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第九章 かけがえのないもの
「レティとお茶会だなんて楽しみだな♪ ね、変じゃないかな?」
「安心して下さいねぇ、旦那様。あちきの着付けは完ぺきですからねぇ」
 紅葉の中での野点、と洒落込むリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はそれぞれ、和装……和服姿だった。
「うん、それはそうだけど……その、途中でレティ、あの……」
「それは旦那様が愛らしすぎるので致し方なかったので♪ その後でちゃあんと着付けましたから問題ないですよ」
「そっそう、なら……いいんだけど」
 ちょっとだけペタンとしかけた犬耳が、ホッとすると同時にキュピーンと元気を取り戻し、それだけでレティシアの頬は緩んでしまう。
 また、そんなレティシアの表情にリアトリスも見惚れてしまうわけで。
「……コホン」
 イチャつく二人を引き戻したのは、レティシアのパートナーであるミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の咳払いだった。
「あっと、お茶会用のお菓子、用意しなくちゃね」
「ではあちきは野点の用意をしましょうかねぇ」
 レティシアは裏千家名取の実力を見せましょう!、と本格的な野点の準備。
 リアトリスはお茶会の為にセッティングしたテーブルに、ハートのクッキーとショコラティエのチョコにさくらんぼ、バター茶を用意していく。
「わっ、クッキーだ♪」
「これ知ってる、キモノって言うんでしょ?」
 途端、子供達やら物珍しげな者達に囲まれてしまう。
「ささっ、折角ですからどうです?」
 その中に件の人物を認めたレティシアは、有無を言わせぬ笑顔でもって、奈夏とエンジュとを手招いたのだった。
(「普段のレティからは考えられない事ですがおしとやかな面も有るんですよね」)
 茶を点てるレティシアに、ミスティは内心で溜め息をついた。
「普段はレティに迷惑を掛けられているんですがタマにこういう事もしてくれるから嫌いにならないんですよね」
「作法は裏千家ですが日本じゃ有りませんから煩くは言いませんよ楽しんで飲んで頂ければ良いんですからねぇ」
 そのレティシアは緊張してガチガチの奈夏に、そう告げているところだった。
「はっ、はい」
 真面目な性質なのだろう、やはり直ぐに隣にいるエンジュと砕けて打ち解けるわけにはいかないらしい奈夏にふと、言葉が零れた。
「パートナーとの絆ですかぁ……お互いを理解して支え合うのがパートナーだと思いますけどねぇ……」
「レティシアさんはパートナーさんとそういう関係、なの?」
「そうですねぇ、あちきには2人のパートナーが居ますからねぇ」
 それでも浮かんだ笑みは、どちらともと良好な関係だと告げていて、奈夏は羨ましく思った。
(「御凪さんや近遠さん達に言われて、焦らないで行こうって思ったばかりなのに」)
 自分のバカバカバカ、とかやってそうな奈夏に、ミスティは声を掛けた。
「まぁ、パートナーの事を分かりあうには時間がかかるかもしれないですけど、絆は深めるには地道な努力も必要ですね」
「とりあえず、今はレティのお茶を仲良く飲んで、この折角の紅葉を楽しむと良いと思うよ」
 嬉しそうに左右に振れるリアトリスの尻尾。
 それに頬を緩め、奈夏はようやく止まっていた手を動かし、お茶に口を付けたのだった。
「あの二人、大丈夫かなぁ?」
「後はあの二人次第でしょうけど……まぁ、あちきと旦那様のように上手くいって欲しいとは思いますけどねぇ」
 言いつつ、レティシアはピクピク動くリアトリスの犬耳をそっと撫でた。
 柔らかな手触りに、優しく何度も撫でてやると、気持ち良さそうにふるふると震えた。

