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第六章 伝わるもの
「契約って、お互いが信頼しないと出来ないはず。そして、契約した者同士はテレパシーのような能力が生まれるから、お互いの気持ちも何となくわかるはずなんだけどなぁ……」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は少し困ったように、押し黙る奈夏とエンジュを見た。
「でも二人とも、そういうレベル低そうだよね……特にエンジュは」
 昔のあたしみたい、蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)は小さくもらすと、ベビーカーの中の白夜・アルカナロード(びゃくや・あるかなろーど)の頭をそっと撫でた。
「こうして触れれば、何となく伝わるのにね」
「ええ。でもいきなりガチは無理……とりあえず、先ずは個別相談かしら。奈夏、ちょっとこっちに来て」
 言ってコトノハは奈夏の手を引いた。
 多分、一応曲がりなりにも「分かっている」奈夏から行動を起こしてもらった方がいいと、判断して。
「要は、奈夏とエンジュが上手くいってないから、こんな事になったって事だよな」
 吉崎 樹(よしざき・いつき)の指摘に奈夏はコクンと首肯した。
「いや別に責めてるわけじゃなくて……」
 途端しゅんとなった奈夏に慌てる。
 何かエンジュからさっきまでなかった殺気を感じるし!
「俺の場合、ミシェル……あぁパートナーとはノリで契約したけど……」
「ノリ!?」
「あぁうん、でまぁ後悔した事もあったけど、てか今も絶賛後悔中だよな、そういえば……」
「後悔、してるの? パートナー止めたいとか思ったり、してる?」
「ん〜、振り回されたり、精神的に疲れたりするけど、契約を解除したいとかはないかな……恋人だし」
「こっ、恋人!?」
 一々反応する奈夏に、樹は自分達が同性同士な事はとりあえず黙っていようと思う。
(「それにしても、上手くいってないのは関係を悩んでるからで、んで、今の食いつきからすると……」)
「契約解除したい、ってより、解除されたらどうしようって思ってるんだ?」
「っ!?」
「何でそんな事、思うの? エンジュがそんな事、思うわけないのに」
 心底不思議そうに尋ねたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)のパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
「エンジュは貴女が望んだことに全力で応えてるよ? 言葉の意味を知らないから上手くいってないけど……だからそれを理解して」
 契約解除されたらどうしよう、なんて疑ったらエンジュが可哀相だと思う。
 あんなに奈夏の為に(それが見当外れだとしても)頑張っているのに、信用されていないだなんて。
「上手く伝えられなかった事を謝って、一緒に学んでいけば良いんだよ」
 他の人達と同じである必要はない、二人一緒に同じ歩幅で進んで行けば良い。
「私達パートナーはそうやってお互い支え合いながら進むものだと思うから」
 月夜の脳裏に浮かぶ、刀真のもう一人のパートナー封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)
 浮かんだのはエンジュと白花がどこか似ているからかもしれない。
「刀真は私に望めば良い、私はそれに全力で応えるから…私も刀真に望む。遠慮なんていらない、信じて頼って時々我が儘を言ってお互いが応えていけばずっと一緒にいられるよ」
 パートナーとの間に揺るぎない絆を持つ月夜が、今の奈夏には眩しかった。
「でも私、成績とかあまりよくなくて。パラミタに来てから色々……上手く出来なくて。エンジュの側にいる資格、ないんじゃって。エンジュにはもっと相応しいパートナーがいるんじゃないんなって」
「側にいるのに、資格なんているの? あたしはママが好きだから側にいたい……奈夏は違うの?」
