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【2022七夕】荒野の打上げ華美

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【2022七夕】荒野の打上げ華美

リアクション

 リーア・エルレンという魔女が、本人が出向いてまで、普通の飲み物を売るかといえば。
(絶対にありえませんね!)
 神代 明日香(かみしろ・あすか)は、そう断言できた。
 だから、何か楽しいことがあるはずと確信して、彼女の屋台を訪れていた。
「今回は、お友達を沢山作ってあげる薬はないわよ〜。ごめんね」
 リーアは明日香と共に訪れたエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)にそう言った。
 子供化する薬はないようだった。
「いらないですぅ。明日香が一緒だからいいですぅ」
 エリザベートはぎゅっと明日香の手を握っている。
「あなたたち、そういう関係になったのねぇ……」
 にこにこ、リーアは笑みを浮かべていた。
「エリザベートちゃんより子供になるのもいいですけどぉ。今日はこのままの姿で遊びたいんですぅ」
 明日香もにこにこそう答えて。
「天の川が見えやすい天気ですねぇ」
 のんびり明日香はそうたわいもない話をする。
「夜とはいえ熱いから喉乾いたでしょ? サービスするわよ」
「甘い苺ミルクがいいですぅ」
「ん、これはちょっとあなたには早……いえいえ、子供っぽ過ぎるんじゃない? 明日香に釣り合う少女になりたかったら、こちらをどうぞ」
 言って、リーアはエリザベートに素直な気持ちになるアイスコーヒーを入れてあげた。
「ちょっと苦……くないですぅ。平気です〜」
 エリザベートはちょぴちょぴ飲んでいく。
「“私にも”お勧めの物はありますか」
 意味深に、明日香がリーアに尋ねる。
「勿論、あるわよ」
 リーアは明日香と目を合わせ微笑みながら、答えて。
「こちらを、どうぞ」
 明日香には、安らかな気持ちになれるハーブティーを淹れてくれた。
 ゆっくり飲んだ後。
 明日香はエリザベートの様子を見る。
「お腹がすきましたぁ。飲み物だけじゃ足りないですぅ」
 エリザベートが食べ物をねだりだす。
「どうぞ。食べ過ぎたらだめですよぉ」
 明日香は隣の屋台で購入した袋入りの綿菓子をエリザベートに渡した。
 エリザベートは美味しそうに食べだす。
 それから。
 チョコレートパフェが食べたいだとか、中華料理が食べたくなっただとか、焼き芋が食べたいだとか。
 我侭を沢山言いだした。
 いつもと変わらないようで、いつもよりも彼女は我侭になっていて。
「飽きたですぅ。笹飾りを揺らして短冊落して遊ぶですぅ」
 などと言い出した彼女を、明日香は後ろからぎゅっと抱きしめて止めた。
「落ち着きましょうねぇ、エリザベートちゃん」
 エリザベートがやりたいと思っていることであっても、体を壊す暴飲暴食や、他人を傷つけることは止めなければならなから。
 そして、自分が飲んでいたハーブティの残りを、彼女に飲ませた。
「体調、悪くないですかぁ? イライラしてるだけでしょうか〜」
 おでこ同士をくっつけて、互いの熱を確認する。
 ……エリザベートの方がちょっと熱かった。だけど、正常の範囲だ。
 それから、2人は同時にあくびをした。
「なんだか、眠いですねぇ」
「眠いですぅ」
 ふらふら、エリザベートは明日香に抱き着いてきた。
「ちょっとだけ、夢の世界に行ってきましょう……」
 明日香はエリザベートを抱きしめて、背を優しくぽんぽんとたたきながら。
 一緒に目を閉じて、夢の世界に遊びに行くことにした。
 彼女の我侭を何でも叶えてあげられる世界に。

「朱理ちゃん、おめでとう!」
 サマーバレンタイン会場の一角で、城 紅月(じょう・こうげつ)は、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)に贈り物をした。
 今日は、朱里の二十歳の誕生日なのだ。
「ありがとうっ」
 朱里はさっそく中を確認させてもらう。
「うわ……っ」
 可愛らしい袋の中には、裾にクローバーの総刺繍が施されている、白いハイウェストのステージ衣装だった。
「レオンと二人で選んだけど……どうかな? ジュリエットみたいでしょ♪」
「朱理さん、お誕生日おめでとうございます」
 紅月のパートナーのレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)も、朱里に微笑みかけた。
「ありがとう! 嬉しいっ」
 衣装を広げて、自分に合せながら、朱里はとても嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「よかったな、朱里」
 伴侶のアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が言うと、朱里は「うんっ」と、笑顔のまま勢いよく頷いた。
 4人はここで、朱里の誕生日祝いのバーベキューをしているのだ。
 テーブルの上には、レオンが用意したスペアリブの柚胡椒漬けと冷製トマトスープや、アインが特別な日の為に用意しておいた、アニバーサリワインが置かれている。
「良かったら、俺と一緒に歌って欲しいな」
 と、紅月は朱里を誘い、朱里は「喜んで」と笑顔で答え。
 2人は呼吸を合わせて『幸せの歌』を歌いだす。
「これはこれは……」
「さすがだな」
 レオンとアインは、微笑んで2人を見守る。
 流れる声はとても美しく。
 歩く人々は振り向かずにはいられない。
 恋人達も、友人達も家族も。
 全ての人の心を優しく包んで、癒して、幸せにしてくれる。そんな歌声だった。

