニコと言った。
「じゃあ、あれが本来の紅葉狩りなのかな?」
「……え?」
ユアの人差し指の先を追った涼は思わず、固まった。
そこには機晶姫と思しき少女がいた……この場にそぐわぬ剣らしきものを持ち、紅葉を狩る少女が。
「何や、何事や?!」
突然音を立てて落ちた紅葉に慌てたのはカノコも同じ。
とりあえず、このままではお絵描きにもならない、と気付いたカノコはパートナーを振りむき、「あれ?」と小首を傾げた。
書き掛けの絵やら荷物やらを残し、忽然と消えていたからだ。
「ロクロさん、どこ行った…って、木の枝にはさまっとるー!」
見上げると、紅の間に覗く青紫。ロクロの髪と服の鮮やかな。
その手にしっかり握られた『でっかい絵筆』に、全てを悟る。
「みゃあーみゃあー」
「うわっどないしょー! 誰か! 一流の医者を呼べー!」
パニックになるカノコの横にふと、誰かが立った。
と、次の瞬間。
大量の紅の葉と共に、ロクロが落下した。
正確には、落下させられた、のである。
剣を手にした機晶姫が挟まっていた木の枝を切り落とし、ロクロを受け止めたのだ。
「大丈夫、ですか?」
「……あっ、うん」
ビックリした、バクバクする心臓を抑えたまま、ぎこちなく頷くロクロ。
『でっかい絵筆』は絵筆だが空飛ぶ機能つきなので、飛ばされる事自体は珍しくない。
とはいえ慣れる事はないわけで。
というか今はこの状況……お姫様抱っこされたままの現状に頭がついていかない。
「ロクロさん!」
だが硬直は、抱きついてきたカノコにより解け。
「ありが……と?」
助けてくれた相手にようやく礼を述べようとしたロクロとカノコは、しかし、再び茫然とする事になった。
その相手がいきなり、紅葉の葉を切り落としだしたからだ。
「あ……すみません、もう少し離れて下さらないと……危ない、です」
バサバサ……バサバサバサっ!
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ! 何、何、何事なの!?」
と、頭上で悲鳴が上がった。
木の枝に腰掛けてウトウトしていたカイナ・スマンハク(かいな・すまんはく)である。
ロクロと違いこちらは好きで木の上にいたのだが、突然暴れ出した鳥達にはやはりビックリ仰天だった。
「人が気持ちよく寝てたっていうのに、何してくれてんのさ」
寝起きの不機嫌さ丸出しでエンジュを観察していたカイナだったが、暫くして気付いた。
妙に必死な、その様子に。
「数が多い……でも、全部刈らねば……」
「かる? ってもみじを刈るつもりなのか? これ全部?」
更に、拾った呟きに怪訝さや不機嫌さはどっかにすっ飛んでしまった。
ぐるりと見回さなくても分かる、視界に入るたくさんの紅葉。
大変だろうなぁ、というのは口にせずとも分かる。
なのに機晶姫は止めるつもりは全くないらしく。
カイナはその無表情の中に、どこか悲しそうな匂いを嗅ぎ取ってしまった……から、もうダメだった。
「ちょうど暇してたし、俺も手伝うぞ」
ひょい、と枝から軽やかに飛び降りとカイナは弓を取り出し。
「……ごめんな」
そうして、木に止まっている鳥たちに謝りながら、紅葉に矢を放った。
手助けしてやりたい、言葉の代わりにニッと笑ってやると、機晶姫の悲しそうな匂いがホンの少し、薄れた気がした。
「え、と……条一、あれ?」
乙川 七ッ音(おとかわ・なつね)は傍らのパートナー白泉 条一(しらいずみ・じょういち)に困惑の眼差しを向けた。
「パラミタの紅葉も綺麗ですね」
と条一が用意してくれたお菓子と紅茶をいただきながら、まったり紅葉見物をしていた七ツ音である。
だが突然現れた少女が紅葉を散らしていくのを目撃し、何が何やら分からなくて。
「やっぱり紅葉を狩るのか!」
一方の条一は、エンジュの行動に目からウロコ、であった。
実は条一、紅葉狩りとは何なのか知らなかった。
というかマホロバ人である条一が知らなくても仕方ないのだが。
ただ、紅葉を眺めるうちに、
(「紅葉狩りって、こうやって紅葉を見てのんびりするものなのかな……」)
と思ってきていたのだが!
