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リアクション
3/それぞれの個性
そこだけ明らかに、会場の砂浜において他のキッチンやテーブルとは、雰囲気が違っている。
真っ白な砂の上に広がるのは、紅いビロードの絨毯。
その上に、れっきとした重厚なつくりのテーブルと椅子とが一揃い、備え付けられている。頭上には、日差しを避ける天幕。
彼女たちが、その席についている。キッチンの真裏。ビーチの喧騒からは隔離された静かなそこに、向き合って、ふたり。
優雅に、水着姿の『蒼の月』と、正子が。出されたカレーを静かに口に運んで会食をしている。
「なかなか辛いものだな。だが、旨い。本格派というのは、こういうカレーを言うのだろうな」
ナプキンで口許をぬぐい、冷たい水を口にする『蒼の月』の言葉。無言で、正子も頷いてみせる。
だが──彼女の表情はあくまで、味の評定を行う者としての厳しさ、真剣さに満ちており。
目の前の、武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)とローデリヒ・エーヴェルブルグ(ろーでりひ・えーう゛ぇるぶるぐ)によって出されたカレーをじっくりと吟味する。
供された付け合せは実に豊富。ルーも、三種類。どれも本格的で、たしかにどれも甲乙つけがたく美味い。表のキッチンでも、注文した者を皆、唸らせる味であることは疑いようがなかった。
「失礼します。お水のおかわりはいかが?」
キッチンの向こうからひょっこりと、ルーデル・グリュンヴァルト(るーでる・ぐりゅんう゛ぁると)とともに客寄せをしていた蘇 妲己(そ・だっき)が顔を出す。
手にした、氷水の入った水差しを軽く振ってみせる。
たのむ、と『蒼の月』が小さく頷いたのを受けて、ふたりのグラスに彼女は水を注いでいく。
「しかし、大したものだな」
この、特別席に限らず。幸祐とローデリヒが拵えたカレーも、ルーデルが応対をしている表のキッチンも。
ここまでとはいかずとも、様々に趣向と工夫とを凝らしてある。まるで、ちょっとしたレストランだ。
「うむ。そうだな」
趣向も、贅も。考えに考え抜いたものだろう。実際、よくできている。
腕組みをしてなにやら考え込みながら、正子は『蒼の月』の意見に同意を示す。
「たしかに……大したものだ」
こうやって評価をする立場から見れば、間違いなく。
おもむろに、正子は通信機を取り出す。失礼、と『蒼の月』に断りを入れ、大会本部に詰める凶司を呼び出す。
「わしだ。委細、問題ないか」
──なかなか、個性的なカレーや参加者が、多いようだが。
*
悟られては、いけない。
せっかく相手が──女性が。丹精込めてつくってくれた、料理なのだから。
「うっ」
えずきかける、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)の脇を、その意志を込めてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は軽く小突く。
もちろん、口にしたカレーをつくってくれた相手、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)には気取られないように。
いくらそのカレーがものすごく甘くって。
なぜかスパイスではなく、バニラの匂いが漂う、カレーとは思えない異様な代物であったとしても。
それはまずい、ではない。個性だ。
「ど、どうかな?」
きらきらとした、期待の眼差しでこちらの評価を待っている結奈に応えるためにも、それは個性でなくてはならないのだ。
「なかなか、個性的な味だね。はじめてだよ、こんな独創的なカレーは」
クマラがなにか言う前に、そう告げて、彼女を安心させる。
エースの言葉に、結奈は喜色を満面に広げた笑顔で、やったあ、と大きく両手を挙げて万歳をした。
どうにかそれで、ひと安心。……した、ところで。
「ねーねー、ちょいとお兄さん」
「はい?」
ふと、自分を呼ぶ声にエースは気付く。そして、つんつんつつかれていることも。
見れば、すぐそこに鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)がいた。
「何です?」
「いやさ、結構あちこち食べ歩いてたわよね? シーフードカレーのおいしいの食べたいんだけどさ、どこかおすすめってない?」
ここまで、イマイチぴんとこなかったというか。頭を掻く、望美。
「ウチもみんなで色々、食べ歩いてはいるんだけれど。如何せん、変わり種に走りたがる連中でね。だから、他の人にも訊いてみたほうがいいかと思って」
言った彼女の指差すほうを見る。
なるほど、つい先刻エースたちも口にしたばかりの、結奈の激甘カレーを次原 京華(つぐはら・きょうか)とフィアリス・ネスター(ふぃありす・ねすたー)から渡されて、なにやら騒いでいる男がふたり。
「ぬおお、これは!?」
「うおお!? 甘い。甘いであります!? すごい、なんだこれは! とにかくただ、ひたすらに甘い!? というか甘さしかない!? 甘すぎる!?」