 沢山笑い合って、バーベキューを楽しんで。
 ふと気づいたら、アルコールの瓶が全て空になっていた。
「あ、れ……」
 進められるままに、初めてワインやカクテルを飲んだ朱里は、なんだか調子がおかしいことに気付く。
 初めて飲んだお酒は美味しかっただけど……。
「ちょっと頭がふらふらする……かも」
 控え目に彼女はアインにそう言った。
「すまない。もう少し気にしていれば」
「ごめんね、せっかく祝ってくれたのに、こんなことになっちゃって」
 アインに、朱里は身を預けてきた。
「私もまだまだ子供なのかな」
「いや、そんなことはない。俺の方こそ、せっかくの記念日を台無しにしてすまない」
 彼女は多分、美味しかったからだけではなく、自分が持ってきたアニバーサリーワインだからこそ、飲み過ぎてしまったのだろうから。
 朱里は首を左右に振って、彼の腕の中で目をつぶり「ありがとう」とアインに礼を言った。
「屋台で飲み物を買っていてくれないか?」
 アインは倒れそうな朱里を抱き止めながら、レオンに頼んだ。
「うわぅ、世界が……回る」
 朱里だけではなく、紅月も飲み過ぎて、ふらふらになっている。
 すぐにレオンは近くの屋台――リーアの店に行き。
「飲み物買ってきました。口直しにどうぞ。アインの分もありますよ」
 酔ってしまった2人の為に、甘い苺ミルクを買ってきた。

「最後にお願いがあるの」
 飲み物を飲んで、少し落ち着いた後。
 朱里はアインにこう願う。
「帰ったらあの苺ミルクみたいに、とびきり甘いデザートが欲しいな……」
 ほんのりと赤くなりながら、そう言った彼女が。
 たまらなく愛しくて、欲しくなって。
「帰ったら、な」
 掠れた声でそう言って、アインは朱里の頭を愛しげに撫でた。

「レオン」
 片付けをしているレオンの腕を、紅月が掴んだ。
「休んでいていいですよ。もうすぐ終わりますから」
「うん……で、終わったら」
「はい」
 真剣な紅月の様子に、レオンは手を止めて、彼を見つめた。
「した……い」
 紅月の言葉に、一瞬驚きを覚えたレオンだが。
 目を煌めかせて、あでやかに微笑み。
「手加減しませんよ?」
 と言う。
 紅月は無言で頷いた。
 恋人達の甘い夜は――まだまだ続く。

○     ○     ○


「簡単だけど、ステージ設けてみたんだ。ライブやらないか?」
 食べ物の屋台をやっている鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)が、熾月 瑛菜(しづき・えいな)にそう勧めてみたところ。
「やる、やりたい!」
 と、瑛菜は即答した。
「そうか、花火、屋台、七夕……祭りときたら、ライブくらいあってもいいだろうと思ってな。おまえに、声をかけてよかった」
「うん、アリガト! 実はちょっとはそういう機会もあるんじゃないかと思って、準備してきたんだよね」
 瑛菜は意気揚々とギターを用意する。
「祭りといても、騒がしい音楽はちょっと違うかもな?」
 ヒロユキの言葉に、瑛菜は首を縦に振る。
「そう、今回は賑やかなのはあまり合わなそうだから……」
 言って、瑛菜が弾き、歌い出したのは、愛しさを感じるバラードだった。
 立ち止まり、人々が耳を傾けていく。
 その歌は、彦星と織姫の切ない想い、再会の喜びを表しているようだった。
「どうぞ〜。サービスですよ」
 ヒロユキのパートナーのウィンディ・ベルリッツ(うぃんでぃ・べるりっつ)が、出来たてのフランクフルトを配って回る。
「参加費の代わりだから、遠慮はいらない」
 ヒロユキも屋台から、人々にそう声をかけながら、他のフードも作っていく。
 ヒロユキの屋台には、フランクフルトやアメリカンドッグの他、焼きそばやたこ焼きなど定番のフードがそろっていた。
「ありがと〜」
「やっぱり祭りに来たら、焼きそばは食わねぇとな!」
「俺は、たこ焼きだな」
 子供が笑顔を浮かべ、若者達も嬉しそうに焼きそば、たこ焼きを受け取っていく。
「繁盛しすぎてしまうかしら。材料、そこまでないものね」
 ウィンディが空のワゴンを押して、ヒロユキの元に戻ってくる。
「そうだな。でも、無くなったら無くなったで、俺達も祭りを楽しませてもらえばいい。他にも屋台、あるようだしな」
「そうね。彼女の歌を聞いたり、天の川を観賞したり……。花火もいいですね。夜空に花火……風流です。……一部違うような気もしますけど」
 ウィンディが打上げ華美機の方に目を向ける。
「まあ、普通の花火だと天の川観賞の邪魔にもなるしな」
 ヒロユキは苦笑しながらそう答えた。
「ええ、風流とは違いますが……楽しい企画ですよね」
 ウィンディは打ち上がる人と、受け止めようと頑張っている若者達を微笑ましげに眺める。
「ああ、これがシャンバラの定番の花火になるかもな」
「それはないと思います」
「そうか、そうだな」
 ヒロユキとウィンディが笑い合う。
「次は……そうだなぁ、ラブソング歌わせてもらうよっ!」
 瑛菜の綺麗な歌声が、天の川の彦星、織姫……そしてカップル達を祝福する。
 ヒロユキとウィンディは集まった人々に、食べ物を作り、配って回って。
 食材が全てなくなってからは、瑛菜の歌を共に聞いて、楽しい時間を過ごした。