エンジュの行動を目撃し、その認識が一変した。
つまり、やはり紅葉狩りは紅葉を「狩る」のだと。
「成る程、これがパラミタ流の紅葉狩りなんですね」
エンジュに駆られた紅葉を嬉々として集め出した条一に、七ツ音にも間違った認識が根付く。
「ですが、狩った紅葉はどうするんですか?」
「……押し花にでもするんじゃん?」
「じゃあちょっとだけ持ち帰って、その押し花でしおりでも作りましょう」
適当な答えに、けれど七ツ音はニコニコと無邪気に微笑んだのだった。
とはいえ、みんながみんな傍観に徹していたわけではない。
「皆が楽しみにしている紅葉を台無しになんてさせない」
騒ぎにいち早く気付いた代呂乃 ハクト(よろの・はくと)は、眼前の機晶姫を見つめた。
こちらをチラと見る眼差しに敵意や悪意といったモノは感じられない。
勿論、弓を手にしたカイナからも。
とはいえ、このままにしておく事は出来なかった。
紅葉が全て散らされてしまったら、観に来た人達がガッカリするから。
「皆が楽しみにし、愛でたいと思っている紅葉を台無しになんてさせない」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)とテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)もハクトと同じように、散らされていく紅葉に心を痛め。
「でも、何か事情があるのかもしれないし、力づくは避けたいよね」
「そうだな、しかし事情といっても思いつかない」
ハクトとトマスが首を捻る横、同じように困惑した声がした。
「えーと、何か頭の痛い光景が広がっているのだけど。気のせいかしら?」
「残念ながら気のせいじゃないようだな」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)はパートナーであるリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に緩く頭を振りつつ、眼前の少女に軽い口調でもって語りかけた。
「そこのお姉さん。何をやっているのかな?」
「政敏、それはまるっきりナンパだと思うわよ」
カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の突っ込みに軽く肩をすくめつつ、政敏の眼差しはあくまでエンジュのみに向けられていた。
「この赤い葉……紅葉という葉を……刈っています……」
気付いた機晶姫は律儀に返す……こちらを見返しつつ。
その一見しただけでは無表情でしかないそれを政敏はじっと見つめ。
話は通じるらしい、と悟ったハクトが出来る限り穏やかに話しかけた。
「何か事情があるなら聞かせてくれないかな? 紅葉がなくなったら皆、ガッカリすると思うんだ。あ、と……その……」
「……エンジュ、です」
「うん。じゃあエンジュはどうして紅葉を狩っているのかな?」
「この紅い葉を全て刈るのが……私の使命なのです……」
「「……え〜」」
淡々とした答えにトマスとテノーリオは思わず絶句し。
「全部刈らないと……帰れないのです……」
そして政敏は、ポツリともらしたエンジュの表情に眉をひそめた。
動かない表情の中、一つの感情を感じ取ったから。
そう、『哀しみ』を。
「なので……刈らねばなりません……」
そうしてエンジュは手にした刃を握り直すと、再びそれを振るった。
「やれやれ、何が起こっていると思えば……」
トン、軽い動作で葉の落ちた枝に降りた和言 更級(わごん・さらしな)は、その光景を呆れ半分楽しげ半分な口調で呟いた。
長い艶やかな黒髪からピョコンと覗く狐耳。
感じ取った山の騒ぎに駆けつけてみれば、懸命に紅葉を散らす者達と、それを鑑賞する輩と。
「随分と賑やかな事になっておるのぅ」
とはいえ、この騒ぎが本格化するのはこれからだと、更級は悟っていた。
ハクトやトマスもこのままエンジュを放ってはおかないだろうし、他の血気盛んな者達も直ぐに駆けつけるだろう。
なので。
「ふむ。わらわは高みの見物とシャレこませてもらうとしよう」
狐耳の巫女さんは早々に野次馬を決め込むと、高い枝に腰を下ろしたのだった。
眼下で繰り広げられるであろう光景を、楽しそうに見下ろしながら。
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