 ずっずっと燻っていた不安の吐露に、夜魅は不思議そうに問うて。
「……違わない、わ」
 瞬間息を止めた奈夏はそう、吐きだし。
「奈夏さんは少し臆病なのだけなんだと思うの。失敗を恐れ、思わず言葉が足りなくなってしまう」
 朱里は思った事を口にした。
 聞けば、蒼空学園での成績はイマイチっていうかダメダメらしい。
 学科はともかく、それ以外は全然らしい、空飛ぶ箒にも乗れないというし。
 多分、エンジュに対しても「そう」なのだろう。
「だけど大切なことは、きちんと『言葉』にしないと伝わらないわ。エンジュのように言葉を杓子定規に受け取ってしまうタイプなら尚更」
 それは少しだけ懐かしさを呼び起こした。
「私とアインも昔は似たようなものだった。それが今は夫婦で、お腹の中に子供もいる。
きっと大丈夫。お互いを大切に思う心があれば」
 だってもう、気付いたのだから。
 互いがこんなに、大切だと。

「あ〜、ほらほらそんな殺気たてるなって」
 樹達と話をしながらシュンと項垂れたり顔を赤くしたり、な奈夏をじっと見つめるエンジュを、瀬島 壮太(せじま・そうた)は苦笑まじりに宥めた。
「殺気など……」
「立ててないって?」
「………………」
 嘘がつけず押し黙るエンジュに、もう一つ苦笑を零して。
「姐さんが、おまえと話がしたいんだってよ」
 指からフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)を外し、それをエンジュの手の平に乗せた。
「壮ちゃん」
「はいはい、無粋な真似はしないよ」
 二人きりで話したいらしい意を汲んだ壮太は、距離を取った。
「エンジュ、あなたの気持ちは何となく分かるわ……私達は作られた存在だから」
 そうして、フリーダは……アーマーリングタイプの機晶姫は、エンジュに静かに話しかけた。
「主となる奈夏ちゃんの命じられた事……彼女の期待に応えたいのよね」
 コクリ、と頷いた動作が幼く見えて、少し微笑ましいと思う。
「でも少し考えて。奈夏ちゃんは本当に、あなたにただ命令をしているだけなのかしら」
 思って、諭すように続けた。
「例えば私はあなたともっとお話したいわ。朝と夜、どちらが好きか。読書と体を動かすこと、どちらが好きか とかね。それは『教えて』という命令ではなくて。『あなたを知りたい』という純粋な気持ちよ」
 見つめるエンジュの顔にはただ疑問だけが浮かんでいた。
 疑問というより、困惑というべきか。
 それにフリーダは知らず声に笑みを乗せた。
「奈夏ちゃんは主従としてではなく、純粋にあなたと仲良くなりたくて紅葉狩りに誘ったんじゃないかしら」
「……分かり……ません。私は……主に従う事しか……出来ませんから……」
「それを決めるのはあなたと、そして、奈夏ちゃんよ」
 少なくともエンジュには迷う『心』がある、それが嬉しい。
「だからね、奈夏ちゃんともっとお話をすることが大事だと思うわ。……私の話、最後まで聞いてくれてありがとうね」
 礼を言うとエンジュはやはり困惑したまま、それでも小さく頭を下げた。
「話、終わったようだな」
 聡い壮太がひょいと自分を回収し、エンジュの髪をくしゃりと撫でてやるのを見。
 後は二人次第だと思いながら、それでも、フリーダは祈った。
 どうかエンジュも幸せになりますように、と。


「パートナーと言っても仰々しく考える必要は無いと思いますよ」
 そうして、再び向かい合う二人に声を掛けたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)だった。
「友達や恋人等、色々な関係が有りますよね」
 示すようにコトノハや朱里、壮太達を順繰りに見やってから、真人は奈夏に問うた。
「奈夏さん、あなたはエンジュさんとどう言う関係になりたいのですか? 結局はそこになると思いますよ」
 嫌っていればエンジュの事をあれほど心配なんてしないだろうし、エンジュだって結局はそうだろう。
「あたしは、エンジュと友達に……もっと対等になりたい、けど」
 奈夏は小さく呟いた。