「奈夏さん、もう大丈夫かな?」
「問題なしとは言い切れませんが、とりあえず互いに一歩踏み出したので、多分きっと」
 大丈夫ではないでしょうか、リュートの言葉に花音は「うん」と安堵したように息を吐く。
 そんな花音に、リュートはやはり誘って良かったと思った。
 芸能に関して花音は神経質になり過ぎている気が、していた。
 だから新しい出会いを通じて、復活の機会にできれば、と。
「多少……いつもの調子に戻ってくれた……ようですね」
「リュート?」
 リュートはそして、花音に告げるべく口を開いた。
「イルミンが分裂する恐れがあると予想します。…あなたは立ち向かえると思いますよ? 音楽を共有する文化として…想いを紡ぐ事が叶えば…」
 伝えたい思いがあった。
「責任を背負う課題ではありませんか? 読みは外れるかもしれません…」
 それでも。
「論より証拠で! 立ち向かいましょう!」
 真っすぐな瞳を向け、手を差し出す。
 共に立ち向かおう、と。
「……奈夏さんにもハッパ掛けちゃったし、ボクも頑張らないと顔向けできないよね」
 受け止め、花音は小さく微笑んだ。
「ボクも歌いたくなっちゃったな……やっぱり、歌うのが好きだから」
「よし、セッションしよう!」
 と、声を上げたのはアルカネット。
 エクレギターを手にピョン、と飛び跳ねると同時に肩口で黒髪が跳ねる。
「じゃあ一緒に歌ってみようか」
 エンジュや子供達を促し、歌菜が共にと歌うのは紅葉の美しさを湛える歌。
 即興で作った難しくないそれに、すかさずアルカネットのエレキギターが寄り添い導く。
 つられるように重なる、歌声。
 嬉しそうに、子供達の。
 伸びやかな、花音の。
 そして、戸惑うように、機晶姫の小さな。
「ん、上手いぞ」
 何時の間に仲良くなったのだろう?
 羽純に頭を撫でられた男の子が嬉しそうに笑うのを視界の端に捉え、歌菜も自然と顔を綻ばせた。
「まぁ色々あったが……お疲れさん」
 その背に掛けられた労いに、歌菜はちょっとだけ躊躇ってから、羽純の顔を見上げた。
「実は子供好き?」
「さぁな」
 その問いに羽純はただ穏やかに微笑んだのだった。


 帰り道。
「さぁ皆、もうそろそろ帰る時間よ」
「え〜、もう少し遊んでたい」
「バカ、遊びじゃないよ、勉強だろ」
「そうそう。六花せんせ、もうちょっとお勉強しようよ!」
 秋の日はつるべ落とし。
 子供達の気持ちは分かるけれど、傾いていく日を見れば、これ以上留まる事は出来なかった。
 六花はちょっとだけ考え込むフリをすると、にっこりと微笑んだ。
「実はね、この道に沿った木々のどこかに、金色の紅葉を隠したの」
 帰り道へ視線を投げる六花に、子供たちの不満の声が、ぴたっと止んだ。
「見つけたら、もちろんそれは持って帰っていいわ。さあ! 金色の紅葉を見つけられるのは、誰かしら?」
 言い終わらないうちに、わぁっと上がる、歓声。
「ぼくが見つける!」
「わたし、おかあさんにあげたい!」
 皆、きらきらと目を輝かせながら道を駆けていく。
「ほらほら、そんなに走ると転んじゃうよ」
 慌ててアリアやジュジュ、羽純達が後を追い。
「子供達は元気ね」
「疲れたー……ねむいー」
 ダウン寸前のマリエッタに肩で支えながら、ゆかりは感心するしかない。
 それでも、マリエッタも含めて皆楽しそうで満足そうで、良かったと心から思う。
「それにしても、金色の紅葉とは考えましたね」
 翔に、六花は微笑んだ。
 金色の紅葉―――種明かしは簡単だ。
 色付いたいくつかの葉に、六花はこっそりと光術をかけておいたのだ。
 透き通るような黄色が柔らかな光を帯び、それは鮮やかな金色に見える。
「六花せんせ〜! 見て見てー!」
 子供たちのはしゃぐ声がする。
 その手の中の金色の紅葉に負けないくらい、キラキラの笑顔を浮かべて。


 その日、ロクロは手紙を書いた。

拝啓、父上様
アムトーシスの街の皆は元気ですか?

今日はカノコにアキノコ・ウヨーさんという物を見せてもらったわけで
ウヨーさん達の鮮やかな赤や黄に彩られた景色は
灼熱地獄かと思うほど美しかったわけで
紙に描きとめてると、途中で絵筆が飛んで木にはさまったわけで

それで色々ありましたけれども
……ボクは今日も元気です
また手紙書きます
みゃあー

担当マスターより

▼担当マスター

藤崎ゆう

▼マスターコメント

 こんにちは、藤崎です。
 皆さんのおかげで子供達は楽しい時を過ごす事が出来たようです。
 奈夏とエンジュもとりあえず一歩……二・三歩は前進したかな?
 ではまた、お会い出来る事を心より祈っております。