望美の言うところの、変わり種に走りたがる連中。大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)と大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)である──……いや、まあ。剛太郎はといえば、本当は中辛のふつうのカレーが食べたかったりしたのだけれど。あくまで驚きの声を上げているのは、勧められたから。それを拒まず、口をつけたら甘かった。それだけのこと。
「……なるほど」
事態を呑み込んで、はて、どこを紹介すべきだろうか、とエースは考え込む。
「ん?」
「……今度は、なんですか?」
けれどその思案も、中断される。
なにやら向こうが、騒がしい。ここからは少し遠いようだけれど、少しずつ近づいてくるようでもある。
「何事でしょう?」
フィアリスが、呟いた。
一同の視線が、騒ぎの方角に向いていた。
*
「きゅ?」
その異変には、子どもたちとボール遊びに興じていたサフラン・ポインセチア(さふらん・ぽいんせちあ)も気付いて、顔を上げていた。
いや、サフランだけではない。ステージ上のリアトリスも一旦、踊りを止めて、騒ぎの起こっている方向を遠目に見遣っている。
「一体、どうしたのかな」
大抵の人々は作業や、語らいを止めている。
騒ぎなどそっちのけで相変わらず揉め続けているのはそれこそ、エビがなんだ、具材がなんだと言いあっているスプリングロンドとフランシスくらいのもの。
「やめなってばー、ふたりともー。なんか起こってるっぽいのにー」
リアトリスの仲裁も、耳に入らないようだった。
その間にも、騒ぎによるものと思しきその喧騒の発信源は、少しずつ移動をしていく。その度に、ざわつきが会場へと広がっていく。
「なんなんだ? 一体」
神崎 荒神(かんざき・こうじん)に手伝ってもらいながら、彼のつくったカレーを人数分、テーブルへと運んでいた匿名 某(とくな・なにがし)も、そちらに目を注ぐ。
冷めるぞ、ああ、悪い。そんなやりとりとともに、背中を押され我に返る。
ふたりがカレーを置いたテーブルには、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が待っていた。
……まあ。待っていたというか、康之に関しては一心不乱に、次々にカレーを平らげていくという食事のその作業に没頭していたのだけれども。
ある意味、こいつくらいひとつのことに集中できる方がいいのかもしれないな、なんて某は思ったりもする。
「ん、どうした。あんたは食べないのか」
「あ、いいえ。その……辛くないかな、って」
ちょっと、心配で。綾耶が不安げに言うと、荒神のパートナー、神崎 綾(かんざき・あや)がちょうど、康之のぶんのおかわりを運んでくる。
「だいじょーぶ。ウチのカレーは甘口だから。それに家庭風だし、きっとおいしく食べられるよ。ね、だから食べてみて?」
綾に言われ、一同の視線を受けて綾耶はおずおずと、スプーンで自身の前に置かれたカレーを掬う。
「あ……、おいしい」
食べてみて、ちょっと驚いたように。そして瞳を輝かせて彼女は、見下ろす綾に、表情を返した。
「これなら、食べられます。とっても、おいしいです」
「そう。ならよかった。じゃんじゃん、食べてよね」
まだまだ、たっくさんあるからね。
「っと。……近付いてきてるな。一体なんの騒ぎなんだ、まったく」
また、キッチンや屋台のむこうから聞こえてくる騒ぎの音が一段、喧しく聞こえてくる。
なにやら、悲鳴まで混じっている。一体、どうしたというのだろう。
「にしても、お前はほんとうに一切、騒ぎもなにもかも気にしないんだな」
「べーつにー。だって関係ないじゃん」
あくまで食べ続ける康之に、呆れ気味に某は話題を振ってみる。
しかし、それでも康之は意に介する風はなく。
「おかわり!」
「はい、はい。ほんとによく食べること」
次の皿を綾に要求する。彼女がキッチンに戻っていくのを見送って、水を呷る。
「こういうイベントなんだから騒ぎのひとつくらい起きるだろ。別にこっちには関係ないし」
とにかくカレーをもっと食いたいんだ。食えるだけ。康之の論理は明快と言えば明快。
「まあ、妨害対策のために一応、ふたりに見に行ってもらったし大丈夫だろ」
アルベール・ハールマン(あるべーる・はーるまん)とセシル・パスバレー(せしる・ぱすばれー)に、様子を見に行かせた。だからか、荒神もある程度楽天的な言葉で言って返す。あのふたりなら、大丈夫だろう。
「なら、いいんだが」
某は特設ステージのほうを、振り仰ぎ見た。
フラメンコが踊られていたはずのそこでは今、フランシスが壁のようにそそり立つ高角度の、アメリカンレスラーかと言わんばかりの逆エビ固めをかけられ悶絶していた。
ギブアップ……タップアウトも、時間の問題といったところか。
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