 コトノハが察した通り、パートナー同士は何と無く互いの気持ちが分かるはずで。
「相手を判らないから不安であり、踏み込めないと言う感じでしょうか」
 ただ、真人の見たところ奈夏はそれを信じ切れておらず、エンジュはそれを理解出来ていない。
「なら今回の事件で少し判ったんじゃないですか?」
 けれど、二人は気付いた筈だから。
「そうやって少しずつでも自分達にペースで理解し合えば良いんです。周りを気にする必要なんてありませんよ」
 だからきっと、大丈夫だ。
「たとえ失敗したとしても諦めなければ少しずつでも進んで行けますからね。ま、派手な事件になったとしても、今回のように皆で協力して解決すれば良いだけですよ」
 真人は言ってから、奈夏とエンジュの手を引き、そっと重ねた。
「私は……色々ダメなトコも多いけど、エンジュと一緒にいたい。色々な事、一緒にしたいの」
「私も……マスターと一緒にいたい……です」
「その、マスターっていうの、止めて欲しいなって。私はエンジュと友達になりたい……奈夏って呼んで欲しい」
「……善処致します……奈夏」
 そうして、奈夏は嬉しそうに微笑み。
 その微笑みにエンジュまた僅かに柔らかく目を細めた。
 重ねた手はそのままで。


「とりあえず何とかなったみたいね」
「いきなり全てが上手くいくわけではないけどね」
 見守っていたセレンフィリティとセレアナ、いや皆が安堵していた。
「良かった……あれ、そういえばチェルとミユは?」
「あ…………あの、多分子供達を守っているのではないでしょうか?」
 バトルに熱くなってどこかに行ってしまった事を知っている姫乃は、困りながらそう誤魔化し。
「そっか、うん、二人らしいな」
 自分のパートナー達の反目に全く気付かない理沙は「さすが私のパートナーね」と誇らしそうに微笑んだのだった。
「エンジュさんも奈夏さんと一緒に、紅葉を楽しみましょう」
 ベアトリーチェの言葉に、両手を腰にやりながら美羽も「うんうん」と頷いた。
「そうそう。幸いまだ紅葉のキレイ処は残ってるし、タイヤキでも食べながら楽しもうよ」
「リーズそれ幾つ目だよ……まぁのんびり『紅葉狩り』ってのは同感やけどな」
「ふふっ、じゃあエンジュ、一緒に行こう?」
「はい、マス……奈夏」
「あぁ、よく言ったよく言えたな、奈夏。だがな!」
 ほのぼのと緩んだ空気が満ちる中、ヴァイスは仁王立ちして言い放った。
紅葉狩りを楽しむのは、エンジュと一緒に刈り散らした紅葉掃除してからな!
 もっともなそれに奈夏とエンジュは顔を見合わせ、どちらからともなく頷き合った。
 肩をすくめるようなそれはそれでもやはり、どこか楽しそうだった。
「友達でもパートナーでも、わだかまりを持つよりはずっといいと思うのよね。それに、パラミタの自然ならこれ位は受け止めてくれる。だから頑張ってね」
 紅葉の葉の片づけを手伝いながら、リーンはそうエンジュと奈夏を励ました。
 申し訳なさそうに枯れ木と化した紅葉に手を当てていた奈夏は、そっと頷き。
 エンジュも理解しているのかいないのか、それでも同じように首肯し。
「一足飛びに上手くいく、なんて事はないでしょうけどね」
「ま、大丈夫だろ……パートナーと一緒ならさ」
 それでも二人同じ思いで同じ時を過ごせるのなら……呟く政敏に気付かれぬよう、目を細めて。
「それで、どうなんです? 羽交い絞めした時に胸とか触れられるかも?、とか思ってたんでしょう?」
「あっいや、その……」
 照れ隠しのように、政敏の頬をひねり上げたのだった……そっと優しく。
「今はまだ感情機能が発達していないエンジュも、奈夏との何気ない日常を過ごし学びゆく中で、新しい何かが芽生えるかもしれない。自分がそうであったように」
 紅葉を片づける奈夏とエンジュを見守りながら、優しい瞳を向けてくるアインに、朱里はそっと身を寄せた。

「これにて終幕、かのぅ。もう少し盛り上がると良かったが……まぁ贅沢はいえぬか」
 そうして、騒動を見下ろしていた更級はうそぶくと、無造作に立ちあがり枝を蹴った。
 枝は一度だけ大きく揺れ。
 次の瞬間にはどこにも、巫女姿は認められなかったのであった。